第27話 勇者の庇護範囲

 桜盛は気づいた。

 自分はモテとは言わないまでも、美少女には囲まれつつあると。

 まあ勇者状態の自分は、さすがにモテの範疇に入れるのは反則のような気もする。

 ただ志保と友人になり、蓮花に目をかけられていて、成美は別にするにしても……。

「オーセイ、元気か?」

 元カレとちゃんと別れてから、美春が馴れ馴れしい。

 というかあの翌日、声をかけられても「どちらさまで?」と言いそうになったのだ。

 生命力の波長が同じなので、美春だとは気づいたが。


 ギャルっぽい化粧を落とした美春であった。

 普通に可愛かったので、なんであんなケバい化粧をしていたのか、不思議に思ったものである。

 部活は休みだが、どうせまた蓮花はいるかなと思った桜盛は、多目的室に行く前に図書室に寄る。

 そこではなぜか機嫌の悪い志保がいた。

 いや、なぜかとは言うまい。

 ダンス部関連で、とても志保には入っていけない世界へ、桜盛が旅立ってしまったからだ。


 同じクラスなのに、最近はかなり会話の量が減っている。

 もっともそれでダメージを受けているのは、むしろ志保の方であったりするのだが。

 それを志保は認識していて、桜盛は全く気づいていないのが、さらに腹の立つことである。

 いや桜盛とはあくまでも友人で、それを望んだのは志保であり、ここからちゃんと告白でもしてからなら、まだ何か言う権利もあるのだろうが。


 だからと言って、無理にダンス部に自分も、などとは思わない。

 いまだ成長中の志保のバストは、現在でも既にGカップ。

 胸だけでもダイエットの名目で、運動するのは悪くないと思うのだ。

 そもそも巨乳というのは、男子からはエロエロ目線で見られることが多く、女子からも多くは嫉妬される。

 こんなものを持っている大変さが分かるのは、本当に同じ巨乳しかいない。

 しかも志保の場合はアンダーはかなり細いので、余計に珍しい存在である。

 アンダーって何? と思った男の子はお母さんに尋ねてみよう。お兄さんとの約束だ。


 


