第61話 日常と非日常

 休み明けのテストが行われた。

 桜盛としては質問権で、アメリカ側の動きは丸見えなので、それほど焦ってもいない。

 本当にアイテムボックスもたいがいチートであるが、この質問権も相当にチートだ。

 しかし質問権の弱点についても、桜盛はちゃんと気づいている。


 それは二人以上の人間が知る知識でないと、共有されないということだ。 

 また亜空間などの存在も、世界の一部とは認識されない。

 アメリカの指揮官が重要事項は全て自分だけで企画し、あとはAIなどの補助を受け、命令は意味を入れずに行動だけを指定する。

 こうすれば質問権によって、情報が洩れることはない。

 もっとも桜盛に質問権などというチートな能力があるなど、そもそも想定することさえ難しいだろうが。

 使う時に制約こそあるが、時間さえ許されるなら、ほとんどの相手の先手を取れる。

 きっかけさえ気づかせずに、不意打ちするぐらいしか勝機がない。


 二学期はテスト明けからすぐに、文化祭にかけての話し合いが始まる。

 これはダンス部なども、ステージで踊る機会にはなっている。

 またクラス単位でも、様々な催しがなされる。

 三年生は基本的に演劇で、二年生は自由、一年生は教室内展示という制約はあるらしい。

 自由な二年生は、おおよそ飲食をやることが多いのだとか。


 三年生は受験に向けて勉強では? などと言ってはいけない。

 そういった生徒は別に、文化祭があっても勉強はするのだから。

 また多くの生徒は、推薦なりで私立の大学に入ることとなる。

 ボンボンだからといって、馬鹿が多いわけではない。

 教育環境を整えられているので、普通の学校よりは学力は高いのだ。




 テストの結果はあまり気にせず、文化祭にかけての話となる。

 教室内展示というのは、いかにも地味なことではあり、何をするのかは紛糾することとなる。

 学術的なことをするべきなのだろうが、果たして何がいいのか。

 もっとも使える金は大きいので、やろうと思えば色々と出来ることはあるのだ。


 桜盛はこういう時、先頭に立って何かをするタイプではない。

 だが勇者世界から帰還して以来、ある程度は視線を集めることは仕方がないだろう。

 人間としての格が、そもそも上がっているのだ。

 存在感からして、常人とは違う。これでも抑えようとはしているのだが。


(落差が辛い!)

