第49話 天仙

 世界の中に隔離された、また別の異空間がある。 それは勇者世界においても、既に経験していることである。

 妖精の森というのは、その分かりやすいものであった。

 魔王軍と戦うために、劣勢でその中に入って、ゲリラ的な戦いをしたものである。


 この崑崙と呼ばれる地は、それにかなり似ていると思う。

 満ちている力は精霊のものであり、魔力の伝わりにはかなりの癖がある。

 見渡した限りでは、あのクンルン山脈の入り口よりも、ずっと低い土地の風景だ。

 山塊が屹立し、その間を川が流れ、草木が芽吹いている。

 かぐわしい匂いと共に、鳥の穏やかな鳴き声も聞こえる。


 その中でひょっこりと、木造の建築物が建っている。

 こんなところにどうやって、と桜盛でも思ったものだが、アイテムボックスのようなものを上手く使えば、魔法使いなら作れるのだろう。

「外界から地仙以外の人間が入ってくるのは、かれこれ100年ぶりほどか?」

 少女はそんなことを言っているが、すぐに玉蘭が訂正した。

「桜花、89年ぶりだ。まったくこれだから天仙は」

「あの、翻訳してくれないと、分かんないんだけど」

 便利なオート翻訳は、勇者世界に置いてきてしまった。

 もっとも下手に翻訳能力があったら、むしろ困ってしまっただろうが。


 玉蘭もそれには気づいたようだが、また桜花の方を向く。

「そうか、そのためにお前が迎えてくれたのか」

「ん。面倒な役目」

 この程度のことの、何が面倒というのであろう。

 だが天仙はこれぐらい、ぐーたらした人間でないと、達せない境地でもあるのだ。


 桜盛に対して、雲に寝転んだ桜花は、そのまま目線が合うところまで浮かび上がる。どれだけものぐさなのか。

「ほれ」

 そして持っていた呪符を貼り付けようとしたのだが、さすがに回避した桜盛である。

「あ~、ユージ、それは危険なものじゃないから」

 玉蘭がそう保証して、ようやくお札を貼り付ける桜盛。

「これで言葉も通じるであろ?」

「おお、翻訳か」

「正確には念話の類だがな。言葉にしないと通じない程度のものだから、変に伝わることは心配しなくていいぞ」

 なるほど、そういうものもあるのか。




 ふよふよと浮かぶ雲の後を、追っていく桜盛と玉蘭。

 なんともファンタジーであるが、切迫感が全くない。

「俺のやったこと、かなり問題になってるんじゃなかったっけ?」

「問題にはなってるぞよ」

 玉蘭に尋ねたのだが、答えたのは桜花であった。


 インファ。桜花と漢字では書く、と説明された。

「ただまあ問題にはなっているが、問題になっているだけだからな」

「え、俺なんか来る必要なかった感じ?」

「そうもいかんだろう。私らはともかく下界の人間は、10年や20年も待てないのであろうに」

「ユージ、こいつらの時間感覚に付き合うなよ」

 玉蘭が眉間を押さえていた。


 長い回廊を歩くと、そこにはまた木製の、ホールのような建物があった。

 擂鉢状になっており、100人からは入るだけの広さがある。

 ただせっかく席が用意してあるというのに、ほとんどは雲の上に寝転がっている。

 老人が多いが、女性は若い外見の者が多い。

 また男には子供のような外見の者もいた。


 ここまで近づけば桜盛としても、おおよその魔力を感じ取ることは出来る。

 もちろん彼らとしては、魔力とは言わないのかもしれないが。

 一人ずつなら勝てる、とは思う。

 ただ桜盛は地球の異能に関して、まだあまりにも知らない。

 これまでは全て、力押しでどうにかしてきたものだ。

 しかし全ての能力者が、搦め手ばかりを使ってくるわけでもないだろう。


「まあ好きなところに座ってくれ」

 そう言った桜花は、そのまま雲に乗ったままである。

 桜盛はどっさりと座った玉蘭の横に、やはりどっさりと座った。

