第55話 勇者の本領
勇者の優れている点は、何よりもその破壊力の継続にある。
神をも屠るその力は、当然ながらコンクリートを破壊する。
それ以前にまず、病院建物の二階まで、指先の引っかかりだけで駆け上ったのだが。
一階とは完全に、隔離された二階以降。
エレベーターの昇降口を使っても良かったのだが、こちらの方が早い。
窓ガラスを割り、そこから内部へ侵入。
建物内にいるのは、およそ40人ばかりである。
(さて、どの程度の武装をしているのやら)
おそらく護衛として、拳銃を持った人間が何人も付いているだろう。
だがそういった末端の人間は、今回は殺さない方針でいく予定だ。
あれだけ外の森にはカメラがあったのに、院内には全くそういったものはない。
侵入者を想定していない施設なのである。
これだけあくどいことをしていて、随分と脇が甘い。
桜盛もかつては、ひどいことはしていた。
だが地球に戻ってから事件に巻き込まれるたび、だんだんと慣れてきてしまっている。
人間の生命力を感知しているので、足音さえ立てなければ先制出来る。
そして電撃を食らわせて、行動不能にしておく。
連絡手段のスマートフォンなりも破壊してしまうだろうが、命は奪わないでおいてやる。
こういった仕事は今後しなくていい立場になってほしいな、と思う桜盛である。
何が起こっているのか、内部では分かっていないだろう。
あの少女を桜盛が倒したところで、このゲーム自体は終わったはずだ。
あくまでも観客であったはずの自分たちが、今度は標的となる。
どこに集まっているのかは、桜盛にははっきりと分かった。
そこまでのルートにいる人間は、全て戦闘不能にしておく。
拳銃の弾丸であっては、桜盛を止めることは出来ない。
個人の武装でどうこうするなら、対物ライフルを持ってきても、桜盛の敵ではない。
これで弱体化しているのだから、周囲が怖がるというのは分かるのだ。
それでも桜盛としては、世の中に良い影響を与える人間でいたい。
一番得意なことは、まさに暗殺と言えるであろう。
だがこれは、好きな仕事でも作業でもない。
今回は例外としても、出来れば災害救助など、そういった方面の仕事に回してほしいものだ。
守りの固かったドアを蹴破る。
おそらく会議室だったのだろうが、そこは多くのスクリーンが設置されて、病院の周囲をモニターしていた。
これで殺し合いを見て、それを楽しんでいたのだろう。
中に入った桜盛は、残る護衛も電撃で黙らせる。
そして年配の男たち七人に、わずかな殺気さえ出さず、作業的に襲い掛かった。
古くからの財産を誇る、巨大なグループ会社の会長などがいた。
ベンチャーから起業して、一気に巨万の富を得た、立志伝中の人間もいた。
ともかく共通していることは、誰もがとんでもない金持ちということだ。
そして桜盛は、その中の七人を選んで、素手で首を折っていく。
一撃で殺す、その手並のよさ。
まさにこれこそが、仕事ですらなく作業であるのだ。
ただ一人残ったのは、今回の仕事を持ち込んだ男。
桜盛の虐殺に対しても、平然とした様子を崩さなかった。
「たいしたものだな」
桜盛に声をかけ、惨状にも眉一つ動かさない。
警察を利用して、この殺し合いのゲームを崩壊させた。
もっとも実際のところは、正義感などではなく、単に利益の問題であろうと、五十嵐は言っていた。
「しかし彼女は殺さなかったのかね?」
桜盛としては、そのあたりの判断が微妙なのである。
殺しても良かったが、まだ若かった。
詳しく話を聞いてから、改めて殺すかもしれない。
だがそれよりも先に、やることがある。
「さて、こんな死体だらけの場所に、長居は無用だ。隣に無線があるから、それで迎えの車を呼ぼう」
なんなら途中で、仮眠を取りながら楽しむという手段もあったのだろうが。
桜盛は彼に従って、その背中を見る。
そして背後から、脳幹部に大振りのナイフを突き入れた。
最後の一瞬まで、男は自分の死が分からなかっただろう。
この慈悲こそが、この男に与えられた報酬であったのだ。
警察が一方的に、使われる立場のはずもない。
ましてや桜盛は、単純な利害関係だけでつながっているわけでもない。
