第59話 未来の選択

 中国の仙界に行って来て、その後には殺し屋たちとのデスゲームに参加。

 まったく殺伐とした桜盛の青春である。

 そんな桜盛は勇者に変身して、鉄山の元を訪れていた。

 ミレーヌのことまでも説明して。ただ、桜盛自身のことは隠して。

 桜盛の話を聞いて鉄山は、明らかに隠されていることを察している。

 だが追求してこないあたり、度量が大きいと言えばいいのだろうか。


 桜盛の訪問を知らされて、食事の用意までしてくれた。

 とは言っても既に家では食べているのだが、ここでもまた栄養を摂取する。

 仙界の話にも興味深そうに相槌を打ち、殺し屋同士の殺し合いに関しては、顔をしかめていた。

「悪趣味なやつらだなあ」

「人間は暴力が好きな生き物だし」

 現代ならボクシングや総合格闘、古代なら剣闘士など、人間は確かに戦闘が好きではあるのだろう。


 桜盛としてはもう、勇者世界でやりきったつもりでいた。

 実際にこちらに戻ってきてからも、淡々と作業として人は殺していた。

 ただ崑崙で高将軍と戦った時は、戦闘の高揚が湧き上がったものである。

 脳内麻薬は戦っていれば、どぴゅどぴゅと出てくるものなのだ。


 特殊能力を持つ殺し屋の話などは、これまた眉をしかめていた。

「そういうのは潰しておいてくれた方が、こちらとしてはありがたいんだがなあ」

 鉄山は殺し屋に、狙われる側である。

 これだけ長く生きていると、綺麗ごとだけで済まない世界だとは分かっている。

 だが出来るだけ綺麗に見せておく必要は、絶対にあるはずなのだ。




 やがて食事も終わり、そろそろ鉄山としては寝るかな、という時間帯になってくる。

 今晩は来ないのか、と桜盛は帰るつもりになっていたが、強い魔力反応を感知。

(上か?)

 それも屋根の上とかではなく、もっとずっと上空である。

 そこに突如として発生した反応は、わずか数秒の後に消失した。

(何!?)

