第95話 好感度フラグ
玉蘭に連絡がついた。
そして世界の命運がかかっていることだけに、直接会って話したい、ということになった。
現在の彼女は香港にいて、また危険なことをしているらしい。
仙人の中でもこの世にとどまり続けるのは、それだけまだ人間に絶望していないからであろう。
「勘弁してくれよな……」
彼女が日本を訪れるまでには、少しばかりの時間がかかる。
ならばその間に、桜盛は何をしておけばいいというのか。
それが分かったのは、自宅に帰ってからのことであった。
「お願い!」
うろうろしていた妹が、夕食の席でパン!と手を合わせてきた。
「なるほど……」
こういうイベントなのか、というのが桜盛の感想であった。
YUKIこと鈴城有希の所属するアイドルグループ、エヴァーブルー。
あまり関心を持っていなかった桜盛であるが、この数ヶ月で随分と、実績を上げてきたようである。
年末のドームコンサート。
三日連続開催をして、それがペイできると思えるぐらいには。
芸能界に疎い桜盛には分からないことであるが、これは驚異的なことではあるのだ。
そこにはもちろん、有希の所属する芸能事務所が、大手で力もあることが関係している。
今時の芸能界というのは、かなり二世三世や、そうでなければ有力者の子弟が幅を利かせている。
そういったバックがないと、そもそも宣伝が出来なくて大きく売ることが出来ないのだ。
ただネット発の歌手がコンサートを開くという、一発逆転現象も起こっている。
もっとも逆転するのは、それまでに諦めず、折れなかった人間だけなのだが。
そのコンサートのチケットを買いたいのだが、抽選でしか買えない、というのが現状であるらしい。
そこまで人気になっていたのか、と桜盛は思ったりもしたが、成美と桜盛の二人が応募すれば、当選する確率はそれだけ上がる。
昨今の人気コンサートのチケットなどは、転売防止のために色々と、譲渡の制限は行われている。
だが当選通知があってほんのしばらくの間は、条件次第でそれが可能である。
(なるほど、これで二人とも同日に当たったら、俺がコンサートに参加する流れになるわけか)
予知能力である程度の未来を知らされていると、そういった予測もついてくる。
桜盛としてはだが、そこでまた何かが起こるのだろうな、という予測もつく。
単純にコンサートに参加するだけで、桜盛と有希の間にフラグが立つはずはない。
以前のモールでのコンサートもあって、ドームであればさらに、警備は強化されているはずだ。
手荷物検査などもあって、たとえばストーカーが有希を襲う、などということも考えにくい。
「分かった。二人とも同じ日に当選したら、俺が使っていいんだよな?」
「そりゃいいけど、そんなに興味あったっけ?」
「こちらも色々とあるんだよ」
そんな桜盛に対して、魅力に対して熱烈に語ってくる成美。
おそらくこの兄と妹の和解的な交流もまた、フラグ管理の一つにはなっているのだ。
予知能力というのは、他人を思い通りに動かすことが出来るものだ。
だがそれを必要以上に不快と思う必要はないだろう。
どうせ決断し、実行するのは自分なのだ。
そのあたり桜盛は、もう割り切っている。
ファンクラブの画面から、応募の登録をする。
成美と違い桜盛のランクでは、当選の確率は低い。
だがおそらく同じ日のライブに、二人で当選するのだろう。
そして桜盛がなんらかの事件を解決する。
ふと思ったのだが、優奈は桜盛の相手として、志保と蓮花の名前を挙げていた。
だがエレナの名前は挙げていなかったし、成美の可能性も低いという言い方をしていた。
単純に本当に、エレナのルートがなかったということも考えられる。
ただ身近の人間であれば、他にはまだに玉蘭や美春といった女性もいる。
この二人を恋愛対象に見るのは、かなり難しいとは思うが。
それでエレナもなのだろうか。
一方的に助けはしたものの、別に惚れられてはいない。そもそも桜盛の姿ではほとんど接触がない。
(勇者の姿では駄目ということか?)
確かに志保や蓮花には、桜盛の16歳の姿で接している。
もっとも蓮花を助けたのは、やはり勇者の姿ではあったが。
普段の日常でも、それなりに好感度ゲージが高まっていたということか。
ただ今後の蓮花との接触は、さすがにもうダンス部にも来る頻度が減っているし、桜盛もここから距離を詰めていく方法が分からない。
やはりイベントが必要なのだ。
偉大なるフラグ管理のイベントなくして、恋愛経験不足の童貞が、距離を詰められるはずもない。
期限を考えれば、蓮花が卒業してからでも、どうにか接点を作っていけば、なんとかなるのかもしれない。
しかし有希は現役トップアイドルで、そんなものとの関係性が一気に進むなど、相当にイベントの密度が濃くないと、不可能だと思うのだ。
それこそ二時間で出会いからキスまで成立する、ハリウッド映画のようでもなければ。
(アクション展開か?)
だがエヴァーブルーはあの武装グループ事件以降、相当にセキュリティには厳しくなっている。
それでも彼女に、危険が迫るというのだろうか。
予知能力などないが、有希を襲うであろう状況。
普通の事件であれば、彼女にそれほど危険はないと思う。
だがそれだからこそ、桜盛でなければ対応できない状況だ、という予測がつく。
(能力者か?)
ただ五十嵐の話などを聞いていると、日本国内の能力者というのは、おおよそ掌握されているはずだ。
もしくは桜盛の暴力が必要な事態となるのか。
有希はその血統的な背景から、社会的にも守られていると言っていい。
なので彼女が危地に陥るとすれば、それは暴力に晒されること。
それも一般的な力では足りない、超常の力だ。
しかし彼女を危機に陥れるほどの、強力な能力者が、果たして野放しになっていたりするのだろうか。
おそらく優奈は、そのあたりも予知しているのだろう。
だが詳細を知れば、桜盛が簡単に対処してしまう。
ほどほどに危険をもたらす、というのが今の彼女の役目なのだろうか。
まるで灰色の魔女である。
桜盛の予想通り、ライブコンサートのチケットは両方が当選した。
成美は無邪気に喜んでいたが、桜盛はそういうわけにはいかない。
年末のコンサートまでに、やっておきたいことは色々とある。
せっかくの予知能力者を手に入れたというのに、その力を完全に使うことが出来ない。
なるほど本物の予知能力者が歴史の中にいたとして、明確な予言を残せなかったのはこのためか。
色々と考える桜盛であるが、まずは自分に出来る、自分にしか出来ないことを考えるのみである。
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