 とりあえず桜盛にとっては、志保と蓮花はともかく、美春はどうでもいい存在である。

 なんであの状態から、改めて別れてしまったのか、納得しがたいものである。

 いやそれは本当にどうでもいいのだが、休み時間などに訪ねてこられると、周囲の視線が痛い。

 志保もそうであるが、それ以上に山田君と鈴木君あたりが。

「憎しみで人が殺せたら!」

 いや、それはさすがに言いすぎであろうに。


 困ってるんですよね、と桜盛は部活中に隙を見て、蓮花に相談したりした。

「オーセイ君、彼女いるの? みーちゃん可愛いと思うけど」

「好みじゃないんで」

「へえ、じゃあどういうのが好みなのさ」

 どこか楽しむような視線を向けてくるが、正直に蓮花みたいなのがタイプです、などとは言えない。

「まず、ある程度芯がしっかりしている方がいいですね。あと人格はもうちょっと大人っぽくって、自分のことは自分で片付けられるのがタイプです」

「年上好みかな~?」

「って言うか、子供っぽいのが苦手なんです」

 これは本当にその通りであるのだ。


 勇者世界基準であると、あの世界には日本のような、若者のモラトリアムは許されていなかった。

 ただ生きていくためだけに、人間は早く成熟するのを求められたのだ。

 もっともそれとは別に、男どもは祭りや戦争で、ヒャッハーしてたりもしたのだが。


 日本人は比較的幼稚なのかな、などと思うこともある。

 だが海外の大規模なお祭り騒ぎで若者の乱痴気騒ぎを見ると、日本ではああいったことはないよなと安心もする。

 大人っぽいふりをして変な思想にかぶれるのは、欧米の方が多いような気もする。

「なんて言うか、視線がしっかりと前を向いてるような、気丈な女の人の方が好きなんですよね」

 勇者世界でも女の武器を使って、男を動かそうという女はいくらでもいた。

 だがそれがほとんど通用しないのが、魔王の存在する末法の世とでも言うべきか。


 足を引っ張る女は、男女平等パンチで黙らせてきた。

 そしてそれを咎めるような人間は、同じ女にさえほぼいなかった。

 人類存亡の危機であるのに、何を甘えたことを言うのか、といった感じだ。

 それは女のみならず、子供にさえ同じことが言えた。

「日本人って、危機感が足りないんじゃないですかね?」

「急な話だね」

「政治とか経済とか防衛とか、もっと若いうちからガンガン話して、足を引っ張る人間は叩き潰していくべきだと思うんですよ」

「え、何オーセイ君、愛国しちゃうタイプ?」

「いや、この間のコンサートホール占拠事件にしてもですよ」

「ああ、あそこから若者にも関心が出てきた感じはするよね」

 桜盛からしてみれば、まだ足りないのだ。




 成美を含み1500人が、下手をすれば死んでいたあの占拠事件。

 いまだに犯人全員が殺された責任について、連日のニュースになっていたりする。

 いや、三人も殺した虐殺未遂が、なんで犯人を弁護することになっているのか。

 亡命などと言っていたが、それが本当に建前ではなく認められるのは、少なくとも死者を出していなかった場合であろう。


 今からでも桜盛は、没収した爆弾を警察に提出しようかな、などと考えている。

 ただあの犯人は、いわゆる保守系与党の身内であった。

 その正体を知らずに、左派系野党が擁護しているのだから、知らないというのは面白いものである。

 これを喜劇とするには、桜盛は生きることの過酷さを知りすぎているのだが。


 やはり政治家でも目指すべきなのか。

 しかし世界を救った自分が、さらに国まで救うというのは、あまりにも働きすぎである。

 スローライフとモテを求めて、現代日本に帰ってきたはずだ。

 それが環境を整備するためとはいえ、政治活動に関わるというのは、本末転倒になるだろう。

「政治家の息子とかもいるはずか……」

「え、何かまた急に話変わった?」

「いや、ちょっと考えてただけなんですけどね」

 桜盛が思考すると、どうしても物騒な方向にしか向かわない。

 民主的な選挙が存在する日本と違って、勇者世界では王権と神の権威が存在していたのだ。


 それに単純に、自分が望む世界にしたいという願望。

 無理だな、と一瞬で否定するぐらいには、桜盛は冷静であった。

 鉄山の言っていた、日本の経済による安全保障。

 いよいよそれが崩壊しかかっているというのは、確かなことなのだろう。

 だが現実を見れば、今はまだ崩壊していないのだ。

 ここに外部からの力を加えれば、どう変化するのか分からない。

 桜盛のようないわば、人類としての規格外、チート的な存在が、それをしていいのかという問題がある。


 人間の問題は、人間が解決すべきだ。

 それに桜盛の考えは、あくまで日本を主体として考えている。

 これが共産圏や王権の国であるなら、クーデターという手段にも抵抗はない。

 だが民主主義国家ならば、民主主義国家として動き、そして消滅するまで民主主義でいるべきではないか。

「生きるって難しいなあ」

「いや、あたしにとっては君が難しいよ」

 蓮花の言葉には、軽い笑いが含まれていて、桜盛を少し赤面させるのであった。




 理想のモテとは何か。

 またもしつこく、桜盛は考えている。

 そもそもそういうことは、先に考えてしまってから、モテを求めるべきではないのか。

 単純に女が寄ってくるだけというのは、本人にとっては困るばかりだというのは、勇者世界のイケメン騎士が仲間にいたので分かっている。

 と言うか桜盛自身も、手を出せなかったと言いうだけで、充分にモテてはいたのだ。


 皮肉にも、と言うべきか桜盛は全く興味のない美春の攻勢によって、ようやく志保の自分への好意が一定のレベル以上だと気がついた。

 志保のことは嫌いではない。率直に言えば人物には好感を持てるし、性格も悪くないと思う。

 何よりあの圧倒的な胸部装甲は、他者の追随を許さない。


 ただこれまた桜盛は感じたのだが、自分が好きなのは蓮花のようなタイプなのだ。

 しかしこれまた面倒くさく、どうして蓮花のようなタイプが好きなのかと考えると、彼女の持っている雰囲気が、勇者世界の女戦士たちに似ているからではないかと思える。

 勇者世界の女性というのは基本的に、直接の戦闘力には長けていなくても、気丈な女が多かった。

 あれが基準になっているため、地球での男に依存する女というのは、あまり食指が動かないのだ。

 たとえば成美などは、妹であるという以上に庇護対象であるため、全く女としては見ていない。

 茜のような本来は男勝りの警察官であっても、桜盛からすると庇護対象になってしまう。


 なので桜盛には、蓮花のような強い女がタイプというか、弱い女は勝手に庇護対象になってしまう。

 その意味では美春はもちろん、エレナや茜でさえ同じことだ。

 また玉蘭は確かに強い女だが、それ以前に利害関係や敵対関係が存在するため、好みのタイプではあっても恋愛対象にはなりそうにない。

 いい女だとは思うが、正直中身はババアなのではと思ってもいる。

 なにせ自分で仙人などと言っていたのだし。


 そのあたりの価値観からすると桜盛の好みのタイプは、他にも一人いる。

 人質に取られていながら、気丈に相手の正体を見抜いた有希である。

 だが彼女は普通の金持ちの令嬢以上に、桜盛からは遠い存在のアイドルである。

 光の中で輝く彼女を、闇を打ち破る勇者である桜盛が、どう接触するのか。

 もちろん勇者として接触するなら、簡単な話ではある。

 実際に顔面偏差値は、アイドルらしく圧倒的であるし。


 ただそんな実現性の薄いことは置いておこう。

 蓮花ともっと親しくなるのが、今の桜盛の目的としておこうか。

(しかし思ったけど、精神年齢はだんだんと肉体に引きずられてくるな)

