第16話 デート日和の日曜日

 デートである。

 つまるところ、年頃の男女が一緒に出かけて、一緒に楽しむというものだ。

 まあ映画を見て買い物でもして、それで終わりかな、などと桜盛は思っていた。

 幸いなことに軍資金は問題ないので、特に制限は考えていない。

 ただ高校生の良識の範囲で、楽しむことは必要だろう。

 ……あの志保の家の規模を考えていると、本人はどうなのか分からないが。


 この日は成美も、例のコンサートに出かけている。

 偶然というわけでもないが、桜盛が志保と約束した映画館を併設したモールからは、それなりに近い場所だ。

 海も近いので、ちょっとそのあたりでも散歩しようかな、などとも桜盛は考えている。

 ただそろそろ気温も上がってきているので、やはり建物の中にいた方がいいのだろうか。


 前日、ちょっと無難な服装でまとめた桜盛は、成美にその服装をチェックなどしてもらった。

「お兄とデートなんかする物好きなんかいるの!?」

「いるんだよ」

 失礼なことを言う妹であるが、やはり関係性は相当に改善している。

「まあ、少なくともおかしくはないし、それでいいんじゃない?」

 ちなみにどんな子、などと言われたが、桜盛は志保の写真など持っていない。

「え~、彼女の写真ぐらい持ってないの?」

「別に彼女じゃないわい」

「ああ、必死で誘ったとかそういうの? さぞかし高嶺の花なんだろうねえ」

「とりあえず彼女は」

 桜盛の視線は、生意気な成美の構成要素の中で、一つかなり慎ましい部分に向けられた。

「とても巨乳な女の子だ」

「殺すぞ」

 そうは言っても、成美の殺気などで桜盛が萎縮することはない。




 そんなことが、昨日の夜にはあった。

 桜盛としてはむしろ、アイドルのコンサートに行く成美の方が心配であったが、時間が昼間ということもあり、場所も臨海部のホールなので安全ではあろう。

 これが夜のライブハウスなどであれば、やはり危険であるのだろうが。

 極めて健全な昼のイベントということで、両親は快く送り出した。

 なお成美が伝えていたため、デートに行く桜盛に対しても、両親は生暖かい目を向けてから、勤務先に向かったものだ。

 病院は日曜日でも、完全に休日になるわけがない。


 待ち合わせ場所はショッピングモールの近く。

 映画館の予約ということで、チケットが上手く取れるところが少なかったのだ。

 おかげで成美の出先とも近いが、さすがに遭遇することはないだろう。

 軽く食事でもしてから、映画館に向かおうという予定。

 待ち合わせに到着したのは、桜盛の方が早かった。

「つーか早く来すぎたな」

 もうちょっと時間がかかると思ったのだが、移動速度が予想以上に速かった。

 単純に歩く速さによって、交通手段を一つずつ前のものに乗れたのだ。

 15分前に来れば大丈夫かな、と思っていたがまだ25分前。

 せっかくだから警察からのメールでも来ていないかなと確認する。


 こういう時に限って来ていたりするのだが、それを確認する前に、声がかけられた。

「ごめんなさい。待った?」

「いやいや」

 メールの内容を確認することもなく、桜盛はアイテムボックスの中にそれを放り込む。

 ここのところテストがあったため、一週間ほども連絡はしていなかったのだ。

 おそらくそれへの文句かな、とも思う。


 何か他の手段も手に入れた方がいいかな、とは思いつつも、志保の姿に目を止める。

 制服と部屋着、あとはパジャマの姿ぐらいしか知らなかったが、見事に白いワンピースで決めてきた。

 桜盛は知らないのだが、ワンピースというのは巨乳には着こなしが難しいものである。

 だが志保のそれはサイズに合わせて作られた物で、実は既製品ではなかったりする。

 そういうのをナチュラルに着てしまうのが、やはり富豪というところなのだが。


 暑くなってきた最近の気候に、その白いワンピースはいかにも涼しげであった。

 そしてつば広の帽子も、白で合わせてある。

 これは清純系だな、とそのダイナマイトバストを目にしながらも、桜盛は視線が胸に向かうのを止められない。

 桜盛はごく健全な範囲で、おっぱい星人であった。

「とりあえず食事?」

「ええ、ちょっと知っているお店があるし」

「ほうほう。俺も今日は小遣いあるから、多少は高くても大丈夫だぞ」

「あ、それはお爺様が、好きに使っていいって言ってくれたから」

 志保がバックから取り出したカードは、純粋に黒かった。

「え、それって確かお高いカードじゃなかったっけ?」

「さあ? 私は家族カードとして使ってるだけだから」

 うむ、やはり富豪であっても、それにはレベルの違いがあるというものだ。


 この後、連れられていったレストランは、ランチではあったが個室の部屋であったりした。

 どうやらカードの特典として、利用できるスイートルームらしい。

 ただ別にそんな待遇事態には、全く驚かない桜盛である。

 勇者世界では戦っていることが多かったが、国の舞踏会や晩餐会などには、何度も呼ばれたことがあるのだ。


 食事を終えた桜盛は、ここは素直に甘えておくことにした。

 これが志保の金というなら話は別だが、鉄山に関しては命を救った貸しがある。

 もちろんそれと桜盛とは、別人の設定ではある。

 だが奢ってもらえるというならば、それに甘えるのも度量の一つだ。

(考えてみれば個室じゃないと、ドレスコードに引っかかったのかな?)

