第60話 VSアメリカ
アメリカは世界で唯一、能力者を他国で積極的に使っている国家、であるらしい。
もっともそれも「比較的」という言葉が頭につく。
日本も含めてほとんどの国では、能力者は守勢に使う。
土地にあらかじめ準備をしておいて、自分たちのフィールドで戦えるからだ。
アメリカが他国にまで能力者を派遣できるのは、彼の国が多民族国家であるからでもある。
中東に派遣するのに、東洋系や西洋系の人種であれば、それだけで目だってしまう。
能力者の移民や亡命は、基本的に受け入れるのがアメリカだ。
しかし日本などは、かなり受け入れの条件は厳しい。
もっともこれには良し悪しがあり、スパイがアメリカに入り込む場合、比較的簡単であったりする。
日本の場合は特に都心部を除けば、外国人が埋没することは難しい。
アメリカという国家の強さは、受け入れるというところにある。
もっともそれ以前には、先住民の虐殺があったのだが。
病原菌の蔓延などによって、南北アメリカ大陸は、かなりの部分が浄化されてしまった。
特にアメリカなどは西部劇によって、その差別の歴史が神話となっている。
日本も古代にまで遡れば、おそらくは先住民族を征服したという、大和朝廷の歴史があるはずではあるのだ。
もっともアメリカは新しすぎるがゆえに、その鮮血の誕生が明らかなのだ。
原罪という言葉は、アメリカにこそ相応しい。
糊塗するにはあまりにも、建国神話が残りすぎている。
そういった部分が逆に、どんどんと外からの人間を受け入れ、それがまた国家としては強くなっていったのだろう。
日本としてはなんだかんだ言いながら、東洋系を差別するのは困ったものだとは思う。
基本的に日本人はアメリカに移民しても、おとなしくしていたのだが。
アメリカは能力者の科学への応用も、一番進んでいる。
ここ最近の発明としては能力のジャミング装置が有名であるらしい。
さすがにこれは最先端兵器で、日本でも米軍基地にしか存在しない。
逆にそれで日本の米軍の戦力が維持できるなら、それは同盟国としては頼もしい限りであるが。
この計画についてミレーヌは、さすがに詳細は知らない。
数十年前の話であり、しかも内密にあったことなのだ。
だがこういった事件はデータではなく紙で保存されていたため、ある程度の顛末は調べることが出来た。
九月の上旬にアメリカの工作員と共に、能力者が入国。
そして桜盛を見つけるために、色々と活動をし始めたのだ。
中国政府と崑崙の仙人は、完全に無関係である。
なのでそちらから、世界中に桜盛は無害であると伝えられた。
だがアメリカは世界最強の国家でありながら、その歴史は新しい。
また国家が能力者を完全に管理しているということからも、能力者を下に見ているという傾向があったのだろう。
なのでよりにもよって中国からの説明があっても、桜盛の危険性を高く評価していたわけだ。
しかしアメリカも、危険なことをしているものだ。
「虎の子の能力者を一緒に連れてきているのか」
ここがちょっと桜盛としても、分からないことである。
「細菌兵器と言うからには、無毒化する薬品も出来ているんじゃないのか?」
鉄山はそう指摘し、ミレーヌも微妙に頷く。
兵器として使うからには、それに対抗する手段も同時に開発するのが、当然の話である。
特に能力者にだけ効果のある病原菌など、逆に特徴がありすぎて、対応もしやすいのではないか。
「アメリカはだから、最初は甘く見ていたんだけど、変異したみたい」
「細菌兵器で間違いないのか? ウイルスではなくて?」
「あれ? どうだったかな?」
微妙に知識自体も頼りない。
それと話を詳しく聞いていれば、ミレーヌには耐性があったことになる。
現物を手に入れて、ミレーヌの血液なりを利用すれば、薬も作れるのではないか。
未来の医療技術が、どれだけ劣化しているのか、ミレーヌの言葉だけでは分からない。
かといって兵器自体を残しておくのも、それはそれで危険である。
どのみち作ったとしても、さらに変異する可能性はある。
