第84話 再会

 万が一を考慮して護衛を申し出てくれたヴァーゼルも連れて、俺たちは裏社会へ向かうことになった。


 今は大通りを駆けている最中だ。

 辺りを見渡すと、既に日は沈み周囲を魔術灯が照らしていた。

 普段のこの時間帯は人気が少ないはずだが、武術大会のお祭り騒ぎが伝播しているのか、今日は昼間と大差ない人混みで満ちている。


 人混みを掻き分けて進む最中、彼らの話し声がいくつも聞こえてくる。少なからず武術大会の話題があり、そして俺を褒めるような会話も行われていた。


 先頭を進むフランケルが前を向いたまま話し掛けてきた。


「最近調子良いみたいだな。お前の噂はこっちまで聞こえてくるぜ」


「まあ、それなりには」


「それなりなもんかよ。俺が六歳の頃は鼻くそほじってたぞ」


「人や環境に恵まれたんだと思います。俺も本来はそんな人間ですよ」


「はは、謙遜はよせよ。俺らのボスはそーいうの嫌うぜ?」


「そういえばそうでしたね。気を付けます―――っ。止まって下さい」


 無数の雑談の中に気になる声が混ざっていた。俺はフランケルが止まるのも待たずにそちらへ向かう。


「いかがされましたか、ノルウィン殿」


「ちょっと知ってる人かもしれないんです」


「友人でいらっしゃいますか」


「いや、こっちが一方的に顔だけ知ってると言いますか。呻き声がしたので助けようかなと」


 そう言いつつ声の方へ急ぐと、ヴァーゼルが俺を追い越して先へ進む。


「危険かどうか、私が先に様子を確認して参ります」


 やがて見えてきたのは異様な人集りであった。そして―――


「よくもうちの商品を盗みやがったな!」


「ぐっ」


 その中心で鞭で打たれる奴隷の少年。彼は今日の昼間にリーゼロッテと戦っていた選手だ。


 既に何度も鞭を浴びているのか。背中に幾つものみみず腫を負った彼は、大人に押さえ付けられて動けずにいる。


「どうやら盗みを働いて捕まったようですね」


 冷静に分析し、それからヴァーゼルが躊躇なく人集りを押し退ける。いきなり背中から突き飛ばされた市民が何人もいきり立って振り返るが、一目で騎士と分かる体格の良いヴァーゼルを見ると萎縮してどこかへ消えた。


「店主。それくらいにして貰おう」


「あ!?誰だお前―――っ、き、貴族様!?」


 正確には騎士爵は貴族の中で少し別枠。ヴァーゼルの地位は子孫に引き継がれるものではない。半分は平民といった扱いだから、不敬を働いた相手を無差別に切り殺していい訳ではない。

