第54話 静寂の夜

 設置されたカメラも、ごくわずかに木々の葉の間から覗くドローンも、桜盛の姿を追いきれない。

 完全にその姿を見失った今、桜盛の位置を知るのはリストバンドからの信号を受け取る、今回の雇い主のみ。

 そして桜盛はそこから、完全に気配を消す。

 残る殺し屋がどう動いているのかは、生命探知でおおよそ分かっている。

 一度でも認識されてしまえば、マーカーを外さない限りは相当に遠距離に行くまで、桜盛から逃れることは出来ない。

 玉蘭で試したところ、半径500km以内であれば、おおよその位置は分かったのだ。

 さすがにそれ以上は、接続が切れる。


 二人の殺し屋と話そうとして、全く成立しないか、話しても無駄であると悟った。

 あえて桜盛が危険そうに見える行為をしてまで、殺し屋と接触しようとは思わなくなった。

 なので潰し合いを見てから、数が減ったところを叩けばいい。

 なかなか数は減らなくても、充分に消耗はするであろうから。


 完全に、正しい意味でのチートと言うべきか。

 目が見えず、耳も聞こえない生物の中に混じって、殺し合いをしているというあたりだろうか。 

 おまけに全身に鎧をまとっていて、防御力も抜群。

 だが結局のところ、こういったサバイバルゲームというのは、相手から見つからず、相手を先に見つけて、気づかれない間に殺せる方が強い。

 いくら気配を絶ったところで、本当に生命力までを消すことは出来ない。

 桜盛はそう思っていたのだが……。

(こいつは、参ったな)

