第37話 国家の犬
最初に死亡判定となった三人の考えていた通り、二つ目の組も桜盛によって瞬殺された。
予想が外れたのは、その後の動きである。
桜盛は残る二組に、合流する余裕などを与えなかった。
分散したままの組の合流ポイントへ先回りし、周囲の索敵が不確かだった隊員を無力化。
結局銃を撃たせることすらなく、この特殊な演習は終了した。
開始から終了まで、およそ30分。
五十嵐が予想もしていなかった、あまりにも早い決着である。
そもそも移動して接触するだけで、二時間はかかるだろうと思っていたのだ。
下手をすれば夜になり、そこから明日まで引きずるかと。
念のため二度目の演習の人間は、既に連れてきている。
だがまだ日も没する前というのは、本当に早すぎた。
隊員たちの死亡確定地点から考えて、桜盛の移動速度はおよそ時速60km/h。
もちろん樹海の中を、それほどのスピードで移動するのは不可能である。
「これが最低でも、というところか……」
そもそも最初から隊員たちの位置を把握していないと、このような迅速な移動は出来ない。
いやそもそも、野生の獣でもこれほどの速度で、移動することはなどはないと言える。
五十嵐は桜盛を甘く見ていないので、これが能力値の最大であるなどとは全く思っていない。
むしろ手加減して、その能力を隠していると考えるべきだ。
実際に桜盛は、この程度の機動戦なら、問題なく行える。
環境さえ整えれば、地球の軍隊にも負けない。
それを確信できたという意味では、桜盛にとっても都合のいいものであった。
富士駐屯地に戻ってきた桜盛は、もちろん怪我一つしていなかった。
この時点では五十嵐は、自衛隊がどのように呆気なく負けたのか、分かっていない。
ただ移動速度と索敵速度が、人間離れしているのは確かだ。
このうち索敵速度とその範囲の方は、あらかじめある程度の予想がついていた。
でなければ武装グループのホール襲撃事件で、最初に亡くなった三人を除いて、一人の犠牲者も出さずに犯人を制圧出来るはずもない。
ただその索敵と隠密の能力が、どの程度のものであるか。
自衛隊の通常部隊の中では、最も優れた特殊部隊が、この有様である。
ギリースーツからまたも着替えていた桜盛は、表情を上手く隠した五十嵐に出迎えられる。
「急いだんじゃないのか? 少し休むか?」
「さっさと帰りたいし、すぐに始めようじゃないか」
全く強がりでもないのが、桜盛の恐ろしいところである。
二人は五十嵐自らがジープを運転して移動し、普段なら実戦射撃訓練で使っている演習場に移動した。
これから繰り広げられることは、下手に建物の中などで行うわけにはいかない。
なので地形が多少は変わってもいい、この場所で行われるのだ。
「ちなみに、ここから君の相手をするのが何人か、分かるかな?」
「最低でも五人で、おそらくは七人かな?」
「……その根拠は?」
「前者は魔力反応で、後者は秘密だ」
「君は魔力と呼ぶのか……」
それだけでもまた、桜盛は情報を一つ提供しているわけなのだが。
桜盛のこれまで見せてきた力は、ほとんど身体強化と、感知系にばかり偏っている。
実際には解呪系や破壊系の魔法も、存分に使えるのだ。
得意ではないが逆に、相手を呪う系統もある。
また半自動的に、治癒魔法が自らの体にかけられている。
おそらくは単純な破壊の系統の魔法は、日本には残っていないだろうな、と桜盛は思っている。
もしもそんなものがあったとしたら、近代化までの時代で抹殺されていたであろうからだ。
あるいは「ある」と口先では言っていることもあるかもしれない。
もっともそういった力は、本当に使ってしまった時点で、世界を崩壊させてしまうものだが。
個人の力が核兵器ほどではなくても、首都で大爆発を起こす。
間違いなくそれは、テロリズムと結び付けられてしまうだろう。
桜盛としてもこの力は、秘匿すべきだと思っていたし、五十嵐の提案でその思いははっきりとした。
世界が魔法を許容するのは、オカルトの範囲内までだと。
