第105話 降臨
コンサートは大きく盛り上がっている。
三日開催の最終日ということもあって、おそらく歌って踊るアイドルの方は、疲労も蓄積しているだろう。
だが逆に精神の方は高揚し、最もいいパフォーマンスを見せてくれる。
照明の中で輝く彼女たちは、まさにアイドルであった。
偶像である。
偶像とは何かを表現したもので、本質ではない。
そんなものがアイドルであり、しかし人々を魅了するというのは、なんだか不思議な気もする。
言葉の意味が、本来のものから変質しているのか。
(まあどうでもいいことだけど、確かにこれは凄いな)
ドームを満員にして、三日間。
実際には一人で、三日間とも通う猛者もいるのかもしれないが。
おそらくは10万人以上の人間を、このグループが集めている。
熱狂の中で、桜盛だけが醒めている。
しかし歌って踊る彼女たちも、内心ではしっかり計算しているのかもしれない。
自分がどうすれば、一番魅力的に見てもらえるか。
それを直感的に出来る人間が、完璧で究極のアイドルなのかもしれない。
自分に酔うのではなく、客観性も持てる。
そんな才能が、聖女には必要なものなのか。
優奈の予知は、下手にそれを口にすると、未来が変わってしまう。
桜盛としてはもし蓮花が聖女の器として充分なのであれば、この場で有希を救うことを、やや優先順位を落としていいとさえ考えている。
だがこのカリスマ性は、蓮花を上回るものだ。
勇者世界でも聖女候補は何人もいたし、聖女と呼ばれるのも一人ではなかった。
しかしその多くが、最後の決戦までに命を落としたが。
予備を用意しておく必要がある。
優奈はあるいは、そんな未来も見ているのかもしれない。
こちらの世界の感覚に戻りつつある桜盛としては、蓮花には死んでほしくない。
恋愛的なものかどうかは分からないが、桜盛は蓮花のことは好きだ。
家族とどちらを優先するかというと、ちょっとは迷うぐらいには好きである。
ただ、この有希のパフォーマンスを見ていると、心が揺さぶられそうになる。
魅了の魔法でも使っているのかとも思うが、桜盛はそういったものに対しては、充分に耐性がある。
これは純粋に単純に、心を動かされるものだ。
勇者世界の聖女たちも、そういうものであったではないか。
(なのに、無粋だな)
コンサートはいよいよクライマックスに向かって盛り上がっている。
だが空間の許容できる、力の量が破裂した。
雷のようなものが、一瞬ではなく空中に描き出される。
それはあるいは、なんらかの演出効果に見えたかもしれない。
しかし桜盛が一瞬で感じる、生命力をもぎ取っていくような感触。
「来たのか」
桜盛は桜盛の姿のまま、邪神と戦うことになる。
警備の人間は、ごく一部は知らされていた。
そもそも能力者であれば、このドーム内の空間が、一種の結界に近くなっていることは、普通に気づいたはずである。
だがこんな現象を見たことのある者は少数であろうし、瘴気の毒を鋭敏に感じてしまうのは、むしろ能力者であった。
(これはまずくないか?)
あの日、蓮花と一緒に対面した瘴気とは、全く規模が違う。
ドームの電源が、一瞬にして飛んだ。
音楽が鳴り止み、ざわめきが空間に満ちる。
そして人々は見た。
闇よりも暗い黒が、空間の裂け目から現れるのを。
電気系統がほぼ死んでいる。
だがあらかじめ予想していたスタッフは、メガホンで避難誘導を開始する。
幸いと言うべきか、避難用のライトは灯っている。
しかしまだ、危機感が足りていない。
素直に一度外に出るのではなく、戸惑いのままにその場に佇んでいる。
何かがあってもすぐに復旧するだろう。
そんな平和ボケが、日本人という民族だ。
地震でもあったならまた話は別であろうが、今見えるおかしなものは、空間から洩れ出ている黒い瘴気。
(人間を眷属化する可能性もあるぞ)
そう考える桜盛は、有希と成美の位置を確認する。
グループメンバーは一度、素直にステージの奥に引っ込んでいく。
ならば優先すべきは成美である。
成美もまた、何もせずに佇んだままである。
そこへ高速で移動した桜盛は、彼女を肩に担ぎ上げた。
「一度外に出るぞ。電気系のトラブルだ」
「え、ちょ」
ほとんど暗闇の中を、桜盛はすぐに非常口にまでたどり着く。
「いいか、一度ここから出るんだ。ドームの外に避難しろ。危険だからな」
「え~、だってすぐに回復するかもしれないじゃん」
そんなことを言っている成美は、やはりまだ事態を把握していない。
警備のスタッフらしき者が、桜盛と目を合わせる。
「頼みます」
やや面食らったようであるが、彼は頷いた。
この状況を分かっている能力者だ。
桜盛はこれでようやく、邪神の瘴気と対抗する状況を整えた。
有希と成美以外は、仕方のない犠牲と割り切る。
今までもずっとそうやってきたし、これからもそうやっていくだろう。
それが勇者という存在の、現実的な限界であった。
空間の亀裂は広がり、そこから何かが現れる。
(実体化してるのか? 憑依しないなら、それはそれでやりやすいのか?)
そう桜盛は思いもしたが、邪神の手のようなものは、ステージの脇へと伸びていく。
(彼女が狙いか!)
聖女の器であるならば、邪神の器になるにも充分なものだ。
なるほど、優奈が予知したのはこれか。
確かに聖女候補に邪神が憑依してしまえば、それは強大な力を振るうことになる。
そうなれば邪神本体でなくても、桜盛ですら対抗するのはかなり厳しい。
なにしろ武装が、勇者世界にいた頃とは、全く違うものであるからだ。
空中を走った桜盛は、邪神の触手に光の刃を向ける。
この光と闇の激突により、ようやく爆音が発生し、衝撃波も発生した。
悲鳴がとどろく中、混乱した人々がようやく、避難のために動き出す。
そして桜盛は、邪神と対峙した。
これはまだ、その端っこのようなものであると知りながら。
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