第106話 光の使者

 桜盛はアイテムボックスの中から武器を取り出す。

 ほとんどの武器よりは、桜盛の素手の方が強いのだが、これは特別なものだ。

 崑崙を訪れた時に譲ってもらった、仙術によって強化された特殊武器。

 魔力を込めることによって、実体のない存在をも切ることが出来る。

 この場合は邪神の意思だ。

 素手で殴っていってもいいのだが、それはさすがに効率が悪すぎる。


 触手のようなものを、邪神は伸ばしてくる。

 それに対して桜盛は、戟を振り回して断ち切っていた。

 攻撃は通って、少しは邪神を削っているような気はする。

 だが空間の狭間から洩れる瘴気が、それをどんどんと補っては膨らんでいく。


 魔法を使って全力で削らなければ、おそらく間に合わなくなる。

 だがそれをやってしまうと、ドームの施設に大きな被害を与えることは間違いない。

 爆音とも言える戦闘音で、観客の避難は進んでいる。

 しかしそれでもまだ、半分以上は脱出できていない。


 外に逃げた観客も、どれだけ離れられていることか。

 最悪それを巻き込んででも、桜盛としては構わない。

 ただ今後、動きにくくなるかもしれないが。

 あるいはこの邪神の脅威を明らかにすることで、戦時体制を日本に敷くことが出来るか。

 いや、これは戦争ではなく、あれである。

 ゴジラなどの怪獣との戦いだ。


 邪神は真っ当な生命体ではない。

 なので戦うとしても戦闘にはなっても、戦争にはならない。

 ただこれによって世界各国の軍隊が、戦時体制に移行するというのは問題だ。

 いつどこで戦争の火蓋が切って落とされるか分からなくなる。

(いやいや、そんなことを考えるのは、政治家に任せておけばいいんだ)

 今の桜盛がやることは、ただ有希を守ることだ。


 わずかずつ侵食してきていた邪神の瘴気が、一度収縮した。

 それは高く飛ぶための、屈み込むような動きに似ていた。

(来るか?)

 戟を構える桜盛であったが、次の瞬間の瘴気の動きは、予想外のものであった。

 桜盛を避けるかのように、分裂して爆発したのだ。

(何!?)

 そしてその目的は、ステージの向こう。

(聖女候補の器を狙ったのか!)

 それが思考なのか、それとも本能なのか、桜盛には分からない。

 だが瘴気が、桜盛との戦闘よりも、そちらを優先したのは明らかであった。




 器を手に入れるべく、にゅるりと空間の狭間から、こちらの世界へと飛び出てきた邪神の瘴気。

 間髪いれずに、桜盛はその後を追った。

 巨大なドームの空間の中で、まだ空間の裂け目は存在している。

 それに関しては桜盛も、瘴気の気配がしないため、後回しにしていた。


 闇よりも暗きものが、うねるように湧き出ていた亀裂。

 その場に残っていた警備の人員の中には、能力者も含まれている。 

 だが邪神の瘴気にあてられて、体調を崩した者もいる。

 つまるところは戦力外であり、せめて避難誘導をするぐらいしかなかった。


 あんなものと戦えるのか。

 桜盛の姿はわずかながら、戦闘の光の中で見えてはいた。

 ただ事前に聞いていたような、大男ではなかったように思う。

 その程度の判断は出来ていたのだ。


 そして、誰かが気づいた。

 空間に残った亀裂から、今度は光が漏れ出しているのを。

「なんだ?」

 それは邪神の瘴気のような、生命を枯渇させるものではない。

 むしろその正反対とさえ思えるような、素晴らしい何かだ。


 神道系能力者が使う、清浄な神々の力に似ている。

 だがその圧力は、一般的な能力者の知っている限りのものではない。

「まだ、何か来るぞ」

 とは言っても注意を喚起するだけで、対応するような能力はないのだが。


 光があふれた。

 金色の、あるいはそれよりももっとまぶしい、清冽なる光であった。

 亀裂からあふれた光は、そのまま空中で人型となる。

 そしてドーム内のステージ上、人気のいないところに降り立った。

 最初は裸身に見えたが、光の残滓のようなものが、その身を包む。

 金色の髪に、肌さえも輝いて見える、それは明らかに浄化系の力を持つ能力者。

 わずかな力の余波だけでも、邪神の瘴気の影響を消し去っていく。


 こんなものは聞いていない。

 瘴気の洩れについては聞いていたが、こんなものは聞いていない。

 これはいったいなんなのだ?

 身を包むのは、明らかに戦うための甲冑である。

 そして手には、巨大な剣を持っていた。


 不審者である。

 いや、不審者と言うには、あまりにもその身にまとう気配は、神聖なものでありすぎたが。

 正体不明であることは変わらない。

「何者か!?」

 その誰何の声に、人間に似た何かはわずかに反応した。

 しかし興味は示さず、その注意が向けられたのは、邪神の瘴気と桜盛が向かった先であった。


 目標を定めたそれは、神速のスピードで後を追う。

 それを逆に追跡するだけの力を持つ者などはなく、せめて無線で現状を報告することだけが精一杯であった。

 避難誘導の任務はまだ終わっていない。




「……いるのか、オーセイ」

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