第51話 次から次へ

 日本への帰路は、特に何も起こらなかった。

 普通に引ったくりを一件退治したのと、自分の物でもない物体をバッグに入れようとした役人を買収したのと、それぐらいである。

「中国ってやっぱ怖いなあ」

「まあ日本に比べればね」

 玉蘭と一緒だったのは北京までで、そこから彼女は上海に飛ぶ。

 桜盛は日本行きへの飛行機に、乗るところまでを見送ってもらった。


 なんとか夏休み中に問題は解決できた、と思う。

 ただ時間感覚の違う仙人たちが、すぐに行動するのか、という心配はあったが。

 そこはさすがに玉蘭も、重大事なのですぐに動くだろうと言ってくれた。

 彼女は桜盛に、悪意を持てない。


 成田に降り立つと、醤油の匂いがした。

 そしてここから自宅に電話をかけ、電車を使ってゆっくりと帰る。

 世界中の裏の世界のことには、これでいいのだろう。

 だが日本の警察にまですぐに、それが伝わってくれるだろうか。

 とりあえず鉄山に対しては、メールを送っておいた。

 ほっと息を吐いて気づく。

「今回、モテ要素全然ねえじゃねえか」

 神様、シナリオが不具合を起こしております。

 まあ綺麗な仙女の姉ちゃんとかは一応いたが。


 成田近辺にいる間に、警察からもらっていたスマートフォンなどの方も確認する。

 一応北京で、裏に話をつけたとは知らせておいたが、そこからはまたアイテムボックスの中に入れっぱなしである。

 崑崙という仙界を経験したことで、改めて時間と空間について、桜盛は考える。

 亜空間は、この世界には分類されない。

 なぜそう言えるのかというと、質問権を使ったからだ。


 崑崙から出て、さらに日本にも戻ってから、あの仙界についての情報を質問権で集めようとした。

 しかしあれだけの仙人が集まっていたはずなのに、回答がまともに戻ってこなかったのだ。

 神様のくれた、アイテムボックスと並んでチートなこの質問権。

 改めて手紙を確認すれば「世界で二人以上の人間が知っていれば」という文章になっている。

 亜空間はこの世界ではない。これはひそかに大きな発見なのではないか。

 つまり亜空間は、神様の権能も及ばないのではないか。


 桜盛の持っている力は、仙界の中でも普通に使えた。 

 ならばこの力は神様からの供給型ではなく、既に桜盛の中に備わっているということだ。

 神様が突然気が変わって、この力を剥奪する。

 あの神様の行動原理からして、そういったことはまず起こさないだろう。

 起こすとしたらおそらく、桜盛がこの世界自体を破壊しようというような、極端な手段に走った時。

 そう考えるとあの太平洋での爆発は、それなりに問題になりかけたのかもしれない。

 神は全能であるがゆえに、誰の希望にも応えない。




 東京の近辺に戻ってきて、やっと桜盛は茜に連絡をかけた。

『何やってたの~!』

 一応世界の緊張を解いてきたのであるが。

 電話は茜の苦情を届けることなく、すぐに五十嵐がそれに代わった。

『それで、本当に問題は解決したと?』

「中国の奥地まで行ってきたからな。まあ間違いないとは思う」

『中国って……あんまり外国には出てほしくないんだけどなあ』

 そうは言っても今のところ、桜盛の姿を知っているのは、日本だけである。


 それはそれでいいことだとしても、五十嵐も言わなければいけないことがある。

『上が君に一つ、仕事を頼みたいと言っている』

「厄介ごとか?」

『いや……こちらで片付けられないこともないが、君なら簡単だろうという仕事だ』

「法律ではどうかは知らないが、俺は自分の良心に従ったことしかしないぞ?」

『それなら安心してくれ。胸糞の悪い殺し屋を、一斉に叩き潰すという仕事だ。その背後の連中ごと』

 ふむ?


