第43話 それがルパンだ~!

 なんでこの場に、家族でも、おそらく恋人でもない少年が同席しているのか。

 高橋は不思議に思ったし、茜も別の意味で不思議に思った。

(この子のこと好きなの? 普通の子だけど……)

 恋愛脳とは隔離された、マッチョな警察で鍛えられた茜の思考。

 だが桜盛は外見を見るに、それほど魅力的な人間ではない。不細工ということはないが、特に見られることを意識してもいない、普通の少年に思う。

 用心棒代わりに連れて来たのだとしても、こちらを気にせずに食事をするあたり、頭の足りない子供なのだろうか。


 ただ交番時代など、深夜徘徊する少女などを見てきた茜には、桜盛に向いている側の蓮花の体が、リラックスしているように見えた。

 恋人なのか、それとも違うのかはともかく、心を許せる存在なのだ。

 本人さえも、それに気づいているかどうかは分からないが。


 茜は二人の関係に注目していた。

 一方で高橋は、普通に蓮花との話を始める。

「この間の、タワマンガラス落下事件だけど」

 蓮花が緊張するのは分かったが、桜盛は耳だけをそちらに注意を向け、食器を動かす手は止めない。

「君も現場にいたことは、分かってるんだ」

(いきなり切り込んできたな)

 桜盛は視線を向けようとしたが、茜がこちらに視線を向けているのに気づく。

 勇者モードの桜盛と一致するはずもないと思ったが、視線を合わせることなく高橋を見る。

「先に言っておくと、あそこで君に何があったかは、うちの仕事じゃない。ただ君と一緒に、背の高い男がいただろう? 彼について知りたいんだ」

「あ~……」

 蓮花はそれを聞いて、逆に緊張を解いたのだった。

「やっぱあの人、警察にマークされてるような人なんですか?」

 そう言われた高橋の表情が、わずかに弛緩したのを、桜盛は見逃さない。


 勇者世界から戻ってきて、だんだんと自分の中で、違和感が大きくなっている。

 それは玉木桜盛という、15歳だった自分と、勇者世界で勇者だった自分、そしてその二つが融合した自分で、どうにも違和感が大きいというものだ。

 多重人格に近いのかな、などと思ったりもするが、時系列的には全てがつながっている。

 ただ30年分が、どこかに無理やりしまわれたようで、それが判断と行動の上で、極端な選択をする元になっていると思う。




 高橋は刑事などの部署で、取り調べなどには慣れている。

 そしてベテランの警察官は、相手の様々な動作や声の調子から、おおよそ相手の嘘を見抜くことが出来る。

 ただこの部署においては、人間関係の構築が、重要なものとなる。

 能力者というのは変わり者が多いので。また上から目線の人間も多い。


 蓮花の逆質問は、内容だけならこちらに探りを入れているのかと思う。

 だがコードネーム・ユージの正体を知っているのか、それぐらいは聞きたい。

「彼の名前を知ってるかい?」

「それも聞き忘れてて」

「え~とつまり君は、あの事件でただ助けられただけだと?」

「命の恩人のことは、ちょっと警察にも教えられないかなあ」

 ふふ、とちょっと大人っぽく笑った後、またすぐに口を開く。

「でも本当に、助けられただけのよ。他の人に雇われていて、その関係で私も助けたみたいだけど」

「その他の人というのは?」

「それも教えてもらってないけど、どこかの会長に雇われているとか言ってたかな?」

 その情報は警察でも、納得するものであった。


 警察が把握している情報は、鉄山とのつながりだけである。

 明確でないものは他に、茜に伝えられた薬物事件の類であろうか。

 そのあたりからは桜盛が、若者の間で顔が通じているのでは、という予測が一度は立った。

 しかしわずかに残っていた映像などから、おおよそ解析した桜盛の似顔絵やモンタージュの一覧からも、芳しい答えは返ってこなかった。