「では話をしようかの」

 髭を生やした禿頭の仙人が、そう宣言する。




 桜盛の目的としては、この崑崙の仙人たちから、世界の他の能力者のグループに対して、桜盛が危険でないと知らせてもらう必要がある。

 なのでそれなりに、面接でもするような感じで、少しは緊張していたのだが。

「まあ、ええんじゃないのか?」

「誰も殺しておらんのだろ?」

「無関係のところでは殺しているが、分からないようにはしてるよ」

「玉蘭がそう言うなら、まあそちらはそれでいいんではないかな」

 雰囲気はひどく緩かった。


 仙人というのは、特に地上に執着を持たない天仙というのは、こういうものなのであろうか。

 玉蘭などは逆に、ひどく俗っぽい人間であるのだが。

 まあ下界を謳歌しているとは言えよう。

「そもそもここで暮らせばいいんではないか? 下界だと何かとうるさいであろうに」

「そう言われてもまだ、そこまで枯れていないんで……」

 数日滞在するならともかく、一ヶ月も暮らしていれば飽きるであろう場所だと思うのだ。


 このまま普通に会話し、穏当に判断してもらえるのか。

 そう思った桜盛であるが、そうは問屋がおろさなかった。

「では力試しだけはしてもらおうか」

 ああ、やっぱりそういった展開になるのか。

 ただ桜盛としても、地球に戻ってきてからこれまで、いっさい苦戦というものをしたことがない。

 なのでここいらで自分の強さがどの程度なのか、本当に比較はしておきたいのだ。


 天仙たちから目を向けられたのは、席に座っている男であった。

 他の仙人たちとは違い、筋骨隆々としている。

 桜盛の体格にも、見劣らないほどの骨格と筋肉。

 仙人と言うよりはむしろ、武人ではないのか。

「まあ、こういうことは俺なのだろうな」

 立ち上がった男が、外に出ろと指をさす。

 イベント戦闘の発生であった。




 仙人というものについて、桜盛は少しは調べた。

 今の世の中、ネットワークにつながっていれば、初歩的な知識はいくらでも手に入るものだ。

「高将軍だ。元は人間で3000年ぐらい昔の一騎当千の武官であったが、戦争に嫌気がさして昇仙したという者でな。まあ下界の記録には残っていないが」

 仙人らしい裾の長い服を着ておらず、また紐を使って袖などのたるみを締める。

 しっかりと戦う姿を取って、持ち出した武器は……なんだろう? 槍の用途はありそうであるが、十文字槍とも違う。

「戟だな。中国ではそこそこメジャーな武器だが、西洋ではハルバード扱いかな」

「用途は似てるかな……」

 殺傷力は高そうである。


 武器庫に案内されて、桜盛は迷う。

 一番使い慣れているのは、もちろん大剣である。

 ただあれはあくまでも、勇者が使うことを前提としたもの。

 中国では剣というのはあまりメジャーな武器ではなく、一応置いてはいるが長さも厚みも足りない。


 日本で活動するにあたって、一応武器については調べてもみた。

 鉄山からもらった日本刀も、アイテムボックスの中にしまってある。

 それなのにどうして、ここまでほとんど使ってこなかったか。

 単純に桜盛の膂力では、弾性に富んだ日本刀であっても、武器が耐えられないからである。


 武器を打ち合うとなったら、とにかく頑丈な方が有利である。

 ここにある武器はどれも、魔法によって強化はされているらしい。

 お互いが日本刀で戦うならともかく、よく分からない相手の武器に対しては、自分はシンプルな武器を選ぶべきであろう。

「これかな」

 桜盛の選んだのは偃月刀であった。




 よく日本で知られているのは、青龍偃月刀であろう。

 だがあれは単純に、武器に青龍の彫刻が入った偃月刀、というだけのものである。

 三国志で関羽の武器とされているので、それで名前だけは有名になったのだろう。

