第83話 奴隷とリーゼロッテと呼び出し

 ルーシーの試合から少しだけ時を遡り、二回戦がちょうど折り返し地点に入った頃。

 次の試合の案内がアナウンスされ、離れた所に座るリーゼロッテが立ち上がった。


「では向かうとするか」


 堂々と歩くだけで周囲の貴族たちの視線が殺到している。リーゼロッテの周囲には、国王陛下が付けた強い護衛が大勢いるのに、それでも心を引き付けるのは彼女一人だった。


 彼女が他国の皇族であるから、権力者であるから。勿論それらも注目される理由のひとつだろう。貴族は権力が大好きだから。


 しかしそれ以上にリーゼロッテという少女は、強さを含めた生来の華が圧倒的だった。


 権力など皇族なら誰でも持っている。そこらの貴族だって、なんなら俺でも少しはあるだろう。そんなモノよりも、神が与えた最上級の輝きが、それを持たざる者を引き付ける。


 見ているだけで、世界に選ばれるとはこういう事だと思い知らされる気分だ。


 まあ、クレセンシアもこれと同じかより強い輝きを纏ってるんだけどね!


 リーゼロッテが貴賓席を去ったあと、長くため息を吐いたサラスヴァティが口を開いた。


「そう言えば対戦相手は誰かしら」


「えっと、確か奴隷のような身なりの子だったな」


「ふうん。ここまで残る奴隷って珍しいわね」


「確かにな」


 人の強さは生まれ持った才能と努力で決まる。この場合の努力は質と量、二つの意味を兼ね備え、より良い環境でより長時間の鍛練を積んだ方が強いだろう。


 だから、休みなく働いても日銭すら満足に稼げない奴隷がここまで来るのは珍しいことであった。


「······奴隷の子、ちょっと面白いけど、リーゼロッテには勝てない」


「まあそうだろ。勝ったら勝ったで怖いしな」


「······うん。小手先が上手いけど、それだけだから」


「あ。思い出したわ」


 いち早くアリーナに登場した奴隷の子供を見て、サラスヴァティが呟く。


「なにが?」


「あの子、私とレイモンドがいた予選で最後まで逃げ回ってた子よ」


「あー、そう言われれば、そんな気もするなぁ」


 妙にすばしっこくて、混戦の中上手く立ち回ってた印象だけが残っている。なんというか、揉まれ慣れてたんだよな。俺たちと大差ない年齢だろうに、混沌極まる戦いを冷静に捌いていた。


