第50話 覚醒の勇者

 桜盛の戦闘術には、研鑽された技術などというのは、さほど存在しない。

 そもそも勇者世界においては、人間相手なら強化した肉体で圧倒し、魔物相手であれば人間相手の剣術は役に立たなかった。

 なので基本的に、桜盛の戦闘力は破壊力である。


 先手必勝。

 桜盛は強く踏み込んで、まずは突きこんだ。

 重量は半端ではないが、質量は破壊力に直結する。

 そして筋肉イコールパワーである。


 そんな暴力的な攻撃を、高将軍は戟でしっかりと受け止める。

「む」

 押し込まれる膂力に、少しは驚いたようである。

 ただ桜盛としては、身体強化だけでは押し切れない。


 強く踏み込んだとしても、大地が磨り減る。

 それほどの力を、桜盛は出しているのである。

 勇者世界であれば、ブースターのように後方に、魔力で推進力となる力を噴出した。

 だがこの仙界の中では、それが使えない。

(これは、ちょっと戦いにくいか?)

 無理をせずに、偃月刀に力を入れて、衝撃で距離を取る。

 そして改めて、腰を落とした。


 桜盛の体重と武器の重量を考えれば、普通ならば上から切り下ろす。

 だがおそらく高将軍ならば、それを受け止めてしまうだろう。

 ならば下から、大地を踏みしめた衝撃を、全力で上に突き上げた方がいいのではないか。

 ものすごい重量の敵を、勇者世界で倒した時の経験から、こう考えている。

 もっともあの敵は、腹部が柔らかいという弱点もあったのだが。


 低く踏み込んだところから、偃月刀をまさに突き上げる。

 しかし戟で受け止めた高将軍は、重さを感じさせないまま、ふわりと上空に浮かんでしまった。

 なるほど、脳筋に見えたとしても、さすがは仙人である。

 空を飛ぶぐらいはやってのけるということか。

(そういえば、飛びにくいな、ここ)

