第68話 襲わなければ、襲われない

 思えば今まで桜盛は、圧倒的に有利な状況でのみ戦ってきたと言える。

 勇者世界から帰還して以降の話であるが。

 そもそも戦闘力で、桜盛を上回る存在がいない。

 高将軍はそれなりに苦戦したが、それでも第二段階のストッパーが外れるほどではなかった。

 あちらの世界の意識を取り戻せば、圧倒できる程度の相手。

 数千年は生きていた仙人であろうが、桜盛の30年ほどの密度はなかったということだろう。


 能力者と戦うことは、勇者世界では魔法使いや魔物と戦うことに似ている。

 あちらではある一定のレベル以上の魔法使いや魔物であれば、敗北の可能性は常につきまとっていた。

 魔法や異能の特殊能力が、どういったものか分からない。

 まずはそれを暴くために、露払いの部隊が全員犠牲になったりもしたものだ。

 知識は力である。


 今回のように、つまり地球帰還以降で戦ってきた相手は、全て桜盛の届く領域の相手でしかなかった。

 高将軍は強かったが、それでも聖剣を持たない桜盛でも勝てた。

 ジェーンの能力についても、少なくともアメリカの組織が知っていることは、桜盛も分かってしまっている。

 あとは注意すべきは、本人のみが知っている、切り札ぐらいであろう。

 そんなものがあれば、の話であるが。


 アメリカ側はまず、桜盛を誘い出そうとするだろう。

 なぜなら日本の組織と会っても、直接的に桜盛を呼び出すことは出来ないからだ。

 まずは桜盛の最低限の情報を寄越せ、と言ってきたのは知っている。

 それに対して日本は、あれは野良の能力者だ、と答えたのだと五十嵐からは聞いた。

 野良ってw


 アメリカの場合は日本と違って、能力者は政府組織で一括して管理している。

 そこからCIAやFBIに出向していたり、あるいは軍に在籍したりもする。

 民間に能力者がいないわけではないが、脅威度の高い能力者は、全て国家が管理している。

 だが日本の場合は、古くから続く家系がそうであったりして、間接的な管理にとどまっていたりする。

 これが第二次大戦後、アメリカが日本を盾として使おうとした、面倒な理由である。

 他にもヨーロッパの国などでは、日本と同じような管理方式の政府が多い。


 だからまずアメリカの工作員は、桜盛をおびき出さなければいけない。

 そのために必要なのは、事件である。

 桜盛が東京近辺を拠点にしていることは、おおよそ分かっている。

 武装グループの無力化事件と、太平洋の爆発事件から、人の多いところに潜んでいるだろう、と想像するのは自然だ。

 そして日本の組織、警察にも桜盛の情報を提供しろと迫ってきた。

 お前たちが管理できないなら、こちらで管理する、というものである。




 日本の能力者の管理について政治家は、基本的にワンクッションを置いている。

 下手に内閣が完全な制御下に置くと、いくらでも闇に葬る事件が出てくるのだ。

 基本的に日本は、保守政党の政権がずっと続いている。

 しかしわずかに数度は、野党が政権を握ったこともあるのだ。

 そういう時に限って事件が起こり、上手く能力者を使うことが出来ず、被害の拡大を招いたりする。


 基本的には警察の管轄であるが、代々の能力者の家系がある。

 警察官だけではなく省庁や自衛隊にも、わずかながら存在するのだ。

 なので桜盛の管理の仕方も、日本なりには管理できている。

 鉄山という明らかに体制側の人間が、その窓口になっているからだ。


 それを管理出来ているというのか。

 アメリカ側からは、そのあたりの追及が激しい。

 なにしろアメリカ国内であんなことをされれば、ニューヨークが廃墟になってもおかしくない。

 日本にしても東京であんなことをすれば、何百万人が死ぬことか。

 

 結局は恐怖心の問題なのだ。

 安全保障がどうのこうのは、言い訳に過ぎないであろう。

 この社会はアメリカを中心に、階級社会が成立している。

 それを一撃で破壊する能力を、個人が持っている。

 むしろ日本のような公僕などは、自分の命にそこまでの価値があるとは思っていない。

 だからこそ桜盛に、粛清されるとも思わないだけだ。


 桜盛はこれまで、現役の政治家などを暗殺したことはない。

 殺したのはヤクザ、テロリスト、政治家の子息といったところだ。

 意外でもなんでもないが、直接権力を持っている人間になどは、手を出していないのだ。

 これは日本国内だけではなく、国外においても同じことだ。

 日本としては潜在的な敵国の独裁者などがいても、自分で勝手に判断して、暗殺するなどということはない。

 それをした時の影響に責任を持てないからだ。


 だがこれまではそうでも、これからはどうか分からないから、今から手を出そうというのがアメリカ。

 対して日本は、今までは大丈夫だから、とりあえず様子見という消極的な判断となっている。

 もっとも今回に関しては、その日本の判断の方が正しいのだが。




 日本側から提供された、桜盛に関するデータ。

 それは驚くほど少ないものであった。

 主に目撃されているのは、東京23区内。

 そして接触した回数は、茜と五十嵐の二人が圧倒的に多い。

 もっとも鉄山の接触した回数は、警察にも知らされていない。


 ここで五十嵐は、アメリカ側の工作員に対して、大きな未確定情報を与えた。

「彼は読心、あるいは未来予知、もしくはアカシックレコードへの限定的な接続のような、未知の能力を持っているよ」

 そして日本側が、既にジェーンたちが入国してきた時から、既にその存在を把握していたことを、わざわざ伝えてやったのだ。

 さすがのアメリカ側の交渉相手も、それには驚いていたが。


 さらに自分自身は知らないが、桜盛自身はアメリカのやろうとしていることを、さらにもう知っているらしい、とまで説明した。

 実際、これで諦めてくれた方が、日本としてもありがたいのだ。

「危険ではないのか?」

 交渉担当者は、五十嵐に対してそう尋ねる。

 基本的にアメリカは、危険の芽は早くに摘むというのが、その性質となっている。

 世界の警察とは言っていても、犯罪に対応するよりも、犯罪の発生を防ぐ方が被害は少ない。

 これはアメリカの価値観なのである。


 日本としては、事なかれ主義が横行している。

 だが桜盛はその、事なかれ主義の日本人なのである。

 公的組織に所属はしないが、お互いに敵対しないように、接触を果たしてきたのだ。

 確かに100%抹殺出来るなら、それも考えには入れるだろう。

 しかし桜盛を本当に殺せるかなど、五十嵐は全く自信がない。

 力の底が見えないのだ。


 そして中国の、政府に属さない天仙たちからの連絡。

 桜盛は触れないほうがいい存在だ、と日本側は認識している。

「それを安易に信じるほど、我が国は甘くはないのでね」

 五十嵐は苦笑するしかなかった。

 だいたい歴史を見てみれば、事なかれ主義は基本的に、悪い結果を生むことが多い。

 しかしアメリカは結局、桜盛の力をまだ甘く見ている。

 日本警察としては、桜盛と敵対しない程度には、アメリカの工作員にも便宜をはかることとなったのだった。

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