第29話 国家治安の闇

 知らないままでいたかったが、知ったからにはどうにかしておきたい。

 力を持ったものの義務などとは言わないが、将来的にも自分が幸福に暮らすため、ある程度の治安は維持しておきたい桜盛である。

(ただなあ、下手に権力者を粛清しまくっても、あんまり意味がないんだよな)

 ドライに物事を考える桜盛は、いわゆる上流階級が、日本に存在すること自体は許容する。

 自分の家も親が、病院経営をしているのだから、その上流階級ではあるのだ。


 桜盛は最近、全く暇ではないのだが、自然と時間が作れている。

 それは一つには身体能力が上がったがゆえに、自然と移動時間が短縮出来ているからだ。

 また頭の回転や記憶力がよくなったのか、授業を聞けば一回で理解出来る。

 これは本当に、人間としてのスペックが上がったと言えるのだと思う。

 そしてやはり気づくのだ。人間は平等ではないと。

 平等であると押し付けることこそ不平等であり、劣る人間であってもそれなりに、社会に貢献できることはある。

(少子化ってそのあたりに問題があるのかなあ)

 桜盛は色々と、現代社会の抱える問題について考えている。


 勇者世界において桜盛は、最初の数ヶ月は完全に日本の価値観で暮らしていた。

 だがそれが全く通用しなくなるまでには、それほどの時間もかからなかった。

 甘いことを考えていては、リアルで命を失う。

 なにせゲームと違い勇者世界では、まだ未熟な桜盛に向かって、魔王は強力な魔物を派遣していたからだ。


 あるいは仲間と共闘して倒し、あるいは仲間を犠牲に逃走し。

 それでも最終的には、魔王を倒すという大目標があったのだ。

 そのために多くの仲間たちは、喜んで死んでいった。

 残していく者がいたとしても、己の責務を全うしたのだ。

(そのあたり考えると、やっぱ権力者の身内ってだけで甘やかされるのはむかつくな)

