第6話 女刑事という響きのエロさよ
まずは女刑事を、車の所まで移動させた。
「悪いけどちょっと確認したいから、手の拘束を外すのはちょっと待ってね」
漏らしたことについては言及しない。
戦場では糞尿に塗れながら戦うなど、珍しいことではなかったからだ。
洗浄魔法もあるのだが、それを使ってやることは情報を与えてしまう。
命は助かったのだから、そこは我慢してもらおう。
殺害現場に犯人は戻る。
そして掘られた穴に男たちを落とす……前に、その懐を探った。
指紋を残さないように、財布などと荷物を全て探る。
スマホを持っていれば、指紋認証と顔認証の場合は、ロックを外しておいた。
番号認証はちょっとどうしようもないが、警察に任せればいいだろう。
それから穴の中を、高熱で一気に処理する。
GPSなどがどこかに隠されてあっても、これで消滅しているだろう。あとは土で埋めて、完全に証拠は隠滅である。
財布の中からは、現金の紙幣だけは抜いておいた。
臨時収入が、10万円ほど入ってホクホクである。
山賊を討伐して、その金銭を押収するのと、ノリは全く変わらない。
それから車に戻ると、手だけを縛られた女刑事は、ぐったりとしていた。
おそらく半日以上は拘束されていたのだろうし、食事なども与えられていない。
ビニールテープで後ろ手に縛られたものを、カッターで切る。
ようやく動けるようにはなったものの、もぞもぞと体を動かすにとどまる。
「大丈夫かな? 携帯食と飲み物はあるけど、いるかい?」
「ありがとうございます」
ポシェットバッグの中から取り出したと見せて、アイテムボックスから取り出した物である。
素直に受け取った女刑事は、もそもそとそれを口にし始めた。
これはもう殺せないな、と桜盛は判断する。
男たちの持っていた警察手帳一式から、彼女の名前も知ってしまっている。
沢渡茜。22歳。階級は巡査。警視庁に所属。他に番号なども書いてあったが、これは桜盛にはあまり関係ない。
実は不自然な点もあるのだが、桜盛にはそこまでの知識はなかった。
あとはこの状況をどう終息させるかである。
「茜君、食べながら聞いてほしい。ああ、名前は済まないが調べさせてもらった。とりあえず私のことを説明しよう」
どんな人間関係も、最初は挨拶が基本だろう。
「私は君の想像もつかない場所で長年生きてきてね、日本に戻ってきたのはほんの少し前なんだ。まあ想像がつくかもしれないが、元は人に言いたくない仕事をしていたが、日本人としては善良な市民だよ」
嘘を言っていないのが凄い。
「君は、ここがどこか分かっているかな?」
「いえ……」
没収されていたスマートフォンから、地図アプリを見ようとする。
だが電波が拾えないのか、現在地は分からない。
警察のスマートフォンは、基本的に電波が弱くても、つながりやすい携帯会社の物である。
少なくとも今まで、電波がつながらないなどということはなかったのだが。
いったいどこまで連れてこられてしまったのか。
ただ、道はあるし車もある。
一本道を下っていけば、人里には出られるか、電波の届くところまでは出られるはずだ。
しかし、それでは困る桜盛である。
さて、話をしよう。
「この携帯はロックがかかってなかったし、こっちの二つは指紋認証と顔認証を外しておいた。ただこれだけは番号認証なんで、どうにかしてくれ」
「……」
殺す前に聞き出せば、などとは言えない。
機嫌を損ねてしまえば、殺されるのは自分かもしれないのだ。
「そしてここから、私は君を人里まで送っていく。ただし、どういうルートを辿るかは教えられない。なので君のも他のも、スマホの電源は切ってもらうよ」
「貴方は、いったいなんなの?」
桜盛のことの運び方は、情報を与えないためのものだと分かる。
つまり茜を、殺さないように考えているのだ。
そういえば、桜盛は名乗っていない。
もちろん本名を教えるつもりはないが。
「私のことは……勇者とでも呼んでくれればいいよ」
なお桜盛の外見は、おおよそ茜と同じぐらいに見えているはずである。
勇者世界でも桜盛は、老けることはなく全盛期の肉体をずっと維持していた。
さすがに勇者というのは無理がある、と茜は思った。
実際には桜盛は、とても正直に対話をしているのであるが。
「彼らのスマホに持ち物、これは捜査の足しにしなさい。ただ彼らがどこに行ったかは……まあ、調べるだけ無駄だ」
仮に何かの見落としがあって、茜がここを特定したとする。
だがあの四人の男は、それこそ骨も残らず灰となった。
殺人を茜は、目は塞いでいなかったので目撃している。
