第84話 仕事人

 桜盛は警察の代わりをするつもりもないし、裁判官の代わりもするつもりはない。

 そのあたりは自分の仕事ではないと思っているからだ。

 しかし仇討ちならばやってもいいと思っている。

 そのあたりは自分も共感出来るからだ。


 勇者世界でどうして、あそこまで戦うことが出来たのか。

 それは仲間の存在が大きい。

 最終決戦においては、魔王相手にも邪神相手にも、援護の魔法をかけてくれるぐらいしか、桜盛の役には立たなかった仲間。

 だが単純な戦力ではなく、桜盛が戦うためのもっと根本的なところで、共に戦う仲間に意味があったのだ。


 力とは、本当は見えないものである。

 心が力になるというのは、桜盛も深く感じたことだ。

 それは実体験だけではなく、他の戦士たちが見せた、命の煌きの中にも発見した。

 そして現代日本では、心の力というのはなんなのか。


 これは30年間、勇者世界で暮らしたからこそ、桜盛が比較できるものである。

 この現代日本でも、桜盛は富裕層に属している。

 万一父が医者を辞めることになったり、病院が潰れたとしても、桜盛は一人で生きていける。

 そんな桜盛であるが、弱者の声はいくらでも聞くことが出来る。

 インターネットというものの偉大さは、これがない社会を経験しないと、案外分からないものであろう。


 日本は貧しくなった、と様々な数字から言われている。

 親の世代などから話を聞くと、確かにバブルと呼ばれる時代は、日本が世界の経済を支配する勢いであったらしい。

 だが桜盛からすると、貧しくても行政の保護を受けることが出来る。

 奨学金という形だが、高等教育も受けることが出来る。

 そして無料で学べる図書館に、参考書なども置いてある。

 これは明らかに貧しい国ではないな、とは思うのだ。


 なので日本をよりよくしたい、という政治家の言葉は響かない。

 だが五十嵐や茜などが、証拠が足りなくて起訴できないとか、証拠があっても圧力がかかるとか、そういう言葉はそれなりに響く。

 実際のところ何をすれば世の中が良くなるのかなど、状況によって変化するのは当たり前なのだ。

 歴史を見てみれば、地獄への道は善意で舗装されている、などと言われてもいる。

 善行を行うというのは、それほどまでに難しい。

 売国奴などと言われている人間がいたとしても、潜在的な敵国相手でも、窓口は残しておかなければいけない。

 交渉の窓口を完全に閉ざしてしまうのは、全面戦争への道でしかない。

 太平洋戦争なども、あの段階ではまだ交渉の余地があったのだと、後世からしてみれば判断出来る。


 逆にこれ以上の戦禍の拡大を避けようと、譲歩した場合。

 第二次世界大戦ではナチスが拡大してしまったし、ロシアとウクライナは本格的な全面戦争に入った。

 基本的に戦争というのは、攻め込んだ側を撤退させない限り、悪影響が残ってしまうものである。

 外交を考えた場合、売国的なことを口にしている政治家は、相手方にとってみれば交渉の余地があると見える。

 桜盛は絶対強者であるがゆえに、そういった視点でも世の中を見ることが出来るのだ。




 そんな桜盛が、許してはいけないだろうという存在。

 それは純粋な犯罪者でありながら、証拠不十分で無罪、もしくは不起訴となった存在。

 あとは日本の法律の欠陥から、裁くことが出来ない存在。

 公安である五十嵐に、久しぶりに会った桜盛は、そのあたりの排除を提案してみた。


「警察官の立場としては、とても困った提案なんだが……」

 今日は内容が内容なので、居酒屋などではなく街の雑踏の中を歩きながら、話し合っている。

 もっともいくら証拠を集めても、桜盛がどこにいるかは分からないので、捕まえようがない。

 捕まえようとしても、損害を考えればそんな手段は取れない。

 おそらく現場で働く人間ではなく、命令を出した人間を、頭越しに命を奪うだろう。

 それが桜盛という人間である。


 五十嵐としては、少し意外と思える話であった。

「君はその、人殺しはあまり好きじゃないタイプだと思っていたよ」

 これまでに桜盛は、対決した能力者を相手にしても、極力命を奪わないようにしていた。

 この間の市ヶ谷の一件についても、死者が出なかったからこそ、桜盛の抹殺まで話は進まなかったのだ。

 そもそも不可能であるという現実もあるが。


 桜盛としては、ここで勘違いしてもらっては困る。

「人殺しは好きじゃない。ただ、殺しても特に何も感じないぐらいには、慣れているというだけだ」

 おそらく桜盛自身の手で殺した人間は、万を超えているだろう。

 結果的に死んだ人数を考えれば、10万を超えていてもおかしくはない。

「ただしそちらが殺してほしいと言ってきても、こちらで調べて殺さない程度に済ませることはあるかもしれない」

「なるほど……」

 まったく、歩み寄ってくれたのはありがたいが、面倒な歩み寄り方である。


 日本の公安組織にも、実質的に殺し屋に近い存在はある。

 能力者が投入される場合などは、表に出来ない事件が多い。

 ただ桜盛の持っている戦闘力と、それに付随するなんらかの力。

 それは確かに、今の公安の力ではどうにも出来ない場合が多い。

 しかし桜盛にそれを依頼するとしたら、判断するのは五十嵐が多くなるのではないか。

 桜盛も裏取りまではしてくれると言っているが。


「必殺仕事人みたいなことを、警察と組んでやるわけだ」

「別に人殺し以外でも、警察の手に負えなくなった事件を、俺なら解決出来たりする場合はあると思うぞ」

 事件の真相を二人以上が知っていれば、質問権で回答が得られる。

 それ以外にも色々と、まだ試していない魔法は多い。

「正直なところ、それに頼るのはやぶさかではないと思ったりしている……」

 五十嵐としても色々と、解決の難しい問題というのはあるものなのだ。




 連絡手段は、桜盛に直接プリントした紙で渡す、というアナログなものとなった。

 もっとも現代においては、むしろアナログである方が、安全性は高いのだ。

 いまだに機密は郵便で送る、というのは嘘のような本当の話。

 実際はさらにそれに、暗号をかけていたりするのだが。

「沢渡巡査を使って渡せばいいかな?」

「いいけどあんまり、女の子を危険な目に遭わせるのはなあ」

「君は存在自体が危険だからな」

 なんだかいつの間にか、五十嵐ともそれなりに気軽に話せるようになってきた桜盛である。


 週に一度ぐらい、30分ほどをかけて厄介ごとを解決する。

 その程度の人助けはしておかないと、どうもバランスが取れない。

 こちらに戻ってきてから、桜盛のメンタルは常に不動ではある。

 だが違和感というのは、時々あったりするのだ。


 とりあえずモテたいという希望を持ちながらも、なんのビジョンもない。

 そして自分の出来る、殺伐とした特技を活かそうとしている。

 桜盛は狂ってはいないが、基準自体がおかしい。

 なので危険な人間であるということは、五十嵐が感じている通り間違いはないのであった。

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