第20話 有事の男

 桜盛は異世界を救った勇者であり、その過程においては政治闘争に巻き込まれたこともある。

 また国同士の戦いにも、わずかながら参加した。

 心情においては味方したい勢力ではなく、今後の桜盛をバックアップしてくれそうな、軍事国家に味方したこともある。

 なので政治というのは複雑なものだとは分かるし、利害関係で大きく動くこともあることを知っている。

 ただ地球でのそういったことには、かなり疎いところはある。15歳という年齢に応じたあたりのことか。


 そんな桜盛が鉄山を頼ったのは、この場合間違いなく正しいことであった。

 完全に放置されている玉蘭であるが、その扱いに憤然とするところもなく、面白そうに桜盛を見つめる。

 己の生殺与奪の権を持っている相手に対して、そんな態度が取れるあたり、やはり並の人間ではない。

 ただ桜盛の言葉には、反応せざるをえなかった。

「台湾有事?」

 それは電話の向こうから、鉄山が知らせてくれたものなのだが。


 鉄山は素早く話しをまとめていた。

『お前さんは知らなかったのかもしれないが、まあ日本人もだいたいは知らないんだが、中国の実体経済は北京オリンピックぐらいで既に破綻してるんだ』

 それは随分と前なのでは、と桜盛は思った。彼は30年の空白があるので、余計にである。

『その後も不動産バブルだのどうの、何とか誤魔化してはきていたんだが、それが不可能になったのは皮肉にも日本の限界が来たからと言うか』

「日本の限界?」

『日本の特定野党から、北朝鮮や韓国、それに中国に金が流れて、その金でどうにか中国は発展しているように見せていたんだ。金で平和を買っていたわけだ』

 そんなことはさすがに、桜盛も知らないのである。勇者世界から戻ってくるまでは、ただの高校生であったので。

『その日本の金が、特定野党の活動が明らかになったことで吸えなくなった。まあ日本自体も確かに衰えてはいたんだが。それを見越して中国は、軍備を増強してたわけだな』

「それが台湾に攻め込むことにつながると?」

『超限戦って言葉があってな。正面から戦争をするのではなく、不動産資産や情報、IT技術で相手を支配する。それが中国の戦い方なんだ。そもそも普通に戦争をしていたら、勝っても負けても被害が大きすぎるのは、ロシアとウクライナが証明したしな』

「それで、台湾には侵攻する?」

『中国は日本の市街、特に工場や研究施設を破壊することはない。それをしたら欲しい経済力を自分で破壊することになるからな。本当の中国が求めているのは、合法、あるいは脱法による日本支配だ』

「待ってくれ、それと台湾は」

『台湾を征服されたら、日本は海路を閉ざされてしまい、中国相手に不利にしか動けなくなる。だから台湾を取られることは日本の負けにつながるんだが、今の日本は北朝鮮のミサイル対策で、そちらに自衛隊を向けられない』

