第69話 悩む工作員

 日本警察から、桜盛に関する資料をある程度もらった。

 もちろんこれが全てであるとは、アメリカの工作員も思っていない。

 だが基本的に、日本政府もアメリカ相手に、完全に自国の問題だと主張するつもりはないのは分かった。

 内政干渉と言うにはあまりにも、日本の持っている戦力が大きすぎる。

 まだしもそれを、しっかりと管理出来ているなら話は別なのだが。


 ともかく日本のあらゆる組織の中で、かろうじて警察の公安だけが、ある程度のコンタクトを取っている。

 そして支配者層の中に、特に強くコネクションのある人物がいる。

 ただ普段はどこに隠れているのか、全くその正体も知れない。

「桂木鉄山、コンタクトしてみるか?」

「保険にはなるかもしれんが……」

 大使館でも米軍基地でもなく、外資のホテルにて語り合う男が二人。

 それを横目にジェーンは、コンビニで仕入れた日本の菓子を、大量に食い散らかしていた。


 日本の能力者を主に管理する警察が、既にジェーンたちの入国に気づいていた。

 しかもそのおおよその目的も、しっかりと把握した上で。

 確かに日本の末端の組織員は、有能であることが多い。

 だがどうしてここまで早く、その詳細を知られてしまったのか。


 戦闘力は突出したと思われる、コードネーム・ユージと呼ばれている人物。

 だがその能力は戦闘力だけではなく、隠密行動や情報戦にさえ、かなり優れているとも思われている。

「こいつはそもそも、どこから来たんだ?」

 日本が彼の存在を把握した時期は、確実に判明している。

 場所もおそらく、関東近郊の山間部であると報告されている。

 だがそれ以前は、どこにいたというのだ?


 会話の中から、日本から離れていたらしいと言ってはいたらしい。

 だがこれ以前に、世界のどこかで似たような能力者が、観測されたという話を聞かない。

 ロシアの中でも特に極北に近い場所や、中国の奥地に、中東やアフリカの紛争地帯。

 完全に目が届かない場所は確かにあるが、情報事態は洩れてきてもおかしくない。

 するとどこかの亜空間であるのか。

 しかしそれも、違和感があるのは確かだ。




 アメリカはこの強大な能力者を、管理下に置くか無力化するか、かなりのリソースを割いている。

 一応は日本の公的機関とは、やりとりをして暴走はしないようにしているらしい。

 ただ理由があったとはいえ、あのような爆発を現実で起こしてしまった。

 それを問題なしとするには、アメリカは現代社会で恩恵を受けすぎている。

 現在の世界状況を維持するため、管理外の力を危険視しすぎているのだ。


 一応は今回の作戦も、抹殺が命令ではない。

 ジェーンが派遣されたのは、ちょっとやそっとの力であっても、さらに上があることを知らしめるためだ。

 いや、ジェーンの場合は上と言うより、能力だけではかなわない相手がいる、と教えるためであるが。

 一般の工作員に開示されている限りでは、彼女は強力な能力者であると共に、特殊な能力者でもある。

 これまでにも他国に派遣されたことはあるが、問題なく結果を残してきた。

 日本は同盟国なので、そこまで危険視する必要があるのか、という疑問は少しぐらいはある。

 だが同盟国であるからこそ、アメリカの覇権の中で、しっかりと確保しておく必要があるのだ。


 中国や東南アジア近辺の情報網から、中国が古代から把握していて、しかも政権下に置けない能力者の勢力が、桜盛を認めたとは伝わってきた。

 なんだかんだ中国が、内陸の侵略をある程度、制限されているのがその能力者集団だ。

 アメリカの国家誕生よりも、はるかに昔から存在する能力者集団。

 だが共産党と対立しているだけに、敵の敵は味方というわけで、アメリカはこれを危険視していない。

 集団というのは保身が働くので、交渉の余地があるのだ。

 そこが桜盛とは違うところである。


 日本の警察にしろ、あるいは有力者である鉄山にしろ、誰かと密接な関係を持っているのなら、それは社会とつながっていることを意味する。

 だが桜盛は誰にもその正体を知らせず、ミレーヌにさえ結局自分の正体を明かしていない。

 それでもミレーヌの情報を知れば、桜盛に対する監視などは、かなり強化されるかもしれないが。

 桜盛はただ静かに生きていたいだけなのに。

 ……そうは言っても、色々と個人的に事件を解決はしているが。


 桜盛が自分の関係のあるところでしか動かない、との確信が取れたなら、それはそれでいいのだ。

 だが武装グループの制圧などに関して、また古代の幻獣に関して、自分の利益ではないが治安維持のために戦っている。

 後者はまだいいが、前者は日本の国家のための戦いであった。

 それなのに完全には、日本に従っているわけではない。

 まずはとにかく、接触する必要があるのだが。




 ジェーンは強力な能力者であり、さらに特殊な能力者でもある。

 だが探知能力に関しては、それほど優れているわけではない。

 もちろん平均的には探知も出来るので、ある程度は役に立つが。

 アメリカが日本で活動する場合は、日本の能力者と連携することが多かった。

 しかし桜盛に関しては、完全に日本の能力者も、その動きが読めていない。

 ジェーンの特殊な能力は、その所在を突き止めるための、助けにはなりそうなのだ。

 もっともしばらくは、うろうろと動き回るしかないが。


 つまるところジェーンは、観光がてら東京をあちこち動き回ることになる。

 そしてその過程で、桜盛と接触した人間と、彼女も接触することになるだろう。

 まずは鉄山、そして茜あたり。

 五十嵐に関しては、その次あたりであろうか。


 ジェーンは確かに貴重な戦力で、便利に使うことも出来る。

 だが彼女には、最終的な解決手段も、教えられていない。

 出来ればジェーンが死んだり、また兵器を使うなりも、ない方がいいのだ。

 それでも桜盛の直接的な破壊力は、放置できないと思われている。


 ジェーンに渡されたのは、桜盛が関連したと思われる、事件の場所や人物。

 そこを巡っていけば、直接本人には会えないにしても、その痕跡をたどることは出来るだろう。

「で、まずはどこに行く?」

「最も接触が多かったと思われる、その爺さんのところだろ」

 ジェーンは直感的に、正しい解答を出すのに優れている。

 それに従ったほうがいいと、分かってはいるのだ。


 今回の案件、果たしてどこまで無茶をしてもいいのか。

 アメリカの中でも、かなり慎重論は出ているのだ。

 そして桜盛も、考慮に入れていないことが一つだけある。

 それは本来の時間軸ではなかったはずの、ミレーヌの存在である。


 現在のミレーヌは、鉄山の庇護下にあると言っていい。

 桂木邸に宿泊することもあったが、今は桂木グループが関連したホテルに、その身を潜めている。

 もっとも何かあれば、すぐに転移で移動できる距離ではある。

 このミレーヌの存在が、本来ならありえた世界の動向に、影響を与えることになる。

 その可能性は分かっていても、軽視しているのが桜盛であった。

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