第2話 目標を掲げてみる

 事態を飲み込むのに数時間を要した。


 だってあまりにも非日常的すぎる。

 ゲーム世界のキャラクターに憑依?そんなことがあり得るはずがない。


 しかし、どれだけ経っても目の前の現実は変わらす、俺は取り敢えず現状を受け入れることにした。


 折角アルカディアクエスト(以後アルクエに省略)の世界に来れたのだ。

 うじうじ悩んで時間を失うのは勿体ない。

 夢なら覚めるまで堪能し、もし、仮にだが、本当にノルウィンに憑依してしまったのなら、俺はこの世界を楽しみ尽くそうと思う。


 だが、その前に問題が一つ。


 アルクエはストーリーが無数に分岐していくわけだが、この世界はどのルートに入るのかという点―――などではない。

 ルート次第では普通に世界が滅ぶが、そんなことはどうだっていい。


 問題は、クレセンシアである。

 そう、クレセンシア。

 俺が愛するクレスたん。


 クレスたんは、この世界でも死ぬことになるのだろうか?


 恐らくだが、死ぬことになるんだろう。

 何百、何千、あるいはそれ以上、俺はクレセンシアが助かる道を模索し続け、その回数分だけ彼女の死を見てきた。

 もしこの世界がゲームのシナリオ通りに進むなら、確実にクレセンシアは死ぬ。


 それを否定しよう。絶対に助けるのだ。


 だけど、どうやって助ける?


 ―――


 ――――――


 ―――――――――


「あああああああああああああ!!!」


 考えてみたけど、分かんねぇ!!

 どうやって助ける!?

 多分だけど、あのゲーム内にクレセンシアを助ける方法はなかった!


 アルクエをやり込んだ俺ならば、ゲーム知識を活かして無双だって出来るだろう。

 でもそれじゃ駄目なんだよ!

 既存の攻略方に則った行動じゃ、絶対にクレセンシアを助けられない!!


 それにノルウィンに憑依したのも最悪だ。

 なんとノルウィン、作中での登場回数は僅か一回。それも会話すら出来ない背景モブの一人としてである。

 そんな俺が、どうやってこの国の第ニ王女であるクレセンシアに近付く?

 理由もなく接近すれば近衛騎士に切り殺されるぞ。


 くそ、どうすれば、どうすれば。


「あ」


 1個だけあるじゃないか。


「ストーリー、壊しちゃえばいいんだ」


 クレセンシアが死ぬシナリオしかないなら、それをぶち壊して上からハッピーエンドで塗り潰せばいい。


 そう考えると、ノルウィンに憑依したのも悪くない。

 ノルウィンはストーリーに全く関わりがないのだ。

 だから、ノルウィンがシナリオに首を突っ込むことで、何かが変わる可能性もある。


 勿論、それが上手く行ったとしても、クレセンシアに近付けない問題は解決しない。

 だがまずは助けることが大前提、そう考えれば悪くはない選択肢だ。


「よし、よし、よしよしよし!」


 意外といける気がしてきたぞ!

 これならクレセンシアを助けて、俺も幸せになる方法があるかもしれない!


「よっしゃぁ!気合い入ってきたァ!」


 コンコン。


 燃え上がる思考が、突然のノックで冷めていく。


「お坊っちゃま?いかがされましたか?」


 女性の声が扉越しに僕の様子を窺ってきた。

 敬語を使われたこと、ノルウィンが貴族であることを考えると、扉の向こうにいるのは使用人だろうか。


「あ、大丈夫なので気にしないで下さい」


「そうは思えません。口調も普段とはだいぶ異なるようですし······」


「ああ、それはすみません。ただ、本当に問題はありませんので、しばらく一人にさせて貰えませんか?」


「そこまで仰るのであれば、畏まりました。何かあればお声かけ下さい」


 そう言って引き下がる声の主に礼を伝え、俺は再び鏡の前に立った。


 地球基準では小学生未満の幼い少年。

 アルクエのストーリー開始は主人公が15歳になってから。ノルウィンは主人公と同い年だから、猶予は約10年あるというわけだ。


 その間に、俺はストーリーをぶち壊す土台を用意しておかなければならない。


 どうやって?


 候補は二つ。


 一つは、俺自身がとんでもなく強くなること。

 クレセンシアを殺そうとする主人公一行を正面から捻り潰せてしまえば、ストーリーもクソもないからな。


 とはいえ、それは不可能だろう。


 なにせあいつらはチート集団。才能とそれを磨く環境に恵まれ、さらに感動のストーリーには覚醒するための山場イベントまで存在する。


 覚醒後のあいつらに勝つ?ムリムリ。命が千個あっても足りないだろう。


 それに、ノルウィンに戦いの才能があるかも分からない。恐らくは無くて、あっても奴らには劣る程度だろう。


 いくらなんでも、モブキャラが主要キャラに勝る道理はないはずだ。


 だから、俺が強くなる方法では救えない。まあ、世界観的に力はあって困らないから、個人的に磨くつもりではいるけど。


 二つ目の候補は、仲間を募ること。


 強い人間で構成した組織を作り、クレセンシアを守るために動かすのだ。


 こちらはかなり期待する候補だ。なにせノルウィンは貴族。やりようによっては相当な実力者を抱き込めるかもしれない。


 問題はどうやって実力者を集めるかだが―――


 ここで行きてくるのが俺の知識だ。

 アルクエを何千時間もやり込んだ俺ならば、この世界で何が起きるかをほぼ完璧に把握している。

 ストーリー開始前の出来事は曖昧な部分もあるが、年表や過去の回想シーンから大部分は網羅していると言えるだろう。


 それを最大限活用し、主人公に先回りしてイベントをこなすことで、強者を仲間にするのだ。


 よし、決めたぞ!


「強くなる!そんで俺より強いやつを仲間にする!」


 ついぞ叶わなかったクレセンシア救済、それを俺の手で今度こそ実現させるんだ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る