しかし死体を見つけないことには、物事の常識が成り立たないのだ。
銃まで持っていた四人の男を、一方的に制圧する。
目撃したのが刑事であっても、おそらくは信用されない。
桜盛の力が常人離れしているからだ。
「どうして、私を助けてくれたの?」
なので茜は、そんな質問をした。
「女が悪人らしいのに殺されかけてたら、そりゃあ助けるだろう」
「いえ、そうではなくて……」
茜は少し考えて、言葉を改めた。
「どうやってこいつらが私を捕まえたのを知って、追いかけて助けてくれたのか知りたいの」
「いや、偶然出会っただけだが」
認識の相違である。
桜盛は茜を、運のいい人間だとしか思っていなかった。
まさかこんな人のいない場所で、しかも桜盛と巡り会うとは。
誰かが通りかかることさえほとんどないだろうし、通りかかったとしても桜盛以外であれば、茜は助からなかっただろう。
その意味ではまさに、運命的な偶然である。
だが茜の方は、ここがどこかを知らない。
ただ連絡もつかない山中であれば、桜盛があえてこいつらか、あるいはこの場所を見張っていて、助けてくれたと推測するのだ。
偶然の一言で済ませるには、確かに茜は運が良すぎた。
しかし桜盛としても、これ以上の答え合わせを必要とはしていない。
下手に会話を続けると、個人情報につながるものが洩れてしまうかもしれない。
既に充分に、桜盛は茜を助けた。命を助けたのだから、これ以上を施すつもりもない。
そう思った桜盛であったが、一つ尋ねてみたいことがあった。
別に質問権を使っても良かったのだが、現役の刑事ならさらに詳しく知っているかも、と思ったのだ。
「私は君を助けたわけだし、あいつらの持ち物を君に渡して、捜査が進展するようにまでした。これへの対価をくれれば、君の知りたいことを一つ教えてあげよう」
「対価? お金なら今すぐに準備は出来ないけど」
「いやいや、お金はいらないんだがね」
警察ならば、知っていてもおかしくはない。
「貴金属や宝石などを、身分証なしで換金してくれる手合いに心当たりはないかね?」
おっぱいを揉ませろとか、パンツを見せろとか、そんなことは言わない紳士の桜盛であった。
交渉は成立した。
茜はそもそも、組織犯罪対策部の人間であったため、本当に適切な人選ではあったのだ。
これもまた、すごい偶然ということになろうが。
既に証拠は集まっているが、あえて泳がしている犯罪者というのは、本当にいるものらしい。
実のところ換金できるところという指定だけなら、いくらでも探しようはあったのだが、ある意味これは警察のお墨付きだ。
そして茜が知りたがったのは、桜盛に関することではなかった。
仕方がないことではあるが、茜は桜盛もまた、裏社会の人間だと判断していた。
反社ではない。裏だ。
それこそ殺し屋や、特殊部隊の人間であるかと。
特殊部隊は、裏社会の人間ではないが。
知りすぎるということは、死に近づくということだ。
それに桜盛がそんな場所を知りたがったということは、茜に再度接触する手段を考えつかせた。
手元に換金の難しい財産を持っている。
わざわざ刑事である茜に、それを尋ねたというのは微妙であるが。
ただこれが本気なら、日本の裏社会とは、あまりつながりがないのだろうと思える。
だから茜は賭けたのだ。
桜盛としても茜の思惑は、おおよそ察知していた。
だがその想像力の中に、魔法などというオカルト要素は入っていないだろう。
ならばいくらでも、警察を出し抜く手段はあると考えたのだ。
そして取引が成立後、桜盛は車の中を荒した。
たいしたものはなかったが、タブレットが一つ発見された。
当たり前だがパスワードがかかっていて、これはどうにかするしかない。
茜は換金屋の情報の対価として、このパスワードは分からないか、と桜盛に尋ねた。
これはさすがに、茜も期待していたわけではない。
だが茜を車の中に入れたまま、タブレットを持った桜盛は外に出る。
そして質問権を行使した。
幸いなことにパスワードを知っている人間は、まだ二人以上この世にいたらしい。
驚く茜に対して、間違いなくタブレットのパスを解いて、取引は終了。
そして桜盛は、茜を魔法で眠らせた。
彼女としては、制汗スプレーをかけられた、という認識しかなかっただろうが。
実際に桜盛が浴びせたのは、本当に制汗スプレーである。
眠る茜を車の外に運び出し、桜盛の証拠隠滅が始まる。
アイテムボックスの存在は、他の全ての魔法を合わせたのと、同じぐらいにチートであるかもしれない。