 雇われているという言葉から、外国で傭兵か護衛でもやっていたのか、という予想も立てられてはいる。

 ただ東洋人の容姿ならば、そこそこ目立ってもおかしくない。

 それにあの体格は、長身が多い欧米の国でも、割と目立つ方であろう。

 海外の情報収集には、さほど強くはない日本であるが、ある程度は米軍から流れてくる情報もある。

 また公安も外事案件であれば、それなりに情報収集はしているのだ。


 少なくともテロリストの中に、あのような容姿の人間はいない。

 流暢な日本語を喋っていたので、生まれが日本というのも嘘ではないのだろう。

 スパイとして潜入したなら、他の善事に手を出しすぎている。

 そういった条件を加えても、どうしてもその素性が明らかにならない。


 桜盛があの日、全力で移動したことは、さすがに分かっている。

 そしてやったことが、蓮花の救出である。

 そもそも突然の移動であったが、どうやって連絡を取っていたのか。

 もちろん異能者の中には、テレパシー系の力を使える者もいることはいる。

 だが基本的に携帯電話が普及してからは、優先度が低い能力になっているのだ。

 戦場でなら必要な能力だろうが。




 もう少し話してもいいかもしれないが、ここも望み薄か。

 二人はそう判断しかけていたが、茜は念のためにと桜盛にも質問をする。

「君は、彼女とはどういう関係なの? そういえば名前も聞いてなかったけど」

「後輩の玉木桜盛です。あ、お代わり頼んでいいですか?」

「い、いいけど、よく食べるわね」

「育ち盛りなもんで」

 警官の視線を受けながら、こうも堂々と食べるのは、それなりに凄いことであろう。


 正直なところファミレスの食事のみならず、桜盛はいくらでも食事が入る自分に気づいている。

 ただ普段は、家計を圧迫することもあるかなと、外で買い食いをしているのだ。

 魔力を周囲から吸収することで、栄養に代えることも出来なくはない。

 だがやはり肉体を成長させるのは、普通の食事と運動、休養が必要である。

 そんなわけでここぞとばかりに食べているが、普通の高校生が警察官と同席し、そこまで食欲を発揮するのは異常という認識はなかった。


 追加注文をしたが、そもそも他に何か、尋ねることはあるのか。

 もちろん今後も、何か新しい事実が分かった場合は、その裏を取りに来ることはあるだろう。

「君たちは付き合ってるのかね?」

「いや~、蓮花ちゃん、競争率高いんで」

「え、そうなの?」

「そうだけど……知らなかったの? ほら、俺が最初に来た時に絡んできた奴らも、たぶん蓮花ちゃん狙いだし」

「ああ、随分とあっさりと倒してたけど」

「君は格闘技経験者か」

 高橋がほとんどついでのように、桜盛に問う。

「格闘技ってか武術なのかなあ。流派とかも知らないけど」

「そういえばおーせい君、そのあたり謎だよね」

 蓮花に訊かれたなら、普通に答えていたであろう。 

「お巡りさんの前で、暴力沙汰の話はしない方がいいっしょ」

「そっか」

 なんでこの二人は、子供のクセに警察を前に、全く臆したところがないのか。


 蓮花は素性から、警察への対応も分かっているということだろう。

 ならばこちらの少年は、いったいどういうことなのか。

「君は警官に対しても、全然臆したところがないな」

「まあ俺のやってる悪いことなんて、せいぜい車がいない時の信号無視ぐらいだし」

 そう返す桜盛のことを、やはり不思議そうに見つめる二人であった。





 警察官というのは、嫌われる職業である。

 理不尽であるが、そういうものなのだ。

 もちろん犯罪者相手に嫌われるのはどうでもいいが、一般人に嫌われると悲しくもなるものだ。

 だいたいは自分の交通違反を正当化するために、普通の人間が「どうして俺だけが」「税金泥棒」などと声をかけられて、一度は病んだりするものらしい。

