第57話 曾孫、襲来
厳然たる事実を、まずは挙げていこう。
異世界は存在する。この異世界というのがどういうものなのかは、全容は不明である。
だが桜盛は神様との会話から、異世界が複数存在することは分かっている。
時間の流れというのは一定ではない、ということも知っている。
これは物理学においては、既にアインシュタインが数式で証明していることだ。
ならば時間の遡行は可能であるのか。
神様の言葉で言うならば、それもまた可能であるのだろう。
神は全知全能でありながら、同時に無知全能でもある。
そこに人間の意志が介在することなどはなく、この世界の神を動かすことは、桜盛であっても出来はしない。
崑崙の仙人たちでも、どうやら不可能そうではあったし。
だがそれと、人間による時間遡行が可能かどうかは、また別の問題である。
勇者世界においては、少なくとも時間遡行の魔法はない。
せいぜいが停滞させるか加速させるか、それで精一杯であった。
しかしこの地球にも、仙界のような大規模な亜空間はあるし、時間の流れは一定ではなかった。
それでも過去に移動するというのはどういうことなのか。
桜盛は即座には否定しない。
彼女の言葉と写真から、導き出される回答。
この写真というのは、未来の桜盛ではないのか。
ならば勇者形態であることと、勇者形態であるにしては筋肉が少ないことの説明がつくのではないか。
(今の俺とこの写真の俺は、10歳以上の年齢差があるはずだよな)
勇者世界に行ってからおよそ五年で、桜盛はあの体格にまで成長した。
地球ではそう上手く身長が伸びるとは思っていないので、あの姿に変身して活動していたわけだ。
だがどうやら、当たり前のことかもしれないが、将来はあの姿に近くなるらしい。
体格などはかなり違うが。
まだ確認すべきことはある。
「時間を超えてやってきたというのがまず眉唾ものだが、この写真が桂木雄二なんだな? それと俺になんの関係があるんだ?」
「いえ、その写真は15年後の玉木桜盛、つまり貴方です」
「……どういうことだ?」
「桂木雄二という人間は、15年後の、あるいは10年後ぐらいの貴方に、そっくりだったというわけですよ」
「ええ、似てるから関係者だろうって? それはさすがに強引すぎないかな?」
ユージ状態では写真を撮られていないし、比較するにも限界があるだろう。
この世界の未来で、誰かに決定的に顔を見られ、将来の桜盛と似ていることが確認される。
それでも同一人物だとは、特定できないはずであるが。
ミレーヌはそのあたり、最後の詰めがまだ甘いのか、難しい顔をする。
「桂木雄二はこの数年後行方不明になります。おそらく計画に関係して、死亡したのではないかと思われています」
ああ、その情報だけを見るなら、そうとも思えるか。
桜盛としてはむしろ、そのタイミングで上手く、死んだ振りで裏社会から消えたのだろう、と思えた。
「そして貴方も何もしなければ、今から15年後に死ぬことになります」
また桜盛の思考を停止させる情報が出てきた。
桜盛を殺す。殺せるのか?
あるいはその時までに、何か弱体化することが起こったのか?
色々と考えることはあったが、とりあえず桜盛は訊きたいことが一つあった。
「俺って結婚して、この女の子が俺の子供だったりするわけ?」
「ええ、まあそうですが」
「ちなみに誰と?」
「……それは訊かない方がいいと思います。未来が変わる可能性もありますし」
そういうこともあるのだろうか。
だが桜盛の曾孫であるのに、名字は鈴城なのか。
この女の子が、ミレーヌの祖母だとして、桜盛がエレナあたりとくっついたのか、それとも子孫が鈴城姓の人間と結婚したのか、そのあたりは分からないところである。
桜盛としては、15年後に死ぬなどという言葉を、放っておくことは出来ない。
しかしユージであるところの桜盛が、上手く裏社会から姿を消した。
それは消したのではなく、力を失って消えざるをえなかったのではないか。
そう考えると15年後に、死んだというのもおかしくはない話になる。
「思考実験みたいなものか」
桜盛はそう考えるしかない。
彼女の言っていることを信じても、桜盛にはさほどのデメリットはないと思う。
唯一のデメリットになるかもしれないのは、ユージと桜盛の結びつきを、はっきりとさせてしまうことだ。
だが桜盛があくまでそれを否定した場合、いったいどういうことになるのか。
「もうちょっと詳しく聞かせろ。お前が俺の曾孫だとかはともかく」
「ええとですね、未来では人類が滅亡しかけているんですよ」
「……その、アメリカの計画とかでか?」
「そうです。日本近海の超能力爆発事件、あれにアメリカは危機感を抱いて、能力者を制御しようとしはじめるんです」
崑崙からの連絡は間に合わなかったのだろうか。
いや、世界一のアメリカさんなら、対応策は絶対に考えるはずだ。
桜盛を排除にかかる。アメリカという国家が。
これが他の国であれば、たとえ核を持っていようと、頭さえ潰せばどうにかなるのだが。
「ただ計画自体では、結局桂木雄二を殺せなかったんです」
おおっと。
「しかしその計画が後の世界を変えてしまって、今では……あ、私の時代の今では、人類が滅亡しかけているわけですが」
なるほど理屈は通っている……のか?