莫大な原油やガソリンが入るということは、車なども簡単に入ってしまうというわけだ。
誘拐に最適、などと揶揄されるバンを、とりあえずは収納する桜盛。
これは後日、海にでも行った時、沈めておけばいいであろう。
マウンテンバイクは、既に収納してある。
あれこれやっている内に、既に日は没していた。だがこうなると、透明化の魔法が効果的になる。
眠る茜をお姫様抱っこして、透明になった桜盛は空を飛んだ。
まだじんわりと漏らしたあとが手を湿らせたが、これは我慢出来る程度のものだ。
戦場ではそれこそ、糞を撒き散らしながらでも、戦わなければいけない状況はあったのだ。
桜盛はシモの世話に慣れた男であった。
もちろん「ご褒美!」と喜ぶような性癖はなかったが。
そして場所は、千代田区霞ヶ関の近くにまで移動する。
警視庁の本部庁舎が、見えるあたりの公園である。
そのベンチに茜をもたれかけさせ、覚醒の魔法をかける。
彼女が目を覚ます前に、視界からは消える。
あとは物陰からこっそり見守り、起き上がったのを確認してから、家路に就く。
まったく、厄介ごとに巻き込まれたものである。
もちろん財宝の換金手段に目途がついたことは、喜ばしいことだ。
だが絶対にその換金屋から、茜にも情報は渡るだろう。
桜盛にしてみれば、全く問題はないと思えるが。
質問権によって、茜の現在関わっている問題が、何かは分かっている。
完全に反社会勢力による、覚醒剤のルート特定だ。
ただそこをさらに手伝ってやるには、桜盛としてもやりすぎだと考える。
目の前に困っている人がいれば、その有り余る勇者の力で助けてやればいい。
だが社会の犯罪全てを、自ら暴いていくというつもりはない。
それはこの社会秩序を保つ、警察なりなんなりの仕事なのだから。
もちろん桜盛に直接の被害が迫れば、対応していくつもりはあるが。
しかし今回の事件については、ある程度は調べておこうと思う。
薬物などは桜盛の身近に存在するものではないが、逆に同じ社会に帰属する以上、完全に無関係になるわけもない。
暇な時があったり、変に関わったりしたら、そこで解決するのにやぶさかではない。
もっともしばらくの間は、この平和な生活を満喫するつもりだが。
(とりあえず、彼女がほしいな……)
帰宅した桜盛の頭を占めているのは、やっぱりそんな卑近な問題であったのだ。
非番の日に犯罪者に捕まって、危うく殺されかけた。
そんな茜はその日のうちに、上に報告を上げている。
取引現場を抑えたところを捕まったわけで、非番なのにたった一人で、お前はいったい何をしているのだ、という話である。
そもそも茜は女で、現場経験も長くはない。
しかし交番勤務での優秀さと、若い女であることに目を付けて、囮捜査の捜査官として、組織犯罪対策部が引っ張ってきた人材なのだ。
容貌が夜の女っぽい色っぽさを持っていた、とは本人には言えなかったが。
あっさりと「くっ、殺せ」の立場になっていたが、本来はとても優秀なお巡りさんなのである。
その茜の証言について、直接上司の係長は、ちゃんと最後まで話を聞いた。
ちょっと荒唐無稽なところもあったが、茜の受けた暴力の後と、そして渡されたタブレットなどの端末が、確かにそれらしいものだと分かったからだ。
ただその茜を救ったという、スーパーマンについては疑問が持たれた。
もちろん茜の話を疑ったと言うよりは、そのスーパーマンの言葉を疑ったわけだが。
反社組織にとって薬物売買は、重要な資金源の一つである。
もっとも最近は、犯罪の手口はより巧妙になり、知能犯による資金調達も増えている。
あとはフロント企業を抱えて、商売自体は合法化したりもしている。
そんな金を洗うのが、また面倒ではあるのだが。
得られた情報によって、一つの組織から芋づる式に、かなりの組織を引っ張れそうであった。
これはこれで、間違いなく警察の仕事で、茜の本業である。
大手柄だと褒められたりもしたが、彼女にとってこの一件は終わっていない。
そう、この事件に関わった中で、謎の大男だけがまだ、全く関わりを見せていないのだ。
おそらくは対立した組織の人間ではないか。
銃に撃たれて平気だったというのは、ジャケットを着ていたのであれば説明がつく。
茜はサイクリングジャージと言ったが、肉襦袢のように防弾ジャケットを着ていたら、体格を誤魔化すのにも役に立つ。
ただ証拠と言えるものが、茜の証言以外にはいっさいない。
海外からの殺し屋、というのはいくらなんでもとも思ったが、四人をあっという間に制圧したのなら、絶対にないとは言えない。