 暴力によって暴力を制するのは、確かに桜盛の得意なことではある。

 ただわざわざそれを桜盛にさせるというのは、それ自体を桜盛の弱みにしたいということであろうか。

「背後の連中とは?」

『まあ簡単に言うと趣味の悪い上流階級だな。頼めるか?』

「もう少し詳しく聞かないと、受けるかどうかは決められないが」

 こういったものはどちらかの意見だけを聞くと、事態の把握に歪みが生じる。

 なので出来れば、公正に意見を聞くべきなのだ。


 ただ現在の桜盛には、質問権がある。

 五十嵐たち警察から聞いた情報を、質問権で確認する。

 それによって判断すればいいだろう。

「一度そちらからの情報をもらいたいんだが、茜君に来てもらっていいかな?」

『それは構わないんだが、その悪趣味なイベントが、もう三日後に迫ってるんだ』

「……」

 夏休みが、夏休みが終わってしまう!

「明日の夜、いつもの居酒屋に、USBメモリに情報を詰めて茜君を寄越してくれ」

『分かった」

 かくして残りの夏休みも、桜盛の予定は潰れていく。


 仙界から帰ってきて、今度は悪党どもとその手先の殺し屋の始末。

 正直なところ桜盛としては、疑問の余地が残る仕事である。

 権力者を抹殺するというのは、たった一人であるならば、ある程度は替えが利くものなのだ。

 独裁者が消えたとしても、新たな独裁者が現れるか、無政府状態になるのみ。

 ただ桜盛は五十嵐たちを、ある程度信用はしている。

 おそらく変な影響もなく、癌細胞だけを取り除くチャンスなのだろう。


 仙界で戦った影響が、まだ残っている気がする。

 そう、人間の命など、とても軽いものだと分かって扱っていた、あの勇者世界のように。 

 今の桜盛であれば、血の気配をまとう人間であれば、容易に殺せるだろう。

 殺し屋などというのが、いまどきまだいるのには驚いたが、一度に叩き潰すなら都合はいい。


 この気配のまま帰るのはまずいかな、と桜盛は思う。

 だが逆にここまでの気配であれば、かえって一般人は気づかないだろう。

 自分は人殺しである。

 そして同時に、多くの人間を救ってきた。

 それは贖罪でもなんでもなく、ただ必要だからしたこと。

 今回のこの仕事も、そうやって処理してしまえばいい。そう思った。




 夏休みが終わってしまう。

 高くなった知力や集中力に任せて、早々に課題を終わらせてしまっていたのは正解であった。

 崑崙での用事は早々に終わったのだが、その前の準備には時間がかかった。

 おかげで夏休みの後半は、志保からの誘いにも、蓮花からの誘いにも、成美からのお願いにも応えられていない。

 一番最後のはどうでもいいのだが。


 高校一年生の夏休みなど、本当なら一番遊べる時間ではないのか。

 確かにダンス部の合宿はあって、蓮花や、ついでに美春の水着は堪能したが、その後がとにかく悪かった。

 封印について誰かに尋ねず、解いてしまったのは確かに悪い。

 だがあんな危険なもの、どうにか出来るならしてしまうのが当然だろう。

 結局はあまり意味はなかったようだが。


 悲しみを感じながら待っていた桜盛は、疲労を感じさせる茜と座敷に座る。

 まだ店が混んでいないので、少しだけ声が聞こえにくい位置にする。

 もちろん実際は桜盛が結界を作り、声は洩らさないようにしているのだが。

 ただし読唇術への対策はない。


 せっかくの美人な茜であるが、隈を隠す化粧が濃くなっていた。

 それでも消しきれず、目つきはひどく悪くなっていたが。

「とりあえず生」

「俺はウーロン茶で」

 そしてUSBメモリを桜盛に渡してから、茜は一気にジョッキを空けた。

「生おかわり!」

 ついでに桜盛は、食べる物もいくつか注文しておく。


 まずそもそも、殺し屋殺しの依頼である。

 桜盛はタブレットにメモリを挿して、その内容を見る。