五十嵐の要求したミッションは、実は七人の殺害ではなく、八人全員の殺害。
あるいは殺し屋の方は、重要視していなかったのだ。
殺し屋などいくら消えてしまっても、それを供給するところはあるのだ。
また必要となれば出てくるだろうし、今までのタイプの殺し屋が、もう必要なくなったということに過ぎない。
そのあたりの事情も説明された上で、桜盛は今回の仕事を引き受けた。
そもそも桜盛は、護衛たちを殺していない。
雇い主七人が死んで、一人だけが生き残っていれば、それは不自然であろう。
それを調整するためには、罪業の軽い40人まで、全員殺す必要がある。
桜盛はそれを望まなかっただけだ。
人を呪わば穴二つ。
この場合は八つの穴に加え、殺し屋たちの穴まで必要となったわけだ。
桜盛は建物全体の電気システムを、完全に過剰な電撃で破壊する。
そもそも全てのデータは、消えておいてもらうしかないのだ。
それからアイテムボックスから、大型のトランシーバーを取り出す。
近くに待機している五十嵐たちに、連絡をするためのものだ。
窓から外へ出て、そして転がしておいた少女の元に戻る。
かなり移動はしていたが、もうあの隠密能力は使えていない。
「片付いた。ああ、八人全員だ。だけど一人、殺し屋を残してある。ああ、駄目なら改めて処分すればいい」
命を数として数えて、それをおかしいとも思わない。
少女にしても生かしておく価値がないと判断されれば、殺されてもおかしくはない。
ただ桜盛の感知能力さえ、ある程度は無効化したその異能。
警察の汚れ仕事をやってもらうには、都合がいい人物であろう。
追いついた桜盛は、自分で肩の関節をはめ、ナイフなどの武器を構えた少女を見る。
両腕はまともに使えず、足の刃物も桜盛の前には無力。
それでもどうにか、生き残ろうとはしている。
(出来れば他の道を選んでほしいもんだけどな)
桜盛は視界に入った彼女に、問答無用の電撃を食らわせる。
魚のようにビクンと跳ねた少女を、桜盛は肩に担ぐ。
ここでもまた作業的に、桜盛は人間を運んでいったのであった。
車の後部座席に、桜盛はとりあえず半裸の少女を放り込んだ。
そして自分も乗り込むと、五十嵐が車を出す。
「え、何その子」
助手席の高橋は事情を知らないのか、桜盛に対して質問してくる。
「殺し屋の中で、一番若かったんだ。矯正出来る可能性がある」
「矯正って……そんな若さで殺し屋してて?」
「まずはここを離れるぞ」
五十嵐はそう言って、車を発進させた。
私道から公道に入って、桜盛は口を開く。
「それでこの子のことなんだが」
「待て。意識はあるんだろ? 下手に聞かせると殺すしかなくなるぞ」
「ああ、そうか」
確かに少女は、意識を失っていない。
なので桜盛は昏睡状態にした。
「眠らせたぞ」
何をどうしたか、五十嵐たちにも分からない。
だが桜盛はあの武装グループの占拠事件を知っている。
少女の名前は、黒蛇という通り名で知られている。
蛇のように隙間から出入りし、主に夜中に殺人を行う。
その技術はどこから来たのか。
少なくとも桜盛でさえ、彼女の気配をある程度見失うのだ。
父祖の代からの殺人者。
この技術、あるいは異能については、有効に使えば国益にもなる。
「異能者か……」
桜盛からの説明を受けて、五十嵐は短く呟いた。
日本の裏を支える異能者は、確かに多ければ多いほどいい。
偶然発見した異能者を、警察というか国家が抱えるメリット。
それ自体は、確かにあると言える。
ただ同乗していた高橋の方は、異論があるようであった。
「あえて言うが、人殺しなのだろう? それを内部に抱えるのは、あまりにリスクが大きい。そもそもコントロール出来るのか?」
「人殺しというなら、警察の抱えている能力者も、かなり殺しているんじゃないのか?」
「言い訳のように聞こえるだろうが、そこに大義があるか否かで、殺人は肯定されるか否定されるか決まる」
「正当防衛、緊急避難、自殺、戦争、どうしてそういう場合は、殺人が許容されるんだろうな」
「君は制御できていると、こちらは判断した。だから取引にも乗ったんだ。しかしその子は、金で人を殺していたんだろう?」
「やめろ高橋」
五十嵐の言葉で、とりあえず会話は彼の方に移るようである。