 実際には誕生したのは後の時代であるので、あくまでもフィクションなのであるが。


 日本の薙刀によく似ているが、刃の部分がかなり重い。

 ただ桜盛であれば、充分に振り回せる。

「あまり実用的な武器じゃないぞ」

 玉蘭はそうアドバイスしてくれたが、実用的かどうかは使用者の桜盛が決めることである。


 確かに重く、重心は先の方にある。

 だが身体強化した桜盛であれば、振り回すのには充分だ。

 間合いもそれなりに取れるため、問題はない。

 それでも出来れば、大剣が良かったのだが。

(バールに刃つけて、魔法で強化した方がいいかな?)

 桜盛は勇者世界において、日本刀よりも厚みも幅もある、片刃の剣なども見ている。

 お互いが軽装であればともかく、鎧を着ていてはあまり有効ではない。

 日本刀に対する幻想は、桜盛にはない。

 もちろん鉄の棒として見ただけで、充分に殺傷力はあるのだが。


 そこそこの広さの原っぱに、向かい合って立つ。

「仙人ってどれぐらい死なないんだ? 首を飛ばしたり心臓を貫いても死なないのか?」

 なお桜盛の場合は、確かめてはいないがそこまでやったら、さすがに死ぬと思う。

「お主も一緒に死なんようにしておくから、好き放題すればいいぞ」

 禿頭の老人がそう言うが、向こうはともかく桜盛まで、そんなことが可能なのか。


 確認するように玉蘭を見ると、しっかりと頷いてくれた。

 果たして仙人というのは、そこまで便利なものなのであるか。

 それでもあちらがそう言うのなら、桜盛としてもそのつもりで戦う。

 こちらが負けるつもりはない。




 仙界とも呼ばれるこの崑崙においては、いくつかの制限がある。

 戦闘の前にしっかりと、その説明があった。

 魔力が充満しているが、これはむしろ破壊を防ぐためのもの。

 桜盛の使う魔法の威力が、大きく減衰するという。


 ただ肉体に作用するものや、直接触れているものは、ほぼ外界と同じように使える。

 つまり身体強化に、武器強化ぐらいの制限をつけて、戦えばいいということだ。

「勝敗は?」

「まあ降参か、普通の人間なら死んでいる傷を受けた時点で、負けとしておいていいだろう」

 なるほど、それは確かに妥当なところ……なのだろうか?


 高将軍は鎧までは着ていない。

 これは桜盛に合わせたと言うよりも、言葉が正しければ、傷を負わせても死なないのだろう。

 その術がこの崑崙限定なのか、外でも使えるものなのか。

 確かに玉蘭は、異常に傷の治りが早かったが。

「それでは、向かい合って、始め」

 さほど大きくもない声で、戦闘開始の合図が告げられる。

 おそらく地球に帰還後、最強の敵。

 ただ桜盛としては、悪意も殺意も感じていない、鍛錬に似たようなものであると思っていた。


 高将軍はその場で、戟を振り回す。

 その一振りで風が巻き上がるぐらいに、とんでもない勢いではあった。

 だが音速を超えた衝撃波が出るほどではない。

 ならば桜盛としては、想定内の強さだと言える。


 偃月刀を桜盛も振る。

 くるくると器用に振り回すが、やはり大剣とは扱いが全く違う。

(考えてみれば聖剣だったら、何か工夫があったとしても、相手を殺しちゃったかもしれないな)

 邪悪な神の、無限の治癒魔法などにしても、聖剣は防いでしまったのだ。

 相手が不老不死の仙人であっても、その力は発揮してしまったのではないか。


 今更であるが、勇者世界というのはなんだったのか。

 地球にも魔法の系統があると知って、不思議に思うことはある。

 玉蘭には少し話したが、ここの仙人たちは、さらに知識を持っているであろう。

 この勝負が終わったら、事情を明かしてもいいかもしれない。

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