第58話 時間移動者

 時間遡行というのは、桜盛であっても聞いたことがない魔法である。

 停滞や加速はあったが、それでもわずかな差であった。

 知る限りでは一番時間差が存在したのは、勇者世界から帰ってきた時の時間である。

 あれは神様の力があったからこそ、30年を一日以下にまで圧縮してしまったということだろう。


 神の力は偉大である。

 それはそれとして、ミレーヌへの連絡手段を考えなくてはいけない。

 もちろん桜盛の力であれば、本来はいくらでもそういったものは使える。

 ただ無料でそういったものを提供できるということは、一般的な常識からすると珍しいはずだ。

「未来からこの時代のお金とか、持ってくることは出来なかったのか?」

「無理だった。自分の肉体以外は」

「え、じゃあ写真は?」

「あれはデータだけを過去に送って、それを印刷したの」

「そういうことは出来るのか? つまり物質は自分だけで、データはいくらでもと?」

「いくらでもじゃない。そもそもデータで保存するという文明がなくなってたから」

 どれだけ地獄なのだ、未来とは。


 どうもミレーヌの話を聞く限りでは、北斗の拳の世界よりは少しマシ、という程度のものであるらしい。

 機械文明がほぼ崩壊しているというのが、今からでは信じられないものだ。

「住居とか生活はどうしてるんだ?」

「綺麗な水が公園で手に入るし、食事も普通にゴミを漁れば手に入るし」

 ええー。

「服は盗んだけどね」

 犯罪以外の何者でもない。


 ただ化粧っ気などはないが、そこまで汚れているようには見えない。

「今も浮浪者やってるのか?」

「冬じゃないから、問題ないし」

 これはさすがに放っておけないのではないか。

 だが言っていることが本当なら、当然のごとく日本の戸籍などはない。

 しかし桜盛の本来のスマートフォンももちろん、飛ばしの携帯にしても、渡すわけにはいかない。

 もちろん用意することは簡単だが、簡単に用意できることを知られたら困る。


 さっさとユージとして、彼女と改めて接触しないといけない。

 それにしてもエレナや蓮花など、あのあたりにはどうして接触したものなのか。

 未来でも彼女たちについては、関係性が分かっていたということだろう。

 つまりあの中に、桜盛と子供を作った相手がいる可能性が高い。

(だけどどうして、また攻略不可ヒロインなんて出てくるんだ!)