 おそらくこれは、天性の能力者なのか。

 桜盛が一人、これを殺すのはどうなのだろう、と思う殺し屋がいた。

 事前の情報では、侵入しての暗殺に長けた存在。

 桜盛とそれほど年齢の代わらない、少女の殺し屋。


 さすがに日本で活動しているので、人種は東アジア系。

 写真は資料に添付されていなかったが、おそらくまだ10代であると書かれていた。

 業界での通り名は『灰かぶり』。

 つまりそれはシンデレラか? という疑問を持つには、桜盛はシンデレラの意味を知らなかった。

 だがその彼女は、桜盛の生命感知から反応が消えるのだ。


 天性の暗殺者と言うか、いいシックスマンになれそうな性能である。

 異能者ではあるが、そこまで派手ではないので、今まで気づかなかったのか。

 とりあえず彼女とだけは、少し話してみてもいい。

 桜盛としては、そんなことを考えたのである。




 回収していた投擲武器を、攻撃範囲内に来たときだけ、相手に向かって投げる。

 それで撤退していった者もいるが、運悪く一撃を急所に受けて、その場で倒れた者もいた。

 そんな相手にはさすがに可哀想なので、ちゃんととどめをさしに行ったが。

 桜盛が殺したのは、結局二人だけであった。

 最初に男が殺されたのも、ほぼ桜盛の力だとしても、三人まで。

 つまり残った殺し屋も、同じく三人を殺したのだ。

 時間はまだ深夜の11時前後である。


 これだけの短時間に、殺しに慣れた人間を殺せるのか。

 もっとも殺しに慣れていても、山岳部での活動に慣れているわけではないだろう。

 おそらくは自分の気配を絶つだけではなく、他の人間の気配を探ることも出来る。

 それぐらいの能力がなければ、とてもここまで圧倒は出来ないであろう。


 二人きりになった。

 これ以上は殺さない、という選択肢は向こうにもある。

 桜盛としては殺しに来ないのであれば、別に殺そうとも思わない。

 しょせん殺し屋は道具に過ぎないので、重要なのは雇い主を殺すことだ。

 見逃して、また後で接触してもいいだろう。

 ただ桜盛のマーカーがつかないというのは、考えなければいけない問題だが。


 桜盛の雇い主が、相手が移動し始めたのを伝えてきた。

 機会音声が、おおよそ桜盛に向かって一直線に、その進路を取っていると教えてくれる。

 桜盛と違って、監視カメラなどから、完全に逃れることは出来ないらしい。

 そのあたりはさすがに、桜盛の隠密や索敵の能力には、及ばないものがあるのだろう。




 およそ彼我の距離は100mほど、と伝えられたところで、桜盛は能動的な索敵を行う。

 これまでにやっていたのは、あくまで生命力の受動的な探知である。

 だがここで使うのは、魔法による能動的な探知。

 同じ探知魔法でも、全くその性質は違うのだ。


 桜盛の発した魔力の波に、山の中の小動物は反応する。

 そして接近してきていた殺し屋も、そこで足を止めた。

 生命力の感知ではなく、桜盛は熱源感知に切り替える。

 こちらはひたすら相手を待って、迎撃すれば負けはない。

 そう思っていたのだが、桜盛の探知の能力から、その姿が消えた。


 隠密能力が図抜けている。

 魔法的な感知能力だけに頼っていては、桜盛はここで不覚を取ったかもしれない。

 だが五感をも鋭敏にさせて、相手の動きを察知する。

 すると空気のわずかな対流から、相手がどう動いているのかが感じられる。


 考えるな、感じろ。

 桜盛はそうではなく、感じたことを考える。

 相手がどういう能力を持っていて、どういう武器で攻撃してくるのか。

 おそらく二度目に戦った殺し屋と同じような、大きな傷はつけない武器が、本来の得物であろう。

 ただこういった殺し合いにおいて、普段通りの物を使うかどうか。

 だいたい戦士というものなら、持っている武器に自分の体を最適化するか、どんな武器でもそれなりに扱えるようにする。

 桜盛の場合は本来なら前者なのだ。


 高将軍との戦いでも、結局は素手になっていた。

 大剣以外の武器であれば、下手に使うよりは素手の方が強い。

 相手の武器にしても、この戦闘条件においては、それほど大きな物ではないだろう。

(さて、話が成立するかな?)

 桜盛は万一のことも考えて、足場の整った病院近くに移動する。

 これでまたカメラには姿が映っただろうが、それはもう構わない。

 