「······学べるものは、あるかも」


「だな。ちょっと注目してみるか」


 少しだけ面白くなるかも知れない。

 俺たちは次の試合を真剣に観察することにした。


⚪️


 事前オッズは十ゼロでリーゼロッテ優勢。それは正しい予想で、俺とルーシーの感性もリーゼロッテが勝つと言っている。


 会場もリーゼロッテの確勝ムードで、戦いで興奮が高まった観客席からは奴隷を叩き潰せだの殺せだの、最下層に生きる者の人権を無視した言葉が一部で飛び交っていた。


 この世界の人類はまだまだ未発達で、下層の人間を踏みつけにすることで成り立っている側面があるのだ。


 奴隷制度はその一つ。彼らは俺たちと同じ人間だけど、動物以下の扱いを受けているのだろう。


 日本で過ごした記憶を持つ俺としては変えたい制度だけど、世の中が、貴族が、国がそれを良しとしているから、出来る事がない。


 ―――今考えても仕方がないか。


 頭を振って気を改める。それからアリーナを見下ろせば、ちょうど試合が始まる所であった。


 最初に仕掛けたのは当然のようにリーゼロッテ。レイモンドには劣るが圧倒的なスピードで間合いを蹂躙し、豪快に戦斧を振り被る。


 超速く、超重い。回避も防御も不可能な一撃で敵を砕くのは彼女の必勝法だ。これまでの敵は全てあの一発で血みどろのぼろ雑巾になってきた。


 一部で沸き立つ歓声。日頃の鬱憤を晴らすように、彼らは奴隷の憐れな様を想像して歓喜した。


 しかし、


「避けたわ」


 スウェー、上体を傾けて必殺の一撃を回避する。

 たなびく髪の毛が巻き込まれる程の至近距離でありながら、奴隷の少年は目の前を通過する戦斧に眉一つ動かさなかった。


「ほう、よくぞかわした」


「これしかできないっすけど」


「妾の攻撃を避けたのだ。そう卑屈にならずとも良いぞ!」


「それはムリっすね」


 笑みを浮かべて再び攻めるリーゼロッテを前に、冷や汗を流して構える奴隷。

 彼の構えは決して武術の心得があるものではなかった。合理はなく、無駄な動きが多く、すぐにでもリーゼロッテに捉えられそうな危なっかしい回避が続く。おまけに引け腰だから弱く見える。


 しかし二度、三度と立て続けに回避をする奴隷を見て、流石に俺たちは確信を抱いた。


「あれ、強くね?」


「どんだけ避け続けるのよ!?」


 既に数えて十は越えた。

 リーゼロッテの戦斧は、本選出場を果たした強者が最大限の警戒をしていてもまともに受けてしまうのだ。それほどの脅威を避け続ける意味、決して軽いものではない。


「······あの子、慣れてる」


「は?」


「······動きはゴミ。ハッキリ言って、無駄しかない。でも、動きに迷いがない」


「んな、慣れてるって―――」


 ルーシーの言葉に半信半疑になりつつも注意深く攻防を観察すると、確かに言われた通りであった。


 無駄しかないが妙に洗練された回避行動。


 命すら落としかねない脅威を前に戦い続ける胆力。


 そして思い切りのよさ。


 あれは脅威に慣れていて、回避を常日頃から行っているがゆえの立ち振舞いだろう。


 俺が日頃の積み重ねで強くなってきたからそれがよく分かる。ただ一つ分からないのは、あの動きが何を元にしているのかという点だ。


 こっちに来てから多くの武を見てきたが、そのなかに少しでもあれと共通点のある動きはなかった。


 リーゼロッテの攻撃を避けられる時点でそれなりに有用であるはず。なのに、何でだ?奴隷特有の何かがあるのか?


 考え込む最中も試合は続く。


 何度打ち込んでも手応えを得られないリーゼロッテは、序盤の笑みを引っ込めて退屈そうな顔をしていた。


「ふむ。これでは狩りだ。すばしこい弱者を叩き潰すのは好かん」


「―――ッ!?」


 既にリーゼロッテの目に熱はなかった。目の前に立つのは戦士ではなく逃げ回るだけの獲物であるから。


 リーゼロッテはいきなり戦斧を投げた。戦いの最中に武器を手放すという異様。虚を突かれた奴隷は一瞬硬直して、それからようやく動き出すが―――


「詰みだ」


 投擲した戦斧よりも速く地を駆けたリーゼロッテが、奴隷の頭を鷲掴みにして持ち上げる。

 それでもジタバタともがく奴隷であったが、面倒臭そうな顔をしたリーゼロッテに片腕をへし折られると絶叫して抵抗をやめた。


「え、えげつないわね」


「骨折るかよ」


 回復魔術でどうにでもなるけど、だからってあそこまでやるのか。


 圧倒的な印象を残して、リーゼロッテが勝利した。


⚪️


 その後、サラスヴァティの対戦相手は、以前俺が予選で押し上げた弱者であった。当然語ることもなく楽勝で駒を次に進め、ルーシーも対戦相手を泣かせる圧勝で勝ち上がる。


 二回戦も、俺たち三人は無事に勝ち上がることができたのだ。


 そうして本選二日目は問題なく終わり、俺たちはヴァーゼル(俺たちの護衛。シュナイゼルは仕事を残しているためこの人が付いた。)と共に屋敷に帰ることにしたのだが―――


 屋敷の正門の前に、見覚えのある男が立っていた。

 彼の名はフランケル。裏社会の動乱では肩を並べて共に戦ったこともある、ハイアンの右腕だ。


 彼はこちらに気が付くと、小さく笑って手を振ってきた。


「久し振りだなノルウィン。俺たちのボスがお呼びだ」







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