第26話 判定魔法

 強さ=モテ。

 これは原始時代から文明の発生までは、圧倒的に正しい真実であった。

 文明と共に頭脳労働が発生し、そして貨幣経済の前の個人財産の登場により、金=モテの図も発生した。

 基本的に容姿の美醜などというものは、それよりずっと後の価値観である。

 そして桜盛はとてつもない腕っ節を発揮してしまった。

 それは蓮花は口にしなくても、少しずつ広がっていくものである。

 特にあのストリートにおいては、体格はそれほどでもないのに、圧倒的に強いやつがいる、というのは評判になったらしい。


 なんだかな、というのが桜盛の感想である。

 ここからストリートファイトを繰り返し、果てには地下闘技場のアンダーグラウンドで戦う展開は避けたいな、と思う桜盛である。

 実際のところ、今の自分の戦力はどれぐらいのものなのか。

 茜の一件があってから、桜盛はまだ力の上限を確認していない。

 ただ確信出来るのは、単純な戦闘力が必要なのではない。ましてや破壊力でもない。

 重要なのは情報収集とデータリンク、そして機動力といったところだ。

 勇者世界と地球では、必要とされる強さが違うのだ。


 とりあえず桜盛は、ゴリラでも不可能な鉄の棒を、それなりに簡単に曲げることが出来る。

 ナイフの刃をぽっきりと折ったのは、ちょっとやりすぎたかなと思わないでもない。

 あまり手入れをされていなかったので、経年劣化があった可能性もあるが。

 とにかく確実なのは、人間の限界のスピードよりは、桜盛の方がよほど速いということ。

 あるいはこういったことは、玉蘭と話してみた方がいいのかもしれないが。

 異世界の話をした時、玉蘭は他にも異世界があるようなことを言っていた。

 ただ今は、彼女とは連絡がつかないようになっている。

 仕事をしているのか、それともバカンスであるのか、それは知らない。

 桜盛のマーキングをたどっていけば、そこまで突き止めることも出来るだろう。

 だが少なくとも、関東圏内にはいないのも分かる。




 桜盛は山田君や鈴木君とも話しつつ、異世界転移の後遺症に苦しんでいた。

 それは多くのアクションマンガや、あるいは実写アクションが楽しめなくなったというものである。

 勇者世界では聖剣の力さえ使えば、一撃で山さえも破壊していたのが桜盛である。

 それから見るとおおよそのアクションでは、なぜ一撃でそれを倒せないのか、という話になってくる。

 いや、肉弾戦メインのアクションならまだいいのだ。

 しかし剣などを使っている作品を見ると、お前それは切れて死んでるだろ、というシーンが自然と流されてしまっている。


 異世界転移あるある~で、あるのだろうか?

