第4話 ラッキースケベ第一号!
桂木志保。彼女は放課後、一度学校の図書室に向かう。
本を借りるためというのもあるが、乗るバスをずらすためだ。
通ってくるバスも、出来るだけ混雑する時間よりは一本早めにくる。
痴漢に遭わないための、せめてもの防衛策である。
そんな志保を桜盛は、本棚の陰からそっと見ていた。
いや、早く話しかけろという話であるが、45年物の童貞を侮ってはいけない。
勇者に相応しい立ち振る舞いは出来ても、ほぼ未接触の女の子に、どう話しかければいいのかは分からない。
(や、普通に行けばいいんだろうけどさ!)
普通とは。
同級生に話しかける方法とは、どんなものであったろうか。
転移前の記憶もちゃんと戻っているはずなのだが、ほぼ無関係の女子に、その呪いについて話しかける。
地球はあちらの世界と違い、オカルトは基本的に胡散臭いものだ。
そのあたりを考えると「君、呪われてるよ」などと女子に話しかけるのは、恥ずかしいと言うよりはもっと純粋に、痛い。
45歳童貞には、難しすぎるミッションだ。
ただ上手いきっかけは向こうからやってくるらしい。
昨今の学校はいじめ防止などの理由により、あちこちに監視カメラが仕掛けられている。
図書室にもそれはあるが、実は生徒が勝手に本を持っていってしまわないように、万引き防止的な世知辛い理由もあったりする。
そして一部の人間しか知らないが、カメラの多くはダミーだ。
また図書室などその気になれば、いくらでも死角は作れる。
志保がそんな死角の席で本を読んでいるのは、いつものことだ。
人の直接的な視線だけでなく、カメラすらも怖い。
見られていると思うことと、性的な接触がほとんどイコールになっている。
そんな彼女は読書に没入していたため、目の前に人が来るまで、全くその気配に気付かなかった。
「桂木さん、ちょっといいかなあ」
本に影が射したため、反射的に顔を上げる志保。
そして硬直する。
影から見守っていたというか、接触の機会を窺っていた桜盛も、どうしようとハワハワしだす。
この学校は基本的に、ボンボンとお嬢様が通っている進学校である。
だがその中にも、親の金を使って遊んでいる不届き者がいる。
今の桜盛からしてみれば、多少遊んでいようがしっかり勉強していようが、社会にも出ていない子供であることは変わらない。
しかし誰にも言えることは、軽率であるということ。
数多くの失敗を経験してきた桜盛からすると、志保に声をかけていたあの陽キャ。
ボンボンの中でも普通に、遊びまわっていると評判の男である。
同じ年齢からの視点であると、女にモテモテで遊ぶのにも苦労せず、妬ましい限り。
いずれやらかして失敗するだろうと怨念を込めて見つめるしかないのだろうが、桜盛からするとまた違った見え方がある。
異世界において貴族の中でも、幼少期から遊び回っていた者も、それなりにしっかりとした人間に育つのだ。
実家の太さというのは、高校生のような子供が考えているよりも、よほど有利なものである。
「桂木さん、いつもここで本読んでるよね? どんなの読んでんの?」
チャラ男は軽い感じで声をかけてきているが、図書室ではお静かに。
だがカウンターから離れたこの席では、さほど大きな声でもないので、聞こえていないだろう。
志保は声をかけられたことに硬直していたが、すぐに挙動不審になる。
男慣れしていないとか、そういう問題だろうか。
もっと単純にコミュ障の症状に見えるが、彼女は確かにクラスでも、友達らしき者と話していない。
放課後にこんなところにいるのなら、部活動にも入っていないのか。
椅子に座ったまま後ずさりするその姿は、陰の者と言ってもいいだろう。
地球では平凡に生きてきた桜盛も、以前であれば敬遠していたかもしれない。
だが人間を見る目も、桜盛は養ってきた。
なにより志保の肉体は、45歳のおっさん視点からしても、充分に成熟していた。
桜盛の精神には、発育のいい娘さんだ、という程度の認識しかない。
しかし何も耐性を持たない人間にとっては、彼女の放つ魅了の力は、そうそう抗えるものでもないだろう。
おそらくこのボンボンも、普段はそんなに飢えてはいないのだ。
志保の持っている魅了の力は、常時発動している。
精神に直接働くそれは、上手く活用するなら武器にもなる。