人殺しを正当化するのは正しいのか。
桜盛としては、そもそも殺人というのはどういうものなのか、明確な基準がない。
必要としなかったと言うべきであろうか。
現代日本のような法治社会で、道徳教育も行き届いた日本では、殺人を肯定してはいけないだろう。
だがそういう教育を受けてこなかった人間はどうするべきなのか。
自衛隊の海外派兵などが決まる以前に、警官が周囲の人命を守るため、犯罪者を射殺する。
これらは正当な行為であるが、道徳的にはどう考えるべきなのか。
正当防衛、という言葉で説明はつく。
しかし正しく育てられてこなかった人間が、人を殺して糧を得ること。
これはどう考えたらいいのだろうか。
勇者世界において、桜盛の仲間には暗殺者がいた。
旅の途中で知り合って、血の気配を濃密に感じさせながらも、本人は明るく信念を持っていた。
途中で死に別れたが、桜盛は彼のことを、悪人とも犯罪者とも思っていない。
そもそも世界に、絶対的に殺人を悪とする余裕がなかったのだ。
弱肉強食と言うか、そもそも世界のリソースが、人類が全員生きていくためには不足していた。
それは主に魔王の責任であったが、すぐに解決策が見つかるというものでもなかった。
ならばそれを争って、人々が殺しあうのも当然。
そんな世界を知っているだけに、桜盛は殺人への忌避感がほとんどないのだ。
それでも日本の空気によって、ある程度は衝動を止めることは出来る。
出来るからこそ、この少女を殺さなかったわけだ。
役に立つ人間は、より多くの犠牲が出ようと殺さない。
それが魔王と戦うための、桜盛の信条であったのだから。
五十嵐としては、桜盛の言い分も理解できる。
かつて警察というか、国家自体が桜盛を危険人物として見なしていた。
実のところは現在も、どうにかその手綱をしっかり握れないか、苦心はしているのだ。
五十嵐自身としても、桜盛の危うさは分かっている。
世間の正義や利害と、桜盛の価値観や利害が反した場合、間違いなく桜盛は後者を重視する。
その価値観や利害が、おおよそ五十嵐の考えるそれと、あまり乖離していないのが幸いなだけだ。
制御できない兵器など、国家が持つべきではない。
だからといって抹殺するには、その方法はない。
「その子を警察か、国家の犬として使えばいいということか?」
「そうだな。彼女と交渉してみて、どうしようもなかったら殺せばいい」
「もしも交渉が成立しても、その場だけのもので逃げ出したりしたら?」
「殺せばいい。もし手に余るなら、俺が手伝ってもいい」
「簡単に言ってくれる……」
五十嵐のため息は、本心からのものである。
だが、桜盛が助けたのだ。
問答無用で却下すれば、それは彼との関係性の悪化にもつながる。
それに暗殺に適した能力の持ち主というのも、ある程度はいてもいいのだ。
結局のところは、実際に面談してみて、その結果から判断すればいいだろう。
「どうしてもこの子は利用できないと判断して、こちらで処理したとしても、君との関係が悪化することはないと考えていいのか?」
「そんな質問をするなと言いたいところだが、そう考えてもいい」
桜盛としては、殺し屋ゲームなどを許している時点で、警察にはその程度の害悪を飲み込む度量があると思っているのだが。
五十嵐としても、桜盛の言質は取った。
ならばあとは、こちらで仕事をすればいい話だ。
「分かった。ただ一日に一回は、こちらに連絡を寄越してくれ」
「一日に一回は無理かもしれないな。だがこの件が終わるまでは、出来るだけ連絡を密にするよ」
桜盛としては、それで充分な約束なのである。
途中、大きなトラックが、対向車線を走っていった。
「あれが処理部隊か?」
「まあ、そんなところだな」
この事件は、表社会の有名人が、何人も関わっている。
それだけにどう処理をするのか、重要なことではあるのだ。
桜盛のやった、首の骨を折って殺すというのが基本のスタイル。
これによって警察としては、後の処理が簡単になる。
「やっと八月が終わるか……」
日常の象徴である学校が、もうすぐ始まるのだ。
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