 昼間のランチなので、そこは大丈夫だったのかもと思うが。


 食事を終えた二人は、目的の映画館に向かう。

 そして同じ頃、成美の待望のコンサートが始まるはずであった。




 今日も今日とて、お仕事である。

 世間様は日曜日であっても、警察が休むことはない。

 たとえ年末正月だろうが、ローテを組んで組織を回す。

 それが警察官という仕事である。


 組織犯罪対策は、様々なジャンルに分かれているわけだが、茜は現在臨時で他の課を手伝っている。

 元々は暴力団対策が一番で、囮捜査などに使われていたわけだが、この間の拉致によってメンタルへの負荷が考えられた。

 またその後の桜盛との接触もあったため、現在は内勤が多い状態になっている。

 元々どんな仕事であっても、片付けるのが早い茜であるので、こういったところでも重宝されている。

 だが内勤が多いはずが、またも変装のように厚化粧をして、どこかに入り込んだりする。

 お巡りさんは大変なのである。


「う~ん、このあたりって所轄が担当するんじゃないんですか?」

「そうなんだろうが、この間のグループ対処で、あちらも大変なんだろ」

 ペアを組んでいる刑事は、階級が上の巡査部長。

 ただし格好は茜と同じく、チャラいパリピ風味である。


 周囲を見渡せば、親子連れなりカップルなり、平和な光景が広がっている。

「こんなところで何か起こすとしたら、テロになっちゃいません?」

「すると案件が変わってくるよなあ」

 タレコミ先も確認出来ないが、ともかくこの辺りが怪しいらしい。

 巡回して様子を見ると言っても、日曜日にキャッキャウフフするカップルなどを見ていると、自分の境遇に身が寒くなる。


 警察官になったことに、しかも刑事になったことに、後悔があるわけではない。

 だが出来ればここで、ちょっと理解のある彼氏君などが出来れば、より仕事にも力いっぱい取り組めると思うのだ。

「なんだか分からないってのも、変な話ですよねえ」

「時間も時間だし、ちょっと飯でも食うか」

「そうですね」

 人の気配で感知する桜盛ならば、茜のケバい化粧でも、あっさりと本人だと見破ってしまう。

 だが上手く警察の気配を消した、カップルに見える二人組。

 それは本人たちが思ってるよりずっと、周囲に溶け込んでいる。


 警察官も、日曜日のお昼にはお出かけして、キャッキャウフフしたいのだ。

 もっとも今日の茜とペアを組んでいる刑事は、既に既婚者であったりする。

 女刑事は婚期を逸する、というのは本当のことだろうか。

 仕事中ながら適度に集中力を消して、気配を一般人と同化させる茜であった。




 中学生の資金力で、アイドルのコンサートに行くというのは、相当に難しい。

 まずチケットが高いのもあるが、そこはお小遣いを貯めればどうにかなる。

 しかし肝心のチケットが、そもそも手に入らない。

 特に首都圏では需要も高いため、大きな箱を使ってでも、なかなかファンには行き届かないのだ。

 これが全国ツアーの地方公演であっても、今度は一人で行けないという問題が出てくる。

 実際に成美が一度だけライブで参加できたのは、横浜であった一度きり。

 それも友人の姉という保護者がいて、ようやく参加出来たものである。


 昼日中で、特に保護者の必要もなく、こうやってライブコンサートに参加出来る。

 成美にとってはこれまでの兄の行動も、まあ許してやろうかという上から目線になっている。

 チケットは既にあるのに、始まる前から並ぶ成美。 

 こういうものは並ぶことに意味があるのである。


 たった一人でやって来たことは、友人たちには内緒である。

 そもそも友人たちは、およそ男性のアイドルの方に夢中な者が多いのだ。

 そんな中で知り合ったのは、ネットを通したつながりである。

 女の子アイドルを好きな、同性の人間というのは存在する。

 それは同性だからこそ、自分のなれない姿に憧れるのだ。

 あるいは過去の自分が、上がることの出来なかった煌びやかな舞台。

 それを代わりに演じてくれるのが、アイドルというものなのだろう。


 やがて時間が来て、ホールの中に成美は入っていく。

 ここから約一時間が、至福の時である。

 成美はそう思っていたし、実際にそれは間違っていなかった。