 桜盛としては昨日の夜は、第三次世界大戦を防ぐために、警察の幹部と話をしていたのだ。

 翌日にはこうやって、平和な日常の行事を行う。

 確かに勇者世界でも、常時戦闘を行っていたわけではない。

 だが平和である地域にいても、いきなり戦闘に突入するのが、桜盛の30年の大半であったのだ。


 日本にいる間は、基本的には平和な状態に精神も肉体も慣れている。

 スイッチを入れてはじめて、戦闘状態に移行するのだ。

 ただ昨日のような話し合いは、準戦闘状態とも言えるものだ。

 五十嵐はおおよそ桜盛の脅威度と信頼性を把握し、距離感が分かってきているように思える。

 ただ茜などは公安に移動してから、フラストレーションがたまっているらしい。

 今度また飲みにでも誘うかな、とも思うが桜盛が誘ったら、逆にこれまたストレスになるかもしれない。


 結局今日のところは、議論紛糾どころか、まだ案も出ない。

 こういうものは早く決まれば早いほど、使える時間は多くなる。

「だり~な~」

「まあ、いい経験になるんじゃないかな」

 この学校の生徒は学力もある程度は必要だが、それよりは経験とコネクションに力を入れている。

 基本的に金持ちは、金持ちでつるんでさらに資産を増やすのだ。

 そんな中では桜盛のような、総合病院の息子程度では、それほどのカースト上位というわけではない。


 今日のところは解散し、明日までに一人一つ以上、案を出すこと。

 それだけは決めて、あとは放課後となる。

「玉木君は、何か案はあるの?」

 帰り支度をしている桜盛のところに、志保がやってきた。

「う~ん、あるような、ないような……」

 正直それよりも、やらなければいけないことがある。


 志保はそんな桜盛の様子を見て、言葉を次ぐ。

「今日もダンス部?」

「いや、今日は用事があるから」

 志保の家に行くのだが、それを本人には言えない。

「そう。じゃあまた明日」

「また明日」

 そして桜盛は、一人で帰路に就く。




 ダンス部には今は、足を運ぶことはない。

 時間的な余裕はあると言っても、やっておきたいことはあるのだ。

 何よりもまず、己の力の限界を拡張すること。

 転移能力の長距離化である。


 桜盛は自身の戦闘力のことを、ミレーヌには説明していない。

 だがミレーヌは桜盛の戦闘力を、おおよそ把握していた。

 ただミレーヌの方が優れている能力もある。

 どういう理屈なのか分からない時間遡行がそうであるし、長距離の転移もそうだ。


 今のところミレーヌは、その転移の制限を明かしていない。

 ただ時間遡行は無理でも、転移の距離の延長はしておきたい。

 透明化が出来るといっても、完全な透明化とは違うのだ。

 遠距離の転移が出来れば、さらに桜盛にとっては便利になるのだ。




 桜盛の転移能力は、視界の範囲内でおおよそ5メートルといったところだ。

 一度使うと10秒ほどのクールタイムが必要になるが、無理をすれば連続で使えなくもない。

 ミレーヌの転移は、桜盛が桂木邸で見た限りでは、数百メートルから数千メートル。

 上限などを教えてもらわなくても、どういうコツで転移するのか、それを教えてほしい。


 そんなわけで桂木邸へやってきた桜盛である。

「ちょちょちょ! あ~! ダメ~!」

「ふはははは!」

 なんか鉄山とFPSらしきゲームをしている。

「初心者になんたる扱い!」

「手加減してもらっても、楽しくねえだろ」

 まるで孫と遊ぶかのように、鉄山もはしゃいでいる。


 思えば桜盛は鉄山が、この屋敷の外に出ているのは見たことがない。

 もちろん何かの用事があれば、出て行くこともあるのだろう。

 また90歳を超えていながら、木刀を振り回しているのは知っている。

 しかし基本的には、もういつお迎えがきてもおかしくない、老人ではあるのだ。


 そんな鉄山にとっては、ミレーヌの存在は、面白い非日常になっているらしい。

 長い人生を生きてきた鉄山であっても、さすがに時間遡行者と会うのは、初めてであろう。桜盛も勇者世界まで含めてさえ、そんな人間と会ったことはない。

 しかし大きな画面を使って、テレビゲームを楽しむ。

 鉄山は隠居だからいいとして、ミレーヌはもっと調べることがあるのではないか。


 そう思って実際に言葉にもしたのだが、ミレーヌの返答はあっけらかんとしていた。

「何をどう調べたらいいのか分からない」

 未来におけるミレーヌの日本は、それほどまでに衰退しているのか。

 そもそもパソコンはかろうじてあっても、ネットワークが存在しないらしい。

 また電話などもかなり不通で、無線の方が安心だとか。

 第三次大戦後の世界は、まさに世紀末であるらしい。


 なお図書館などでは、こういうものは調べられない。

 そもそもミレーヌは、パソコンのキーボードが叩けないのだ。