いや、その変異した細菌でも、ミレーヌに効果はなかったということであるのか。
未来が中途半端に分かっていると、判断は色々と迷ってしまう。
細菌兵器にしても、当初は桜盛が焼却処理し、日本政府は手に入れた振りだけをする、というのがいいと思っていた。
だが対抗するために薬を開発するなら、政府に渡す必要がある。
さすがの桜盛も、医薬品を簡単には作れないからだ。
もっとも対抗する手段に、心当たりはある。
神様のくれたポーションである。
勇者世界の常識であれば、ポーションは怪我などだけではなく、病気などにも効果があった。
おそらく神様も、それを念頭にポーションを作ったと思いたい。
自分一人が助かるだけなら、それで充分だ。
もっともこの細菌兵器が、どれだけ致死性が持続するのか、そのあたりも問題だろうが。
ミレーヌの話では、変異する細菌だ。
ただウイルスと違って細菌ならば、比較的対応も簡単なはずなのだが。
「政府に任せず、こちらで調べてみるか?」
解決策を提示してくれたのは、年の功か鉄山であった。
ミレーヌが教えてくれた、穴だらけの情報。
だがこの計画に関しては、アメリカが組織的に関わっているはずだ。
そして組織的に関わっているということは、共有されている情報がある。
つまり質問権で、おおよその全貌は掴めるということだ。
当初はアイテムボックスに、兵器を収納すればそれで解決だろうと思ったりもした。
だがアイテムボックスは、生物を入れることは出来ない。
細菌は立派な生物である。以前には既に死亡している生物を入れようと思ったが、それも入らなかった。
細胞単位ではまだ生きていたからであろう。
それにアイテムボックスは、中の時間が止まるわけではない。
日光による風化や、大気中の酸化とは無縁のようではあるが、細菌もエネルギーを得なければ死ぬ。
鉄山がグループの関連会社で調べてみようか、と言ったのは桜盛には悪くない提案に思えた。
だがミレーヌはぶんぶんと首を振る。
「少しでも漏洩する危険性があるなら反対する。変異したあれによって、どれだけの人間が……」
確かにそれはそうなのだろうが、人類の歴史を見てみれば分かるだろう。
かつて猛威を奮っていた天然痘は、今では恐れるべき病気ではない。
しかしそれは、ワクチンの開発があったからこそだ。
ウイルスではなく細菌であって、そしてどんどんと変異するという。
特に日本やアジアの能力者は被害を受けて、そしてアメリカにも渡った。
ただ直接的な人的被害は、やはり戦争によるものが大きかったのではないか。
そう桜盛も鉄山も思っているのだが、ミレーヌには未来の世界の確かな情景が見えているのだ。
「この細菌兵器は、研究しても変異して、対応できなくなる。だから処分するのが一番」
ミレーヌのこれは、感情的な判断だ。
世界の歴史を見てみれば、確かに感情的な判断が、むしろ正しかったということもある。
だがそれよりもずっと、感情的な判断によって、事態が悪化した例が多いのだ。
そもそも戦争にまで世論を持っていく。
そこにあるのは、損得勘定ではなく、感情というのが一般市民にはあるからだろう。
鉄山は戦後を生き抜いた現実主義者であるし、桜盛もまた魔王を倒した勇者である。
そこにあるのは危険に対してどうするか、冷徹な観点だ。
「爺さん、そこに研究や分析を依頼したとして、流出の危険はどれぐらいある?」
「ないとは言えんが……ただどういうものかが分かっていないと、対処も出来ないであろうに」」
核兵器のようなものである。あるいは原子力と言おうか。
確かに危険ではあるが、決めるのはリスクとリターンを比較してのことだ。
それを感情論に流されていては、政治家など何も出来はしない。
もっとも利権構造があるので、政治家も好き勝手出来るわけではないのだが。
ミレーヌは反対したが、どうせここで兵器を抹消したとしても、アメリカ本土には残っているのだ。
もちろんアメリカのそういったセキュリティは、日本よりもはるかに高いとは思う。