 こんなところでチェックするな、という茜のツッコミはもう入らない。

 彼女はどこか、投げやりな雰囲気になってしまっているのだ。

 もうちょっと酔わせて誘ったら、いいところに連れ込めそうな感じで。

 もっとも桜盛には、そんな高等なテクニックは使えない。

 別に高等でもないぞ、というツッコミはそれこそいらない。




 今時殺し屋なんて本当にいるのか、というのが桜盛の感想であった。

 なら昔はいたのか、というと微妙なところであるが。

 ヤクザ同士の抗争で死者は出ることがあったが、それは鉄砲玉もヤクザの構成員であった時代。

「本当に殺し屋自体はいたらしいけど、どちらかというと素人相手が多かったみたい」

 桜盛はもちろん、茜にとっても生まれる前のバブルの時代。

 その頃は利権のために、色々と無茶をする組織が、自分とは無関係の殺し屋を使って、色々とやっていたそうな。


 東京の大企業の幹部だとか、政治家を殺すだとか、そういった派手なことはない。

 多かったのは地上げ屋のむちゃくちゃなやりようだったという。

 ただそれも時代が変わり、特に都会では監視カメラが多く設置されるようになった。

 こんな時代であると、殺し屋もなかなか動きにくくなるのだ。


 まだ殺し屋の需要が多いのは、先進国に入りそうな発展途上国。

 経済発展の影には、必ずと言っていいほど、不審な死が存在する。

 また治安の悪い国家であると、普通に殺し屋は存在する。

 なおこの治安の悪い国というのは、アメリカでも地域によっては含まれる。


 ただ桜盛としては、そんな目立つ殺人よりも、毒物や病気感染での殺人の方が、ずっといいのではないか、とも思うのだ。

 明らかな暗殺というのは人心を荒廃させる。

「まあ最近は、そういうのが主流だったそうだけど……」

 やはりそうなのか。

 ならばそれを聞かされた茜がやさぐれているのも、分からないでもない。


 テーブルに突っ伏すようにしている茜は、酔いが回ってきたようだ。

「それでもそういう技術を継承している組織がいて、その中で人を殺すのが大好きというのがいてね」

 おいおい。

「じゃあもういっそのこと、そいつらに殺し合いをさせればいいじゃないか、ということになったらしいのよ」

 殺し屋同士によるデスゲーム。

 なんだかまた方向性が変わっていませんか?




 絶海の孤島を準備して行うわけではない。

 さすがにそんなことをすれば、コストがかかりすぎる。

 最後まで残っていた殺し屋が、その雇い主と共に巨万の富を得る。

「なんだか俗っぽいな」

「分かりやすい悪党だからいいでしょう」

 まあ、茜の言うとおりではある。


 関東北部の山林でを囲み、その中で戦闘を行うのだ。

 殺しでしか生きられない殺し屋八人を、その中に入れるのだという。

 どんな殺しの技術かは知らないが、そんなものは銃火器で武装していれば、技術もクソもないであろう。

 そう思ったが、ルールにより銃火器の携帯は禁止されている。


 どこまでロマンを求めているのだ、と桜盛は小一時間問い詰めたい。

 おそらくはナイフや、銃火器が駄目なら投擲武器。

 山が場所ならば罠を使うのも、充分に有効であるだろう。

 そもそも範囲がどれくらいかは知らないが、どれだけの時間をかけるというのか。

「詳しくはそのメモリに。私に見せないでね」

 知りたくないものは知りたくないと、はっきり言う茜である。


 細かいことはこちらに全て書いてあるそうな。

 そして最終的には処分しろ、という指令まで出ている。

 自動的に消滅しないあたり、技術の限界ではあるのだろう。

 まあこれも、アイテムボックスに死蔵しておけばいいか。

 桜盛が死ねば、自動的に消滅するアイテムボックスの中身。

 今のうちに処分しておかねば、とは思っているのであった。

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