第30話 敵ではないが味方でもない

 警察か、あるいはそれ以外かは分からないが、日本にも魔法を使っている公的機関が存在する。

 おそらく表向きは、公安あたりの仮面をかぶっているのかもしれないが。

 そもそも公安は警察以外に偽装していることもあるため、そうなると本当に何者かは分からない。

 桜盛もそれなりに調べたのだが、おそらく公安は国家権力から半ば独立しているのではないか。

 少なくとも現役の閣僚などとは、法務大臣からさえ、ある程度の距離を取っているのではと予想している。


 警察の仕事については、基本的には正義の味方に近い。

 だがこの場合の正義というものは、法律が第一に来るものだ。

 そして法律よりも重要なのが治安の維持。

 さらに治安の維持よりも、体制の維持が重要となってくる。

 これは国家の治安維持機関としては、どうしようもないものである。

 かつての桜盛であれば、そもそも困ることではない。

 だが勇者世界で桜盛は、こういったものに対する力を身につけてしまっていた。

 当初の予定であれば、魔法の力などは失って戻ってくるはずだったのだが、そもそも地球にも魔法の類があるなら、その能力も強大なまま戻されるのも当たり前。

 それでもさすがに勇者世界ほどには、地球では自分の力を感じない。


 警察としては、痛し痒しといったところだろう。

 現場の意見だけで言えば、おそらく桜盛とかなり協力出来るのだ。

 あるいは独断専行が許される、ある程度の権限を持っている幹部がこの件を管理するなら。

 ただ治安と、それ以上に体制の維持を目的とする警察としては、桜盛になんとしてでも首輪をはめたい。

 そのためこうやって、以前から素行についてマークしていた有力者の子弟などに、監視をつけているわけだろう。


 茜や鉄山と話すことで、桜盛はある程度日本の権力の中で、どう動けばいいのかも分かってきている。

 だが確実にそうだ、とまでは分かっていない。

 この場合の警察の動きは、桜盛による私刑をストップさせるのが目的なのか、それとも自分たちの対処出来る範囲内で事態を収拾するのが目的なのか。

 あるいは桜盛の情報を得るためには、社会のクズは処分するのを許容するのか。

(どれかな~)

 桜盛としても一度、警察のお偉いさんとは話しておきたいのだ。


 一度世界を救ったのだから、残りの人生ぐらいは好きにさせてほしい。

 あるいは進学などを経て、また世界を動かすような立場を目指すかもしれない。

 だがたとえそうなるとしても、あくまでもそれは未来の話。

 今の桜盛はとにかくスローライフを送りたいし、それは田舎に隠棲するような生き方ではないのだ。

 全く関係ないが、WEB小説などにおけるスローライフは、全くスローライフをしていないと思うし、実際のスローライフというのも別に、田舎だからスローライフというわけでもない。

 はっきり言ってしまえば今の桜盛のような、まだ将来が定まっていない状態こそが、真のスローライフと言えるのであろう。

 もっともこれは別に、もっとふさわしいモラトリアムという言葉があるであろうが。




 変身した桜盛は、それをしっかりと見据えた。

 夜の闇の中を飛ぶ、一羽のカラス。

 カラスは別に夜中に飛んでもおかしくないが、それは一箇所をずっと回っているし、さらに魔力を感じる。

(使い魔の類かな)

 魔法使いの魔法の中でも、そこそこ便利なものである。桜盛は使えないが、仲間に一人使える人間がいると、大変に助かった。

 ただこの魔法は、注意点が必要なのだ。


 桜盛はタワマンがそこそこ建っている街の中を、バットマンよろしく飛んでいる。

 そろそろ専用の装備が欲しいかなとも思うが、下手に手配するとそこから足がつく可能性もある。

 また丈夫さという点で言うならば、桜盛の肉体は防弾ジャケットよりも頑丈だ。

 おそらくは防弾をも貫くライフルでも、それこそ戦車砲であっても、耐えられる気はする。

 さすがに魔法による強化が必要にはなるだろうが。


 その桜盛は電線に止まっているカラスの、丁度真上ぐらいにいる。

 そしてそこから、浮遊の力を切って落下した。

 潰さないように、それでもしっかりとカラスを手に入れる。

 一瞬だけ暴れたが、すぐにぐったりと動かなくなる。

(やっぱり接続してるのか)

 使い魔のパターンにもいくつかあるが、これは分かりやすいものだった。


 桜盛に捕まった瞬間、魔力の接続が切れる。

 だがその一瞬の間にも、桜盛は魔力の線を解析していた。

 方向と距離から、おおよその見当はつく。

(やっぱり霞ヶ関か)