 しかしそんなものを知らない店主は、それまで威勢よく振るっていた鞭を止めてヴァーゼルに驚いていた。


「子供のやったことだ。罰としてはもう十分だろう」


「そ、そりゃ困ります!うちみたいな薄利多売は、一個取られるだけでも損失がでかいんですわ!」


「ではこれで手打ちとしろ」


「え―――あだっ」


 ピン、と銀貨を店主の額に弾いて、ヴァーゼルは地面に倒れる奴隷の少年を担ぎ上げる。相当痛め付けられたのだろう。彼はぐったりとしたまま動かない。


 とりあえず回復魔術を使って様子を見守る。


「ヴァーゼルさん。この子大丈夫そうですか?」


「恐らくは大丈夫でしょうが、恥ずかしながら医学には疎いものでして」


「平気っぽいぜ」


 ヴァーゼルの背後から顔を覗かせたフランケルが少年の全身を見て答えた。


「む、見ただけで分かるとは詳しいな」


「まーな。裏社会は色々と怪我が絶えないからよ、本気でヤバイやつは見分けが付くようになるんだよ」


「か、過酷なんですね」


「ま、そうだわな。それより早く行こうぜ。こいつも連れたままで構わねえから」


「いいんですか?」


「おう。つうかノルウィンこそいいのか?別にこのガキのことそんなに知らないんだろ?」


「まあそうですけど···」


 ここで会ったのは間違いなくただの偶然だろう。回復魔術を掛けた後に『はい、さよなら』をすれば、今後関わることはなくなる。


 しかし、恩を売る形で関わりを持てば、偶然を奇跡のような出会いに変えることが出来るかもしれない。


 うーん、いや、でもなぁ。

 俺、この子のバックボーンも知らないしなぁ。可能なら仲間にしたいけど、いきなり近い関係を構築するのも無警戒過ぎると思う。


 そうだ。


 俺はヴァーゼルに背負われた少年に声をかけた。


「おはよう。起きた?」


「最悪の寝覚めっすね」


 軽装とはいえ防具を装着したヴァーゼルに背負われているからな。居心地は最悪だろう。


「身体の方は平気そう?とりあえず回復魔術は掛けたんだけど」


「全く痛くないっす。助かったっす」


「よかった。でさ、いきなりで申し訳ないんだけど少し話があって―――」


⚪️


「よかったのか?」


「はい。現状はあれが最善かなって思います」


「へえ。俺には何がなんだか分からなかったけど。色々考えてるってことか。うちのボスみたいだな」


 フランケルのその一言は、最高の褒め言葉として俺の胸に突き刺さった。

 俺にはシュナイゼルのような、身体一つで全てを薙ぎ倒せる理不尽さはなく、それを今後得られる自信もない。

 だから、魔術と剣、そして知略を織り混ぜるハイアンの強さこそ、俺が目指すべき高みだと思っているのだ。


 その後、さらに移動を続けた俺たちはハイアンが牛耳る裏社会に足を踏み入れた。


 以前の動乱で破壊されたのだろう。かつて見た頃の街並みは崩れ、ハイアンの組織『アンノウン』の構成員であろう者たちが、そこに新たな建物を建設している。


 思ったより若者が多い。もしかしたら新しい構成員を多く受け入れたのだろうか?あのハイアンにしては珍しい行動だが―――


「着いたぞ」


 そうこうしているとハイアンの根城に辿り着いた。雑多な裏社会に見合わぬ要塞のような根城。強固な警備が何重にも敷かれ、それをさらに屈強な護衛たちが守っている。


 もしこれを攻め落とすなら、それこそ軍隊が必要になるんだろうなぁ。でもハイアンがそれの対策をしていないはずがない。ここは彼のホームだし、きっとあちこちに敵を陥れる罠があるのだろう。


 恐ろしい。


「なんと、裏社会にこのようか砦があったとは」


 ヴァーゼルが驚愕の表情でハイアンの根城を見上げる。


「やっぱり凄いんですか、これ」


「凄いなどというものではありません。いくら裏社会のトップとはいえ、個人がこれを所有しているなど······」


 シュナイゼルと共に戦場を駆けてきたヴァーゼルが言うのだから、目の前に聳える要塞はとてつもないのだろう。


 フランケルと共にいる俺たちは、そんな要塞を顔パスで通過することができた。幾つもの防衛ラインを通り過ぎ、根城の中にある作戦会議室に案内される。


「ここだ」


 その扉を開き、奥にいたのは―――


「来たか。久しいな」


 何やら難しい顔で大きな机を囲むハイアンや、その側近であろう強そうな男たち。


 それから―――


 美しい銀髪を肩まで伸ばした、男とも女とも取れる美貌をした者が一人と、それに付き従う老執事。


 えっと、誰だっけあの二人。


「あ、ノルウィン君」


「む、あの時の小僧か」


 えーと、あ。そうだ。思い出した。

 

 カイネとじいや。


 つい最近ウルゴール邪教団に潰された巨大組織のトップだった男の子供だ。

 戦いの終盤、あまりにも存在感が無かったから忘れていた。


「お久し振りです。今日はどういった用件でしょう?」


「暇だから呼びつけた。稽古でもつけてやろうと思ってな」


 えっと、あー、え?


「稽古、ですか?」


「そうだ。俺の魔術を教えてやる」


 青い稲妻を纏って、俺が憧れる強者は薄く笑みを浮かべた。


―――――――――――――――――

久々ぐっすり寝て休んでたので更新時間が空きました。


次は今日中にあげたいな。

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