第81話 連絡手段の構築

 空間の転移とは違う、時間の移動。

 ミレーヌの瞳に映るのは、世界中の景色である。

 そしてそれは空間だけではなく、時間さえをも超越する。

(やっぱりひどい) 

 練習も含めて、時間移動は何度か行った。

 だがこれだけの時間を移動するというのは、これが二度目である。


 宇宙の神秘に触れたような、そんな感触がある。

 だが流れていく光の中に、真っ黒な染みが一つ。

(あれは?)

 以前にはなかったものだ。

 だがミレーヌには、直感的に分かった。

 あれは世界の歪みであり、時間移動にも似たようなもの。

 そしてそれを生み出してしまったのは、自分の時間移動による、時空の歪みであると。


 その先から感じるのは、絶大なる魔力。

 幸いにも洩れてくるのは、ミレーヌのいた未来ではない。

(あれはいったい……)

 強烈な禍々しさを、ミレーヌは感じていた。

 だがやがて意識は、情報の中に埋没していく。

(あれは……)

 無事に未来に戻ったミレーヌだが、その正体は結局分からないものであった。




 ようやく平穏な日常が戻ってきた。

 とは言っても、政府の閣僚か官僚のどこかと、早めに面会をしてくれとは言われている桜盛である。

 一応今回は日本側について、アメリカの作戦は台無しにしたのだ。

 だが日本が手に入れたアメリカ側の兵器についても、結局は焼却処理をしている。

 数千度の熱による、金属容器の溶解。

 そんなことが可能な能力者を、どれだけ縛り付けておけるか。

 正直なところ、核兵器を持った平和主義のテロリスト、とでも表現すべき存在である。


 桜盛としても閣僚など数年で入れ替わるし、官僚もそれほど長くポストに就くわけではない。

 警察の公安とつながっているのが、一番安心できる、というものだ。

 そして政府機関ではないが、鉄山とのつながりも、一応は安心要素なのであろうか。

 五十嵐などは政府機関ではなく、現在の与党有力者とつながっておく方がいいかも、とまで言っていた。

 だいたい日本は代々の代議士家系というのも、それなりにあるのであるから。


 ただ日本の政財界に詳しい鉄山に聞いてみると、財界の領袖の誰かと同盟して、互助関係になった方がいいだろうな、と言われた。

 政治家などというのは、選挙に落ちてしまえばそれで終わり。

 また官僚にしても、何かのスキャンダルで一気に追い落とされることがある。

 しかし財界であれば、ちゃんと相手を選んでいれば、そうそう潰れることはない。

 そして鉄山としても、財界であればそれなりに、将来性の良さそうな人材を、見つけてはいるのだ。


「まあ確かに日本の政治家は、三世あたりまで来ると、かなり変なのが増えてくるかな?」

 権力よりも財力が強いのは、資本主義では当たり前のことである。

 だがそれよりもさらに強いのは、権力と結びついた財力なのだ。

 



 フィクサーと呼ばれる存在がいた。

 政治や企業の活動における意思決定において、影響を与える手段や人脈を持つ人物のことである。

 現在においてはあまり、こういった存在は見られない。

 だが今でもある程度、どんな分野にも影響力がある人間というのはいる。


 鉄山もある程度は、そういった人間の内には入る。

 だが政府の重大な意思決定などは、もう随分と前から手を出していない。

 それに桂木グループよりも大きなグループはあるし、権力を代々握る存在もいるのだ。

「なんなら今から大学にでも入学するか? 年齢的には大学院の方がいいかもしれないが」

 鉄山としてはその中から、桜盛に人とのつながりを持ってほしい。

 だが桜盛は鉄山の前以外では、高校生であるのだ。

 ただこれから、ユージではなく桜盛として、コネクションを作っていくということは有効だと判断した。


 それこそ今の学校は、ボンボンの揃った学校である。

 今から普通に、人間関係を築いていけばいいのだ。

(すると大学も、留学から考えていかなきゃいけないわけか)

 いっそのこと自分が、権力者となってしまうのもありではないか。

 銃で撃たれても、毒を飲まされても、死なない総理大臣を目指してみるか。

(いや、そんな面倒なことを、俺が出来るわけがない)

 桜盛は謙虚な人間であった。


 勇者という暴力は、しょせんは暗殺兵器に過ぎない。

 ただし最低限のセーフティが、自分でかかっている自律型の兵器である。

 判断の最終的なことは、自分で決めるしかない。

 だがそこにいたる情報を与えてくれるのは、多くの人間に関わったほうがいい。


 結局言えるのは、普通に人間として生きて、この世界の中で判断していくべきだ。

 30年分の勇者世界での経験は、その判断を補強することは出来るだろう。

 しかしこの世界は、勇者世界とは違う。

(そう考えると、世界中を巡る必要があるかもな)

 そしてもう一つ、社会との連絡を、少しだけ強める必要もあるだろう。


 桜盛は鉄山に対して、拠点を用意してくれるように頼んだ。

 セーフハウスなどではなく、誰からも連絡が取れるように、住所を一つ作っておくのだ。

 今でも時々、鉄山の邸宅に来たり、茜に電話をしらちりと、こちらからは連絡を取っている。

 だが向こうからの連絡を、もっと確認できる方法を作っておくべきだ。

「それこそネットワークを使えばいいだろう」

 鉄山は老人であるが、現代社会に取り残されてはいない。


 誰もがアクセス出来るSNSなりBBSを作っておく。

 それを確認できるのは、誰もが確認できる。

 しかしそこに何かのワードを含ませておけば、緊急事態か何かであるのか、桜盛が判断しやすい。

「それは五十嵐に提案してみるかな」

 桜盛としても、自分の知らないところで、世界の危機などがあっては困るのだ。


 なんとも便利な時代になったな、と勇者世界と比較して、桜盛は思った。

 あちらはあちらで、魔法によってもっと便利なこともあったのだが。

 ともかくこれでしばらくは、平穏な日々が送れそうである。

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