第83話 死の天使

 将来を考える桜盛に、義務感というのは薄い。

 義務感というのは色々あるが、この場合は法律を遵守する義務であったり、社会に貢献したりする義務といったものだ。

 桜盛は全く法律など守ることなく、私刑で他者を断罪する。

 本人としては法律などよりも、自分の中の道徳律に従うことが多い。

 守れる範囲の知り合いは守り、敵は圧倒的に排除する。

 そしてその守れる範囲が、一般人よりも広いのだ。


 法ではなく己の道徳というか、感性に従って断罪する。

 その意味では桜盛は、間違いなくピカレスクヒーローである。

 そして義務という意識が薄い。

 これはもう勇者世界で、散々に世界のために働いてきた反動である。


 人類全体を守るために、どれだけ命を賭けてきたことか。

 そして同じく、命を奪ってきてもいた。

 ただ桜盛に、全く義務感に似たようなものがないわけではない。

 それは保身につながる義務である。


 一応は味方である日本政府や、日本の社会体制。

 また日本と外国との同盟関係や友好関係も、出来るだけ守りたいと思う。

 しかしそのために様々な義務を課されるのはご免被る。

 それはずっと変わらないスタンスではある。




 久しぶりの鉄山との面会で、桜盛は提案された。

 それは国家と桜盛の妥協点を考えたものである。

 日本政府から桜盛に対する依頼を、受けてほしいというものである。

「依頼?」

「お前さんも分かっているが、世の中には法の網をかいくぐるやつがいるってもんだ」

「私刑を希望しているのか」

「どちらかというと諜報戦に参加してほしいようだがな」

 桜盛の能力を、ある程度日本政府というか、公安は把握している部分はある。

 だがどうしても秘密にしておかなければいけないことも、いくつかはあるのだ。


 アイテムボックスと質問権。

 少なくともこの二つは、絶対に秘密にしておかなければいけないものである。

 もしも悪用するとしたら、アイテムボックスはどれだけの被害をもたらすことか。

 同時に役に立てるという面でも、アイテムボックスは素晴らしい価値がある。

 空を飛べる桜盛が、大量輸送が可能であるのだ。

 たとえば陸や海からの交通インフラが遮断された被災地などに、大量に物資を持っていけるのだ。


 だがアイテムボックスは、桜盛ほどの万能性ではないが、使える能力者はいる。

 本当に危険なのは質問権である。

 それでも桜盛はこの危険性を、完全には理解していない。

 彼にとってはさらに上位存在の神様を知っているからだ。


 桜盛が情報収集能力も高いのは、鉄山や五十嵐も分かっている。

 桜盛にしても国の桜盛に対する方針を、これで確認した結果、ようやく安全だと確信したのだ。

 これがもしアカシックレコードへの接続などであったら、人類全体の財産となっただろう。

 しかし二名以上が知っている知識を、自分もしることが出来る。

 これは諜報戦に使うなら、すさまじい効果を持つ。




 桜盛への依頼は、一つは流出させている者の把握。

 そしてもう一つは、それを受け取っている側の抹殺である。

 ただこういった依頼については、まず前提となる情報をある程度聞いてから、受けるか受けないかを決めてもいいらしい。

 仕事が選べる殺し屋のようなものである。


 日本にはスパイ防止法がないので、外国からのスパイが入り放題になる。

 もしも捕まえたとしても、強制退去が限界となっている。

 ならばさっさと法律で対処しろという話になるのだが、これまた立法府にそれをされたら困る議員がいるため、なかなか成立しない。

 桜盛にやってもらいたいのは、その強制退去が限界、というスパイの抹殺であるらしい。


 法律においては裁くことは出来ない。

 だが法の外の力で抹殺することは出来る。

 そしてスパイ防止法がなかったとしても、事実上のそれ以上の罰則が存在するとなれば、スパイ活動も控えめにせざるをえない。

「乱暴すぎるな」

「俺もそう思う」

 話を聞いた鉄山自身も、同意見であったらしい。


 そもそもなんでスパイ対策がされていないのか。

 そのあたりの話をすると、鉄山の長い愚痴が始まる。

 鉄山は愛国者と言うには、戦前の暴走や戦後の反動を知っているので、いちがいに右寄りとも言い切れない。

 ただ彼は経済人であることは確かなので、日本の技術保護などについては、政府の不甲斐なさに言いたいことはある。

 主に東アジア圏の国々による、先端技術や改良商品の窃盗。

 そういったものを防げない、女に篭絡された政治家への不満。

 まずは国内のことをどうにかしなければ、大局的に見て、情報流出は防げない。


 防衛費の増額だとか、そういう問題ではないのだ。

 そもそも鉄山は、中国が日本と戦闘に発展したとしても、本土をどうこうするとは思っていない。

 日本の価値というのは、技術力や国民の勤勉性。

 国土の価値に関しては、戦争などで都市を破壊すれば、市場が失われてしまう。


 経済的にあくまでも、中国系が支配する。

 そして大陸へも資本を投下させ、中国の経済を回す。

 鉄山の見るところでは、中国が日本と本格的な戦争になる可能性は、今のところはかなり低い。

 だが銃弾の飛び交わない戦争自体は、もう始まっていると思う。




 色々と言われた桜盛であるが、国家同士の情報戦に、自分が出て行くのはまずいかなと思っている。

 それよりもやっておくべきは、国内の治安の回復。

 もっとも悪くなったと言われる日本の治安であるが、それでも先進国の中で、まだまだトップレベルによい方ではある。

 ヨーロッパもアメリカも、デモで商店が焼き討ちにあっている。

 だが日本ではそんな光景は見られない。


 どうせやるのなら桜盛としては、物的証拠がないために、本来死刑でもおかしくないはずの犯罪者を、殺して回りたい。

 ただそういった犯罪者についても、更生していたりするのかもしれない。

 また悪党同士の喧嘩での殺人などであれば、桜盛は特に問題とも思わない。

 ひどいのは強盗殺人などで、あとは強姦殺人などであろうか。

 実際にそうった犯罪者は、断種したという過去がある桜盛である。


 そう考えると、桜盛は一つ五十嵐と、話し合ってみてもいいかなと思うことが出来た。

 物的証拠がないだけで、犯人は確実にそいつであるという場合。

 昔と違って今は、自白だけによる証拠は認められなくなりつつある。 

「殺し屋の殺し屋、なんてのとはちょっと違うかな」

 桜盛の独り言を、鉄山は聞き逃すことなく拾っていた。

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