目標地点に到着し、桜盛はジープから降りる。
その桜盛に対して、五十嵐は心からの声をかけた。
「一応殺さないようにとは言ってあるが、力は複数組み合わされば、そう上手く制御できるものでもない。無理だと思ったらすぐに降参してくれよ」
「ふむ」
確かに今の桜盛なら、首を切られたらそれで終わりだろうし、心臓を潰されても再生するかどうかは怪しい。
勇者世界なら心臓の再生ぐらいは、普通に可能であったのだが。
五十嵐の言葉は、間違いなくこちらを気遣ってくれるものだ。
ただ同時にそれは、こちらもあまり無茶なことはしてくれるな、と言っているのに等しい。
魔法使いというのは、その兵器としての力が、個人に頼ったものである。
おそらく魔道具の類もあるのだろうが、それでも個人による作成であろう。
ここで演習なのに犠牲が出てしまえば、それは日本の治安維持や、防衛力が低下することを意味する。
「まあ、よっぽど実力が拮抗しない限りは、誰も殺すことはないか」
あるいは拮抗してしまえば、それが最後の一人であれば、そこで中断することも出来るか。
おそらく向こうの作戦としては、まず桜盛の手の内を探ってくるだろう。
今までに知られている能力は、当然ながら伝えられていると考える。
それでも桜盛は、余裕をもって戦えると思うのだ。
ただ気にかかるのは、一点突破型の魔法の使い手だ。
勇者世界でも魔法使いには、一つのことにだけ極端に長けているという人間はいた。
そしてそういう魔法使いは、重要な作戦では中核に据えられるものであったのだ。
桜盛もある意味では、戦闘に特化した魔法使いだ。
もちろん魔法だけではなく、勇者らしい接近戦も得意だったのだが。
五十嵐のジープが、小さな丘の向こうに消えていく。
「さて」
桜盛が鎮めていた魔力を開放すると、周囲の魔力も動き始めた。
(まずは五人か)
接近するのが二人であり、残りの三人はそこから魔法を使ってくる。
以前の警視庁の屋上よりも、さらに難しい状況で、桜盛は戦うこととなった。
勇者世界にいた頃より、桜盛は間違いなく弱体化している。
それは単純な身体能力などに由来するものではない。
単純に言って聖剣に聖鎧、その他のアイテムを失っているからだ。
一応切り札があるにはあるが、それはこんなところで使うべきものではない。
アイテムボックス越しに以前奪った銃はあるが、これはかなり殺傷力の高いものだ。
相手の防御力が分かっていないと、桜盛としては怖くて使えない。
肉弾戦や近距離の武器戦闘の、有利ではないが長じた部分。
それは相手に致命傷を与える一撃の前に、それを弱めて打ち据えることが出来るということだ。
ただ接近戦を仕掛けてきたのは、一人は薙刀を使う老女で、もう一人は……なんだこれ?
服の袖から鎖が飛び出し、その先端が鋭い釘のようになっている。
もっともこれは、鎖の方が攻撃の主体だろう。強烈な呪いの力を感じる。
近距離の戦闘ではあるが、二人の距離はわずかに違う。
まずは薙刀の方を片付ける必要があるか。
「きえええええっ!」
袴姿なのに踏み込むが速く、後ろへの回避は無理。
なので前に進み出る。
刃のないところならば、ダメージはないだろうと思ったのは、これにも魔力を感じたからだ。
しかし柄の部分を受け止めても、怪力で吹き飛ばされた。
強化型という点では、桜盛と同じである。
最もその出力は、全く違うであろうが。
少し距離が出来たところに、後衛からの攻撃が届く。
(重っ!)
重力ではない。呪縛の力だ。
桜盛はそれを力ずくで跳ね返して、術者に返した。
ただ術者のほんの近くに、その力を阻むものがあったように思う。
返されることも前提にして、最初から準備をしていたのか。
鎖の攻撃と共に、視界を遮る霧が出てくる。
魔力の霧であり、これ自体には特に毒性などもない。
ただ視界が奪われれば、他の攻撃を回避出来ない。
魔力感知も使えないはずだが、桜盛は取り出したナイフで鎖二つを弾き飛ばした。
薙刀、鎖、呪縛、霧。
見えているだけであと一人、何をしてくるのか。
(鳥か!)
