第63話 推移
アメリカの取ってくる手段について、桜盛はほとんどを把握している。
全てと言い切れないのは、指揮官のみがまだ考えていて、実行部隊に指令を出していない部分があるだろうからだ。
この質問権、魔王などにも効果があるなら、勇者世界では連戦連勝だったろうな、と思わないでもない。
だが敗北や苦戦が多かったからこそ、強くなれたという面はある。
もっともそれを後悔していないかというと、当たり前に後悔はしている。
どれだけ多くの人命が失われたことか。
人の命だけではなく、家族も同様の家畜なども、魔王軍は食料としていったのだ。
目の前で子供を食われ、発狂した母親。
生きたまま内臓を食われていく子供は、さすがにもう見たくはない。
第三次世界大戦が起こるというのは、とてつもなくひどいことである。
鉄山がある程度そのことについては、思いつくままに語ってくれた。もちろんミレーヌも知っている限りのことは追加する。
能力者という抑止力を失った以上、アメリカと中国の代理戦争、という形を取ることになるのだが、アメリカは少し日本と距離を置いていたらしい。
それは細菌兵器を奪われたことによって、日本との関係が悪化していたということもあるのだろう。
中国が手を出したのは、まず台湾である。
いきなり沖縄ではないのか、というのは中国の拡大路線を知っていれば、ごく当然のことであるらしい。
台湾を大きな被害を受けながらも占領し、そして台湾を取られたことによって、シーレーンの確保が難しくなる。
日本としては陸軍はあくまでおまけで、海軍と空軍こそが、その防衛のためには重要なのだ。
基本的に食料をはじめとして、輸入が大きな割合を占める日本。
台湾を占領されるということは、安全な航路が失われたということでもある。
そこからさらに中国は、尖閣諸島を本格的に奪いにかかった。
ここでもまだ日本とは、本格的な戦闘には進展していない。
現在の日米関係のままなら、中国が台湾に侵攻した段階で、日米が参戦するだろう。
それが分かっているから、中国も台湾には手を出さない。
日米安全保障条約自体はそのまま残っているようだが、日本がある意味アメリカに防衛力を依存しているのは、信頼しているからでもあるのだ。
この二国間に亀裂が入ったことが、第三次世界大戦への最大のきっかけとなった。
日本は食料自給率が低い。
一応休耕田などの農地は多いので、それをフルに使うなら、充分に国内の分は賄える。
ただ肥料などはどうするかということと、エネルギーの問題がある。
トラクターなどの内燃機関は、多くが燃料を海外に依存している。
つまりタンカーで原油は運ばなければいけないのだが、それもシーレーンが確保されていてこそだ。
鉄山は中国の狙いというのを、ある程度は理解している。
中国は日本を、特に都市部などは、あまり攻撃したくないのだ。
それよりはさらに、工業地帯などもであるが。
日本は基本的にその国としての価値は、人材と技術に重点を置いている。
マザーマシンなどを作る技術は、中国は日本にまだまだ及ばない。
ただ中国の技術発展は、やはり社会主義国家らしく、一点集中で増強されている。
張子の虎、という部分もかなりおおきいのだが。
中国の経済力は上昇しているように見えるが、これはかなり見かけだけのもの、というのが鉄山の視点であり、ある程度の見る目がある人間の見方だ。
不動産や株式への投資によって、その経済力は爆発しているように見える。
だが実際の国力は、実は既に頂点を過ぎているのだ。
北京オリンピックあたりが、実際の頂点であったろう、と鉄山は語った。
中国の抱えている問題は、民族問題に環境問題、都市部と農村部の格差など、様々なものがある。
これで経済まで崩壊すれば、一気に内乱状態に陥ってもおかしくはない。
第三次世界大戦はともかく、台湾や内陸国家への侵攻は、国内問題を外部に転嫁するものだ。
そしてこの戦争自体は、ミレーヌのいう細菌兵器とは別に、普通に起こりうるものだと鉄山は思っている。
ロシアのウクライナ侵攻と同じようなことを、中国はミャンマーなどに行っている。
それが大々的な問題にならないのは、いやなっているのだが、経済力によってそれを支配できていたからだ。