 空中戦をしかけようとして、桜盛はそれに気づく。

 おそらく浮遊状態を維持するだけで、外界よりも魔力を使う。


 高将軍もあまり長くは浮かず、ふわりと降りてくる。

 空気自体が魔力に満ちていて、どうも水の中で戦っているのと、似たようなもどかしさを感じる。

 武器による攻撃では、これは勝負がつかないのではないか。

 偃月刀は武器ではなく、道具として使うべきだ。

 あるいは相手の攻撃を受け止める、防具として。

「今度はこちらから行くぞ」

 そう言って踏み込んできた高将軍の動きは、桜盛を惑わせるようなものであった。




 単純に相手のほうが、武器の戦闘に習熟している。

 これが桜盛も聖剣を持っていれば、話は別であったろう。

 武器での攻防は防戦一方となる。

 だがそれは序盤で気づいていたことで、それを逆転するための手段も、桜盛は思いついている。


 結局戦闘経験、特に苦戦の経験が、桜盛には圧倒的に多いのだ。

 苦戦どころか一方的に追い詰められ、仲間の命によって逃げ出したことも、何度もある。

 そのたびに思ったのは、強くならなければいけないということ。

 命を賭けて戦った回数。

 仙人が何千年生きていようと、桜盛の30年の方が、絶対に上回っているはずだ。


 高将軍もそんな桜盛の気配の変化を、微妙に感じ取った。

 隙のない挙動ではあったが、気配はいかにも下界人らしい、平凡なものであった。

 それが攻防の中で、激戦を重ねた精鋭どころか、それをも上回るようなものに変わっていく。

 ただの人の身でありながら、仙人をも斬ろうとした、あの武侠の男たち。

 命を生と死の狭間に置くような、野性の猛獣をも上回る殺気。


 仙人となってから、死の気配など感じたことはない。

 だがこれだけの殺気を浴びせる人間が、現在はいるのか。

 いったい何百人、何千人を殺せば、ここまで殺伐とした空気になるのか。

 そしてさっきまではそれを、完全に押し込めていたのだ。


 これは想像以上に危険な存在なのでは。

 高将軍はそうも思ったが、人間を見極めるというのは難しい。

 この強烈な殺気には、いささかの邪気もない。

 ただひたすら、目の前の獲物を食らおうとする、獣のような気配を感じるのだ。




 わずかに間合いが開いたとき、桜盛は偃月刀で檄を弾き、その石突で戟の金属部分に絡ませた。

 そして全力でもって、偃月刀ごと戟を高将軍の手から放してしまう。

 自分も武器を失ったが、それは問題ではない。

 武器などなくても、殴れば人は死ぬのだ。


 桜盛の拳打を、高将軍は侮っていた。

 偃月刀の取り回し具合から、桜盛の接近戦能力を低く評価してしまっていたのだ。

 しかし殴りかかった桜盛の拳には、絶大な魔力の強化がある。

 それは防ごうとした高将軍の腕の骨を、たやすく破壊するものであった。


 お互いに身体強化はしているが、その強化度合いは桜盛の方が上であった。

 殴り続けるたびに、少しは拳にもダメージがあるが、それ以上に高将軍は腕が上がらなくなっていく。

 そしてそこに、さらに足払いなどが入る。

 ふわりと浮かび上がっても、桜盛のラッシュは止まらない。


 憎しみなどなく、嗜虐の喜びもなく、桜盛はただ攻撃をする。 

 自分が生きるために、相手を殺す。それが勇者世界の常識であった。

 さすがに高将軍も腕が下がり、そこへ桜盛は拳ではなく、掌打で胸元を打つ。

 魔力を叩き込まれて、高将軍の意識が失われようとする。

「そこまで! そこまで!」

 声がかかり、高将軍がその場にうずくまり、桜盛は肩で息をしながらも、周囲への警戒と高将軍への警戒を怠らない。


 残心。

 相手を倒してなお、全く油断をしない。

 剣道で習った心構えであるが、これは実に実戦的なものであった。

 勝ったと思った瞬間に、集中力は最も弛むのだから。

「参った。本当に強い」

 うずくまったままの高将軍は、それでも声は出せるようであった。

「真面目に話をしよう」

 さっきのは真面目ではなかったというのか。

 戦闘状態から、桜盛は徐々に意識を変えていく。

 勇者世界には馴染みであった、あの全能に近い暴力をまとった感覚。

 単なる魔力の出力ではないそれを、ようやく桜盛は解いたのであった。




 地球にはいくつも、亜空間とでも呼べる次元のずれた場所がある。

 いやこれを、次元がずれていると評するのが正しいのかはどうかとして。

 日本においえはマヨイガ、ニライカナイ、ホウライ、ヨモツヒラサカ。

 こういったところが有名である。


「だけどここもそうだけど、この空間ってそのまま丸々惑星になってる、ってわけじゃないんだよな?」

「そうだのう。空間を広げてはいるようだが」

 仙人の中でも長老格の老人は、そのように説明する。

 つまりこれは、桜盛の知る限りにおいては、生命が生きられるアイテムボックス、ということで説明がつく。


 中国や日本だけではなく、こういった空間は世界各所にあるのだという。

 ただしかつてはあったものの、滅びてしまった場所もある。

 こういった空間のことを総称して、亜世界とでも呼ぶのが、おおよその一般であるらしい。

 日本では神隠しなどのケースが、これに関わってしまったものとなる。

 ちなみに小さい空間であれば、ここにいる仙人でも、作れる者はいるらしい。

 