 ただ勇者世界での警戒感から、過剰に反応してしまうということはない。

 もっともこの世界の科学的な罠などであれば、魔力で感知出来ないので、桜盛にも効果はあるだろうが。

 遠距離から一撃での殺傷を狙った場合、自動的に障壁が展開するのだろうか。

 そのあたりは微妙な感じである。


 時間が経過すれば経過するほど、あの30年の日々は遠ざかっていく。

 だが決して忘れるわけではなく、心のうちにそのためのスペースがある。

 とりあえず金塊一個の金は、まだまだ残っている。

 そのため遊ぶ分には全く困らない。


 異世界転移による後遺症は、他にもいくつか存在する。

 その一つが自動で働いている、肉体の治癒能力だ。

 だいたい致命傷であっても、ほぼ即死であって即死でさえなければ、なんとか回復出来るのではないか。

 ポーションについてもいずれは、何かで検証を行いたい。

 もっとも現物が10本しかないので、下手に使うことも出来ないのだが。


 地球の素材を使って、魔法薬は作れないのだろうか。

 仙人などという存在がいるのだから、そういった類の食べ物や薬はあってもおかしくない。

 桜盛がもてあましているのは、性欲の次ぐらいには魔力である。

 これを単に循環させているだけでは、あまりにももったいないのではないか。

「そういやオーセイ、身長伸びてないか?」

 指摘された桜盛であるが、確かに少しだけズボンの丈が合わなくなっている。シャツの袖もわずかに窮屈だ。

 筋肉が本当に細マッチョであるため、他は苦しく感じないのだが。


 勇者世界での、190cmほどの身長。

 現在15歳の桜盛であるから、あと三~四年ほどで一気にあそこまで伸びるかもしれない。

 そうすると制服は買いなおさなければいけないし、靴なども全て合わなくなる。

 170まで伸びたから、そろそろ成長期は終わりだろう、と召喚前は思っていたのだが。


 190cmにまで伸びてしまうと、隠密行動が難しくなる。

 以前にも考えていたが、身長を止めることは出来ないものか。

 世間の男の大半は、高身長を求めるものであるらしい。

 だが桜盛は外見的には、不快に思われない程度の、平凡に没したいのだ。


 190cmまで伸びてしまうと、もうそこから格闘編が始まってしまうのではないか。

 いやそれは指先一つでダウンさせることが可能だが、またアクション物に路線が変更されてしまうのではないか。

 ただ桜盛の場合は、苦戦するような相手や要素が今のところは全くない。

 事件に巻き込まれたとしても、質問権を使えばどうにかなる。

(う~ん、とりあえず今日は部活もないけど、誰か活動していたりするのかな?)

 そう思って多目的室を訪れた桜盛は、蓮花と共にもう一人の女子がいるのを見つけた。

 確か一年生であった彼女は、ギャルの容姿をしていたので、割と印象は強かった。

「あ、丁度いい人材が来た」

 蓮花にそう言われる桜盛は、またも厄介ごとかなと首をこてりと倒したのだった。可愛くないぞ。


 


 クラスも違えば接触も少ないであろう女子に、桜盛は今関わろうとしている。

 本人としては全く、関わるつもりはないのだが。

「というわけで彼女の元カレがストーカーっぽくなってきてさ。解決してほしいわけ」

 蓮花から紹介されたのは、桜盛と同じ一年生。 

 明らかに化粧を盛りすぎのギャル、相川美春であった。

「ストーカーねえ……」

 なんだか俺をボディーガードと勘違いしていないか、と思う桜盛である。

 いっそのこと抹殺してしまえば後腐れないのだが、子供を殺すのはあまり好きではない桜盛である。

 勇者世界で道徳尊厳人権破壊を受けた桜盛であるが、それでも子供は殺したくない。

 だがゴブリンは子供でも殺せ。


 桜盛には苦手なタイプの女性がいる。

 いや、苦手と言うよりは、嫌悪するタイプと言うべきか。

 それは化粧がケバく、香水の匂いがキツい女である。

 茜なども顔立ちは派手なので、あれで普段から化粧まで濃ければ、さほど庇護対象にはならなかっただろう。

 メリハリのきいた、警察官っぽいほどよく鍛えられた体はタイプである。

 

