第53話 職業殺し屋

 殺し屋という職業に対して、桜盛は関心がある。

 自分がやっていたことは暗殺であり、殺し屋とは違うと思っているからだ。

 魔王に対する最強の個人兵器であり、同時に多くの人間も殺した。

 基本的には英雄であるが、恨んでいる人間も相当にはいるだろう。


 そんな桜盛と対峙した男は、50歳ぐらいであろうか。

 動きを見る限りでは、まだ充分に一線をやっていけそうではある。

 ただそこまで動けるなら、今からでも肉体労働をすればいいのに、とも思うが。

「どうして殺し屋なんてやることになったんだ? ちなみに俺の場合は、目的のために殺しの技術を身につけただけであって、今は副業でやっているんだが」

 話すからにはまず自分から、と桜盛はそんな説明をした。

 男は生地の厚い、作業着のようなものを着ている。

 暗くなっていく周囲には、上手く溶け込むような色だ。

 武器が何かは分からないが、両手の中に何かを握りこんでいるようにも見える。


 桜盛としては相手を戦闘不能にすれば、別に殺さなくてもいいと思っている。

 昏睡の魔法を使えば、それは簡単に無力化は出来るのだ。

 あとはアイテムボックスの中の拘束具を使えばいい。 

 問答無用で襲ってくるようなら、そこで初めて戦闘を開始すればいい。


 この殺し屋は桜盛の質問には答えず、間合いを測っている。

 そしてじりじりと、風上に移動しようとしている。

(毒でも持ってるのか? 風上からなら俺だけに……とは言ってもこの林の中だと、風向きが一方からのみになるわけでもないし)

 ならばある程度、毒に対する耐性があるということか。

 あるいは中和剤の類を持っているのかもしれないが。


 安易に試すのは、もちろん危険である。

 だがどこかでは試さないといけない。

 桜盛がこっそり取り出したのは、神様謹製のポーションである。

 ポーションといってもその品質はピンキリであるが、神様の作ったこれは劣化すらしない、特別製のものだ。

 単純な怪我などだけではなく、神経毒などにも効果があってもおかしくはない。

(それでもある程度は賭けになるか)

 この肉体の耐久力は、化学反応に対してはどうなのか、分からないのは確かだ。

 一酸化炭素中毒などは、どれだけ体を鍛えていても、全く無意味であろうし。


 男はその右手を、少し不思議な動かし方をした。

 まるでトランプのカードを放つような。

 もちろん投げられたのは、そんなものではない。

 重みのあるそれは、円盤状のものである。

 ただし大きさは小さく、コインほどであろうか。


 桜盛の顔付近を狙っていたが、この程度ならば見えづらくても回避できる。

(なるほど、毒がこれに付いてるのかな)

 そして殺し屋はあくまでこれは牽制であるらしく、風上からその手を開く。

 単なる毒であれば、息を止めていればたいがいは耐えられる。

 だが中には粘膜や皮膚からも吸収する、神経毒もあるのだ。

 もっともそんな危険なものを扱っている割には、男自身が軽装である。

 桜盛が感じたのは、わずかな刺激。

 しかしそんな時のために、桜盛はサングラスをつけたままなのだ。

 ゴーグルに比べればその効果は限定的だが、この場合は充分であった。

 桜盛はとりあえずもう、間合いを詰めてしまう。




 接近戦になった。

 人を殺すための技術と、格闘戦の能力は全く違うものである。

 殺し屋は手に、ナイフとはまた違った、長い針のようなものを持っている。

(鎧通しか?)

 それにしては細すぎるが、これは似たような暗器を見たことがある。

 心臓を上手く貫けば、わずかな違和感のみで、しばらくすれば死亡するというものだ。

 桜盛の肉体は強靭なものであるが、医療用の針などまで通さないほど、不便な頑健さはない。

 これに刺されれば、普通に傷を負うことになるだろう。


 もっともこの程度のものであれば、それこそ心臓を刺されても、桜盛の場合は治癒すればいいだけだ。

 あとは毒に気をつけるにしても、扱い方からして即死の毒物ではないと判断出来る。

 もっとも皮膚からは吸収しないが、体内にいれたらごく微量でほぼ即死する、危険な毒はあるが、桜盛は知らない。

(とりあえず、もういいか)