頭上から襲い掛かってくる、数羽の鳥の気配。
そして弾き飛ばした鎖が、またも動いて桜盛に襲い掛かる。
一瞬で練り上げた力を、体の外に解放する。
魔力は霧も鎖もそして鳥も、全てを押しのける。
だがそこに襲い掛かってきたのが、薙刀による攻撃。
桜盛は今度は、完全に強化して踏み込んだ。
素手による薙刀の柄への攻撃は、それを破壊した。
主武装を破壊したわけだが、今度は腰の小振りな日本刀を取り出す。
小太刀による二刀流。
そのあたりの区別がつかない桜盛には、そんな流派などは分からなかったが。
さて、仕切りなおしだ。
ここまで分かっているところでは、まず接近戦を行うのが一人、そしてやや中距離で鎖を使ってくるのが一人。
おそらくあの鎖は、触れただけでもなんらかの付与効果をもたらす。
呪縛の能力に、霧の能力。
おそらくこの二人も、まだ他の手段を持っているだろう。
そしてあとは、動物の使役か。
地球の魔法使いのレベルというのを、桜盛は分かっているわけではない。
だが玉蘭のやり方を見ていると、彼女は相当の上位者だとは分かる。
やってしまったことが隠し切れず、表の世界にも明らかになっていたからだ。
それでも自由を奪われていないところが、彼女の特異性と言えるだろう。
ただ魔法というのは、単純に強力であればいいというわけではない。
強化にしてもそれが過ぎれば、むしろ体がまともに動かせなくなる。
本当に強大な魔法というのは、必要な分を必要なだけ使うというもの。
霧などは適格に、使うべき時に使われた例であろう。
相手の手の内を、全て知り尽くそうというのは、危険が大きい。
これは演習なのだから、向こうもこちらの手の内は探っているはずだ。
ならばその間に、こちらは一気に勝負を決めてしまおう。
二刀流の老女に対して、桜盛は接近する。
そして交わろうとした瞬間に転移して、背後に出現した。
首筋に触れた瞬間、魔力を吸収して、地面に押し倒す。
「死亡判定」
それから残りの四人の脅威度を判定する。
桜盛の転移は、実はかなり特殊な魔法であった。
勇者世界ではもっと使える者もいたのだが、実は地球では知られている限りでは使える者など一人もいない。
なぜなら使える者がいれば、それを科学で再現しようとするからだ。
基本的に精神に働く系統以外は、魔法は科学で再現出来るものが多い。
桜盛が次に狙ったのは、呪縛をかけてきた能力者。
ともかく呪縛は強度を高めれば、それだけ逃れるのも難しくなる。
デバフのかかった状態で、戦い続けるのは難しい。
なのでその女に再接近し、片手で首を掴んだ。
「死亡判定」
これで残りは三人。
悪夢のような展開であった、と後にこの演習に参加した者は言う。
とにかくこちらの攻撃や束縛は、全て効果がないか回避された。
そして呪いの類に関しても、力ずくで弾き飛ばされる。
テレポートまで使用して、こちらをどんどんと死亡判定とし、次の味方に向かっていく、
最後には鎖を使う男を、その呪縛の鎖を握り締め、効果がないことを明らかにしてしまった。
あまりにも圧倒的すぎる力だ。
予定されていた五人は、その力の底を見ることすらなく、屈辱的な敗北を与えられた。
もっとも桜盛としては、そこまでがウォーミングアップであった。
「あと二人、残ってるな。一人は戦闘要員ではないのかな?」
声をかけられて、ゆらりと空間が揺らめく。
見た目は40代中頃ほどの男と、20歳前後の女が現れていた。
強いのは圧倒的に、男の方だ。魔力感知以外の方法でもそれは分かる。
戦場の匂いがする人間を、甘く見てはいけない。
そして女の方は、その目が紫色に輝いていた。
(魔眼の系統か)
相手の動きを封じたり、また相手の力を見抜いたりと、魔眼には色々な種類が存在する。
おそらくはないと思うのだが、桜盛は自分の正体を見抜かれたら困るな、とは思った。
男の耳元で囁く言葉を、桜盛は聴力を強化して聞き取る。
「全く力の底を見せていません。魔眼でも見通すことは出来ず、ただ何か二つの姿が重なっているような、おかしな気配がします」
「二つの姿とは、つまりあの状態が変身している状態ということか?」
「いえ、そうではないのです。今までに見たこともないことですが、二つの姿が同時に本当であるような……」
これは放っておいたら、桜盛の正体がバレるかもしれない。
ともあれこれで、残りはあの男と対決すればいいだけだと分かった。
下手に情報を見抜かれる前に、勝負を始めてしまおう。
姿を隠していたのは、どうやら女の方の能力であるらしい。
男は完全に戦闘特化というものであろうか。
隠密を解いて、魔力を開放した男。
それは桜盛の知る中では、玉蘭をも上回るほどであった。
もっともそれが限界であるのなら、男は桜盛の敵ではない。
駆け寄った桜盛に対し、男は懐から警棒を持ち出して迎えうつ。
最後の対人戦闘が始まった。
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