ただこれだけでは、桜盛からユージに対しての連絡が取れる、という話にならないのだが。
ミレーヌの話には、まだまだ抜けている部分がある。
桜盛はとりあえず、そこを埋めていく必要があると思った。
桜盛としてはまず、一番確認したいことがある。
それはアメリカの考えている計画が、何かということだ。
場合によっては阻止しなければいけないが、夏休みは終わってしまった。
そして計画自体では、桜盛を殺せなかったという。
また数年後に桜盛は、勇者としての姿では出なくなった。
15年後には、今のこの桜盛が死んだと言われている。
そもそもの話だが、未来から彼女が来たのが本当だとして、ユージに何を頼みたいのか。
桜盛にはずっと、ユージの居場所しか聞いていない。
「そういや、鈴城エレナや蓮花ちゃんがおかしかったのは、お前と会ったからか?」
「ええ、まあこれぐらいは言ってもいいかもしれないけど、未来の私からは遠い親戚になるし」
「蓮花ちゃんもか?」
「それ以上は言えない」
名字が鈴城と言うからには、やはりエレナの子孫でもあるのだろう。
蓮花や美春にも会っているというのは、将来的に桜盛が、あのあたりとくっついたからだろうか。
蓮花はともかく美春とはくっつかないだろうな、と思えるのだが。
そこでふと思った。
「さっきの写真、もう一度見てもいいか?」
「理由は?」
「いや、子供の方をあんまりはっきり見てなかったから」
「母親を当てる気なら、本当にやめておきなさい」
それでも気になることは気になるのだ。
ともあれ本当の問題は、ミレーヌがユージ、つまり桜盛に何を求めているかだが。
ミレーヌにしても、桜盛の正体がそのままユージであるとは思っていないらしい。
だが桜盛が能力者であることは、確信しているのだろう。
尾行に反応することで、それはあちらに確信を与えてしまった。
「結局俺に出来ることはないんだな?」
「桂木雄二を探してほしい。今はまだ本当に知らないにしても」
「それでもし探し当てたら、俺の15年後の死因を教えてくれると?」
「……」
「教えてくれないのかよ」
「迷っているところです」
そのあたり、どういう理屈なのだろうか。
彼女は未来を変えたくないというスタンスである。
だがユージに会うということは、未来を変えてしまうということだ。
つまりある程度未来が変わるのは仕方がないが、それ以外は変えたくない。
いや、そもそも未来が変わったりするのか、あるいは未来を変えるのが目的なのか。
「そんなに重要なことなら、もっと大々的に呼びかければいいんじゃないかな? そもそもユージって人の情報は、未来ではどこから手に入れたんだ?」
これについては桜盛は、ある程度の予測はついている。
「玉蘭という人からよ」
やはりか。
仙人というのは不老長寿である。
もっとも既にお爺ちゃんの仙人はたくさんいたが。
未来においても生き残っていそうなのは、確かに玉蘭などであろう。
「じゃあその玉蘭って人に直接……はまだ生まれてないのか?」
あやうく既に玉蘭が、この世界にもいる前提で話してしまうところであった。
ユージは玉蘭を知っているが、桜盛は知らないのだ。
「生まれていないにせよ、どういう経緯でその情報を知ったのか、ぐらいは聞いてないのか?」
そこでミレーヌは難しい顔をする。
しばし迷ったようであるが、事情を説明してくる。
「未来でもまだ生きている人に、過去で会うのは影響が……」
「曾孫の代まで生きてるんじゃあ、まだ現時点では知らないのかなあ」
すっとぼけたりもするが、どうやら直接玉蘭と会うのは、何か制約があるらしい。
いったい自分は何をしているのだろう、と桜盛は思ったりもする。
ミレーヌの言っていることは、おそらく事実なのだと思う。嘘であるなら荒唐無稽すぎる。
そして桜盛自身が、桜盛として事態を解決するのは避けたい。
そもそもエレナや蓮花に、ユージと桜盛のつながりがあるようなことを、広めてくれただけでも迷惑である。
だがとにかく、ユージとして彼女と会う必要はある。
普通にユージとして彼女と会えばいいのであるが、それだとこのタイミングでは、桜盛との関連が疑われる。
面倒なことではあるが、アメリカまで出張ってきているとなると、絶対に片付けておかなければいけない問題ではあるだろう。
そして曾孫の代にまで、影響が残ってしまう。
そんな一大事なのに、崑崙の仙人はそれでも、動こうとしなかったのだろうか。
もちろん既に動けなくなっているなら、それはそれでもっと深刻な話であるが。
とりあえず桜盛としては、ある程度の解決策を教えておくべきであろう。
そして連絡手段を交換してけば、ある程度は対応できるのではないか。
「そのエスパーが出てくるような大事件を起こすか、何かで呼びかけるかすればいいんじゃないか? あと、念のために俺が接触できた時のため、連絡先を交換しておこうか」
桜盛はそう言ってスマートフォンを出したのだが、ミレーヌは困ったような顔をした。
「私、その端末の使い方知らない……」
なるほど、未来ではもう、スマートフォンでさえ時代遅れになっているということか。
「そもそもそういった通信環境が、もう残ってなかったし……」
どうやら未来は、あまり明るいものではないようである。
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