第66話 主役のいない場所で

 桜盛からの情報提供を受けて、五十嵐は現場の指揮を取ることとなった。

 相手はアメリカからの工作員と能力者であり、細菌兵器らしきものを持っているという。

 当然ながらそちらの方は、正規のルートではなく基地を経由して持ち込まれる。

 それを日本側に止める手立ては、直接飛行機を攻撃することぐらいか。


 自衛隊を動員することなく、警察の抱える能力者で、それをやるかという話もあった。

 だが相手側の持つ兵器の性質上、下手に拡散してもらっては困る。

 なので基地経由でそれが持ち込まれるところまでは、手をこまねいているしかない。

 五十嵐たちは空港で、民間人としてやってくる能力者と工作員を、確認することだけである。

 まだこの時点では、敵対はしていないのだから。


 スパイ防止法がない日本では、他国が何か日本に対して陰謀を企てたとしても、その準備段階で対応することは難しい。

 もちろん実際には、能力者の手によって、秘密裏に処理されていたりはするのだが。

 この案件で重要なのは、アメリカが虎の子の能力者を、わざわざ派遣してくるということ。

 そしてもう一つは、能力者にのみ毒性のある細菌兵器の持込である。

 実のところ五十嵐などは、細菌ではなくウイルスではないのか、と微妙に細かいところは疑っているのだが。

 桜盛の持ってきた情報が、詳細すぎたのが逆に問題であった。

 これは桜盛としては、現代日本であれば詳細な情報でなければ、とても信用してもらえないだろう、と思っていたのだが。

 そのあたりの相互の不理解が、微妙に合わないのは仕方がない。


 五十嵐の他には、部下が数名いて、アメリカからの便を待っている。

 念のためにこれは、五十嵐がほぼ独断で行っていることだ。

 日本の国内には、普通に外国のスパイがいる。

 だから今回は、あくまでも確認だけで済ませるのだ。


 飛行機の到着からしばらくして、その三人は姿を現した。

 男が二人に、女が一人。

 女に関しては、事前に知らされていた情報と一致する。

(あれが虎か)

 出口を確認できる店内から、ガラス越しに確認する。

 他に確認するのは、それが本当に能力者であるのか、ということだ。


 桜盛は写真までは用意できなかった。それが能力の限界だからだ。

 しかし日本の能力者には、戦闘にはあまり向いていないが、探知能力に優れた者がいる。

 至近距離まで近づけば、相手が能力者であるかどうか、それが分かるというものだ。

 もちろん能力者は、その独特の波長を、ある程度は抑えている。

 それでも洩れている分を感知するのが、優れた探知能力ということになる。

 もっとも桜盛の痕跡を追うことは出来なかったが。




 やがて五十嵐は、自分自身の目で普通に認識した。

「あれ……だな……」

 明らかに訓練をした、マッチョな二人に守られているような、金髪の少女。

 アングロサクソン系は本当に大人びて見えるが、まだ10代ということだ。

 そんなのを外国での作戦に使うというあたり、五十嵐たちの感覚では、ちょっと想像がつかないのだが。


 あるいは今回の件は、アメリカにとってはばれてもいいのかもしれない。

 細菌兵器を日本が手に入れても、アメリカ自体にはその無効化する方法自体は確立しているのだろう。

 日本にあえて、細菌兵器を渡す、ということまではさすがに考えていないだろう。

 ただアメリカは今、これぐらい事態を重要に考えているということ。


 確かに桜盛のことを、日本が国家で管理できていたなら、ここまでのことはしなかったであろう。

 自業自得というか、桜盛としても未来が分かるわけではないので、鯤の封印については安易に処理してしまった。

 自分の国の能力者ぐらい、しっかりと首輪をつけておけ。

 それが可能であったなら、この作戦は立てられていなかったのではないか。


 結局のところは、五十嵐の力不足となるのだ。

 だがかといって他の人間に、どうやって任せればいいのか。

 日本の能力者は、確かにちゃんと管理はされている。

 しかしその管理は緩やかなものであり、命令に忠実に従うものではない。

 特に治安の維持などに関してはともかく、単純に権力者の権益に寄与することはほぼない。

 だからこそあまり金もかけずに済むのだが。




 190cmはある大柄なマッチョを引きつれ、ジェーンは日本へとやってきた。

 金色の髪をショートカットにして、目の色はブルーと、典型的な白人の容姿である。

 そしてトランジスタグラマーというか、まあ白人として日本人が思い浮かべる容姿をしている。

 まだ充分に残暑が残っているので、太ももや二の腕までもむき出しにしたその様子。

「日本は子供の頃以来だねえ」

 そんな彼女は、空港を歩いてタクシー乗り場に向かう。 

 その途中で連れ立っている男たちに、小さく囁いていた。

「見られてるよ。エスパーもいる」

 ほんのわずかであるが、護衛は動揺したようであった。


 今回の作戦は、かなり極秘のものである。

 一応この三人で成田から入国したものの、日本で改めて合流する人員もあるという。

 かなり機密に気をつけているのは、相手をするのが日本の能力者になるであろうからだ。

 しかし相手側は、それをもう知っているというのか。


 どこから洩れたのか。

 いやあるいは、日本には予知能力の持ち主でもいるのか。

 ただ予知系の能力は、そこまで精密に未来を見れるものではないはずだが。

「びびってないで、とにかく合流だよ」

 少女の言葉に、大男たちは頷きあう。


 作戦を行う以前から、二人はジェーンについて知っていた。

 カラミティ・ジェーンというコードで呼ばれている彼女は、とにかく破壊活動にはうってつけの人材だ。

 ただやりすぎるという評価もあって、それについては気をつけているのだが。

 日本は一応友好国なので、下手に都市部で被害などを出すわけにはいかない。

 アメリカよりもずっと、東京はごみごみとしていて狭い場所なのだ。


 そう、アメリカも桜盛の出現場所は、東京であろうと当たりをつけている。

 鯤を退治したあの爆発については、確かに東京からは離れている。

 だが日常から日本に駐留している軍人や外交官から、東京での出来事は詳細に分析されている。

 その結果から導き出されたのは、当然ながら桜盛の活動は、東京を中心としているだろう、ということだけだ。


 少し前にあった、富士演習場での急な演習と、その中止。

 これをアメリカは掴んでいる。

 武装グループによるホール占拠事件の解決などは、明らかに能力者が関わっていると見るのが自然のものであった。

 そこまでであれば、アメリカは特に何も問題とはしない。

 全ては鯤を倒す時に使った、あの能力の破壊力だ。

 核兵器に匹敵する攻撃力を持った能力者は、アメリカも把握しておく必要がある。

 そして支配下に置けないのならば、抹殺してしまうことも。

「どんなやつだか楽しみだな」

 ジェーンの言葉に対して、軍人としても長年の訓練を受けてきた男たちは、祖国に無事に帰れることを祈るのみであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る