 そういった仙人であっても、桜盛の話した勇者世界の出来事は、初耳であった。

 完全な異世界と言うよりは、惑星がそもそも違う。

 この亜空間というのはある程度、空間を歪めていることもあって、しっかりと限界はあるのだ。

 そして亜空間の中に亜空間は作れない。

 桜盛のアイテムボックスは普通に使えたが、どうやらこれとは全く別の次元の力であるらしい。

 考えてみればこれは、神様の力である。


「神が……いるのか?」

 仙人たちはむしろ、それに驚いていたようである。

「神様曰く、全知全能がゆえに、全知無能であるらしいけど」

「どういうことだ?」

「ここの皆さんもあんまり、下界には関わらないでしょ? それがもっと極まっている感じで」

 ああ、と頷いてしまう仙人たちである。




 異世界の存在は、知っていてもおかしくないのではないか、と桜盛は思っていた。

 だが仙人たちにとっても、その存在は意外であったらしい。

 神様は以前にもこんなことがあったと言ってはいたが、それは地球の世界では伝承されていないのか。

 あるいは違う場所であったり、桜盛と違ってあちらの力までこちらには持って来れなかったのか。


 勇者召喚は、あちらの世界だからこそ、成しえた魔法であるとは聞いた。

 適性のある人間がそもそも、滅多に生まれないのだ。

 生まれたとしても、準備に手間も時間もかかる。

 実際に桜盛は一度、もう一人ぐらい勇者を召喚出来ないのか、と尋ねたこともあった。

「つまり他の世界の神だからこそ、神に反応してもらえたと?」

「そうですね」

「今も神に接触することは?」

「いや~、もうないです」

 むしろこんな状態だからこそ、桜盛としてももう一度、神様とは会いたかったりするのだが。


 仙人たちには、これは重要なことなのだろう。

「お主、ここに住まう気はないか? 下界では色々と気苦労が耐えぬであろう」

「確かにそうだけど、まだ人生に飽きたわけでもないしなあ」

 そんな桜盛の答えに、仙人たちは笑う。

 生きるのに飽きたというなら、余計に下界に出てみれば、現代はすさまじいスピードで変化しているとも思うのだが。


 ただ桜盛は他にも、異世界との移動について、話しておく。

「時間の経過か……」

「時間と空間はそもそも同じものであるから、わしらもある程度は歪めることが出来るが……」

 異世界に行った時と、帰ってきた時。

 30年が一日にもならないというのは、歪みすぎであると言える。

「通りで見た目よりも強いとは思ったけど、なんで日本で追いかけられても捕まってないんだい?」

 玉蘭としては、そこが一番不思議であるらしい。

「そもそもこの姿が偽りなんだ。俺の本来の姿は、15歳の身長170cmだからな」

「まあ、わしらの中でも見えるものには、なんとなく見えておるよ」

 魔眼の系統であるなら、それも可能であるのだろう。


 おおよその話はついた。

 崑崙の仙人たちは、世界中の異能者のネットワークに、桜盛の安全性を保証してくれるらしい。

 本当にそんな都合よくいくのかな、とも思ったが、仙人たちは基本的に、人間より仲間を優先する。

 桜盛を仲間と認めたわけである。

「老化しないことを不思議に思われるようになったら、ここに来るのもいいだろう」

 こうして桜盛の崑崙訪問は、問題なく完了したのであった。




 巨石を通って、またもクンルン山脈に戻ってくる。

 穏やかな仙界とは、とても比較に出来ない山脈地帯。

 だがあちらで過ごした時間に比して、こちらで経過した時間は半分以下。

 時間が歪んでいるというのは本当らしい。


 神隠しにあった子供が、何年も後に同じ姿で戻ってきたりする。

 そんな話はあるし、浦島太郎などといった話にも、時間の経過が違うという話はある。

 古くから時間の経過が違うのは、分かっていたのだ。

 空間の拡張と時間の歪曲は、対になった存在であるらしい。


「お前さん、その姿は仮のもの、ってのは本当なのかい?」

「まあな。この姿はたぶん20歳ちょっとの、一番肉体の能力が活性化している状態のものだ」

「それで向こうの世界で30年か。……周りは普通に年を取っていくのか?」

「ほんのわずかに、不老長命の種族もいたけどな」

「辛かったのではないか?」

「年を取っていくよりもずっと、殺されていく数が多かったな」

 30年間ずっと、戦乱がほとんど絶えることのない世界であったのだ。

 それでも後方には、ある程度安全な地はあったものだが。


 高将軍との戦いで思い出した。

 今こうやって苦労している自分は、勇者世界よりもよほど、安らいだ気持ちでいるのだと。

 穏やかな暮らしのためには、それを維持するための苦労も必要だろう。

 とりあえずこれで、裏世界のことについては、ある程度目算がついたと言える。

(あとは警察とかとの付き合いをどうするかだな)

 桜盛は遠く東方の果てを見る。

 それほど長く離れていたわけでもないのに、早く日本に帰りたいと思うようになってきていた。

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