「米軍は?」

『アメリカさんも一応、優先順位としては日本の方が台湾よりも高い』

「……俺には何が出来る?」

『中国の軍が動くのに、もうそう時間はないだろうが……この人質事件をすぐ解決してしまえば、なんとかなるか?』

「おい待て。大陸の連中が動くというのは本当なのか」

 そこで割り込んできたのが玉蘭である。

『ん? そこに誰がいるんだ?』

「ああ、武装グループを手助けしてたのが」

「それより、台湾を攻めるというのは本当なのか!」

 玉蘭にとって重要なのは、その点であるらしい。


 人によって大切なものは違う。

 桜盛もかつては、いや今でも、ウクライナがロシアに侵攻されようと、正直どうでも良かった。

 だがそれが自分の生活にまで、影響してくるなら別である。

「お前に力を貸してやる」

 玉蘭の積極性は、桜盛を驚かせるものであった。

「台湾が拠点なのか?」

「拠点の一つだし、あそこが中国になると私は困る」

 それでついさっき殺しあった、しかも武装グループの協力者らしき者を、信じてもいいのか。

「分かった」

 いいのである。


 魔王軍相手には、昨日まで、いやついさっきまで殺しあっていた国家の連中に、背中を預けて戦うことも珍しくなかった。

 その後は二度と敵対せずに、最後まで共に戦ったりもしたものだ。

 逆に当初は味方であったのに、後に敵対したこともあった。

 人間というのは本当に……。


 また桜盛は明らかになった事実を、鉄山に話してみた。

『それは本当か』

「本当ではあるが、どういう意味を持つのかが分からん」

『なんとかそいつだけ、逃がすことは出来ないか? 今の状況でそのスキャンダルは、日本の内閣を機能不全にしちまう』

「やっぱりか」

 この訳の分からない事実に、桜盛も頭を悩ませたものである。


 武装グループは多くが北朝鮮の人間で、これを利用しようとした中国の軍人もそこそこいる。

 そして利用しようとして自暴自棄になったのか、それとも計算の上で利用されているのか、日本人が一人。

 ただの日本人ならいいが、こいつの関係性が問題なのである。


 重要なのは1500人を道連れにした、自爆テロを防ぐことだと思っていた。

 だがそれ以上に重要なことが、一つだけ存在した。

 もちろん成美の安全だけは、桜盛の最優先事項だ。

「全員殺すしかないな」

 本当ならもっと、いい方法もあるのかもしれない。

 だが桜盛に出来るのは、それだけしかないのであった。




 玉蘭に頼んだのは、大ホール以外にいるメンバーの排除である。

 既に桜盛の与えた傷は、完治していた。

 まったく地球にも、こんな異能者がいるとは。

 ただ勇者世界の力が使える桜盛がいる以上、それもおかしくはないのかもしれない。


 桜盛は中国による台湾有事の件は、もう鉄山に任せるしかなかった。

 ここから中国の基地まで飛んで、純粋に軍事活動を止めるというのは、さすがに桜盛でも難しいのだ。

 ならばきっかけとなっているこの事件を止めて、中国の人民解放軍の動きも止めてしまう。

 それと同時に考えなければいけないのが、この騒動のリーダー格の抹消。

 捕獲ではなく抹消である。


 桜盛は施設の中を駆け抜け、外に出てから目的の物を探す。

「これか」

 質問権を何度か使って出来るだけ特定し、あとは透視で見つけた。

 大ホールの上にとりつけられた、爆薬である。

 最終的にはこれで、自爆することすら、想定されているのだ。

 ただリーダー格の狙いが回答通りの破滅的なものなら、先にある程度の人質は解放するだろうが。


 事件が勃発してから、そろそろ三時間ほどは経過している。

 大ホールの方はある意味安定していて、リーダー格は数人を特に選んで人質にし、電話にて日本政府と交渉を行おうとしているらしい。

 なにせ人質の数が多すぎるため、警察では判断が出来ないことであるのだ。

 そしてこういう異常事態であると、どうしても統制が取れなくなる。

 トイレに行きたいと言い出した女性陣数名を、武装グループが連れ出す。

 そこから確かにトイレには連れて行くのだが、同時に自分たちの欲望も解消しようとするのだ。

 その場には玉蘭が乗り込んで、犯人たちを叩きのめしているのだが。

 顔も隠さずに、堂々としたものである。ひょっとしたら彼女も、変身能力を持っているのかもしれない。


 爆弾は特に振動などへの対策はなかったので、凍結魔法で完全に信管を凍らせた。

 絶対零度近くまで凍らせたので、完全に機能を停止する。

 爆発力の高いこの爆薬は、ただ火をつけただけでは、静かに燃え続けるだけというのが弱点らしい。

 とりあえず外した爆薬は、アイテムボックスの中に保管しておいた。


 とりあえずこれで、爆弾による死者は出ないはずである。

 あとはまず、大ホールの方を制圧する。

(この30人を殺して、あとはリーダー格と幹部を始末すれば終了か)