だが今の彼女にとっては、生きにくいばかりであろう。
(どういった理由でこんなことになったんだか)
桜盛は足音を鳴らして、舞台へ進み出る。
「桂木さん」
声をかけた桜盛に対して、志保は体を震わせて反応した。
根本的に男が苦手なのかな、と思いつつも桜盛は用意していた言葉を使う。
「あ……玉木君」
さすがにクラスメイトの名字は知っていたらしい。
「先生に呼んで来いって頼まれたんだけど。いつもここ来てんの?」
「え、あ、その」
チャラ男先輩の方は気にせず、志保に視線を集中させる桜盛。
「用事あって行けないとかなら、俺から知らせるけど」
「行きます!」
まさに天の配剤とばかりに、志保は鞄を持って席を立つ。
チャラ男先輩の視線を感じながらも、桜盛もその後を追った。
背中に悪意の視線は感じていたが、桜盛には殺気を感じさせるほどのものではなかった。
さほどの距離を追いかけることもなく、志保に追いつく桜盛。
一方の志保は、さほどの速度でもないのに、必死で走っていたりする。
「桂木さんや~」
蟹のように横に走り、簡単に追いつく桜盛に、志保は驚きのあまり止まってしまったらしい。
「え、な、まだ何か」
「さっきのは嘘だよ。なんだか絡まれて困ってたように見えたからさ」
「え、あ、ありがとう。えっと、玉木君」
どうも志保の反応は、コミュニケーション能力の障害を思わせる。
ただ男性相手だからこそ、こんなことになるのかもしえない。
もっとも志保は、普通にありがとうと言えただけ、桜盛に対する警戒感が湧きにくくなっている自分を発見した。
志保も経験的に、子供や老人などからは、あまりそういった視線を向けられにくいことを知っている。
たまに普通の男性でも、いっさい志保に性的な視線を向けない者はいるが、あれは同性愛者なのかな、と思ったりもする。
その分類であればこのクラスメイトは、同性愛者なのか。
しかしつい先日までは、普通に胸を見られていたような記憶がある。
まさか一晩の間に、30年の経験を積んだなど、想像出来る方がおかしい。
しかもその30年の大半は、嫉妬深い女神からの監視があったのだ。
童貞を守れば守るほど強くなる。
そういうネタがネットにあったなあと思った桜盛。
30過ぎて童貞なら魔法使いで、40過ぎなら賢者だというが、実際には勇者であった。
達観した雰囲気をかもし出す桜盛に、志保は安心感を覚える。
「桂木さんも大変だね。昔からあんな感じだったの?」
あんな、というのは随分と曖昧な言葉であるが、おおよそ通じてしまうのが志保の状態であった。
自動的に男を催淫する。
まるでサキュバスであるが、あちらの世界にもそういった魔物はいたものだ。
「昔からといっても……」
志保は言葉を濁す。
桜盛としてはここでもう呪いを解いてしまって、あとは関わる必要はないと考えていた。
だが志保に対する質問は、けっこうナイーブなことである。
それに気づかないのが童貞と言うか、そもそも勇者世界では、もっと女が強かった。
尻に触られたぐらいでは蹴飛ばしたりして仕返しをしたし、男もそれを笑って受け止めるというようなセクハラ世界であった。
この会話も繊細な少女には、話題に触れること自体が、苦痛であったりする。
だが30年の勇者世界の常識と、15歳の桜盛のこちらでの記憶。
彼はあまりナイーブでもなかったので、質問のデリケートさには気づかなかった。
なので志保は、ただ頭を下げるだけである。
「あの、本当にありがとう」
頭を下げて、また逃げ出してしまう。
会話が成立しないので、解呪についても話せなかった。
「自分で調べるか……」
幸いにもそれに適した能力は持っているのだし。
地球の神様がくれた、チートの中の一つ、質問権。
これを使えばおそらく、呪いなどは解けるのであろう。
神様もそれなりに、ちゃんと考えた能力だと思う。
全知の力に近い質問権だが、ちゃんとまともな制約がある。
意識して口にしなければ、返答は与えられない。
人がいるところでブツブツと呟くのは、疑念を抱かせるというものだ。
テストの回答にしろ、試験中に問題を呟くわけにはいかないだろう。
そう桜盛は考えたが、これには簡単に抜け道が思い浮かぶ。
(学校の定期テストならともかく、受験なんかには100%対応できるんじゃないのか?)