 そして縁側の庭先に現れたのだ。


 敵意はないはずであるが、桜盛は一息で庭に飛び出す。

 そして彼女と対峙した。

 メキシコにありそうな、変なマスクをしたミレーヌと。

 いや顔は分からないが、魔力の波長で誰かは分かるのだ。

「何者が、何用だ?」

 桜盛の問いに対して、すぐにミレーヌは両手を上げる。

「桂木雄二、貴方にお願いがあって来ました。世界の未来に関することです」

「会長ではなく、俺なのか」

「……そちらの方がこの国の権力者なら、お願いしたいこともありますが」

 そんなミレーヌの言葉であるが、これが彼女の魔法か。


 遠距離転移。

 勇者世界ではそれなりに、魔法による転移というのはあった技術だ。

 しかし魔力もかかれば、必要な物も多く、設備も大変であった。

 単独で遠距離を移動する魔法使いなど、敵にさえ一人というか一体いたぐらいである。

 あれを倒したことで、桜盛たちはようやく戦争を優位に進めることが出来るようになった。


 ミレーヌはまず上空に転移し、それからこの庭先に降り立った。

 数秒のタイムラグで、慣性などを無視して、瞬間移動したわけである。

 桜盛の短距離転移と比べれば、まるで仕組みが違うのではないか。

「まあ、上がりな」

 鉄山に言われたミレーヌは、そのまま縁側に上がろうとする。

 それを制止した桜盛に、訝しげな視線を向ける。

「怪しく見えるかもしれませんが、怪しいものではありません」

「いや、そうじゃなくてここは土足厳禁だ」

 少し苦しそうな顔をした後、ミレーヌは神妙に靴を脱ぐ。

 靴下には大きな穴が空いていた。




 正座も出来ず、かといって胡坐をかくでもなく、なよっとした感じでミレーヌは座ることとなった。

 日本語を使っているからには、未来でも日本にいたのだろうが、靴を脱ぐ文化は廃れてしまったのか。

 世紀末救世主伝説である。

 まあ今でも眠るときにさえ、靴を履いたままという国はあるらしいが。水虫にならないのだろうか。


 ミレーヌはまず、自分のことを説明する。

「ひょっとしたら誰かのルートで、既に聞いているかもしれませんが、私は未来から来ました。そして未来のために、力を貸してほしいと思っています」

 そして桜盛が一度は聞いた話を、またすることになった。

「アメリカの開発した兵器によって、日本の能力者の抹殺を図る。それが計画です」

 なんとも漠然とした計画ではある。


 一応は同盟国であるアメリカが、日本においてそんなことをする。

 世界情勢的に考えて、日本の防衛力が低下するのではないか。

 あるいは桜盛のみに効果があるのか、という話でもあったりするが、実際は能力者全体に効果がある、特殊な細菌兵器らしい。

「それが散布されるか、運送されるのを、俺に防いでほしいのか?」

「それもありますが、問題はこの数年後の話なのです」

 ここまでなら別に、まだ問題ではないのだ。

 問題になったのは、これから数年後の話である。

「中国のスパイの手によって、今回の事件によって日本が手に入れたその細菌兵器を、盗まれてしまうのです」

 あちゃ~、というシナリオである。


 日本にはスパイ防止法がないが、実際のところは公安が内密に処理している案件はそれなりにある。

 ただそんな重要な押収物を、よりにもよって盗まれてしまうのか。

「つまり日本が手に入れる前に、俺が処理しろということなのか?」

「それもまた微妙なところなのです」

 ミレーヌによるとこの細菌兵器の存在によって、日本は核による安全保障と同じような、抑止力を手に入れることになる。

 それをなかったことにすると、予定以上に歴史が変わってしまうかもしれない。

 下手をするとパワーバランスが狂って、第三次世界大戦が避けられなくなるかもしれない。


 そう、ミレーヌが止めたいのは、アメリカの計画でもなく、中国による兵器の獲得でもなく、第三次世界大戦だ。

 核兵器が数発使われたことによって、米中の大戦が勃発。

 どちらが勝つかは言えないが、それによってアメリカの東アジアの前線基地である日本は、かなりの被害を受けたのだ。

 そして例の細菌兵器が、変異したことによって、世界中に散らばることになる。

 一部の耐性を持つ能力者以外は、地球の能力者が全滅してしまうのだ。


 すると能力者をお互いに抱えた上での、安全保障というのも成り立たなくなる。

 これによって起こったのが、第三次世界大戦なのだという。

「ありゃあひでえ……」

 鉄山は第二次大戦中に生まれている。

 東京大空襲を経験していて、あれはさすがにもう二度とごめんだ、と実感できる人間なのだ。

「俺もまあ、手伝ってやる。その話が本当だと確認出来たら、だけどな」

 どうやら桜盛も、これは避けて通れない道であるらしい。

 そもそも史実では、桜盛がどうにかしたようではあるのだが。




 未来への影響が少なく、それでいて最悪の未来を回避する選択。

 それは途中までは、本来の史実をたどる必要がある。

 アメリカの計画の阻止と、細菌兵器の日本政府による確保。

 ここまでは問題がない。

 問題になるのは、それを中国に奪われるという点だ。


 安全を保証していた抑止力がなくなる、第三次世界大戦。

 そして能力者にのみ有効な、細菌兵器の拡散。

 前者は現在のところ、日米同盟によって阻止されている。

 日本が細菌兵器を奪取し、アメリカから距離を取ったことが、後から見れば危険なことであった。

 そして後者の細菌兵器を奪われ、しかも散布されたそれが変異したことで、安全保障体制が完全に崩れることになった。


 国益の最大化を考えなくてもいいなら、そもそも前者を止めるために、アメリカの計画自体は阻止したとしても、細菌兵器を日本政府に渡さなければいい。

 だがこれを日本が持っていないと、今後も日本はアメリカに従属することになる。

 文化的に見ても体制的に見ても、それはさほど悪くない現状維持だと、桜盛などは思う。

 スパイ防止法がない日本ではあるが、そんな危険なものをよく持ち出せたな、とそうも思ったりする。


 国益の最大化を考えるなら、中国のスパイによる奪取を防がなければいけない。

 だが未来ではこれに失敗しているため、第三次世界大戦につながった。

「なら持っているのか持っていないのか、分からないようにしておくべきなのが一番いいのか」

