第67話 日常を満喫する勇者

 桜盛のクラスの室内展示は『恐竜の想像図の変遷』というものであった。

 何それ、と女子からの反応は微妙であったが、男子はかなりの数が興味を持った。

 別に桜盛の案ではない。


 恐竜はかつてティラノサウルスなどは、ゴジラのような直立した状態でいた、というのが昔の予想。

 それがやがては巨大な尾でバランスを取り、地面と平行に体を傾けていたのでは、という論が出てくる。

 またさらに表面は爬虫類のようではなく、熱帯の鳥のように羽毛に覆われていたのでは、などという論が出てきた。

 そして鳥は恐竜から進化した、というのも一つの説として有力である。


 学校の図書館もある程度は使ったが、区の公営図書館や、国立図書館まで行って、あえて既に捨てられた説を調べる。

 女子の案では、中世の衣装の変遷というのがそれなりに面白そうであったのだが、そちらは中世の汚物事情などを指摘されて、また中世の範囲が広いことから棄却された。

 範囲が広いと言うなら、恐竜の生きていた時代の方が、よほど範囲は広かったのだが。

(そういや竜と恐竜って、似てるところあったよな)

 などと桜盛は思い出したりもしたが、勇者世界は地球と、かなり似たような生態系を持っていたのだ。


 展示に関しては書籍の絵の拡大コピーなどもあったが、巨大なティラノサウルスの絵は、絵の達者な人間が分担して描いていた。

 桜盛がやっていたのは、それを支える土台などを作る大工作業で、なんとなく上手く作れている。

 勇者世界で土木作業を手伝ったのを、体が憶えているのだろうか。

「おお~」

「なかなかいいんでないかい?」

 ゴジラタイプ、地面と平行タイプ、そして鳥のような極彩色タイプ。

 三体の巨大なティラノサウルスが、入り口から見えるところにある。


 確かにこれは目立つな、と桜盛は思った。

 絵が描けるというのはたいしたものである。桜盛は勇者世界では、絵に描かれる側であったが。

 ……だいたい本物より三割増しぐらいで、美化されるものなのだ。

 おかげで手配書に付与される人相書きに、使われることがなくて助かったりもしたが。


 別に金を取るわけでもない展示なので、生徒は残っている必要もない。

 ただ質問などは受け付けて、後で回答するというぐらいのことは考えておく。

 連絡先を書いた紙を回収する質問箱。

 もっともわざわざ質問などせず、気になったら自分で調べていまうであろう、という意見もあったのだが。

 古い資料にしか、逆に残っていないものもあるだろう。




 明日から文化祭である。

 そして今日、アメリカから能力者と工作員がやってきている。

 事前に日本に駐在している、在日米軍の海兵隊なども、あるいは参加してくるのだろうか。

 もっとも一般的な装備であれば、桜盛には全く脅威はない。

 個人で携帯する装備では、桜盛を倒すことは出来ない。

 核攻撃などをされれば、話は別かもしれないが。


 一応ミレーヌの世界線では、そこまでの無茶はアメリカもしなかった。

 桜盛としても市街地にいる限り、それは心配しなくていいと思う。

 アメリカがやってくる対策は、あくまでも能力者の攻撃と、細菌兵器による攻撃だ。

 その細菌兵器に関しても、感染してからどれぐらいの時間で、どういった症状になるのかは分かっていない。

 おそらくその後の影響からして、かなりの致死率だとは思う。

 ちなみに質問権によると、虎とも言われる存在、パスポートの名前ではジェーンという彼女は、この細菌兵器の存在を知らないらしい。


 個人的な戦闘力では、アメリカの能力者の中でも随一。

 しかしその能力に関しては、質問権でもはっきりとは分からなかった。

 これはおそらく正しい能力を、誰も把握できていないのではないか。

 とりあえず確かなのは、肉体強化の能力に優れているということだが。


 質問権の能力的な限界と言おうか。

 あるいは桜盛の、質問権の利用方法が上手くないのか。

 前にもいくつか、誰かが知っているはずのことを、質問権を使っても、答えが返ってこなかった。

 後から調べてみれば、一番有力な説などはあっても、確実な説が確定していないので、桜盛に対する返答がなかったというものである。

 ジェーンの力について、確実に分かっていること、という質問の仕方なら、いくつかの返答はあった。

 だがこの知識については、間違っている知識であっても、ある程度周知されていれば、それが答えになってしまうのではないか。


 それこそ恐竜の定説に関しても、今回調べた限りにおいても、色々と新発見などがされている。

 ティラノサウルスの肉質などは、鶏に近い、などという説まであったりした。

 ゴジラの姿にしても、シン・ゴジラの中で変化していったではないか。

 まあ直接回答が一個しかないものなどは、さすがにいくらでもデータを引っ張ってこれるのだが。


 アメリカが投入する作戦人員に関しても、その人数が分からない。

 状況によってそれは、増やしたり減らしたりするからだろう。

 だが一般人であれば、それがどれだけ訓練した兵士であろうと、桜盛の敵ではない。

 もう人間という種族レベルではなく、他の動物と戦っている次元とでも言おうか。

 もっとも桜盛は、ライオンだとうと熊だろうと、象だろうと問題なく倒せるだろうが。




 街中を移動しつつ、五十嵐と連絡を取った。

 そして遠距離からの写真撮影で、その容姿もようやくはっきりとした。

 一緒にいるのは二人だけであるが、おそらくは米軍基地から移動して、一緒に作戦を行うであろう。

 あるいは日本の社会に、既に溶け込んでいる工作員なども使うのか。


 桜盛としてはこれは、誤解の生んだ悲劇である。

 日本とアメリカの関係を悪化させたくないし、また日本政府を調子に乗らせることもしたくない。

 今の自分の目から見ても、日本の政治家の中には問題のある者が多い。

 国益を全く考えていない政治家がはっきりと分かるのだ。


 ただそれを直接どうこうしようとはしないのと同じように、アメリカはもちろん中国などの政府高官にも、手を出すつもりはない。

 その気になれば国会の開催中に、国会議事堂を破壊して、片方の議院を壊滅させることぐらいは出来るのだが。

 政治的な動きに反応するのは、あくまでも最後の手段だ。

 そのラインを踏み越えてしまったら、おそらく日本政府が敵に回る。


 桜盛は自分一人で、日本を相手に戦っても、おそらく負けることはないと思っている。

 だが勝利するというのも、かなり難しいことなのだ。

 そもそも勝利条件というのは、いったいどこにあるのか。

 桜盛はだからこそ、権力からは一歩引いて、その命令を聞かないようにしているのだ。


 紐づいていない、強力な戦力。

 それがどれだけ危険視されることか。

 勇者世界ではさすがに魔王対処を優先していたため、利用しようとはしても、敵対する勢力は少なかった。

 なので桜盛も、まだ自分の脅威度を、正しく理解していないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る