 果たしてそれが、時間制限内に出来るのかどうか、それは分からない。

 ただ北朝鮮がまたミサイルで威嚇してきたなら、今度はそれを打ち落とすことも考えている桜盛である。


 玉蘭と合流したのは、大ホール前の入り口だ。

「この中の全員を眠らせるような力は使えるか?」

「さすがにこの広さは無理だ」

「まあ難しいか」

 出来れば頼りたかったが、桜盛でも出来なくはないのだ。

 もっとも彼の本質は、勇者という名の暗殺者。

 こんな大量の人間を眠らせるのは、魔法に対する抵抗力を持っている勇者世界では、おそらく不可能であったろう。


 人質たちは全員、座席に座っている。

 対して犯人は、立っている者と座っている者、それぞれにバラけている。

 わずかに緊張感がなくなってきているのだろう。

 透視で銃の暴発などもしないだろうと確認し、桜盛は全力で眠りの魔法を使った。

「眠らせた犯人は全員殺していってくれ」

 そして二人は突入し、桜盛はステージに向かって、そこから連絡の取れる管理室へと踏み込むのであった。






 この大きな空間の人間、全員を一気に眠らせる。

 玉蘭はおおよその世界の裏や闇を知った気になっていたが、こんなことが準備もなく出来るという存在は知らなかった。

 おおよそ何百年も生きた、仙人であっても難しいのではないか。

 純粋に麻酔ガスなら可能かもしれないが、今度は効果がありすぎて死ぬ人間も出てくるはずだ。


 それを行ったうえで、さほどの消耗も感じさせず、残りの敵を制圧する。

 いったい何者なのかと言うよりは、どこから突然に現れたのか、という方が玉蘭にとっては不思議であった。

 この世界は広いようで狭いので、そういった新人が出てくれば、自然と話題になるはずなのだ。

 また日本の場合は多くが、国家機関に統制されているはずだ。

 過去に関係した日本の使い手に、こんな人間はいなかった。

(若く見えたが、また違うのか?)

 単純に顔を変えただけであっても、その戦闘スタイルなどは変えようがないので、やはり何者かが分からない。


 桜盛が玉蘭にかけた呪縛に関しても、色々と甘いところがあった。

 まず桜盛からの逃亡を禁止していないし、そして呪縛の解除も禁止していなかった。

 嘘はつくなとは言っていたが、命令に絶対従えとも言われていない。

 ただそういったあたりの制限をすると、むしろ玉蘭は能力を活かせなくなる。

 実際に何度も、隷属させた人間の、慣れた手際であったな、と思うのだ。


 単純に突然強力な力を手に入れたのではなく、戦闘経験なども豊富。

 すると玉蘭が思いつくのは、天界に至った仙人が、なんらかの理由でまた地上に降りてきたのか、といったあたりであるが。

(仙人ではないな)

 桜盛は分かりにくいが、濃密な死の気配を漂わせている。

 むしろ邪悪な方の仙人に近いのでは、と思ったほどだ。


 その正体を色々と考えながら、玉蘭は鹵獲した武器で、武装グループの頭を撃ち抜いて行く。

 特に感情も動かさず、作業のように命を刈り取る。

 これが終わったら逃げてもいいのだろうか。

 そんなことを考えながら、完全なる無力化を進めていった。




 武装グループのリーダーは何度目かの交渉を終えて、受話器を置く。

 ほとんどの人質は、ホールの座席かステージの上に集められていたが、一人有希だけはここにも連れられてきている。

 そして交渉の折には、彼女の存在も政府側に話していた。

 明らかに有希の素性について、このリーダーは知っている。


 そしてそれに同伴してきた二人は、どうやら朝鮮人ではない。

 話しているのはおそらく中国語で、それと意思疎通しているリーダーは、やはり中国語らしき言語を話していた。

(会話が分かれば、交渉のしようもあるのかもしれないけど)