ただ茜に違法な換金屋を尋ねたというのが、どういう意図があったのか。
対立組織の人間なら、そういった裏家業にも詳しいだろう。
あるいはそういったところを、潰すために尋ねたのか。
だが次の日曜日、まだ覚醒剤押収の事件が処理されていない中、アカネはバディを組む先輩刑事と共に、その換金屋を訪れることになった。
専門で貴金属やブランド品を扱っているのではなく、リサイクルショップの看板をつけて、違法な古物取引を行っている。
もっとも古物取引の許可自体は、ちゃんと得ている店なのだが。
普通の客も来る、裏道一本を入ったところにある店に、午前中にジャージ姿の大男が現れたのだ。
帽子をかぶってサングラスをし、さらにマスクまでも付けていた。
そして買取を頼んだのが、ちゃんと刻印も入っている、1kgの地金であった。
ただ本来ならケースやパッケージに入れてあるはずのものが、生のままでごとりと置かれたのだ。
通常こういったものは、売却にも身分証が必要になる。
そもそも金を売って金を得たら、そこで税金が発生する。
なので絶対に、店の方も帳簿をつけて、買い取った人間を明らかにする。
だがそこで、手数料を取る代わりに、現金を渡すのである。
色々と帳簿を誤魔化さなければ、絶対に危険な商売。
ただこれは、警察も知っていながら潰さない、必要悪の商人である。
店の防犯カメラに映っていたのは、確かに大男であった。
こっそりとマイクで声を録音しようとしたら、気づかれて失敗したのだという。
20%の手数料にショックを受けていたらしいが、それでも600万円相当を手にして、かなり浮かれていたという。
あの脅威の戦闘能力を持つ男が、その程度の金で浮かれていたというのも、不思議な話である。
インゴットには指紋などはなく、そして間違いなく純金であった。
純金と言っても実際は、ほんのわずかに異物が混入しているものだが。
間違いなく国内の市場で通用している金のインゴットであり、刻印も正規品のように見えた。
そしてもちろん本物かどうか、換金屋はチェックしている。
「本当に、殺し屋みたいなものが、裏社会にはいるんですか?」
茜の質問に対して、バディのベテラン刑事は、難しい顔をする。
「明らかに分かる殺し屋なんかがいたら、捕まえるだろうが。ただ、人が消えるということは、確かにあることだな」
それこそ茜がやられかけたように、埋めるという手段もあるだろう。
また外国であれば確かに、殺し屋というのは存在する。
もっとも聞いた話では、むしろ職業軍人ではないのか、と思われる要素が強かったが。
紹介されたここを利用したということは、今後もまた利用するのかもしれない。
ならばもう一度会うことも、不可能ではないはずだ。
(絶対に、また見つけてやる)
そう考える茜は、それは自分の仕事ではないと、判断がおかしくなっている。
もちろん貴金属を非正規ルートで売却しているので、完全に警察とは無関係ではないが。
絶対にもう一度、どこかで会う。
そう決意している茜は、まるで愛しい男を追いかける、恋する女のような目をしている。
これまで恋愛とは無縁であったため、本人は全く自覚していないが。
なお、これで600万円以上の現金を手に入れた桜盛は、ホクホク顔であった。
監視カメラのある場所も通りはしたが、途中で消えるか転移をすれば、それで追跡は不可能になる。
金にしてもどこかに隠すことなく、アイテムボックスに入れておけばいい。
頻度を多く訪れるのはまずいだろうが、一度の取引でさらに多くの現金を手に入れるのは、店のほうに用意がなかった。
ただ逃走手段がいくらでもあるので、本格的に警察がマークしてくるまでは、あの店を利用すればいいだろう。
「何に使おうかな~」
あまり派手に使いすぎても、今度は家族が不審に思うだろう。
なので消耗品に使うべきかな、とは思うが。
ただこの資金は、デート資金になる!
彼女が出来たとしても、お金がなければささやかな高校生デートになるだけだ。
金で女を買う、というのはさすがにしない桜盛であるが、やろうと思えば変身の魔法を使って、出来なくもないのに気がついた。
持て余す性欲だけなら、そうやって解消してしまってもいいかもしれない。
だが、だが折角なら!
初体験はそういうものではなく、もっと甘い相思相愛のものがいいではないか!?
夢見る桜盛は、とても童貞らしい思考をしている。
45歳勇者は、やはり色々とこじらせたままであったのだった。
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