 もっともそれに慣れてくると、何も感じないかむしろ、より違反切符を切ってやろうと暗い情熱を持つものらしい。


 桜盛のやっている、車がいないときの信号無視。

 実は車両同様道路交通法で、しっかり犯罪となっている。

 もっともさすがにそれで、実際に捕まる例は多くない。

 交通を混乱させる場合などは、確かに捕まえることもあるが。

「あんまりお巡りさんに、犯罪を告白しないでね……」

 高橋は疲れる。これが公安でなかったら、一応罰金なりの手続きをしているかもしれない。

 犯罪者はこれぐらいいいだろう、という軽犯罪から、どんどんとエスカレートしていくのだ。


 ただ公安の二人は、そういった軽犯罪は見逃してでも、本当にやらなければいけないことがある。

 なので桜盛に対しても、注意をするだけであった。

「その、君はあの事件の時、どこにいたの?」

 そこでぴたりと、桜盛の動きが止まる。

 完全に茜の質問は、念のためにといったものであった。

 だが実は大正解な選択なのである。


 桜盛としては、ここで別に慌てたりしない。

 ゆっくりと首を傾げて、目を閉じる。

「タワマン爆発事件って、いつ起こったんでしたっけ?」

 そこそこ派手な事件ではあったが、一ヶ月前の無関係者であったら、日にちを忘れてもおかしくない。

 そして正確な日付を教えてもらっても、さらに桜盛はとぼける。

「いつぐらいの時間でしたっけ?」

「夕方の五時ぐらいか」

「おーせい君、あの日は用事があるとか言って、一緒に来なかったじゃん」

「あ、あの日か」

 何気ない蓮花の指摘は、実は桜盛にとってピンチとなるものであった。


 蓮花にストリートに誘われると、基本的に桜盛は断らない。

 ただ他に片付けないといけない用事は、普通にあるのだ。

 たとえば食事の支度などが、自分たちでやらなければいけなかった時。

「確かあの日は、食事当番だったかな? ちょっと調べないと分からないけど、重要ですか?」

「いえ、一応聞いてみただけで、つまり君はあの日、彼女とは一緒じゃなかったと?」

「学校では会ってたかなあ? 部活のあった日でしたっけ?」

「そうだよ」

「あ~、じゃあ食材とか買うのに、予定が入ってた日だと思います。はっきりしないけど」

 こういう時、下手に断言してしまうと、それ一つを覆すだけで、相手に疑念を抱かせてしまう。

 こういった駆け引きは、勇者世界でもやっていたのだ。それよりは肉体言語の方が得意ではあったが」


 茜としても、別に桜盛を疑っているというわけではない。

 ただ、何かが引っかかるのは確かであり、それこそ女の勘であろうか。

 勇者変身した後の桜盛とは、至近距離で顔を合わせている。

 サングラスやマスクなどをしていようと、あの桜盛は基本的に、将来の桜盛の姿ではあるのだ。

「君、お兄さんとか従兄とかに、190cm超えてるような親戚いない?」

 エレナと同じことを言う茜。女の勘は確かに鋭いのかもしれない。

「兄はいないですね。従兄は……最近会ってないのはいるけど、190cmはいないんじゃないかなあ」

「そっか」

 そんな茜に対して、何をやってるんだお前は、という視線を高橋は送っていた。

 男は鈍い。




 あの後も茜は、どこかで自分に会ったことがないか? という質問をしてきた。

 そもそもお姉さんの名前知らないんですけど、と桜盛が当然の返しをして、茜は普通に本名を名乗った。

 どうやら偽名での行動はしていないようである。

「サワタリアカネ……。お姉さんには会ったことないと思うけど、名前はどこかで聞いたような……」

「チェンソーマンで同じ名前のキャラが出てくるからね」

「あ、なるほど」

 準レギュラークラスのキャラであるが、そもそもあれはキャラがコロコロ死んでいく作品である。

 茜自身が名前でいじられたのだ。現実にいそうな名前のキャラは、あまりフィクションでは出すべきではないのか。