実際にやってみた。
学校のテストであれば問題などは、作成した教師しか回答を知らないのかもしれない。
だが共通試験や、大学の問題に関してならば、複数の人間のチェックが入っていると考える方が妥当だろう。
つまり試験問題が出来た頃に、家でテストの内容を質問権で手に入れる。
参考書などを使えば、その内容を解いていくのも難しくはない。
どうしても解けなければ、そのまま問題に対しての答えを求めればいい。
完全な、そして正しい意味でのチートである。
しかもこれによって戻ってくる答えは、頭の中で核心部分がイメージとなっている。
つまり短くもなく長くもなく、要点を掴んだ解答が分かるのだ。
「単純な質問なら、無敵なわけか」
検証した結果分かったのは、声の大きさは関係ないが、しっかりと知りたいことを伝えること。
ただネットの情報を片っ端から確認していったら、答えがないということもあった。
単純な数字の記録だけであると、データとしては残っているが、わざわざ人間が全てを憶えているわけではない。
過去の共通試験の問題なども、返答があるものとないものがあった。
つまり作って確認したはいいが、しばらくして細かい内容を忘れてしまったということだろう。
もっとも解答については、質問がちゃんとしていれば全て返ってくる。
知られているというより、そのまま問題を解くだけの能力も、ちゃんとあるわけだ。
これは出来るだけ封印だな、と桜盛は思った。
勇者世界であればむしろ、魔王軍の動向を知るために、必須の力になっていただろう。
だが下手に現代日本でこれを使えば、テストの点は取れるものの、実際は何も解決出来ない人間になってしまう可能性が高い。
桜盛は将来、医者になることを求められている。
医者に必要なのは確かに知識であろうが、それを応用することも重要だ。
正しく質問出来ないならば、正しい解答もちゃんと返ってこない。
しかし今回の問題については、特に便利に使えてしまう。
まずは志保のかかっている呪いについて、その解除方法の質問。
誰がかけたのかという質問に対してさえ、答えが返ってきた。
あとは志保とまた接触し、了承を得て解呪するのみ。
「いや、めんどくさいな」
説明をしても信じてもらえないかもしれないし、そもそも感謝を求めるわけでもない。
知ってしまったからには、解決しておかないと寝覚めが悪い。
その程度の難易度であったのだ。
深夜、桜盛は準備を完了していた。
準備と言っても、特に何かをしたわけではない。
「行くか」
気楽に万の魔物を倒す男は、気楽に呪いを解きに行く。
志保の家については、それこそ質問権で分かっていた。
さすがに自分の家の住所を知っている人間は、二人以上はいるというわけだ。
あとは地図アプリで場所を特定し、そこまで行けばいいだけだ。
透明化の魔法を使い、自室の窓から出る。
そして飛行の魔法を使って、目的地に到着。
所要時間はおよそ五分である。
志保の家もそれなりに、部屋数のある豪邸ではあった。
軽く調べたところでは、祖父がそれなりに大きな会社の、オーナー社長であるのだという。
生命感知の魔法を使い、志保らしき反応を探す。
動機は完全に善意ではあるが、傍から見れば完全に犯罪者である。
部屋を特定したところ、反応によると既に眠っているらしい。
桜盛は念のために、その部屋の中に睡眠の魔法をかける。
これで眠りはより深くなったはずだ。
そして転移の魔法で、室内に入る。
女の子の部屋だなあ、と感想を抱いたのは、鋭敏な五感の嗅覚の部分であった。
きちんと整理された部屋の様子は、見ていても気分がいいものだ。
そしてベッドに横たわる志保に近づき、その毛布を取る。
パジャマのボタンを外していけば、睡眠中であるが巨大な双塔はブラジャーに包まれていた。
桜盛はたわわな膨らみに触れる。完全に犯罪である。
だが桜盛としては、胸に触ったぐらいでどうだというのか、と言ったところだ。
勇者世界では負傷をすれば、仲間の服を脱がせることは当たり前。その中には女性もいた。
治療行為の最中に、劣情を催している余裕などない。
あとはいくら発育がよくても、相手は子供という意識もあっただろう。
勇者世界では15歳にもなっていれば、普通に結婚していてもおかしくない年齢であったことは忘れておく。
掌にあった呪いの抵抗を、簡単に握りつぶす。
呪詛は拡散したが、ある程度は呪った人間に返っただろう。
それでどうなろうと、あとは自業自得である。
パジャマを元に戻し、毛布もかけ直す。
そして後は痕跡を残さず、華麗に去るのみ。
(いや~、いいことをした)
女性の胸に触れるという犯罪行為は、完全に意識の外にある。そもそも犯罪という認識にない。
桜盛はいい気分のまま、その日は眠りに就くのであった。
不思議な気分で目が覚めた。
夢の中で何か、暖かいものに触れられたような。
わずかな違和感があるが、それは気持ちの悪いものではない。
自分を守る意思を感じて、志保は起き上がる。
この数日、自分の周囲には大きな変化があった。
いや、正確に言うと、ずっと前に戻った感覚だと言おうか。
そしてその変化は、錯覚ではなかった。
バスの中で痴漢に遭うことがない。
ずっと感じていた男性からの視線が、確実に少なくなっている。
まるで悪夢が終わったかのように、世界が優しくなっている。
どうしてだろう、と志保は考える。
何かが起こったわけではなく、本当に突然のことであった。
だがひたすら、不安がなくなっていく。幸福を感じる。
自分が女であるということを、強制的に感じさせることのない日常。
別に世界が輝いて見えるようになったわけではない。
ただ平穏であり、静謐である世界。
そんな中、ふと声をかけられる。
「なんか桂木さん、調子良さそうじゃん」
「玉木君……」
クラスメイトだが、ほとんど話したこともなかったはず。
だが思い返せば、彼と話したあの日から、何かが変わった気がする。
彼が何をしてくれたというわけでもないのに。
「調子は……確かにいいよ」
「そっか、良かったね」
その瞬間、志保は悟った。
何も証拠などないし、証明も出来ない。
ただ自分の直感だけを、信じることが出来るのだ。
彼が助けてくれたのだ。
傍から見たら、ただの少女の思い込みに過ぎない。
しかし事実は、正確に直感が的中していた。
クラス一のおっぱいを誇る女の子からの、憧れにも似た好意。
だがそれを注がれる前に、既に桜盛は新たな厄介ごとに首を突っ込んでいたのである。
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