 姿を晒した桜盛に対して、木々の間からナイフが飛んできた。

 だがそれは見えない壁によって、地面に落とされる。

 投擲武器では倒せないと、向こうが理解するかどうか。

 森の中から出てきたのは、あの七人の中では一番小柄であったものだ。

 巨体の桜盛とは対照的な、生き残りの二人であった。




 未成年と思われる殺し屋の生い立ちというのはどういうものであろうか。

 単に未成年に見えるだけで、実はそれなりの年齢であったりするのかもしれない。

 ただこの少女は、ゴーグルにマスクまでも外してきていた。

 確かにあちらが風上であるが、毒物の散布などを考えれば、粘膜周りは覆っておいた方がいいであろうに。


 目の前にいるのに、ひどく存在感が薄い。

 この特性があるがゆえに、殺し屋となったのだろうか。

 そのあたりの判断は、桜盛が出来ることではない。

「少し話をしないか?」

 桜盛の提案に対して、少女は反応した。

「何を?」

「どうして殺し屋をしているのか、それ以外の生き方はないのか、ということだけど」

 桜盛の言葉に対して、少女は構えを崩さない。


 桜盛としては本当に、殺し屋の思考については知りたいのだ。

 それに納得できたなら、殺さなくてもいいとすら思っている。

 自分だって殺し屋である。報酬があまりにも巨大であったというだけで。

 いや、仕事としてではなく、軍人としてでもなく、殺したことはあったか。

 信条の違いだけで殺し合いになり、結果として殺したことすらある。


 少女は桜盛の言葉に、しっかりと反応してきた。

「私は殺し屋の家系に生まれて、殺すことを目的としてきた。他の生き方は知らない」

「なら他の生き方をしてみるつもりはあるかな?」

「特に興味はない」

「そうなのか」

 他の生き方を知らなければ、それは選ぶこともないだろう。

 勇者世界でも数多く、そういった人間は見てきた。


 結局地球というか、この日本と勇者世界の違いは、人生の自由度ではなかろうか。

 人によっては乱世の勇者世界を、楽しむことも出来るであろう。

 だが実際の人々のほとんどは、保守的な思想ではないのか。

「他の生き方を強制されたら辛いかな? 俺に勝てるとは思わないが」

「私を甘く見ない方がいい」

 そういった少女の声音には、自分の技術に対するプライドのようなものを感じた。




 この少女の実態は、殺し屋ではない。暗殺者だ。

 対人戦闘の技術に優れている。

 そして刀刃武器を使ってきて、ナイフ以外にもブーツの爪先などに、それが含まれている。

 桜盛は簡単に回避するが、他の人間には難しいことだろう。


 ただ桜盛の回避に対して、少女の方はイラついているようだった。

 小さく回転した後、前蹴りをしてくる。

 これを桜盛は後退して回避しようと思ったのだが、ナイフが飛び出してきた。

 なんともギミックが面白いが、桜盛には効果はない。

 単純に足の武器をなくしただけになった。


 衝撃はゴムボールを当てられたよりも弱い。

 それを見て少女は、わずかに感情を動かす。

「普通なら今ので、致命傷かもな」

 耐刃ジャケットなどであっても、刺突への効果は薄いはずだ。

 だが桜盛は物理的な攻撃は、ほとんど全でを無意味に出来る。


 桜盛がやられたら厄介だなと考えるのは、質量攻撃だ。

 それも個人の携帯できるようなものではなく、戦車砲の貫通弾などである。

 さすがにそれは検証していないが、魔法の防壁がどれだけ耐えられるのか。

 少なくともこのゲームにおいては、全く意味はないようであるが。


 両手に持ったナイフは、間合いを測らせないように上手く使ってくる。

 だが桜盛は胸を突かれる隙に、手首を握ってナイフを落とさせた。

 脇腹と見せて首筋を狙ったものも、皮膚で止まってしまう。

 これで武器はだいぶ減ったはずだ。




 相手の攻撃をことごとく無力化していった。

 このぐらいの年齢の人間であれば、殺し屋としての意識を、まだ矯正可能ではないかと思ったのだ。

「まだやるか?」

 そう声をかけたところ、少女の視線は周囲に向けられる。

 落とした武器の位置を確認しているのだろう。


 桜盛は一応、ナイフを逆手に持ってはいる。

 だがこれは武器として使うためのものではない。

 少女が動いた瞬間、桜盛も動く。

 そして片手を掴むと、そこからぐるんと回して、肩の関節を外した。


 普通なら激痛で動けないところだろうが、彼女はその肩のまま、蹴りを桜盛に入れてくる。

 その足を取って、動かせないようにする。

(こいつもジャケット、防刃性かな)

 そう考えた桜盛は、襟のところに手をかけて、少女のジャケットを素手で切り裂いた。


 地味に人間の出来ることではない。

 肌着が見えたところで、桜盛はナイフを使う。

 背中の部分が切れて、肌が露になった。

「お~い、まだやるか?」

 これ以上は何をしても、とても逆転の余地などはない。

 片手だけで相手の両手を握り、吊り下げるようにする。

 蹴りを入れてくるが、桜盛には全く効果がない。


 ついに心が折れたのか、息切れして泣きながら桜盛を睨み付ける。

 一応はまだ限界ではないのか。

(こいつも殺し屋だし、レイプされても文句は言えないよな)

 などと桜盛は考えたりもするが、ドローンによる撮影はされている。

 観衆がいる中で童貞がレイプをするというのは、かなりハードルの高い行為である。


 桜盛はもう片方の腕も、肩の関節を外す。

 激痛でばたばたと足を動かす少女は、その場で放置。

 やろうと思えばもう、首の骨を踏み抜けば済むことである。

「話を聞くのは、後にしてやるからな」

 ここでもまた桜盛は、女に甘いところを見せるのであった。

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