 エレナに判断を委ねたように見えるが、実のところはそうでもない。

 桜盛はまわりくどい私怨でもって、犯罪者を抹殺しようとしている。




「それでどうして私を呼ぶかなあ」

「どういう決着にしたら一番警察が困らないか、相談してるんじゃないか」

 呼び出された茜に対して、桜盛はにっこりと微笑む。

 別にイケメンというわけではないのだが、この大人版桜盛は迫力が顔面偏差値を上げている。

 あとは筋肉が無駄な脂肪を燃焼させているので、頬に弛みなどがない。

 それは勇者世界でも、45歳でも20歳そこそこと見られていたので間違いない。


 桜盛に微笑まれた茜はげんなりとしていた。

 久しぶりに定時から二時間以内で帰れる時に、桜盛からの呼び出しである。

 基本的にこれは、警察組織の天の上の人々から、最優先で向かえという指示を受けている。

 だがぎりぎりグレーと思っていた桜盛から、明らかなブラックの話。 

 これでも確かに、警察が後で困らないよう、相談をしているというのは本気なのだろう。


「殺害じゃなくて去勢というか傷害だと、証拠と言うか証人が残るんじゃないの?」

 被害者自身が証人であろう。

「見つからない加害者を、どうやって探せと?」

 確かに桜盛の言うとおり、警察組織の中でもかなり裏に近い部分は、桜盛について探っている。

 それでも事件の時以外、全く見かけることがないのだ。


 この190cmあまりの身長というのが、現代日本で目立たないはずはない。

 なんらかの手段で身長を伸ばしているのかとも思うが、茜は初対面の時に、桜盛が暴れ回るのを見ている。

 果たしていつもはどこに隠れているのか。

 そして茜と接触しては、消えるように去っていく。


 これまでの対面も色々と問題はあったが、今回は私刑の相談である。

 警察官にこんなことを相談するのか、本気かと尋ねてみたい。

 だが思想だけでは犯罪者は捕まえられない。

 準備をしてようやく、警察は動くことが出来る。

 ただ桜盛の戦闘能力を考えれば、人を殺す程度なら素手でも充分なのだ。

 またこの間の連続レイプ犯について、桜盛の片付けた二人は、かなり骨抜きになっていた。

 まだ裁判は続いているが、実刑はほぼ間違いないだろう。


 警察は正義の味方ではない、というのはさすがに茜も分かっている。

 治安を維持するのが役目であって、それ以上のことはまた違う機関が存在する。

「私が協力しなかったら、どうするつもりだったの?」

「とりあえず去勢した上で、もう二度と表を歩く気になれない程度に、精神を破壊するつもりだったが」

 桜盛はそれぐらいのことをしても、別に悪いとは思わない。

 先に犯罪をした方が、悪いに決まっているのだ。




 茜は今、正義のための活動をしている。

 だがこれは完全に違法行為で、犯罪の幇助にあたる。

 ばれれば失職物であるが、そもそもばれないであろうことは確信している。

 たとえ被害者がいて、結果的に被害が分かっても、それを誰がどのようにしてやったのか、分からなければどうしようもない。


 正義のヒーローは現在、違法行為をしなければ動けない。

 私刑が許されていない世界なのだから、それこそ変身怪人でも出てこないことには、傷害などでしょっぴくのである。

 変身怪人であれば、器物損壊になるのだろうか。

 いや、現実で存在しないものは、とりあえず忘れておくとして。


 茜としては本当に正直に言うなら、この間の逮捕からも逃げ延びた、リーダー格をなんとかしてほしかった。

 警察官とて人間であるから、正義の手によって悪人が滅ぶことは、普通に望んでいるのである。

 警察官は公務員であって、ヒーローではないのだ。

 しかし今、桜盛がやろうとしている相手は、茜の知らない相手である。

 もっともそういったレイプ犯的なことは、普通にあちこちでやられている。

 覚醒剤の使用がそれに伴っていたりするため、茜も普通に関わることはあるのだ。


 そこでたびたび感じるのは、警察の限界である。

 はっきり言ってしまえば警察内の政治によって、見逃される犯人というのはいるのだ。

 桜盛が言っている犯人も、それに充分当てはまるだろう。

 それが知らないうちに処分されるなら、警察官ではなく、人として女としてみた場合、むしろありがたいことなのだ。


 桜盛がわざわざ確認しにきているのは、警察に迷惑をかけないため。

 それにしても断種という手段は、普通に厳しいものだとは思うが。

 警察官というのはハードな仕事であるが、意外なほどに結婚している者は多い。

 結婚していないととても、家庭内でケアをしてもらえないという事情があったりする。

 女性警官もかなり結婚が多く、しかも同じ職であったりする。

 夫の仕事に理解がある妻の完成である。


 また交番勤務時代は、茜は普通にお巡りさんをしていたのだ。

 よって健全な家庭でも不健全な家庭でも、子供が存在するということに慣れている。

 なので子供が残せないということは、それなりにひどいことなのだとは分かる。

 被害者女性については気の毒にとは思うが、身体刑の禁止された日本では、桜盛のやり方はやりすぎだと思うのだ。

 それでも桜盛に協力したのは、警察でも脱法行為や違法行為を、普通にやっているのだと知ってからだ。


 結局重要なのは、国家の治安と住民の安全を守ること。

 そのためには汚れてもいいと思う者こそが、警察として続いていくのかもしれない。

「せめて誰をやるのか教えてくれたらなあ」

 いいように利用されている茜は、またも公安や警察庁に、報告書を持っていくことになるのであった。

 データでは残しておけない、紙の報告書を、である。




 ヒーローは暗躍しない。

 桜盛は間違いなく勇者であったろうが、人々のためだけに戦ったのではなかった。

 魔王を倒すための戦力を引き出すのに、敵対的な国家は首を挿げ替えたりもした。

 それを桜盛自身がやったことも、それなりにある。

 退位させたとかではなく、物理的に切断したこともあるのだ。


 今回処分するのは、やはり上流階級に位置する人間。

 祖父が現職の代議士というのはこれまた、代議士の孫はクズしかいないのか、と不思議に思ってしまう。

 そんなことはないと思うが、庶民感覚とは離れていくだろう。

 ただ庶民感覚があればいいというわけでもないし、今でも代議士の中には普通に、一般家庭出身の人間もいる。


 勇者世界的に考えれば、自分の属する共同体を最優先するのが正しい。

 本来ならそれは国であったが、魔王と対決していた場合、それは人類全体となった。

 なのでそれを妨げるものは、全て敵という考えになったりもした。

 それを今の日本に当てはめると、何が最優先になるのだろう。

 世界平和というのは、桜盛がどうにか出来る問題ではない。 

 勇者世界においても、一人ではどうにもならなかったのだ。

 ならば日本におけるスローライフを、快適に維持するためには、ある程度は働くしかないのか。

 スローライフとはいったい?