ヨーロッパのNATOやEUと違い、東南アジアの動きは一致していない。
本来ならば日本がもっと率先して、中国の動きを抑えなければいけなかったのに。
結局90年代あたりからの、日本の中国投資が、全ての原因とはなっているのだ。
市場にしてはいけない国を、その人口だけを見て、市場価値があると思ってしまった。
その結果は日本の国内の空洞化を招き、軍備は増強され、中国は他国のインフラ整備まで抑えようとしている。
誠実さを売りにしていた日本は、価格競争で中国に負けた。
もっともその価格が、適正であったかどうかは、また別の話であるが。
要するに日本という国家は、根本的にお人よしなのだ。
鉄山のような戦後を丸々経験している人間からすると、重要なのは日韓関係であったのだ。
これだけ悪化している両国の関係であるが、それは日本が軍備をさっさと整え、アメリカと協力して韓国を完全に属国化するべきであったという、冷徹な考えである。
朝鮮半島に日米の明らかな同盟国があれば、北朝鮮だけではなく、中国への牽制ともなった。
だがここで日米両国は、韓国の情報操作に失敗している。
もっと正確に言えば、共産主義の情報操作に負けたのだ。
マスコミの情報操作による、日本の左傾化。
それが正常に戻るのには、21世紀以降のネットワークの浸透を待たなければいけなかった。
だがこの段階では既に、中国による超限戦が始まっている。
アメリカはともかく日本においては、スパイ防止法がまだ成立していない。
情報操作によって日本は、国力を落とした。
また朝鮮半島への介入も、方法を失敗している。
いずれ中国の暴発は起こる、と鉄山は見ている。
ロシアとウクライナの戦争で、ロシアが一気にウクライナの占領に成功していれば、今度は中国が動き出す番であったろう、と彼は思っていた。
実際にだからこそ、日本も軍備増強が、あの頃から叫ばれたわけである。
ウクライナが踏ん張ったのが、日本の平和がまだ続いている理由になっている。
日本はこの間に、専守防衛だけではない、最低限の反撃能力も整えることに成功した。
これによって中国の沿岸部を攻撃できれば、それは中国にとっては大きな損害を被ることになる。
台湾や、あるいは東南アジアの国々を占領したとしても、それに見合う価値はない。
鉄山が期待しているのは、中国国内で内乱が起こることなのだ。
中国は確かに、貿易相手国としても巨大になっている。
だがこういった経済規模が常に拡大しなければいけないという新自由主義は、いずれは破綻するのだという。
お偉い学者さんがいくら言おうと、鉄山の実感はそうなのだ。
桜盛は勇者世界で、そういった経済にまで関わる戦争は経験していない。
あちらでの戦争はもっと緊迫した、生存競争であったのだ。
いずれは世界のバランスを取るために、自分が動かなくてはいけなくなるのか。
ただそんなことをすれば、世界中の能力者が、桜盛の敵に回るかもしれない。
だからこそ15年後、桜盛は死んだことにして、身を隠したのか。
ミレーヌに聞いたところ、謎の強大な能力者は、確かに存在しているらしい。
それこそが未来の自分なのか、と桜盛は推測する。
はっきり言って桜盛は、日本に愛着がある。
水道の水がそのまま飲めて、あちこちに綺麗なトイレがあり、24時間のコンビニが存在し、マンガやテレビ番組が充実している。
この世界に帰ってくるために、30年も戦い続けたのだ。
ネットを見れば、右寄りでも左寄りでも、色々な意見が聞こえてくる。
だが桜盛にとっては確かな実感として、平和を維持している日本政府は、支持すべき相手なのだ。
国賊だの売国奴だの、そんなことを言われる政治家もいる。
だが桜盛が敵とする基準は、それでもまだまだ彼の感情を満たさない。
結局は今回のように、身を守ることが第一。
ただ目指すのは現状維持。
まるで正義のヒーローらしくはない、自分の力による着地点。
桜盛はヒーローではなく、今ではもう勇者でもなく、ただの利己的な現実主義者でしかなかった。
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