第72話 追跡者


 さすがにホテルからつないでいるネット程度では、情報の分析には足りない。

 そこでやはり大使館の設備でもって、その足跡を追う。

 だが同じことをやっている、地元日本の警察でも、やはり追うことは出来ていないのだ。

 通常の手段では桜盛を追跡できないことは、おおよそ予想していた。


 そこで夜間、間違っても無関係な人間が喧嘩を売らないように、強面の護衛を連れた上で、ジェーンは街に繰り出す。

 その目撃情報があった新宿区。

 そこと桂木邸を結んだラインあたりから、痕跡を探っていくのだ。

 ジェーンはもうほとんど残っていないはずの、桜盛の匂いをわずかに感知する。 

 実際はそれは、匂いとは言えないようなものなのだろうが。


 確かに、そこにいたという痕跡はある。

 千代田区に移動して、茜が桜盛と会っていた居酒屋にも、寄ってみたりした。

 そこでついでに食事も済ませる。ジェーンは健啖家なのだ。

 しかしどうしても、足跡は途中で途切れてしまう。


 桜盛が移動手段に、飛行を使っているため、それは当たり前のことではある。

 ただここまで簡単に飛行能力を仕える能力者は、世界的に見ても珍しい。

 また桜盛は光学迷彩も使える。

 それと飛行を合わせれば、鳥だ! 飛行機だ! などと言われて不審に思われる必要もない。


 一日で見つかるはずはない、とは覚悟していた。

 だが中途半端に痕跡があっても、それが全く追いかけられない。

 途中に追跡班は、24時間営業のファミレスなどに入って、作戦会議を開く。

「飛べるのは反則だろ」

 ジェーンとしては珍しく、弱音を吐いている。

「飛行ではなく長距離跳躍では?」

「同じだ、同じ」

 空気は魔力を、そう長くその場所に保つことはないのだ。




 ぼんやりと夜の街を、歩く人々を見る。

 このあたりは人通りも多く、アメリカなどよりもずっと多くの人間が、平和そうに歩いている。

 とは言ってもアメリカも、場所によって治安は大きく違うのだが。

「平和そうな街だな」

「日本はだいたいどこも、こんなもんらしいがな」

「ニューヨークのブルックリンと比べても、明らかにレストランが安くないか?」

「民族や人種が、ほぼ一つに統一されているからな」

 アメリカは巨大な国家で、世界の富の多くを集めている。

 だが都会の危険さなどを考えると、日本の方が豊かなようにさえ見える。

 もちろん富の偏在は、日本にもある。

 しかしそれを加味してもなお、日本の方がアメリカよりも、安定した国には見えるのだ。


 ぼんやりと外の人の流れを見ていたジェーンだが、そのガラスを叩く者がいた。

 夜だというのにサングラスをかけ、帽子にマスクという巨漢である。

 日本はこんな季節であっても、マスクをしている人々が多い。

 だがそれとはまったく別の、違和感がその男にはあった。


 サングラスを外したその男は、己の魔力を解放する。

 それこそまさにこの日、ジェーンたちが追っていた存在。

 桜盛はこうして、正面からアメリカの工作員に接触したのである。




 走り出たジェーンと指揮官に対し、ちゃんと金を払ってから、その後を追う男。

 桜盛は軽く走り出したが、ジェーンたちを引き離すつもりなどはない。

 アメリカさんの計画のうち、重要な点は既に分かっている。

 段階的に処理していけばいいのだが、まずはこのジェーンに対する処置である。


 結局のところアメリカという国は、こちらも力を持っていないと、まともな話にはならない国である。

 幸いなことにその力というのは、武力や軍事力だけに限定されるわけではないが。

 桜盛はそこそこ三人を引き回した後、路地裏に入っていく。

 ジェーンの追跡能力を信じて、そこからは飛び上がって、ビルの屋上にへと移動する。


 ジェーンはともかくあとの二人は、果たして追いかけてこれるかどうか。

 そこのところは心配だったのだが、なんとジェーンはお姫様抱っこで、一人を一緒に連れてきていた。

 おそらく残りの一人は、関係各位に連絡でもしているのだろう。

「まさかそっちから現れるとはな」

「アイキャンノットスピークイングリッシュ!」

 ジェーンが怒っていることは分かったが、言っていることは分からない桜盛である。

 なんとなく雰囲気から分からないでもないが、こういう場合に雰囲気だけで判断してはいけない。


 今にも飛び掛らんとするジェーンを制して、現場指揮官の男が前に立つ。

「そちらから現れるとは、我々の動きが洩れていたのかな」

「洩れるも何も、最初からほとんど全部分かっているんだが」

 桜盛の持っている能力、その巨大なものはやはり、質問権とアイテムボックス。

 魔法による強化や攻撃などは、実はそれに比べれば、たいしたものではないのだ。

 そう、核爆発に匹敵するような攻撃でさえ。


 日本語の達者な指揮官は、桜盛が自分から現れたことに、希望を見出している。

 まあ桜盛としても、無意味に敵対したくないのは、確かにそうであるのだ。

「ちなみに俺はあんたたち、現場の人間が知らされていない、この作戦でアメリカが使う準備をしている、秘密兵器についても知っている」

 その言葉に、わずかながら指揮官は反応したのだ。

「現場の人間は大変だな。俺としてはとりあえず、放っておいてくれれば、それで文句はないんだけどな。アメリカの理屈だと、俺のことは危険だと思っているらしいが」

 実際のところ、この作戦で逆に、日米関係が悪化するのだから、判断というのは難しいのだ。


 猛っていて、今にも戦闘に入りそうなジェーン。

 背景までも全て知っている桜盛は、ここでは彼女と戦えないと判断している。

 そして指揮官の男とは、まだ話が通じるはずだ。

 あとは問題なのは、桜盛の脅威度をどの程度知らしめるか。

 一応は史実どおりに、細菌兵器は手に入れる必要があるのだろうが。


 暴力ではなく、交渉力で勝負。

 そこそこ得意だと思っている桜盛であるが、勇者世界での彼の交渉は、相手がその暴力を恐れていたのだと、今のところはまだ認識できていなかった。

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