 警察庁と警視庁、両方がある方向である。


 空を飛んで移動する。

 おそらく飛行の魔法については、地球ではそれほどメジャーなものではない。

 なぜなら伝承に、鳥になって空を飛んだとか、雲に乗って空を飛んだとか、そういう記述が多いからだ。

 あるいは逆に、もっと簡単に空を飛べることを、隠すための伝承かもしれないが。

 ただ変身して空を飛ぶのが、世界各地の言い伝えなどにあるため、そのままでの飛行は珍しいだろう。

 珍しくあってほしい、というのが正確だが。




 警視庁と警察庁は、ほぼ隣接した建物に存在する。

 一応偉いのは警察庁であるが、都内のことを直接探るなら、警視庁の方が話は早い。

 本来は東京都の警察なのだが、扱う範囲が幅広すぎるため、警視庁には色々な部門が存在する。

 以前にもこのあたりは、何度か訪れている。

 茜の反応があるということは、こちらが警視庁の庁舎ということか。


(警察庁の方だな、やっぱり)

 探知の魔法が効かないのは、どちらの建物も同じである。

 結界が張ってあるのは、既に確認してあった。

 ただこれがどういうものかまでは、桜盛にも分からない。

 魔法の体系がおそらくは違うからだ。ただ、強引に破ろうと思えば破ることは出来るだろう。


 ここならば使ってもいいだろうと、スマートフォンをアイテムボックスから取り出す。

 警察庁の建物は、合同庁舎の一部に属している。

 国家公安委員会の、一部が警察庁になっているらしい。

(警視庁なら庁舎がそのまま使えるけど、警察庁は一部なのか。なら普段は警視庁に……ダメだ、分からん)

 質問権で時間をかければ、おそらく確定するだろう。

 どれだけ情報を秘匿していても、命令を下す者と下される者、二人がいれば質問権で分かる。

「俺を待っている人間はどこにいる?」

 警視庁の庁舎屋上。

 なるほど、やはりこちらに移っているのか。


 桜盛が感じる結界は、建物を守るように張られている。

 ひょっとしたら罠のタイプもあるかもしれないので、防御用の魔法も使っておく。

 相手に跳ね返すものなので、致死性のものを使ってきたら、相手が死ぬが。

 それはさすがに、いきなり殺そうとしてくる相手が悪いだろう。


 桜盛は考えているが、彼は自分自身の脅威度が分かっていない。

 武装グループの占拠事件、1500人を守りながら、50人を全員殺したという。

 それに対する警察機関の擁する魔法使いは、ほとんど全力で迎え撃つ準備をしていたのである。




 庁舎屋上に立った桜盛は、新たな結界が張られるのを感じた。

 それは桜盛を逃すためのものではなく、周囲からこの状況を隠すためのもの。

 もちろん状況によっては、新たな結界が張られるのかもしれないが。

(綺麗に作ったもんだが、それだけに破れやすいか?)

 あるいはそう見せているだけなのかもしれないが。


 さて、対峙するのは何者か。

「初めまして、ユージ君」

 現れたのは少なくとも、警察官には見えない男であった。

 アロハシャツというのは、潜入工作であるとか、そもそも警察と見せないようにしているとか、そういうものなのだろう。

「この者は何者か」

 桜盛の質問は、質問権の使用である。

 なのでやや不思議な言い方になったが、あちらはちゃんと答えてきた。

「警察庁刑事局捜査第一課特殊犯罪対策係の高橋だ」

 肩書きが長い。 

「ふうん、曽田というのは本名の方かな?」

 質問権への回答は、その名前の方であったのだ。


 自分の本名を知られていることに、高橋は動揺した。

 警察組織の中でも、かなり特殊な立場にある彼は、警察官であるという顔さえ出さない場合がある。

 桜盛としてはそういうこともあるだろうな、と思っただけだ。

 しかし状況によっては潜入捜査もある彼は、名前さえそうそう知られるわけもないのだ。


 一方の桜盛は、名前が二つ答えられたので困った。

 なのでただ確認したつもりだったのだが、これは失敗だったなと自分でも思う。

 単に疑問であったのだが、自分がこれを知っていることを、事前に調べて、しかも確定することが出来るという証明であるのだ。

 おそらく相手が感じている脅威度は、さらに増している。


 そして当然ながら、ここにいる魔法使いはこの男ではない。

「三人、隠れているな」

 高橋が舌打ちしたようで、それに合わせて三名が姿を現した。

 ただこの三人以外にも、結界を維持している人間がいる。

 魔力の波長が違うのだ。

(こちらの魔法がどういうものかが分かっていればな)