だが今回、このように日本に持ってくるのならば、いずれどこかで洩れるのではないだろうか。
「安全保障にも関係するし、権力側にも確認してみようかな」
「結局は政府に任せるということ?」
ミレーヌはそう言うが、日本の防諜システムがどういったものか分からないと、判断も出来ないであろうに。
とにかく将来的なことも考えて、予防接種が出来るようにはしておいた方がいい。
そもそもどういった感じで、能力者を死亡させるのか。
ミレーヌという耐性のある人間はいるのだから、研究さえすればどうにかなるとは思う。
それに桜盛は意外と、日本の国家機関を信じている。
国家機関と言うよりは、五十嵐たちのような能力者を扱う機関をだが。
「けれどいつ、そいつらがやってくるか、その日も分かってないのよ?」
「それに関しては、俺がどうにでも出来る」
質問権によって、あちらの計画はかなりのところまで、一方的に入手することが出来るだろう。
ただこの力も、桜盛は誰かに言うことは出来ない。
「俺には限定的だが予知能力があるからな」
聞いてないぞ、とジト目を一瞬したのは鉄山であった。
ミレーヌはしばし、鉄山のところで世話になることになった。
現代の日本であると、ちょっと路地裏に入れば、充分に食べ物が手に入る。
それを残飯と言うのだが、ミレーヌにとっては充分なご馳走であるらしい。
どれだけ貧しいのか、未来の日本。
そしてしっかりと連絡も取れるようにしてもらった。
あとは桜盛の方で、質問権を使ってアメリカさんの計画を把握するだけである。
実働部隊のリーダーに、作戦を立案した者、二人は必ず全容を把握しているはずだ。
おおよそは分かったところで、また茜に連絡をする。
『あたしは使いっ走りじゃないんだけどね』
そうは言っても連絡員を、これ以上増やすわけにもいかないだろう。
準備された料亭の方で、またも桜盛は五十嵐と話すこととなった。
「とまあそういうわけで、アメリカの細菌兵器をどうするか、その相談なんだ」
「細菌兵器って……能力者だけに影響があると言っても、それの致死性や伝染力はどの程度なんだ?」
そのあたりを知っておかなければ、予防することも出来ない。
「基本的に人と人でしか感染しないけど、一般人には無毒で、逆にそのせいでそれなりに感染していく」
「空気感染か?」
「飛沫感染だそうだから、ある程度は空気感染するみたいだ」
このあたりの情報は、質問権でまるっと抜いてある。
一般人には全く害がなく、キャリアとして運ばれていく細菌。
そのせいでよほどの僻地以外は、あっという間に広まっていく。
なにしろ能力者以外は、感染しても発症しないのだから。
「これを国家機関に任せると、他の国にまで洩れる可能性が高いと思うんだが」
五十嵐はしばし考えこんだが、その判断自体は間違いではないと思う。
「アメリカはそれを無毒化する薬品は持っていると?」
「それは間違いない。ただしこの細菌は変異しやすい」
「本当に細菌なのか? ウイルスじゃなくて?」
細菌ならばまだしも、対応はしやすいのだが。
五十嵐としては、どこでそれを扱うべきか、と思いを巡らす。
これを手に入れれば、既に無毒化出来るアメリカはともかく、中国やロシアとの対決では、かなり優位に戦えるだろう。
またアメリカの、必要以上の首輪も、断ち切ることが出来る。
組織の人間として考えた場合、それは絶対に手に入れて、研究し、日本も無毒化に成功しなければいけない。
そこまで考えるだろうな、と桜盛も分かってはいる。
問題となるのは、それが将来盗まれてしまう、ということだ。
時間遡行者の存在については、さすがに信じてもらえないだろう。
いや、そもそも五十嵐にも教えることは避けたい。
「計画を阻止するのに、協力を頼めるか?」
「むしろ俺一人でどうにかするつもりだったんだが」
日本の公務員は、国防に対してそれなりに熱心であるらしい。
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