 ただ、このリーダー格の考えが分からない。

 北朝鮮兵士らしきものは、確かに亡命を希望するのかもしれない。

 だが彼だけは、その必要のない日本人だ。


 有希が彼に気づいていることを、話してしまってもいいのか。

 リーダー以外の中国人は、果たして何を考えているのか。

 中国人であれば北朝鮮と違い、ある程度合法的に日本に入ることは出来る。

 それがこのような行動をしていることに、何か意味があるのか。


 そう思っていると、リーダーは事務所にあるテレビをつけた。

 どのチャンネルもおおよそ、この事件に関して取り上げている。

 テレビ東京だけは、普通に番組表のまま放送を続けていたが。

 その中にあったのは、北朝鮮からの飛翔物体が、日本列島の先の太平洋に落ちたというものもある。

「面倒なことに……」

 どうやらそれはリーダーにとって、予定外の出来事であったらしい。


 有希は以前に祖父などから、北朝鮮が日本に攻め込んでくることはあるのか、などと尋ねたことがある。

 ない、というのが質問への答えであった。

 理由としては現在、日本の資金が色々なルートから、北朝鮮に流れているからである。

 これは野党のみならず、与党の人間もやっていることだ。

 仮想敵国にそんなことをしていいのか、と有希も思ったものだが、これはそれなりの安全保障らしい。

 日本から流れる資金で、北朝鮮の上層部さえ安定した生活を送れていれば、その金蔓の日本に侵攻してくることはないのだ。

 金で安全が買えて、そしてその安全の中で経済活動を行う。

 結果的にはその方が、日本は本格的な侵攻を受けずに済むし、北朝鮮も少なくとも上層部は安定する。

 直接の戦争が起こるよりは、その方がずっとどちらも得である、という話であった。


 これが中国となると、また話は変わる。

 ただ中国もまた、日本と戦闘までは起こしても、戦争に突入することは望んでいないのだとか。

 その理由としては、中国人もまた、日本の資産に依存していて、特に日本の土地や不動産を買いたいからなのだとか。

 金と魂を売りながらも、戦争だけは避ける。

 これまでは圧倒的に、そちらの方がコスパが良かったのだと、祖父たちは言っていた。

 近年はまた、事情が変わっているようだが。





「さて、鈴城有希さん」

 リーダーは明らかに、有希の家の事情を知っていた。

「現職の閣僚である貴方の祖父と、話をしてみたくはないかな?」

 それはまあ外部とは話はしたいが、利用されるのは嬉しくない。

 あと、エレナのことに気づかれていないのは、幸いであったと思う。

「何が狙いなの?」

「この国の未来のために」

 予想外のことを、リーダーは言ってきた。


 ゴーグルを外しているため、目の周りはある程度見えるようになっている。

 そしてその目の中にある輝きは、明らかに狂気に満ちていた。

 普通の人間はもっと、曇っていたり死んでいたり、そういう目をしているのだ。

「これから人質に対して、与党と野党の政治家の、知る限りのスキャンダルを教えていく」

 うわあ、ある意味、無敵の人である。

「そんなことを言っても、どれだけ本気にされるか分からないけど」

「君と同じ、現役閣僚の孫が言っていることでもかな?」

 ああ、やはりそうだったか。

 このリーダーは、有希の知っている人間だ。


 北朝鮮からの亡命者にしろ、人質事件にしろ、それは手段である。

 目的はこの事件に衆目を集めて、自分の持っているスキャンダルを大公開する。

 ただの一般人ならともかく、現役閣僚の孫となれば、それを無視することは出来ないだろう。

 自分の破滅と引き換えに、日本社会の膿を出そうというのか。

 なるほど確信犯である。


 その時、ノックもなく事務所のドアが開いた。

 入ってきた男は巨漢であり、そして武装グループのような装備はしていない。

 だがもちろん味方ではなく、一緒にいたグループの二人が銃口を向ける。

 それを全く気にすることもなく、桜盛は進み出た。

 セミオートの銃弾は、桜盛の服を叩くが、それを貫通することはない。

 一足で接近した桜盛は、両手のチョップを犯人に叩きつける。

 それは一撃で首の骨を折り、相手を無力化させるものであった。




 この事件は予備戦力的に、どこかに控えたメンバーなどはいない。

 強いて言えば玉蘭がそうであったのだが、彼女は早々に降していた。

 これで大ホールの中の人間も片付け、あとはリーダーの一人だけ。

 しかし彼は拳銃を抜いて、腕の中に抱えた有希の頭に銃口を当てていた。

「驚いたな。何か特殊部隊の人?」

 軽い口調で言っているようだが、明らかに声が震えている。

 これだけのことをやってのけた割りに、肝は据わっていないのか。


 桜盛からするとこのリーダーも、誰かに操られていたのではないかと思える。

