第64話 情報チート
今回のアメリカの作戦は、目的としては桜盛の無力化である。
無力化というのはもちろん、殺すことが一番簡単ではある。
しかしそれ以上に、アメリカにとって有益な方法もある。
それは桜盛をアメリカに取り込んでしまうことだ。
無意識的にであろうが、アメリカ人というのは自国を最高の国だと思っている。
ある意味ではそれは正しいが、その見方はアメリカという国を、俯瞰的に見ることが出来る人間にとっての価値観だ。
桜盛にとっては、この生まれ育った日本が一番素晴らしい。
もっとも第三次世界大戦のことを聞かされた時、日本から脱出するとしたらどこへ行くかと考えたら、アメリカというのが第一の選択肢となったが。
質問権によって、相手の打ってくる手がほとんど分かっているというのは、桜盛の圧倒的なアドバンテージだ。
ある程度の能力者にも会って来たが、桜盛のアイテムボックスと質問権に優るチートなどというのは、他にはミレーヌの時間移動と長距離転移ぐらいしかない。
アイテムボックスは最悪、誰かに知られてしまっても、容量が分からなければ類似の能力がある。
ただし質問権だけは、他の誰にも知られてはいけない。
なんとなればこの力は、秘密を暴くものであるからだ。
他の人間がこれを持っていたなら、桜盛でも危険視しただろうことは間違いない。
アメリカの工作員はまず、桜盛との接触から始めるであろう。
そして最初は、アメリカへの取り込みを考える。
それが不可能だと判断しても、即交戦とまではいかないと思う。
なぜなら日本は、アメリカの同盟国であるからだ。
日本がアメリカの同盟国であり、影響下にある限りは、桜盛を積極的に抹殺することは、ないかもしれない。
ただこのあたりの判断基準は、質問権でも明確ではなかった。
現場の判断を、本国の指揮官は肯定するということなのだろう。
もっともそれだけに、現場としては事前に、どういう判断をするかはしっかりと想定しているのだろう。
そして重要なことだが、このアメリカの作戦には、アメリカもかなりの重要戦力を投入している。
そう、能力者相手には危険な細菌兵器の現場だが、アメリカの能力者を投入しているのである。
桜盛はこのアメリカの細菌兵器を、能力者たちは把握しているのか、と質問権を使って確認してみた。
否、というのが答えである。つまり細菌兵器は、国内の能力者に対してさえ、アメリカは切り札として抱えているのだ。
それなのに重要戦力を投入したというのは、桜盛との相討ちすらも狙っているということ。
命令無視や独断行動が多い、それでも強力な工作員の能力者を、損失覚悟で投入しているのだ。
身内にさえも秘密の、アメリカの細菌兵器。
だがそれが、ミレーヌの情報と桜盛の質問権によって、完全に相手側に洩れてしまっている。
そしてそれ以外の戦力についても、ほぼ全てが判明している。
戦闘状態に入る前、交渉にすら入る前から、既に勝敗はついていた。
それはそれとして、桜盛は困っていた。
問題は文化祭である。
室内展示としては、他の生徒の案が採用され、それを手伝うことになっている。
またダンス部としては有志による、体育館でのステージ参加が決まっていた。
桜盛は前者には適当に参加し、後者には出場しない。
この文化祭の前後のタイミングで、アメリカの工作員が来ることは分かっているからだ。
またこの文化祭自体ではなく、それに参加する人間に、困っていたと言っていい。
鉄山はミレーヌを、孫である志保に紹介したのだ。
もちろんそのままの素性を教えることはなく、大切な友人の曾孫という、実は完全に正しい嘘をついて、しばらく家に置くと言った。
志保としてはまあ、祖父の言うことに特に反対することもない。
ただ困るのは、ミレーヌが文化祭に興味を持ったことである。
この段階で桜盛とユージについては、他人の空似ということになっている。
桜盛としてもこの間会った変な子、という立ち居地で接触すればいい。
だが曾孫というのが関係するのか、下手に接触を続ければ、何かがバレる気がする。
バレたとしてもミレーヌなら、口止めをすればいいとも思えるのだが。
志保から桜盛は、ミレーヌの話を聞いた。
祖父の友人の曾孫だというし、日本人には間違いないのだろうが、どうにも日本の常識の一部が欠けている少女。
桜盛は奇人変人に慣れているが、あくまで一般人の志保にとっては、ミレーヌの素性は怪しく見えるらしい。
そして確かに怪しいのだ。
未来人で超能力者なのだから、それはもう怪しい以外の何物でもない。
桜盛としては、ミレーヌが志保と普通に接触しているのが、意外ではあった。
なぜなら桜盛の結婚相手の可能性が、志保にもあるのではと思っていたからだ。
下手に接触すると、未来が変わることになる。
ただミレーヌの説明によると、この時間軸をいくら変えたとしても、ミレーヌの未来には関係ない。
ならば志保はやはり完全に無関係で、桜盛が将来くっつくのは、エレナか蓮花のどちらかなのだろうか。
今のところ蓮花はともかくエレナには、好意らしい好意は抱いていないのだが。
こちらがやることは、およそもう決まっている。
本来の歴史であれば、桜盛一人でどうにかした計画だが、今はミレーヌまでいてくれる。
出来れば玉蘭あたりにも連絡が取りたかったのだが、その代わりに五十嵐が内密に、警察内の能力者を協力させることとなった。
ただ本来の歴史であっても、わずかにアメリカからの接触があれば、桜盛は質問権を使って、全容を把握していた可能性が高い。
その場合はやはりすぐに五十嵐にも協力させ、日米の関係が悪化しないよう、動いてもらっていただろう。
基本的に五十嵐もまた、公務員である。
どれだけその立場が特殊であっても、公務員のやる仕事は決まっている。
国体の維持である。
自衛隊も警察も、官僚もそれは同じだ。
政治家だけはちょっと違って、国体のあり方まで決めるわけだが。
五十嵐からすると今回のアメリカの手出しは、明らかに向こうの勇み足である。
ただこうやってあらゆる情報を簡単に手に入れてくる桜盛を見れば、確かに脅威と考えるのは分かる。
実際に自分もそうやって、桜盛と対決することになった過去があるのだから。
「下手をするとアメリカは、作戦の失敗までは許容範囲と思っているかもしれないな」
五十嵐はそうまで言ったものだ。
アメリカの秘密兵器が日本で使われたとしても、日本がそれをアメリカに糾弾しても、関係が完全に破綻することはない。
そもそも桜盛の安全性を保証するのは、中国の範囲内にいる、仙人の集団なのだから。
もちろんアメリカとしては、それが潜在的な敵国である中国共産党と、敵対しているのは知っている。
だが国家と国民はまた別のものであり、仙人たちが中国人とアメリカ人、どちらを重視するかというと、中国人と考えるのが自然であろう。
やるべきことは、細菌兵器を無事に手に入れることと、アメリカの能力者を出来れば生かしたまま圧倒的に制圧すること。
殺せたが殺さないというのは、相手に対するこちらの立場をアピールすることにつながるのだ。
それで、アメリカの能力者である。
彼女は『虎』と呼ばれていた。
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