 玉蘭にそのあたり、事前に聞いてみるべきであったのだ。

「いざという時の準備はしていたが、こちらに君と対決するつもりはない。お互いに落としどころを見つけたいんだ」

 嘘は言っていないだろうが、国家の犬が野生の狼に、鎖をつけたいというあたりが本音であろうか。


 桜盛としても戦いたくない。

 それは危険であるというのもあるが、それ以上に国家権力と対決する面倒さを分かっているからだ。

 だが自分の精神衛生上、あまりにあからさまな悪党は潰しておきたい。

 桜盛のスローライフというのは、当然のように自分のストレス軽減も含まれている。

 さて、それでは交渉開始といこうか。




 まず先手を打ってきたのは、高橋の方であった。

「話を聞く限り君は、国家秩序を守ることを重視していると思う。普通に警察官にならないか?」

「働きたくないでござる」

 簡潔な断り文句に、高橋はわずかに動揺した。

「沢渡巡査を助けたり、女性暴行集団を粛清したり、武装グループを潰したりと、色々と働いているように見えるのだが?」

「私はそれで、何も利益を得ていない。鬱憤を解消するために、悪党に私刑を加えただけだ」

「だが正義を執行するためには、警察組織のバックアップは役に立つのではないかな?」

 それは確かにそうではある。

「しかしそれをされると、まず第一に私の望みどおりの仕事だけになるとは限らないでしょうな。私は今、いわば人生の休暇中なので」

「片手間に薬物のルートを一つ潰したと?」

「それはただの偶然で、他の事件については私の知り合いが、ちょっと巻き込まれていただけなのですよ」

 放っておくと精神衛生上良くない。

「あと、警察組織に属したりすると、やってはいけないことも増えるだろうに」

「ふむ……」


 桜盛はとりあえず、組織に所属するつもりはない。

 それだけは確実なのだ。まあバイト代わりに仕事を引き受けてもいいが、今の桜盛は高校生なのだ。

 正体を明かせないので、そちらの方向からの言い訳は使えないが。

「警察としては君の私刑は、看過出来ないものだと考えている」

「それは純粋に組織としての問題か? それとも私の抹殺の対象が権力者のサイドであるからか?」

「もちろん前者だ」

「建前をそう守られると、交渉の余地がなくなるんだが……」

 警察だって囮捜査だの、情報操作での違法行為だの、さすがにやっているだろうに。


 ここで重要なのは、どこまでの譲歩が可能か、ということだ。

 桜盛は基本的に、自分の正義に従って行動する。正義という言い方がまずければ、勇者世界の合理性によってだ。

 ただ私刑を繰り返すというのは問題であろうし、桜盛がその気になれば武装グループ50人を倒すのが、簡単ということまでは分かっている。

 これまでの桜盛の行状から、基本的には治安を維持する側にいる人間だ、と思われているぐらいには期待していていいだろう。

 だがそれを体制が、どこまで許すのかという問題になってくる。


 国家は暴力装置を、国家以外に認めたりはしない。

 警備会社などはある程度の暴力装置かもしれないが、これにはほとんど警察のOBが関わっている。

 桜盛が好き放題することを、国家機関がどれだけ許容するのか。

「以前の事件で、結局犯罪集団の親玉を逃すことになっただろう? 警察はそれ以上動けないが、私なら動ける。ここの線引きを上手くすれば、お互いにとっていい関係が築けると思うのだが?」

「警察だって私刑は行わない。罰を与えるのは裁判を経てからのものだ」

「建前ではなく現実の話をしたいのだがね」

 警察だけではなく政治家本人でも、バレたら自分の進退にまで関わるような身内は、消して欲しいとかはないのだろうか。

 そう言ったら高橋の目が少し泳いだ。


 勇者世界でもそうであったのだ。

 建前としては守らなければいけないが、いっそ事故死や病死をしてくれた方が、いい人間というのはいる。

「だがそこまでぶっちゃけた判断は、もっと上の人間でないと出来ないだろう?」

「そうだな。確かに私では判断出来ない」

 一歩下がった高橋に対して、魔力を持った三人がその魔力を練り始める。

「おとなしくなってもらってから、私の上司と話してもらおう」

 やはりこうなったか。


 桜盛としては、ここで国家権力と、完全に対決関係にはなりたくない。

 幸いなことに今は、桜盛の本体の動きがばれてはいない。

 ただやがて魔力の波長で、特定することが出来る技術は持っているかもしれない。

 考えたくはないが人質などを取られては、さすがに桜盛も加減をせずに、相手を圧倒せざるをえなくなる。


 今ここで、力の差は示すべきであろう。

 そして改めて、判断の出来る上司に出向いてもらおう。

(まともな戦いになるのは久しぶりかな?)

 玉蘭との対決でさえ、桜盛は全く本気を出してはいなかった。 

 三人がかりであろうが、あまりそれは問題とも思わない。

 さらなる相手の援軍を考えながらも、桜盛は戦闘のために思考を切り替えたのであった。

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