 その意味ではアイドルながら清楚系メイクの有希なども、桜盛としては好感度が高い。

 いっぽうのエレナは生まれつき彫りが深いので、化粧はそれほどしていないのにバタくさく、本人の責任でもないのにやや好感度は低い。

 とにかく清楚系が好みというのは、桜盛も無自覚の拗らせた部分である。

 価値観からして、美春には好感を覚えない。

 一方の蓮花などは、胆の座ったあたりなど、勇者世界の仲間を思い出して好感度は高い。

 つまり蓮花の顔を立てて、という話になるのだろうか。


 別に暴力で解決するなら、話は簡単である。

 だが直接的な暴力よりも、脅しによって手を引かせる方が効果的ではないか。

 今の桜盛の外見は、それほど強そうには見えない。

「それに女が他の男に走った場合、男はその新しい男じゃなく、女の方に危害を加えようとするもんだぞ」

 つまり美春が余計に危険になるのだ。


 これは勇者世界のモテ男の言葉であるが、それほど間違っていないだろう。

 ちなみに女が自分の男を取られた場合、かつての男ではなく泥棒猫の女の方に復讐をしようとする場合が多い。

 それが成功したとしても、男はドン引きして戻ってこないと思うのだが。

 男女のメンタルの違いではなく、これは純粋にフィジカルの違いである。

 女は基本的に、男よりも弱い。だから振られた人間は男女問わず、女の方を狙ってくる。

 そこに精神性は存在しないと言うか、元々弱い肉体であるがゆえに、そもそも考え方は変わるのだ。


「それでもいいのか?」

 下手に威嚇などすれば、逆に美春に被害が及ぶ可能性が高くなる。

 ただそれは桜盛の目から見た話である。

「女子にとってはずっと付きまとわれることの方が怖いんだよ」

「とは言っても肝心な時に、俺じゃ守れないぞ」

 いくら桜盛が勇者の力を使っても、常に美春をマーキングしておくわけにはいかない。

 それこそストーカーである。


 ただ桜盛の実力を知っている蓮花としては、それが薄情に見えたらしい。

「なんだかあんまり気が進まないみたいだけど」

「ぶっちゃけそうです」

 ギャルギャルしている女の子が、変な男に付きまとわれるのは自業自得。

 フェミニストが怒りそうな考えが、桜盛の常識である。

 これが清楚系の女の子なら、まだ桜盛も助ける気になるのだが。

「あ、でも」

 桜盛は条件付で、美春を助けてもいいかなと考え直した。




 桜盛が勇者世界で使っていた魔法の一つに、ちょっと身も蓋もないものがある。

 それは貞操判定の魔法である。

 桜盛はビッチジャッジなどというとんでもない名前を付けていたが、この魔法の効果は簡単だ。

 魔法を使った状態で、男女に限らずしっかりと見ると、処女童貞は青いオーラを発散しているように見える。

 恋人か夫がいて、一人のみの経験であると黄色いオーラ。

 そして二人以上との経験があれば、赤いオーラとなるのである。


 なんでこんな魔法が、とも思ったことはあるが、一応は存在する理由はあるのだ。

 神に仕える巫女や巫覡は、処女童貞が資格とされる。

 ちなみに桜盛は見られる側で、勇者なのに童貞ということで、相手によっては笑われていたこともある。

 聖職者であれば不犯が基本なので、勇者もそれに準じた存在であるはずなのだが。

 だいたいあのヤンデレ女神が悪い。


 これで桜盛は、美春を見たのである。

 あまりにも下世話な魔法なのだ、さすがに使うつもりはなかったのだが。

 黄色だったら助けてやろうと思っていたが、なんと美春のオーラは青であった。

「……分かった、まあどういうやつか見極めてから、対応は検討しよう」

 あるいはちゃんと話せば、納得する人間かもしれない。

 桜盛はほんのちょっとだけ、希望的観測に身を委ねることにした。

「お~、さすがはあたしが見込んだ男」

 ぽんぽんと気安く肩を叩いてくる蓮花に対して、桜盛はジト目を向けようとした。

 そして彼女を見て、固まってしまった。

「ん、どしたの?」

「いえいえいえいえ、なんでもありません」

 全力で誤魔化すが、かなりというか意外であった。

 まだ魔法を解除していなかった、桜盛が見てしまった蓮花のオーラは、間違いのない青色であったのだ。


 桜盛は童貞である。

 それゆえか処女に幻想を持っている。

