第70話 老人の力

 世の中には様々な形の力がある。

 暴力、知力、財力、権力、力とは言わないが、権威や名声といったものも力の内に入るだろう。

 そういった力をいくつか所持しているがゆえに、鉄山は日本においては強い。

 桜盛と関係する鉄山との接触には、アメリカの工作員も慎重に当たるつもりだった。

 だが普通のルートで紹介され、普通に面会は果たせた。

 ただし向こうのグラウンドに入る、という条件ではあったが。


 離れの和室ではなく、客間にて来訪者を迎える。

 あちらは桜盛の痕跡が、それなりに残ってしまっているからだ。

 本来の時間軸ではなかったかもしれないが、今は桜盛がジェーンの能力について、かなりの部分を知っている。

 彼女は戦闘系の能力者であるが、同時にある種の感知系にも優れている。

 嗅覚という感じで、能力者の痕跡をたどるのだ。


 こちらであっても、桜盛の痕跡をわずかに感知するかもしれない。

 それでも面会していた離れよりはマシだろう、と鉄山は思った。

 ただ彼は知らない。この屋敷には他にも、能力者が訪れていることを。

 ミレーヌのことではない。

 桂木雄二でもなく、玉木桜盛のことである。

 これは鉄山の落ち度でもないだろう。

 また本来の歴史ではどうだったのか、ミレーヌも知らないことである。




 グループ会長という肩書きの鉄山には、今でもそれなりに面会者がある。

 しかし五十嵐から連絡を受けて、この日に迎えた客人は、桜盛から事前に聞いてはいたものの、奇妙な三人組であった。

 十代であろうと思われる少女と、屈強な二人のボディガード。

 だが二人の巨漢は、少女のことを恐れているように見える。


 面会しての対話というのは、その巨漢たちの話から始まった。

 特に過激なことではなく、アメリカが桜盛の脅威を危険視しているということ。

 そして日本政府が管理出来ないというなら、アメリカもその脅威を確認するため、接触する準備があること。

 事前に聞いていたよりは、まだしもマイルドな内容である。

 もちろんこれが建前である可能性は、とても高いものなのだが。


 まずアメリカが知りたがったのは、鉄山が桜盛と関係を持った事情である。

 簡単には警察も知っているはずだが、呪いの件に関しては、もう解決した問題である。

 ただどうしてそこで、桜盛が鉄山を助けたのか。

「基本的には善人であるんだよ」

 鉄山なりの桜盛の評価である。


 桜盛がこれまでにやったことで、正当防衛の範囲内に入らないことは、ほぼない。

 ヤクザを皆殺しにしたことについても、先に銃を持ち出したのは向こうである。

 もちろん死体遺棄などの犯罪ではあるが、それは死体を見つけなくてはいけない。

 そして死体は見つからないだろう。


 武装グループに関しても、あれは一般人の人質がいたし、自動小銃で武装していた犯人がほとんどであった。

 なのでこれを殺したのも、おそらく正当防衛の範囲内だろう。

 アメリカでは拳銃を持った強盗などが、逆に一般市民の銃で殺されている事例が、それなりにある。

 自分の身を守るという点では、アメリカ人は現実主義者だ。


 その後に行われた日本の能力者との対戦でも、あえて大怪我などはさせなかった。

 もっともここで桜盛は、かなり目立つことをしている。

 タワマン乱入による、薬物使用者の大量検挙。

 ここではかなり暴力を振るっているが、相手は薬物常習者である。

 アメリカの治安基準でも、桜盛の暴力は理解出来る範囲だ。

 ただこれを、完全に国家の鎖から外れて行っている。

 一応は日本の警察と、ある程度の関係は持っているらしいが。


 止めようと思っても止められない暴力。

 体制側の人間としては、これを見過ごすわけにはいかない。

 五十嵐もそれには理解を示していたが、鉄山の見方はかなり違うのだ。

「日本のヤクザというのはね、発生した当初は正義の味方、ってより必要悪だったんだよ」

 どの程度日本語が伝わるのか、鉄山は考慮していない。

 だが一人は確実にネイティブに近く、他の二人にそれを通訳していた。




 日本の長い歴史の中で、少なくとも近代以降最も治安が崩壊していたのは、終戦後のことである。

 軍隊も警察も解体され、しかしながら進駐軍だけで、治安を維持することなど出来なかった。

 そんな中で青年団から発生したのが、ヤクザの元になった例が多い。

 地元のヤクザというのは、かなりの部分がそういうものであった。


 現在は完全に、反社会的組織として、潰されようとしているヤクザ。

 だが不逞外国人や、不逞元軍人などを相手に、防衛組織として機能していたのだ。

 現在などは半グレなどがその末端となり、詐欺や薬物、そして合法的な詐欺で、金を稼いでいたりする。

「そういったものに対して、権力から離れた暴力は必要だ」

「国家から離れた存在が、警察気取りと?」

「いや~、あいつはそういう理屈では考えていないんじゃないかな」

 桜盛とそういった話をしていて、鉄山はかなり確信している。


 桜盛が処理した人間の中には、権力から守られる側の人間もいた。

 権力者の身内である。

 だが分かりやすい犯罪を行っていれば、それに応じた以上の罰を加えている。

 その基準は桜盛だけのものである。

「正義の味方とか、警察気取りだとか、そういうものじゃないんだ」

 桜盛のやっていることは、どう考えても私刑である。


 体制側の権力者である鉄山が、それを許容するというのか。

「俺の中の道徳に照らし合わせると、あいつは悪いことはしてないからな」

 担当者はそう聞かされて、鉄山の積極的な協力は難しいと判断する。

「我々も子供の使いではないから、はいそうですか、と帰るわけにはいかないのです」

「それは分かっているが、俺からあいつに知らせる手段は、メールかSNSしかないぞ。それもどうやら、数日に一度しか確認はしていないらしいし」

「GPSや位置検索は?」

「警察が渡したやつには入っているらしいが、そちらは滅多に使われないな。俺が渡した方には入っていない。入っていてもどのみち、電波は遮断かジャミングしているが」

 ジャミングなり遮断なり、使うとき以外は隠している。

 こちらからは連絡が出来ないということだ。


 完全に野放しのようであるが、日本には日本なりの事情がある。 

 桜盛の姿はそもそも、街中の監視カメラにも捉えられていない。

 わずかに携帯を使用した時点の、周囲のカメラを調べてみても、その姿はみつからないのだ。

「それだけ用心深く、こちらに正体がバレないようにしてるわけだ。そして実際、警察が見つけた映像は、ほとんど残っていない」

 インゴットを換金した時なども、顔はほぼ隠していた。

 桜盛の顔を完全に知っているのは、鉄山の知る限りでは鉄山自身と、そしてミレーヌだけだ。


 ただミレーヌがあの写真を見せたことによって、一般人の数名が、ユージの顔を知ってしまっている。

 もっともあれが何者であるのかは、はっきりとは分かっていないであろうが。

 桜盛がすっとぼけているので、エレナや蓮花も忘れてしまっているかもしれない。

「結局のところ、この爺さんから連絡は取れないってことでいいんだな?」

 ジェーンは英語でそれを確認し、鉄山もそれを理解していた。

「ただまあ、あちらから連絡があれば、お前さんたちに会うように言うことはしておくが?」

 これでは主導権が、桜盛にあることになる。


 ジェーンは交渉役の男の肩を叩いた。

「ここではもう成果は出そうにない。あたしがなんとかする」

 鉄山にも聞こえるように、ジェーンは英語でそう言ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る