 桜盛個人のことだけを言うなら、別に政治家が身内の犯罪を隠蔽しても、あまり関係はないのだ。

 守るべき対象は、家族である成美、友人である志保、協力者である茜、ちょっといいなと思っている蓮花。

 ああ、忘れていたが山田君と鈴木君も、友人としては大切な存在だ。

 有希を今回助けるのは、あくまでも成美の精神衛生を保つための副産物。

 警察の方でどうにか出来るなら、警察の方に任せている。

 下手に権力を使って身を守るから、こうやって桜盛に、法定以上の私刑を食らうことになるのだ。


 今回のエレナの依頼により、桜盛は断種の方向で犯罪者を裁くことになった。

 国家の法治によらず、自分の意図で断罪するのは、エレナを間にかませたといっても、完全なダークヒーローだ。

「う~む、おかしい。勇者なんて光の存在であったはずなのに」

 勇者が堂々と悪を成敗する。

 それが普通に犯罪になるというのが、つまるところの現代法治社会であるのだろう。

 桜盛が本気で自分の正義を、否定されることなく執行しようと思うなら、国外に出なければいけないだろう。

 日本の尺度から見た正義。

 ただしそれも、その土地の尺度から見れば、正義ではなくなってしまうのだろう。




 桜盛は標的に対して、質問権以外の方法でも情報を収集した。

 基本的に質問権は、確定している情報以外には、上手く返答が戻ってこないのだ。

 また間違いのない事実を答えてはくれるが、噂話などは確定しない。

 何人かの間で噂になっていて、ほぼ確定だろうという情報についても、想像の余地が入っていたら、明確な回答にはならないのだ。

 いわゆる裏取り、というものが桜盛には必要になる。

 別にただ私刑にしてもいいのだが、ちゃんと被害者がいなくてはいけない。

(面倒だよな)

 そうは思いつつも、自分の主観で処置するわけにはいかないのだ。


 なんとか集まった情報によると、有希に目をつけているかのボンボンは、高校時代から普通に、犯罪行為を行っている。

 最初は数回捕まったものの、未成年時には相手との示談を行っている。

 そして経験から、どうすれば捕まらずに済むのか、それを学習したらしい。

 優秀な頭があるなら、もっと有効に活用しろと言いたいところだが、人間というのは道徳を犯すことに、暗い喜びを感じたりもするのだ。

 特に表の世界では、一見してまともそうであるならば。

 表でも裏でもまともなやつもいるが。


 とにかく脇が甘くないので、なかなか決定的な証拠が残っていない。

 それでも被害者は発見できて、その証言も取れた。

 世の中にはキャバクラならぬラウンジという場所があるらしい。

 そこではブレイク前の芸能界の人間などが、はっきり言ってしまえば体を売って仕事を取っていたりもする。

 標的はそんな相手に対して、かなりの無茶なプレイをした。

 被害者はそれでPTSDを発症し、結局芸能界は引退。

 事務所としてもかなり憤慨したものらしいが、結局権力には勝てなかったそうだ。


 それを証言してくれたのは、かのタレントをスカウトし、ずっと支えてきたマネージャー。

 枕営業をさせるのもたいがいではないか、と桜盛は思わない。

 普通に体で仕事を取ってくることは、女であればあるだろうな、と思ったものだ。

 逆に男が、ベッドヤクザとなって女から、情報を取ってくることもある。

 女はどうも信じられないようだが、モテる男ほどかえって、女性不信になっていたりもするものらしい。


 なるほど、と桜盛は納得した。

 証言も取れたことだし、あとは実際に執行するだけである。

 だがいざ動こうかとなった時に、桜盛は気づいた。

 標的の周囲に、魔力の気配があると。




 これまでに桜盛が知っている、魔法的存在。

 それは桂木家への呪い、玉蘭の存在、そして警察と思われる者からの尾行。

 一番恐ろしいのは、国家権力が背景について警察のものであろう。

 単純な暴力ならば、おそらく桜盛は日本という国家自体を相手にすることが出来る。

 だがそれは日本という社会を潰すことにもなる。


 強大な力を誇っているが、桜盛には家族というものがある。

 そちらの方から攻められたら、被害が出てしまうかもしれない。

 また自分が享受している、この便利な文明社会。

 これは日本という国が存在するからこそ、維持されているのだ。


 世界の国家間の利権は、複雑に絡み合っている。

 日本が各国に援助することによって、平和が保たれているという側面は少なからずある。

 経済力による、自分のポジションの維持だ。

 資源に比較的乏しい日本は、インフラが断絶してしまったり、他国との通商がなくなれば、かなりのダメージを受けることになる。

 この豊かな生活を維持するためには、表面上必要な以上に、多くの富が必要になっているのだ。


 そうは言われても桜盛は、他国と言えば異世界ぐらいしか知らない。

 だが地球においてもこの日本が、かなり特別に平和なことは察しがつく。

 その気になれば他の国の情勢など、普通にニュースで流れているからだ。

(俺が誰かを狙っていることは、さすがに茜から警察にも報告されてるよな)

 特に桜盛は、口止めなどをしていないため。


 これは、忙しい警察に、無駄な労力をかけさせるわけにはいかない。

 早々に相手となる男は、二度とひどいことが出来ないぐらいに、ひどい目に遭わせてやろう、と桜盛は思った。

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