 ともあれ解放された二人は、今日はなんだか疲れたな、といった感じで帰路に就く。

 蓮花は何か気づいたことがあれば、また連絡をしてくれと言われていた。

 逆に彼女も、もう一度ちゃんとお礼が言いたいので、伝言をお願いします、などと言っていた。

 その間、桜盛はぼんやりと二人の姿を眺めているだけである。

 隣には高橋が、同じように佇んでいた。

「お巡りさん、タワマンの事件ってあれ、なんだったんですか?」

「ああ……いや、俺が言うのはなんだから、君の先輩から聞いた方がいいだろう」

「そうっすか」

 ふてぶてしいものだな、と高橋は桜盛を評価していた。

 いや、そいつがターゲットなんだけどね?


 そして二人は夜の街を歩くが、桜盛としては蓮花に尋ねるのは憚られた。

 もちろん彼はあの事件について、詳しいことを知っている。

 基本的には蓮花をレイプしてその画像で、東京の蓮花が世話になっている家を、脅すつもりであった。

 預かっている大切な商売相手の娘が、そんな目に遭ったとして、元ヤクザがどう動くか。


 あるいは脅迫に屈しなかったとして、そんな動画をネットにでも流してしまえば、どういったことになるか。

 もちろん両者の関係を悪化させようとした組織が、第一に報復されるであろう。

 だが両者の関係も悪化するのは、間違いのない事実だ。

 桜盛はその結果、問題となった組織のさらに上部組織には、手を出していない。

 ただ手足のように使う組織があっけなく潰されたことで、慎重にはなっているはずだ。


 しかし本当に重要なのは、そういったところではない。

 助けられた茜が、あの勇者状態の桜盛を、果たしてどう思っているのか。

 正体を隠して善行をなしている結果、勇者と女子のフラグは、次々と立っている気がする。

 それに対して桜盛は、友人からまだ踏み出せない志保と、あとは好みではない美春に接触されて、かけているコストに対して、リターンが少ないのではないかと思うのだ。


 本当に、いったい自分は何をしているのやら。

 結局のところ勇者の力を、人助けに使ってしまっている。

 そして正体がバレたくはないと、己の行動を縛っている。

(現代社会は、スーパーマンの活躍する余地がなさすぎる!)

 力があることで、逆にストレスとなり、自由度が減っていると感じてしまう桜盛であった。


「ごめんね~、なんか付いてきてもらっちゃってさ~」

 のんびりと話す蓮花は、やはり強いのであろう。

 それとも鈍いぐらいであるのだろうか。

「蓮花ちゃん、タワマン事件って何があったのか、聞いてもいい?」

 話したくないなら、それはそれでいいのだ。


 蓮花は頭をぽりぽりと掻いて、わずかに話す。

 本来ならばこれは、誰にも知られたくないことなのだ。

 ただ桜盛は、ここまで何も聞かずに、ずっといてくれた。

「まあ、うちの実家と関係のある、東京の会社な。そことまあ敵対しているところが、あたしを人質にして、取引しようとしてたの」

「それは、今はもう大丈夫なの?」

「うん、そっちはどうやら潰されたから」

 完全には潰れていないのだと、蓮花は知らない。あるいはその保護者でさえも。


 やはり夏休み、行動の自由を得たら、一気に消毒しておくべきか。

 いやいや、それは行動が過激すぎるであろう。

「なんかあったら、俺に頼ってくれていいよ」

「おーせい君、実は強いしね」

 そこでにっこりと笑うので、桜盛の心臓に効く。


 これは、あれではないのか?

 蓮花にもそこそこ、好感度が溜まっているのではないのか?

(だけど、まだ早い気がする)

 そう考えていると、あっさりと誰かに取られてしまうのが、この世の常ではあるのだが。

 今の蓮花と並んで歩く桜盛は、それだけでけっこう満足してしまっていたのであった。

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