 確かに勇者世界では、それにもちゃんと意味はあった。

 だが今時の日本で、そんなものを知ろうとするのは無粋というか下世話なものである。

 なのでこれまでは、使えることの確認だけをしたものであるが。

 ちなみにこの魔法は、対象を直接見ないと使えない。


 蓮花はかなり大人びた、そして夜の雰囲気にも慣れた少女であった。

 それがまだ処女というのは、かなりのギャップ萌えであった。

 ギャルが処女であったということは、正直もうどうでもよくなっていた桜盛である。

 蓮花はダンスで汗をよくかくため、派手なメイクなどはあまりしていない。

 化粧が崩れてとんでもないことになるからだ。

 それでも間違いなく美少女で、気の強さや夜の立ち回りを知っていて、そのくせ処女。

 桜盛の嗜好にはどストライクである。




 主観ではかなり年下なのだが、蓮花はかなり大人びた人格を持っている。

 貴族っぽいエレナも最初はそう思ったが、蓮花に比べると苦労が足りないと言おうか。

 平均的な上流階級の子女に比べれば、エレナもずっと経験は豊富なのだが、桜盛からすると基準が違う。

 少しだけ接した感じであると、有希なども蓮花に似たようなところがあった。

 芸能界で大人の世界に、エレナよりも強く揉まれているのだろうか。

 さすがにアイドルである彼女には、ビッチジャッジを使う気にはならない桜盛である。

 アイドルは皆処女だからね!


 そんな彼は部活の時間が終わって早速、美春に付き合うことになった。

 最近機嫌のいい成美には、今日も遅くなるとは連絡してある。

 コンサートの日が過ぎるまでは、彼女の機嫌はいいままであろう。

 こんな問題は、さっさと解決しておきたいものである。


 そして今、桜盛は二人がよく会っていたというファミレスの裏手で、美春に右腕を抱えられながら、少年と対峙しているわけである。

 ほどよく右腕に幸せな感触が伝わってくる。

 だが対面している少年は真面目そうな、まさに高校生といった感じであるのだが。

「みーちゃん、もうそんなケバい化粧はやめて、昔みたいに遊ぼうよ」

「たっくんはいつまでもあたしが中学生だと思ってるの!?」

 全然深刻なことではないではないか。


 既に帰りたい気持ちが満々の桜盛であったが、蓮花からはある程度、この二人の関係についても聞いている。

 それにしても美春も、まだ出会って三ヶ月ほどの蓮花に、そんなに相談するのも軽率だとは思ったが。

 蓮花が善良であったからいいものの、本当に大人の階段を昇らせる悪女であったら、薬漬けにされてパパ活でもさせられていたのではないか。

 いや、こんなことを考えなくても、普通に良家の子女であるはずの美春からは、金を引き出せるかもしれないが。


 たっくんの方がむしろ、桜盛の主観としてはまともな人間に見える。

 高校デビューしてしまった元カノと、復縁を迫ると言うよりは、道を外してほしくない。

 そんな雰囲気を感じるのだが、真面目なやつほどキレてしまった時は、以外に大胆な行動も取ることはある。

「帰りたい……」

 キーキーとわめいている二人を放置し、桜盛は本気でそんなことを思う。


 そもそも蓮花にしろ、いったい桜盛に何を望んでいたのか。

 この平凡な少年を見るに、まさか暴力で全てを解決しろというわけではないのだろう。

 だが彼女の思惑を勘案している間に、事態は進んでしまっていた。

「お前なんかにみーちゃんは渡さないぞ!」

 片腕を美春にロックされていて、動けないように思える桜盛。

 それに対してたっくんは、隙だらけの大振りパンチで殴りかかる。


 桜盛は右腕をロックされてはいたが、上手くクロスカウンターでたっくんの顎先に拳がヒット。

 脳を揺らされたたっくんは、ふらふらとよろめいた後、どさりと倒れた。

「たっくん!」

 桜盛を突き飛ばすように離れて、たっくんに駆け寄る美春。

 ああはいはい、結局元鞘なのね、と桜盛は茶番には本当にうんざりしたものである。




 なお、二人はこの日を境に、ちゃんと別れたようである。

「いや、なんで?」

 男女の仲というのは、本当に分からないものである。

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