 今時の子も、キーボードよりはスマートフォンに精通している子の方が多いかもしれないが、学校の教育でパソコンを扱う。

 未来が今より衰退しているというのは、悲しいことである。




 ミレーヌは超能力と言っている魔法に関しては、相性というものがある。

 たとえば桜盛は戦闘力と破壊力、その継続力に長じている。

 治癒系の魔法に関しては、自分に対するものは耐性があるが、他者に対してのものへは上手く解呪することが出来ない。

 それでも鉄山や志保に対する呪い程度なら、簡単に解呪できるが、あれは力技だ。

 呪いをかけた本人に、その呪いを返している。

 だが本職の聖職者であれば、呪い返しなどすることもなく、呪いを消すことが出来るのだ。


 またアイテムボックスに関しても、実は勇者時代の方が、容量は小さかったりする。

 そもそもこの億リットルなどという単位の液体を、どういう理由で収納するというのか。

 勇者世界ではむしろ、広大な湖の水を抜くのに、便利であったかもしれない。


 情報魔法というのもあって、ある程度の集合知に接続出来る魔法もあったりした。

 だがそれよりは今の桜盛の、質問権の方が便利である。

 他には翻訳の魔法は、勇者世界では役に立ったが、こちらには持ってこれなかった魔法だ。

 確かにこれが存在していたら、どうやって翻訳しているのか、ひどく面倒なことになっていたかもしれない。


 そんなわけでミレーヌに、転移についてのコツなども聞いてみる。

 これに関してはミレーヌも、桜盛の戦力の底上げのためには、重要だと認識しているらしい。

「イメージからの飛躍と言うか……」

 未来の能力者はそういうものなのかもしれないが、ミレーヌは教えるのが曖昧である。


 勇者世界であれば魔法は、完全に学問として成立していた。

 桜盛の場合は常時起動型の魔法や、自動起動の魔法、任意起動の魔法を使っていた。

 戦闘中においても、魔力を多く消費してでも、発動までの時間を短縮する。

 でなければ高速での戦闘には耐えられないのだ。




 桜盛としては欲しいものは、自分の怪力にも耐えうる武器である。

 だがもう距離を置いて戦う相手であっても、魔法で叩き潰す方が早いな、とも思っている。

 相手の攻撃はほぼ全て無視して、素手で殴る。

 こちらに戻ってきて以来、一番強い相手だった高将軍相手でも、武器は決め手ではなかった。


 ただミレーヌのように、転移を使える能力者が多くなった場合。

 それと対戦するためには、こちらも追跡の能力は必要になるだろう。

 また一瞬で1キロほどの距離を移動できるなら、神経ガスなどの脅威からは逃れられるかもしれない。

 桜盛はここのところ、化学反応は今の肉体にどう影響するのか、既に調べてある。

 希釈した塩酸や硫酸を、皮膚にたらしてみたのだ。

 結果としては皮膚に対する化学反応が起こる前に、皮膚などを防御している魔力が反応し、無害化に成功している。

 まだ戻ってから時間がさほど経過してないので断言も出来ないが、病気などにもかかりにくくなっているようだ。


 生物としてではなく、純粋に物質として強固。

 それが今の桜盛ではある。

「教えるのは難しい……」

 ミレーヌはそう言っているが、ある程度の制限は確かにあるのだ。

 純粋に桜盛に、適性がそこまでないと言ってもいい。


 また桜盛よりも一部ではあるが、優れた能力者に関しても、ミレーヌの能力が関係している。

 時間素行ということは、桜盛が死んでから誕生したのだとすると、桜盛よりも強力な能力を持っていても不自然ではない。

 現時点では桜盛が最強、という理屈からは外れていないのだから。

「医学的な面から考えてみるか?」

 鉄山の提案したのは、ミレーヌと桜盛の血液検査である。

 一般人と能力者の間に、どういった差異があるのか、確認するのも悪くはない。


 ただ勇者世界において、桜盛の血液などというのは、特別視されたりはしなかった。

 確かに出血してすぐの血液には、多くの魔力が含まれてはいた。

 しかしそれも時間の経過で、霧散してしまうものであったのだ。

「ミレーヌはともかく、俺の血はちょっと調べてもらうのはいいかもな」

 桜盛としては自分が、どれだけ普通の人間と違うのか、出来るだけ知りたいのだ。

 少なくとも一般人との間に、子供が作れる程度には、遺伝子の変化などはないようだが。


 そうやって時間を潰す。

 桜盛の質問権により、敵の動向は既に分かってしまっているのだ。

 ミレーヌは理解しがたいようだが、桜盛としても質問権を説明する気はない。

 だが油断だけはせずに、アメリカからの刺客を待つ。

「なんなら街を出歩いてみたりするか?」

 文化的なことがかなり死滅しているらしい未来の日本。

 ミレーヌに対しては魅力的な提案を、桜盛はしたのであった。

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