 地球に帰還直後は、高校生でも年齢が低すぎて、どうにも対象にならなかったものだが。

 今なら肉体的に年上なら、それなりに情欲が湧くようになってきている。

 一般の高校生男子としては、健全なものであろう。




 それにしても、どうでもいい人間からの好意が、これほど厄介なものだとは思わなかった。 

 美春には悪いが、桜盛は彼女をどうしても、女性として見ることは出来ない。

 ただダンス部に行かなければ、蓮花とも会えないわけである。

 とりあえずダンス部の次の目標としては、夏のイベントに出るということ。

 こういったイベントは高校生限定のものもあれば、そうでないものもいる。

 また集団のものもあれば、ダンスバトルの個人のものもある。


 ただそういった本格的なものに、参加出来るのは蓮花ぐらいか。

 同じ一年生にも一人、かなり踊れる女の子がいたのだが、それでもレベルが違う。

 ちなみにダンス部としての活動自体は、確かに夏で終わる。

 しかしそれは高校生としてのイベントなどであって、普通のイベントは別に受験生であろうと関係ない。

 蓮花が参加していくのは、そういうレベルの大会だ。

 普通にプロと競い合うこともある。


 桜盛はものすごい勢いで、ダンスが上手くなっている。

 元々身体能力が高いので、あとは技術的な問題が大きいのだ。

「色気がないな~」

 しかし蓮花にはそんなことを言われる。


 技術的なことは分かるし、また芸術的なことに関しても、桜盛は勇者世界のトップレベルを見てきた。

 あの舞姫たちはまさに、人々を魅了する術に長けていた。

 現在の桜盛は基本的に、基本的な技術をしっかりとやって、そして大技で驚かせるという、それなりに上手いダンスはしている。

 しかしそれで何かを表現しようとする、そういう意欲には欠けているのだ。


 蓮花のダンスにはそれがある。

 丁度飲み物を買いにきたところで、周囲に人気がないことは分かっている。

「蓮花ちゃんって、将来はこれで食べていけるようになりたいの?」

「なりたい」

 そう言葉にした蓮花の目には、迷いなどはない。

 だがすぐに、その鋭い視線を消した。

「まあそんなに甘いものじゃないっては分かってるんだけどね」

「特殊技能ではあるからなあ」

 うんうんと頷く桜盛であるが、魔王を倒して世界を救うよりは簡単だろうな、とも思っていたりする。


 特に何かというわけではなく、自然とにじみ出る絶対的な自信。

 蓮花は桜盛に対して、そういったものを感じているのだ。

 世間知らずがゆえの、ただの若さとも違うのは、普段の落ち着きを見ても分かる。

 ただ暴力への忌避感が全くないところは、さすがに驚いたものである。

 ヤクザよりもおそらく、その執行に躊躇がない。




 志保から好意を向けられていて、蓮花に好意を向けている。

 なんだか普通に青春っぽくなってきたな、と思っている桜盛であるが、それで済まないこともある。

 ある程度の時間を置いて、茜との連絡を取ったこの日。

 いつもの居酒屋で、桜盛は彼女と会っていた。


 情報交換をすることを、二人はある程度必要と感じている。

 もっとも多くの場合は、桜盛が色々と尋ねられるのだが。

「そういえば前に言ってた件だけど」

 どの件だろうと思っていたが、茜はそのまま続けた。

「ストーカー、相手が相手だけに、警察は下手に手を出せないみたいね」

 ああ、有希のことか、と思い出す桜盛である。


 どうやら所轄も担当も違うと言っても、茜は少し話を通してくれたらしい。

 さすがお巡りさんと言うか、桜盛の以来であったから特別だったのか。

「代議士の孫で、そう簡単には手を出せないみたい」

 またか、と頭痛がする桜盛である。

 政治家の孫というのは、馬鹿しかいないのだろうか。

 まあ有希やエレナもそうではあるのだが。


 桜盛としては間もなく行われるコンサートに、有希がしっかりと出てくれればそれでいい。

 成美の機嫌が悪くなるのを防ぐために、ついでと言ってはなんだが、有希を守ってもいいかなとは思う。

 美少女を守るというシチュエーションは、別にどうでもいい。

 こちとら貴族や王族の姫などを、何度も護衛した経験があるのだ。

 それでも現役美少女アイドルを守るのは、やや違うのではないかとも思うが。


 余裕があったら解決してみるか。

 桜盛は相変わらず、暴力の行使に全く躊躇がないのであった。

「でもどうして、この子に注意してるの? 確かに現役閣僚の孫っていうのは、それなりに……あ、ひょっとして前の武装グループの件も含めて、彼女には狙われる理由があるとか?」

 残念ながらそんなものはない。

 彼女が桜盛から庇護を受けるのは、ひたすら成美の関係だけである。

 もっともそうやって誰かの好意に守られるからこそ、アイドルはアイドル足りえているのかもしれないが。

「まあ、とりあえず世界の危機とかはないしな」

 日本の危機は現在も、小康状態で落ち着いているだけのようだが。


 この国の、平和と安全は、即ち桜盛の心の安寧につながる。

 そう考えるとわずかな手間をかけてでも、届く範囲の人間は助けてやるか、と考える桜盛であった。

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