 桜盛の感覚は、少しならずずれていた。




 茜の携帯に対して、公衆電話からの連絡がある。

 こういう時はおおよそ、桜盛からの連絡であると、彼女は分かっている。

「もしもし」

『俺だ』

「で、今回は何が起こったの?」

『アメリカさんが俺を抹殺するため、ちょっとした計画を進めているんだが』

「はあ? ってもう……勘弁してよ」

 桜盛の事情に引っ掻き回される茜は、おそらくヒロインレースからは脱落している。


 今回の事件についても、桜盛は単純に解決するのは簡単でも、無難に解決するのは難しいと思っていた。

 まず大前提として、ユージとしてミレーヌと接触する必要がある。

 だが桜盛が出合ってすぐにコンタクトすれば、桜盛との関わりを疑われる。

 しかしミレーヌは期限は言わなかったが、かなりもう時間の余裕がないようなことを言っていた。

 もっと余裕をもって時間移動をしろとも思うが、実はしっかり一ヶ月ほどは余裕を見ていたらしい。

 あの日本近海の爆発事件を基準に、こちらの世界には来ていたのだという。

 なのにまだ見つかっていないのは、桜盛がユージとしてはかなり、行動を慎んでいたことと、崑崙に行っていたためだ。


 ミレーヌは未来とは比べ物にならないほど繁栄した東京に、相当驚いたらしい。

 そしてやがて一人では探すのが不可能だと思い、彼女の知っているこの時代の人間と接触した。

 それが蓮花とエレナの二人であり、美春はおまけであったようだ。


 話の流れ的には、エレナか蓮花のどちらかが、将来の桜盛の嫁さんなのかとも思う。

 だが蓮花はともかくエレナは、今のところ桜盛としての接触はわずかなものだ。

 そもそもミレーヌが接触したために、桜盛を問い詰めに来たのではないのか。

 そう思うと彼女は、既に過去に干渉している。

 そのあたりがどういうタイムパラドックスを起こすのか、桜盛としてはまだ理解できないし、ミレーヌもはっきりとは分かっていないのかもしれない。


 ともかく桜盛は、近日中にまた事件が起こることを茜に連絡する。

 相手が国家権力なのであれば、こちらも国家権力を頼りにする。

 政治的、経済的にはアメリカの従属国に近い日本だが、どうやら異能の力においては、圧倒的な差などはないらしい。

 第二次大戦後の統治があそこまで寛容だったのは、日本の力を認めていたからでもある、と言えるのかもしれない。


 現在も超常の現象については、アメリカは日本を警戒している。

 もっともほとんどの国家において、能力者を使った工作などは、あくまで防御的に使われているのだとか。

 攻勢において使うのは、あまりにもリスクが高い。

 防御側が有利なのは、能力者の世界でも同じようである。




 日本とアメリカの関係というのは、実に微妙なものである。

 同盟関係ではあるが、軍事的政治的にはほぼ従属している。

 一時期は経済力で上回るぐらいの勢いを見せたのだが、それも遠い昔。 

 ただ能力者の扱いについては、完全に国家のスタンスが違っている。


 アメリカの場合は能力者を厳密に管理するらしい。

 また能力の軍事転用なども行い、それが盛んである。

 一方の日本は、とにかくこれを秘匿した。

 どちらが正しかったのかと言うと、時期によってことなる。


 そして現在、アメリカは桜盛を危険視している。

 気持ちは分かるが、どうしろと言うのだ。

 そもそも民間のヒーローというならば、スーパーマンやバットマンのいるアメリカだって、相当に理解されているのではないか。

 まあ日本の場合、それは仮面ライダーや戦隊物になるのかもしれないが。


 実際のところ、明確な悪の組織などというのは、この世には存在しない。

 だいたいが正義同士の価値観の対立か、あるいは利害関係で成り立っている。

 ネットで見るような売国奴や国賊などと言われるものは、桜盛の価値観からすると、ただの代弁者に過ぎない。

 選挙で選ばれているのだから、それを落選させない国民の責任である。

 理論上は、という話になるが。


 選挙という制度を過去から見てみると、ギリシャやローマの時代が有名だ。

 ただ選挙権の制限や、汚職などはどうしても付きまとう問題であった。

 偉大なるローマ帝国にしても、属州での汚職はすさまじいものであったという。

 そもそも属州というのが、ローマ市民のものではなかったりしたのだが。


 古代ローマと日本には、かなり似通った社会問題がある。

 それが少子化であるが、これは一時期は回復したりもした。

 ただローマが市民である権利が安っぽいものになり、その義務を果たすのが難しくなると、やがて完全なる君主制へと変遷していった。

 今の日本では、おそらく世襲政治家というのが、そのあたりの存在になるのだろう。




 そんな政治の問題はともかくとして、アメリカが桜盛のことを危険視したのは確かである。

 崑崙から世界中に、桜盛に関する情報は、流れていったはずだ。

 アメリカにとって中国は潜在的な敵国であるが、崑崙は中国の領域にありながら、実際は独立している。

 政府に力を貸すことはない。それが天仙というものである。


 桜盛はミレーヌに、自分がユージであるということを、結局は言うことが出来なかった。

 なので彼女は、これからも桜盛の将来の写真を使って、この周辺で聞き込みを行うのだろう。

 そして桜盛が20代の半ばになれば、ユージとはかなり似た姿になる。

 もっとも彼女としても、あの写真を誰かに見せることまではしても、渡すことはしないだろうと思いたい。


 桜盛がミレーヌに教えたのは、志保のことである。

 現状ミレーヌは、桂木雄二という人物に対して、全くコンタクトが取れていない。

 ならば桂木姓であり、日本社会でも影響力のある、鉄山について調べればいいのでは、と提案したのだ。

 もちろんそれに、桜盛が協力することは出来ない。

 桜盛がいるところに、同時にユージまでがいることは出来ないからだ。


 ミレーヌにつけていたマーカーは、距離が離れると途絶してしまった。

 反応がなくなってしまったのだが、これはある程度予想していた。

 彼女は時間を超えて移動してきたと言っていた。

 ならば空間を跳躍するのも、可能だと思ったのだ。

 桜盛が持っている、近距離転移。それがおそらく発達したのが、彼女の力である。

 魔法の素質というのは、ある程度は遺伝するものだと言われている。

 最強の力を持つ桜盛の力が、ある程度遺伝したなら、そういうことが可能になってもおかしくはない、と思う。


 そして桜盛は、久しぶりに鉄山に会うことにした。

 日本に帰って来た時に、連絡だけはしているのだが。

 おそらくミレーヌは、今日にでも桂木家に接触する。

 その接触相手は鉄山か志保、どちらかである可能性が高いと判断したのだ。




 なんだか正体を隠してヒーローをしていると、どんどん面倒が増えてくる。

 思えばスーパーマンやバットマンにしろ、あるいは戦隊物にしろ、警察や自衛隊の扱いはどうなっているのやら。

 スーパーマンの場合は確か、自然災害や同じ超人が相手だったと思うのだが。

 戦隊物などは、警察と協力した方が、絶対に活動は楽になると思う。

 もっともほぼ軍事力と言えるものを、国家が支配下に置こうとしないのは、無理があるだろうが。


 また成美と二人の夕食を終え、桜盛は家を出る。

 ちょっとそこまでという説明に、成美は最近疑惑の視線を向けてくる。

 明日からは休み明けのテストがあるので、桜盛としても勉強はしなくてはいけない。

 だがミレーヌの言っていた世界の危機に関しては、桜盛が動かなければ解決のしようはないだろう。


 今のうちに正しく対処していれば、正体もバレることなく、危険度も少ないかもしれない。

 それとは別に、鉄山には色々と相談に乗ってもらうことも出来てしまった。

(まったくもって、どうしてこうなった)

 ただモテたいという欲求があっただけなのに。

 いまだに彼女など出来ることなく、国家の危機に対処したり、仙人の住む亜空間に行ったり、伝説の怪物と戦ったり。

 こういうのが面倒で、勇者世界にはとどまらず、日本に戻ってきたはずなのだが。


 いや確かに、巨乳美人の志保とはかなり仲良くなったし、蓮花とも仲良くなった。

 あちらからのアプローチとしては、美春などが迫ってきている。

 モテていない、というわけではないのだ。

 それでも色々な付随するものが、面倒すぎるだけで。


 事件が向こうからやってくる主人公体質。

 確かにそういったイベントが多ければ、女の子と知り合うことも多くなるだろう。

 だがこれで本当にいいのか、という疑問はわきあがってくるものなのだ。

(出来れば今日にでも、鉄山さんに接触してきてほしいな)

 そう考える桜盛は、自分の力に振り回されつつあった。

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