第98話 日々の侵食

 限界を感じ始めている。

 桜盛の限界とは、自分の正体を隠すことである。

 確かに連絡手段は様々に整備され、桜盛の力が必要とされた時、比較的すぐに知らされるようにはなっている。

 だがネットワークが発展した現代社会を考えれば、もっとその速度は上げられるのだ。

 単純に携帯電話を持っているだけでいい。

 それをここまで、正体を突き止められることなどを注意して、隠してきていた。


 もうさすがに五十嵐なり鉄山なりを信頼すべきなのか。

 ただ知ってしまえば、逆に襲われるという可能性もなくはない。

 邪神を相手にするならば、ほんのわずかな時間の遅れが、致命的な事態になるかもしれない。

 まだ時間はあるわけだが、どこかで決心する必要があるだろう。

 しかし邪神を封印後には、果たしてどうすればいいのか。


 勇者としてこの現代社会で、生きていくということ。

 その気になれば最強の暗殺者になりうることは、ここまで証明してきてしまった。

 日本だから誤魔化せていたが、これが他の国であると、もっと大掛かりな作戦で正体を突き止められていたかもしれない。

 今思えば最善を尽くしたつもりでも、色々と失敗はしているのだ。


 これに関してこそ、優奈の予知能力に頼ってみたい。

 だが彼女の予知能力は、あくまで限定的なものだ。

 それに彼女も、桜盛の完全な味方というわけでもないだろう。

 敵対しなくても良かったはずが、様々な思惑が絡み合って、殺し合いになってしまう。

 そういったことは勇者世界でもあったのだ。


 誰かを信じきれない、ということではない。

 たとえば鉄山などは、男気もあるし信用は出来る。

 だが能力者の力によっては、普通に操れてしまうものもあるだろう。

 なので期待しすぎるのも難しいのだ。

 逆に桜盛にしても、たとえば家族を人質にでも取られれば、ある程度はいうことを聞かざるをえないだろう。

 そういう意味でも勇者は最強であっても、万能ではない。

 正体を隠してこその正義のヒーロー。

 身バレしてしまったならば、相手が普通に知能をもっていれば、その弱点を攻めてくるのは当たり前なのだ。


 邪神を相手に、その先まで考えなくてはいけない。

 人類は団結できないし、桜盛も他人を信頼などはしない。

 むしろ相互にある程度疑っている方が、当たり前のことであろう。

 それでも勇者世界では、戦場を共にしたことによって、多くの味方は出来た。

 しかし魔王との決戦においてさえ、足を引っ張る勢力はそれなりにあったのだ。




 桜盛は、これは問題ないだろうな、と思って一つだけ優奈に尋ねてみたことがある。

 邪神との戦いにおいて、ミレーヌは登場するのか、というものだ。

 それを問われた優奈は、不思議そうな顔をしていた。

 しばらく考えた後に、逆に問い返してきたのだ。

「その人は、誰なの?」

 つまり未来からの援軍、というものはないのだろう。


 ミレーヌの能力の説明によると、彼女は過去を変えたとしても、彼女自身の未来は変わらないのだと言っていた。

 そうでなければタイムパラドックスが起こるので、それは仕方がないだろう。

 また彼女の帰還した未来には、邪神の存在がないので、わざわざもう一度過去に戻ってくる必要がない。

 第三次世界大戦が、邪神との戦いを隠蔽したものなら、それはまた話が変わってくる。

 しかしどちらにしろ、未来の彼女が手に入れられたのは、邪神の情報ではない。


 正確に情報が伝わっていないなら、また未来からの援軍が来るはずもない。

 あの一回限りの邂逅が、桜盛とミレーヌの出会いであった。

 ただあれからさらに未来になどに、もっと強力な時間遡行者でも誕生していたら。

 そうすればまた過去を訪れるかもしれないと思ったが、桜盛の存在自体はちゃんと、数年間は確認できたのだ。

 ならばやはり邪神は、未来を変えたことによる、本来ならなかった歴史となる。


 ミレーヌの時間移動によって、邪神がこの世界に来るというルートになってしまったのかもしれない。

 だがそれは彼女に原因はあっても、責任はない。

 優奈の予知能力の発現からしても、当時の段階では邪神の存在する未来は変えられなかった。

 これについてはもう、終わったことだと割り切るしかない。




 重要なのは目の前のことだ。

 既に12月も半ばを過ぎ、三年生で進学する者などは、受験に入っている。

 桜盛は蓮花とは、時々まだ学校で話す機会がある。

 ただ関係性を深めてはいない。


 志保との関係は、またやや親しくなった、というぐらいであろうか。

 優奈の語った未来によると、有希とのフラグがこの年末に存在する。

 将来的に桜盛が誰と結ばれるのか、それとも結ばれないにしてもどういう関係性を築いていくのか、それが予知されていると思うと、なかなか親密度を上げられない。

 こういったことに関する文句も、優奈は予知能力で見抜いているのだろうか。


 東京ドームコンサートは、三日間行われる。

 桜盛と成美が手に入れたチケットは、その三日目のものであった。

 そしてこの短期間の間に、超常現象らしいものが世界各地で観測されている。

 今は誰もが発信者となれる時代なのだ。

 もっとも今のところ、決定的なものを映した映像などはない。

 あったとしてもそれは、各国の機関が処理している。

 映像だけならいくらでも、CGで作れる時代なのも本当なのだ。


 そのコンサートの前に、ダンス部でクリスマスパーティをしようという話になった。

 受験生もその日ぐらいは、息抜きをしようという話である。

 たった一日と思うべきか、それでも一日と思うべきか。

 桜盛としては、自分ならわざわざ勉強を放棄しないが、今はまだ一年生の身。

 ならば参加してもいいだろう。


 蓮花も参加するつもりらしい。

 彼女は大学に関しては、推薦で合格するところに進学するそうだ。

 考えてみれば金は持っている家なので、ブランドの価値をそれほど考えないのなら、蓮花のような人間にとっては、選択はあまり意味もないのだろう。


 このクリスマスパーティーで、新しいフラグが立つのか。

 そしてこのパーティー後のコンサートで、どういうフラグが立つのか。

 桜盛としては心配ではあるが、どこか期待もしている。

 忙しくなりそうな、高校一年生の年末であった。

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