 たださらにその後に何が起こるかは、予知者でもなし知りうることなど出来なかったであろうが。




 コンサートの始まる直前の舞台裏では、エレナが有希あてに作られた花束を、楽屋に届けに来ていた。

 エレナの両親からのものであり、同時に祖父母などからもメッセージは届いている。

 有希にとってみれば、このコンサートはそれほど、キャリアの上で大事なものではない。

 本命はやはり武道館から、ドームといったところなのだ。


 武道館は果たしたが、ドームはまだ遠い。

 そもそもドームはペイするために必要な金がかかりすぎるのだ。

 やるとすれば三日間連続などのコンサートを行い、グッズ収入なども相当を販売しなければいけない。

 そのあたりの金がいったいいくらかかるのか。

 他のメンバーは知らないが、有希は知っている。

 最低でも一億は見ておくラインであり、演出次第では二億がかかるのだ。


 五万人を動員できる東京ドーム。

 果たして今のエヴァーブルーにそこまでの動員力があるのか。

 もちろん必要な観客は、15万人ではない。同じ人間が二度三度と買う場合があるからだ。

 それでも五万人を動員するのに、チケット代などもどうすればいいのか。


 武道館はちなみに、15000人弱ほどが収容できるが、実際にはライブなどを行った場合、ステージ後ろの座席を使えないため、最大で一万人ほどの収容となる。

 この武道館のレンタルは500万円ほどと、意外と安いのだ。

 また一万人であれば、充分に動員可能な人数だと言える。

 対して東京ドームは、一日当たりの利用料が2000万円。

 その前後も準備と撤収に必要であり、これまた1500万円がかかる。

 あとは人工芝の養生作業費で2000万円ほど。

 またコンサートなどであればビジョンも使うであろうし、空調設備に電気使用量など、様々にかかってくる。

 当たり前だが、設営スタッフに警備スタッフなど、人件費もかかる。

 一億は見ておくというのは、当然の話なのだ。


 もっともこれは武道館も同じようなもので、他の人件費などを考えれば、5000万円ほどは見ておいた方がいい。

 するとやはり、観客を動員出来るのならば、東京ドームもありということになる。

 しかしもしチケットが売れ残ったりなどすると、それは大変に見栄えが悪い。

 なので確実にドームを一杯に出来るという確信がなければ、なかなか箱として使うのは難しいであろう。


 あまり関係ないが武道館での開催は、他の要因でも難しかったりする。

 その名のとおり武道館というのは、武道やスポーツの行事やイベントが優先されて、その合間の期間にライブなどのイベントはするわけだ。

 さらに言えば活動実績がしっかりとしていないと、やはり貸してくれない。

 格闘技の新興団体が、なかなかイベントで武道館を使えないというのは、そのあたりも理由にある。

 アイドルやバンドの公演は、武道やスポーツの例年のイベントに優先されることはない。


 東京ドーム公演。

 とりあえず一つのアイドルグループとしては、それでペイ出来るなら、頂点に立ったと言ってもいいだろう。

 チケット代だけではペイするのは難しく、様々なグッズもあわせて売っていく必要があるのだ。

 ちなみに東京ドームでただ野球をするだけであれば、もっとずっと安い値段で借りることが出来たりする。

 全ては設備の使用によって、かかる金が変わってくるのだが。




 芸能人クラスの美人であると言うか、明らかにセンターの有希と同レベルの美貌。

 エレナの訪問は有希にとってもスタッフにとっても、別に珍しいことではない。

 外をうろうろとするのは、最近は自粛しているエレナである。

 そんなエレナにスタッフ席を用意したのが、有希なのであった。


 エレナを同じグループに誘おうか、と実は一度だけ考えたことがある。

 だがそれが無理かなと諦めたのは、完璧超人に近いエレナにも、明確な欠点があったからだ。

 それは音痴であるということ。

 アイドルならば口パクでもいいという意見もあったが、そもそもエレナがそんなものを目指していないという理由もあった。


「こんな小さなホールでも、そんなに緊張することがあるの?」

 時間前の有希に対して、エレナはそんな声をかける。

 軽く緊張をほぐそうとしてのことだが、有希は首を振った。