「おいおい、ちょっと待て」

 桜盛の言葉に、鉄山は少しだけ待ったをかける。

 そしてしばらく考え込んだ。


 桜盛の人生経験は45年分ある。

 だが鉄山は90年以上であり、しかも桜盛とは違ってこの地球の経験を持っているのだ。

「この兵器の影響は能力者だけなわけか? それでも第三次世界大戦が起こったと?」

「兵器を手に入れた日本は、アメリカからの干渉をかなり撥ね付けることが出来るようになって、どちらかというと中国と手を結ぶようになったの」

「中国と?」

 鉄山は難しい顔をする。確かに日本の中には外交的に、中国との関係を重視する人間もいる。

 特に政治家などの中には、中国との関係性を重視するしかないと、断言している者までいる。


 もっともこれは中国に限らず、ロシアとの関係を深めるべきだとか、韓国との関係を深めるべきだとか、色々な存在はいるのだ。

 政治家だけではなく学者、民間、様々な形で様々な国と関わっている。

 日本の潜在的な敵国は、現在では中国が一番危険だ、と鉄山などは思っている。

 だがそれと親中派の人間は排除しろ、とはまったく別の問題だ。

 相手が弱ったところにつけこんで、外交による果実を得る。

 そのためには近しい政治家が必要だ、ということは間違いではない。

 間違いであるのは、今の日本の政治家の場合、逆に向こうに取り込まれてしまっているということなのだ。


「アメリカとの関係が悪化して、そしてその兵器を紛失して、中国が日本に攻めてきたのか?」

 鉄山の問いに、ミレーヌは明確に答える。

「侵攻自体は台湾と沖縄に、島嶼部だけだったけど。ただどんどん乗っ取られていったという状態だったみたいね」

「そういうことになるのか……」

 桜盛としては勇者世界の経験があっても、今の日本の状況までは、はっきりとは把握していないのだ。




 鉄山はこの細菌兵器の脅威度を、甘く見てはいない。

 日本はそういった能力者を、公的機関に多く抱えているからこそ、秩序が保たれていると言えるらしい。

 だが鉄山は日米関係を重視している。

 幼少期にアメリカによる支配を経験していながらも、その危険性よりは信頼感の方が大きい。

 原爆による被害よりも、シベリア抑留の方が、鉄山には身近な出来事であったということもある。

 またアメリカは日本に沖縄を返還したが、ソビエトは崩壊後も日本に領土を返還していない。

 もちろん実際は、アメリカの軍事基地があるという点で、そこはアメリカ領ではあるのだが。


 また中国に対しても、いい感情を持ってはいない。

 平成以降の企業活動において、鉄山は中国進出は、かなり慎重に行っていた。

 そして危険性を察知すると、早々にグループを引き上げたのだ。

「判断が難しいな……」

 細菌兵器を保持するということは、日本にとっては核兵器に準ずる兵器を保持することとなる。

 これでアメリカの傀儡からは、ある程度逃れられる。

「中国との関係は、どんなものだったのかね?」

「私の時代ではそもそも、中国はもう分裂していたんだけど、日本をかなり巻き込んだみたい」

 ミレーヌの時代には、ネットインフラが既に壊滅していた。

 そしてアメリカにはまだ、そういったものが残っていた。


 中国もかなりの部分が、ネットインフラなどは死んでいた。

 つまり第三次世界大戦は、またもアメリカの勝利で終わったと言うべきか。

 だがアメリカの治安維持能力は、国内に向けられることとなった。

 中国は日本で蓋をする、という路線に戻ったわけである。

 そして日本の人口自体が、移民を含めても5000万人ほどしかいない。

 また中国は分裂して、軍閥が地域を統治しているのだとか。


 詳しい話を聞いてみて、桜盛にもはっきり分かった。

 今の日本の現状の方が、圧倒的にマシである。

 在日米軍と自衛隊の力によって、日本は中国の体制を崩壊させた。

 しかし同時に日本も、ミサイルを大量に打ちこまれたのだ。


 分裂した中国と、その至近という地政学的リスク。

 なかなか日本が再興というわけにはいかなかった。

 おまけに能力者が世界的にほぼ全滅。

 日本はどうやら能力者の手によって、様々な部分が補われていたということだろうか。


 このあたりのことも全て踏まえて、鉄山は結論を出す。

「現状維持が最良だろう」

 桜盛としても、それには異議はない。

 あとはアメリカの計画を阻止するだけである。




 さて、自体の遷移については、おおよそ納得できた。

 だがこれはミレーヌ自身も、生まれる前のこととして聞いたので、どこまで彼女が正確に知っているか、それが定かではない。

 ただ細菌兵器の事件と、その後のユージの失踪、そして桜盛の死亡あたりまでは、ほぼ間違いがない。

 桜盛としてはおそらく、この事件かその後の何かによって、力を失ったのではないか、と思っている。

 ならば15年後に、死亡してしまうというのもありうる話だ。


 桜盛の死因は、飛行機事故である。

 エンジン不良による死亡事故で、これが本当に事故なのかどうかは、ミレーヌの時代では分からなかった。

 ただ事故ではなく、暗殺であったという可能性はあるだろう。

 桜盛をユージと勘違いしての抹殺なら、充分にありうる。

 その場合相手は、日本であるのか他の国であるのか、微妙なところだが。


 ミレーヌはその月日も教えてくれたので、その飛行機に乗らなければ、とりあえず事故死は避けられる。

 だが手段として飛行機事故を選んだなら、他にもやってくることはあるだろう。

 そして桜盛がいなくなってから、スパイによる細菌兵器奪取事件が起こる。

 ややこしいことだが、実は桜盛は死んでおらず、自分で死を偽装したのでは、とも考えられるのだ。


 桜盛は自分が、成長はともかく老化するのか、その点が微妙なのである。

 もしも老化しないのだとしたら、30歳前後に姿を消すというのは、選択肢にあってもおかしくはない。

 またその隠居先としては、崑崙というものがある。

 あえて口にはしなかったが、ユージがいなくなったというものも、桜盛による偽装の可能性が高い。

(とりあえずは、アメリカさんの工作員対策か)

 どういう方法であるのかは、ミレーヌも知らないことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る