第62話 Back to The Future

 ミレーヌは大まかな未来のことは話したが、細かい事件などは語らない。

 それはあまりにも過去に干渉すると、未来が変わりすぎてしまうからだ。

「タイムパラドックスはどうなってるんだ?」

「私が来た時点で、本来の歴史とは違う方向に、もう一つの歴史が出来てる」

 街を歩きながらもきょろきょろと、ミレーヌの視線はあちこちをさ迷っている。


 一応未来の日本でも、文明が崩壊したというわけではないらしい。

 だが文化については、大いに退潮はしているらしい。

 そもそも人口が激減しているのだとか。

 そりゃあ限定的でも核戦争なら、それぐらいにはなるのかな、と桜盛は思ったりもする。

 だが実際のところ、今の日本が戦争をするとしたら、死因はおそらく餓死がおおくなるのではなかろうか。

 実際に第二次大戦の兵隊の死因も、餓死の割合がひどく多かったと言われている。

 これは作戦を立てた連中がとてつもない馬鹿だからであるが。


 第三次世界大戦が起これば、どういう展開になるのか。

 過去を知っているはずのミレーヌだが、詳細までは知らないという。

 実際にそれは本当のことなのだろう。情報の蓄積や保管も、なかなかに難しい環境であるらしいし。

 ただそういったことについては、ちゃんと日本政府も分析していたりする。

 特に自衛隊などは、仮想敵国相手のシミュレーションは、しっかりと行っている。

 もちろん軍事機密なので、そう簡単に手に入るものではない。


 身分証明書も作り、桜盛によって案内され、安全に日本の最盛期を見つめるミレーヌ。

 実際のところの最盛期はバブル時代だったと言われるが、21世紀になってから生まれた桜盛には、今が一番と思える。

 なぜなら桜盛はこの、衰退していると言われる日本においても、上流の国民であるから。

 ただ勇者世界を経験したことにより、己が恵まれているのだとは、前よりは意識するようになった。


 勇者世界では当初、大国の王都に住んでいた。

 その時点においても既に、現代日本と比べれば、随分と不便だなとは思っていたのだ。

 インターネットがないというだけで、娯楽の範囲は一気に狭まってしまう。

 なので異世界でスマートフォンを使うのは大正義なのだ。

 実際のところ桜盛は、そんなもので遊んでいる暇は、ほとんどなかったのだが。


 地球に帰ってきたのも、もちろん女神から逃げたいとか、女の子にモテたいとか、普通に家族に会いたいとかはあった。

 だが地球の娯楽を懐かしがって、飢えていたのも確かなのだ。

 今のミレーヌの様子を見ていれば、いかにこの時代が刺激的であるか、客観的にも分かるというものだ。

 そんなミレーヌに、尋ねておかなければいけないことがある。

「なあ、ミレーヌ。この事件が解決したら、お前は未来に戻るのか? そもそも戻れるのか?」

 これである。




 時間移動のパラドックスというものがある。

 それは未来を変えてしまったとしたら、過去に戻った能力者は、その変わった後の未来に戻るのか、それとも戻った先の未来は変わらないのか、というものである。

 ミレーヌはこのことに関しては、完全に正しい知識を持っていた。

 変わらない未来に帰ることは出来るが、変わった未来に移動することは出来ない。

 そしてあまり近い時間を移動していると、空間が歪んで爆発という形でその歪みがなくなったりする。


 ミレーヌはここでこうしている間も、自分のいた未来の時代を、マーカーしているのだ。

 だから時間跳躍をするとしたら、その時点に戻ることになる。

 面倒なのはその戻る時間に、こちらで過ごしていた時間が加えられる、ということだ。

 このあたりは実際に何度も試していたので、間違いはない。


 そしてもう一つ、この時代からさらに前に、移動することが出来るのか。

 これが出来ないのである。

 ミレーヌの時間移動の限界は、基点となる時代から一度だけ。

 そこから戻ってくることは出来ても、他の時代に飛ぶことは出来ない。

 また未来を変えたとしても、その変わった未来に行くには実際に、時間が経過するのを待つしかない。

 これば物理法則上正しいのかどうかはともかく、法則はしっかりと決まっている。


 ミレーヌがこの時間から、さらに他の時間に移動することも、実は出来る。

 だがそれをしてしまうと、元の時間にはもう戻れなくなるということなのだ。

(つまり時間軸におけるマーカーは、一箇所にしか置けないということなのか)

 セーブが一つしか出来ない、と考えた方が分かりやすいだろうか。


 ミレーヌはこの事件を解決したら、果たしてどうするつもりなのか。

「それはもちろん、未来へ帰るけど」

 リアル、BACK TO THE FUTUREである。

「戸籍も作ってもらって、この時間軸で生きるという選択はないのか?」

「それはとても魅力的な提案だけど、待っていてくれる人がいるから」

 考えてみれば戻る気がなければ、そんなマーカーなど作っておかないか。


 しかしそうすると、ミレーヌはどうしてわざわざ過去に来たのか。

 自分しか移動できないわけであるし、人造人間が暴れているわけでもない。

 過去の悲劇を変えると、そのためだけに時間を遡ってきたというのか。

「偶然手に入れた情報から、今の世界が、あ、未来の世界がそうなってしまった原因が、分かってしまったから」

 つまり自分は過酷な世界で生きる覚悟はあるが、今の世界を肯定するわけでもない。

 変えられるものなら変えたい、とミレーヌは考えて、この時代まで飛んできたということか。




 なんともお人よしなことである。

 だが、それがいい。

「じゃあ、これ持っておけ」

 桜盛がどこからともなく取り出したそれを、ミレーヌは受け取る。

 透明で硬い入れ物であり、キャップをねじれば中の液体が流れてくる。

「死んでさえいなければ、たいがいの怪我も病気も治るはずだ。さすがにもう残りも少ないので、一本だけだが」

「どこでこんなものを……」

「それは言えないが、崑崙に行けば似たようなものはあるんじゃないかな」

 玉蘭の怪我の治癒速度は、桜盛の目から見ても異常なものであったし。


 正直なところこのポーションは、使いどころが難しい。

 桜盛自身はほとんどダメージなどを受けないため、今までは全く使う必要がなかったのだ。

 しかし他の誰かに渡すとすると、その成分などを調べられるのではないか。

 どのみち複製などは無理だろうなと思っている桜盛ではあるが、出所が桜盛だとすれば、ややこしいことになりかねない。

 なのでこれまでは、誰にも渡す気はなかったのだ。


 言葉を信じるならば、ミレーヌは桜盛の子孫である。

 もちろん彼女が接触したことにより、未来は大きく変わっているはずだ。

 だが彼女は一通りの事件が解決すれば、未来に帰ると言っている。

 そんな曾孫に対して、桜盛が渡すことの出来る、精一杯と言うべきだろうか。

「未来に戻るときも、荷物は持っていけないのか?」

「うん、それは無理。だから使わなかったらこれは返すね」

「そうしてくれ」

 さすがに無意味には使って欲しくない。


 ポーションの治癒性能についても、本当なら調べてみたいのだ。

 そもそも一度の怪我に、一本のポーションが必要とも限らない。

 それに調べてみたところで、複製するのは不可能であろう。

 ただどういった範囲で効果があるかは、知っておいてもいいと思う。


 今回の兵器による、第三次世界大戦につながる事件。

 あるいはポーションの効果によって、解決することが出来るかもしれない。

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