 わざわざ殺す必要もないな、と桜盛は思った。


 武器を持った腕を両方、増強した筋肉の両腕で殴る。

 下腕部の骨を両方、折った感触があった。

 落とした武器に関しては、そのままアイテムボックスに入れて回収。

 そしてローキックで、片方の足を叩き折った。


 両手がまともに使えず、そして足も片足となり、ほぼ移動は不可能。

 これでまあ、無力化したと言っても、さほど間違いではないだろう。

「どうする? ここからの逆転は難しいと思うがな」

 桜盛としては、どちらを選んでもらっても構わない。

 放置していっても、おそらく他の殺し屋にやられるだろう。

 カメラの画像などから、あちらは接触した桜盛と殺し屋を、第一目標にするだろう。

 上手くすれば一人が死んで、もう一人も傷ついたところを襲えるのだから。


 桜盛の最初の質問に答えるなりして、どうにか時間を稼ぐべきだ。

 そしたら他の殺し屋と桜盛が戦闘状態となり、ここから逃げ出す程度は出来るかもしれない。

 もっとも片足では、まともに動けるはずもない。

 出来ることはじっと、夜が明けるまで息を潜めていることぐらいか。




 何か喋るのを、待つ余裕はなかった。

 一番近い距離から来たのは、比較的若く見える男である。

 もっともそれは桜盛が透視の魔法を使っているからで、顔は口周り以外は覆ってしまっている。

 暗視ゴーグルも装着しているのだ。


 ここまで迅速に接近できたのは、観戦者の誘導によるものだろう。

 桜盛としてはこれに対し、半身で構える。

 白兵戦であろうが投擲であろうが、どちらにも対応出来るのだ。


 だがその若い殺し屋の投擲は、桜盛が戦闘不能にした男に、まず投げられた。

 投げナイフらしきものが、眉間に突き刺さってまずは1キル。

 桜盛が無力化していた相手であるのに、ひどいものである。

 もっとも出来るだけたくさん殺した方が、ボーナスが出るらしいというのは聞いているので、それ自体はおかしくはない。


 さて、続いての戦闘になるのか。

 そう思ったが二番手の男は、跳ねるように逃げ出していった。

 その気になれば桜盛としては、投擲で攻撃しても良かったのだが、あまりに逃げっぷりが良すぎた。

(あと六人か)

 目を見開いたまま死んでいる殺し屋には、もう目もくれない桜盛であった。




 桜盛の目の前で人を殺した。

 そんな人間は悪人であろうか?