 ただ質問権で確認したところ、間違いなくこの計画を立てて実行したのはこの男だ。

「中国の軍が台湾侵攻の準備を始めてるんだが、それも分かっていてこの計画を立てたのか?」

「な……」

 男の腕の中で、有希は彼の動揺を感じていた。

「台湾を実質占領し、日本への中東などからの海路を遮断する。それが中国の計画のようだが」

「馬鹿な。この間はロシアがウクライナに侵攻し、盛大に失敗していたじゃないか。どうして中国がそんなことをするんだ」

 やはり計画は、より大きな計画の一部に組み込まれていたのか。


 ロシアの失敗は、短期間でウクライナを占領出来なかったことだと言われている。

 だが鉄山がいうに中国の場合は、重要なことはシーレーンの確保なのだ。

 日本列島や台湾が、中国が海に出て行く、地理的な邪魔になっているのは確かだ。

 そして中国は日本を内部から切り崩していくのと同時に、直接的な人の被害が出ないように、領土や領海は占領していっている。

 同じ覇権主義でも、アメリカは外から移民などを受け入れて、国家としての強さを維持する。

 一方の中国は国内を維持するために、外に出て行こうとしている。


 周辺諸国にとっては、時代遅れの帝国主義。

 ただ全体主義国家の中国としては、一人っ子政策で生じた歪な人口ピラミッドを、占領地の労働力で賄う必要もあったのだ。

 そのための資金源となっていたのが、日中友好からの日本の資本。

 目の前のことしか見えてない日本に比べて、中国は数十年後を見ていた。

 新型の変異する病気によって、国内の弱い人間を排除したのは、全体主義的に見れば正しい。

 もっともそれが暴走したことも、中国のコントロールの限界と言えようか。


 世界的なパンデミックを起こしてでも、現在の体制は維持する。

 それが全体主義国家の、避けようのないエゴである。

 国内が混乱していれば、外に戦争をしかける。それは昔からやられていたことだ。

 台湾を占領するのが無理であっても、日本のどこかの飛び地の島を占領する。それだけでもいいのだ。

「まあこの武器をどうやって手に入れたのかは知らないけど、お前も利用されていたんだよ」

「ぬ……でたらめを!」

 その銃口が桜盛に向けられる。

 正面から接近した桜盛に、銃撃が加えられたが、当然のように無傷。

 首を片手で握り締めた桜盛は、それに力を入れる。

 ごきりと音がして、その四肢からは力が失われた。




 武装グループは全員の制圧が完了した。

 一人残らず殺したことは、果たして警察や政府がどう考えるか。

「殺したの?」

「悪かったか?」

 有希の言葉に対して、桜盛は不思議そうに問い返す。

「その人、現役の大臣の孫なんだけど……」

「ああ、知ってる。と言うか、君も聞いたのか?」

「いえ、私はその人の目元が、知っている人に似ているなと思ったから」

「……なるほど」

 そこで桜盛は、質問権の答えが変化したことの意味を理解した。


 当初このリーダーに関しては、武装グループの仲間さえも、詳細までは知らなかったのだ。

 それが明らかになったタイミングは、おそらく有希がその正体を見抜いたからだ。

 本人は全く気づいていないだろうが、これはファインプレイである。

「そちらは怪我とかはしてないか?」

「私は……」

 だが桜盛の作り出した死体からは、さすがに目を背ける。


 とりあえずこれで、武装グループは存在を抹消した。

 いや、このリーダーだけは、死体となってもまだ問題があるのだが。

「ホールの人たちは無事なの?」

「ああ、犯人たちは全員殺した」

 あっさりと言う桜盛が、その体格もあいまって、有希からは恐ろしい存在に思えたものだが。


 桜盛は電話をかけて、鉄山に連絡を取る。

 鉄山は鉄山で、動いてくれていたらしい。

 その電話が終わると、有希に受話器を渡してくる。

「武装グループは全員死亡したって、警察だか政府だかに連絡してくれるかな?」

「その、貴方は?」

「警察とはあまり会いたくないんでね。これで失礼させてもらうよ」

 そしてリーダーの遺体だけを肩に担いで、事務所からは去っていった。


 有希はほんの少しためらった後、リーダーが連絡していた番号に連絡をする。

 そして機動隊が突撃してくるまで、わずかな時間があった。

 だが完全武装で近づいてきた彼らが、目にしたものは命を失った武装グループ。 

 やがて三人、施設の作業員や警備員の遺体が見つかり、事件はまだ終わらない。

 もっともそれは処理の関係だけであって、このホール占拠事件は解決した。

 その派生した物事が終息するには、もう少しの時間がかかったのだが。

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