「お客さんの前で歌う時は、いつも緊張しているよ。私たちを見に来てくれた、全員を満足させるつもりじゃないと」

 このあたり有希は、エレナよりも人間として、成熟していると言ってもいいだろう。


 アイドルを演じるのは、慣れていてもう自然体になっている。

 全力で輝くことを、有希は選んでいるのだ。

 これはモラトリアム期間を利用した、有希なりの最大の抵抗。

 何に対しての抵抗かと言うと、別に親や家族へのものではないし、自分の中に流れる血統に対するものでもない。

 社会への抵抗だ。

 閉塞した社会に対して、有希は全力で抗っていく。

 おそらくエレナも、そして同じグループのメンバーも、これは理解出来ないだろうが。


 多くのお膳立てがあって、ステージに立つことが出来る。

 だがそのステージの上で輝けるかどうかは、自分次第。

 多くの人々の耳目を集めて、己の存在を刻み付ける。

 有希という人間はエレナなどと比べても、ずっと贅沢な人間ではあるのだった。




 食事を終えて、映画館に入る、桜盛と志保。

 そういえばそろそろ、コンサートの方も始まるのかな、などと時間を確認してみた。

 コンサート本体はともかく、その後はどうしてくるのだろう。

 成美はこういう時のために、かなりお小遣いを貯めているのだとは知っている。

(まあ金に関しては、俺の方が困ってないだろうけど)

 資金の援助は別に、桜盛にとっておかしなことではない。

 金で改善できる関係であれば、それは改善しておいた方がいいのだ。

 もっとも露骨な金の渡し方では、相手を調子に乗らせるだけだろうが。


 時間を見ていた桜盛に対して、手洗いから戻ってきた志保が声をかける。

「二時間ぐらいで終わるけど、後は買い物でもしない?」

「いいね。どういうとこ行く?」

「私はちょっと本屋を見たいかな」

「あ、それなら俺も、ちょっと見たいものはある」


 桜盛が見たい物は、一つにはオカルト関連である。

 勇者世界ほどではないにしろ、呪いの存在は確かなのだ。

 しかし刊行されているような物で、この日本の、あるいは世界の闇に言及しているようなものは、そうそうないだろうとは思う。

 ならば何を見たいのかというと、兵器や軍事関連、あるいはテロリズムに使われるような、毒ガスなどについてのものだ。

 この勇者の肉体は、少なくとも拳銃の銃弾などは通用しなかった。

 だが毒、特に科学毒に対しては、どれぐらいの耐性があるのか。


 また硫酸や塩酸など、そういったものへの抵抗力も、調べておきたい桜盛である。

 死なないためには、自分がどこまでやったら死ぬのかを、はっきりと分かっていなければいけない。

 おそらく一番破壊力の高い核兵器を使われたら、さすがに死ぬだろうなとは思っている。

 しかしそれとは別に、どこまでのことをするのが可能か、それを知りたい。


 おそらく読書家の志保と言えど、そういった方面には詳しくないだろう。

 あるいはネットで調べた方が、そういったものは分かるのかもしれない。

 だがそれはそれで、アクセスの履歴が残るのは、避けたい桜盛であるのだ。


 やがて映画が始まる。

 事前に話していた通りの、海外小説が原作のミステリー。

 それがおおよそ半分ほども過ぎたかという頃に、わずかに映画館が揺らいだ。

 防音されている映画館に、これは地震でも起きたのかな、と思った桜盛。

 しかしその透視能力は、信じたくない事実を目に映してしまう。

「おいおい……」

 わずかに呟いた瞬間、映画館のスクリーンが消えた。

 暗闇の中で光るのは、独立した電源を持つ避難路への輝きだけ。

「停電?」

 周囲がざわめく中、桜盛だけはしっかりと視界を確保している。

「とりあえず出よう。バッグを持って」

「ええ、でもすぐに戻るんじゃ……」

「通路に出るだけなら、戻ってこれるから」

 その言葉に頷いて、素直に志保は付いてくる。さりげに手を握っていた。


 そして通路への扉を開けたところで、二度目の爆発。

 これは音まで聞こえてきて、振動も多かった。

「何が起こって……」

「何か爆発したみたいな感じだな」

 そう言った桜盛は、その爆発した方角を窺う。

 マーカーをつけておいた成美の反応が、それなりに近い場所にいたのに気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る