 もちろんそれだけで決まるはずもない。

 人を殺すということは、それだけでは別に悪いことではない。

 多くの社会においては悪いことではあるが、目的が手段を正当化する場合がある。


 殺し屋たちの場合はもちろん、正当化など出来ない。

 許されるのは、正当防衛、尊厳死、戦争といったところか。

 戦争の場合は正当化ではなく、罪に問われない、という分類だろうが。

 桜盛がどうやって人殺しを正当化していったのかというと、慣れという部分も多い。

 だがより近い仲間のために、命の選択をしているのだ。


 悪党の命と善人の命、などという基準では考えることはない。

 そもそも何をもって悪とするのか、という問題になるからだ。

 犯罪者であれば悪だというのか。

 だが軽犯罪を犯した人間は、犯罪を全く犯していない人間より、尊重されるべきではないのか。

 そのあたりは理屈ではなく、感情で考えるべきだと桜盛は思っている。

 具体的には自分にどれだけ近しいか、そして自分にどれだけ味方をしてくれるか。


 桜盛が接触し、コミュニケーションを取ろうとした相手を、この男は殺した。

 即ち今の時点で、桜盛からの好感度はマイナスなのである。

 自分を殺そうとしたぐらいでは、基本的には殺す理由にはならないのが桜盛だ。

 生かしておくか殺しておくかは、その都度決める。

 ただこの男は、先ほどの殺し屋に比べると、生かしておく理由が少なくはなった。


 先ほどの殺し屋よりも、まだ若い男だ。

 他の選択肢もあるように思える。

 だが逆に殺し屋を続けるのならば、より多くの人間を殺していくのかもしれない。

 桜盛は男を追いかけ、そしてまた病院近くにまで戻ってきていた。


 この建物の周辺だけは、ある程度の明かりが存在する。

 なので男も、ゴーグルを外していた。

「夜目が利くんだな」

 静かな声で男は言って、桜盛は相手の武装を見る。

 投擲武器が多そうだが、大振りのナイフも持っている。

 毒ではなく、直接自分の手で殺すタイプが。


 こんな相手でも、桜盛はコミュニケーションを取ろうとする。

 完全に無言であった先ほどの年配の男よりは、まだ話が通じるのかもしれない。

「お前は、どうして殺し屋をしてるんだ?」

 その問いに対して、男はそこそこ饒舌であった。

「人間が人間を殺すなというのは、そもそもどういう意味から発しているんだと思う? 俺はそう考えて、まず一人殺してみた。それが最初だったかな」

「殺し屋をやめようとは思わないのか? こんな殺し合いまでさせられて」

「殺しは俺にとって、手段であり目的だからな」

 なるほど、楽しんでしまうタイプか。

 それならば、もう、どうにも矯正の余地はないのかもしれない。




 投擲武器は主に投げナイフ。

 普通の人間であれば、急所に当たれば殺せるだろう。

 桜盛の着ているスーツは、基本的に市販のものであり、特別な耐刃ジャケットなどではない。

 だが桜盛の肉体に、それが刺さることはない。

 完全にナイフを無視して進む桜盛に、相手が呆然としたのを感じていた。


 飛び掛るように首に手をかける。

 そのまま体重で押し倒し、片手は胸の辺りに置く。

「何か言い残すことはあるか?」

 そう問われた殺し屋は、わずかに笑ったようだった。

「やっと終わる」

 わずかな一文節を聞いて、桜盛は首の骨を叩き折った。

 完全に脊髄を一瞬で折る、優しい殺し方であった。


 開始から早々に、二人脱落している。

 しかし桜盛が感じる限りでは、まだ他の殺し屋は交戦に入っていない。

 基本的には殺し屋たちも、ただの人間にすぎない。

 ならば一方的に殺すというのは、不意打ちや毒の散布、あるいは罠によるものであろう。

 桜盛はそういったものを全て、圧倒的な破壊力で上回ってしまっている。


 結局は桜盛が、一人ずつ殺して回ることになるのか。

 そうすると一人ほど、殺すべきか悩む殺し屋がいたが。

(分かってはいたが、これじゃただの一方的な処刑だな)

 もちろんそれを承知の上で、五十嵐はこれを依頼したのであろうが。


 残りの殺し屋は五人。

 全て自分の手で殺していけばいい。

 今更殺した数が、10や20増えようと、特に何かが変わることもない。

 どうせ死後の世界に、地獄も天国もないことは、桜盛が一番よく知っているからだ。

(人間は死んでも、生まれ変わることはないし、天国にも地獄にも行かない)

 だからどう生きるか、それだけを考えるべきなのだ。

 桜盛の要求したモテというのは、つまるところそれである。


 人間は当たり前に生きて、当たり前に子孫を残したい。

 どうせならその相手は、可愛い女の子がいい。

 昨今のおかしな多様性運動に影響されない桜盛は、限りなく普通である。

 なお桜盛は、性的欲求を抱かない人間がいないというのは、信じていない人間である。




 桜盛があっという間に、事実上二人を殺した。

 それを観戦していた雇い主は、あるいは憤激したりもしたが、おおよそ興奮して盛り上がっていた。

 他にもギャンブルというのは、それなりに金持ちを楽しませるものである。

 だがギャンブルとはいっても究極のところになると、どちらが勝つかに賭けるのではなく、勝負する駒を自分で用意してみたくなるらしい。


 そして選んだ殺戮者が、圧倒的な力で蹂躙されている。

 だがそれもまた、楽しむ対象にはなってしまっているのだ。

(つくづく度し難いな)

 自身は特に興味もなかったのだ、父祖から受け継いだこの悪趣味な集団の楽しみ。

 桜盛の姿を見ていて、これで終わらせてくれるのか、と安堵する。


 まったく金持ちや権力者というのは、自由度に見合った自制心が必要になる。

 とは言っても殺し合いの楽しみなどは、ローマ時代から普通にあったことだ。

 近世のフランスにおいても、処刑などは庶民にとっての娯楽であったと聞く。

 その頃の人間というのは、PTSDなどに悩まされていなかったのだろうか。


 現代社会の特に先進国などは、人殺しへの忌避感が強すぎるのではないか。

 なので実際の戦場で、PTSDなどになる人間も多い。

 しかし理想的な兵士というのは、サイコパスなどはむしろ有害であるという。

 特殊部隊の中でも、さらに特殊な部隊であれば、運用しているところもあるらしいが。


 まだこのゲームは始まったばかりである。

 だが既にして、大勢は決しようとしていた。

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