第82話 それぞれの心境

 ノルウィンとレイモンドの試合が終わった時、ガルディアスは新たなる星の誕生を確信して、興奮と共にノルウィンを見ていた。


 結果だけ見ればノルウィンの辛勝と言えるが、彼は見た目以上に強い勝ち方をしたのだ。


 序盤、レイモンドは自らの速度を最大限活用する戦法を取れていた。速さで翻弄し、圧倒するのは彼の必勝法。あの形に持ち込んだ時点で確勝だった。


 その速度差を技だけで埋めたノルウィンは、流石を通り越して異常ですらある。二年間全力で槍に打ち込んできたレイモンドより遥かに槍への理解が深いなど、普通は考えられないのだ。


 次に中盤のスタミナ勝負。

 レイモンドに踏み込む隙すら与えず、一呼吸も間を置かずに攻め続けた槍捌きは圧巻の一言。

 やはりこれも、並大抵ではない槍の練度があって初めて成り立つ戦法である。

 極限まで無駄を削ぎ落とし最短距離で振るわれる合理の槍が、天才の速度に辛うじて食らい付いていた。


 それだけならまだレイモンドが速度で巻き返すことも出来ただろう。しかしノルウィンという業師はここでも強かった。


 ただ技を放つのではなく、技と技の間を繋ぐのもまた技であったのだ。突き出した槍を引き戻す際にフェイントや別の攻撃を織り混ぜることによって、レイモンドを一瞬足りとも休ませなかった。


 スタミナによる槍勝負。ある種戦士の本領を競う舞台で、ノルウィンは天才を圧倒したのである。


 そして終盤。

 ここは一度レイモンドが圧倒した。

 越えるべき壁を前にして闘争本能を剥き出しにしたレイモンドは、暴虐的な強さすら感じさせた。

 自らの脚を砕く踏み込みによって産み出される推進力は、歴戦の戦士の速度に並んでいた。

 あれはそういうレベルだった。たった六歳の子供が、一瞬とはいえ戦場を思わせる領域に足を踏み入れたのだ。


 実はこの時、ガルディアスはレイモンドの勝ちを確信した。


 自身が六歳だった頃より、シュナイゼルが六歳だった頃より、なんなら十歳だった頃よりも強い。あれに勝てるのはそれこそルーシーくらいのものだろう。


 そう思って、その確信が、またしても覆された。

 なんとノルウィンはこの瞬間まで本気を出していなかったのだ。

 身体強化によって速度は数倍に跳ね上がり、一秒にも満たない刹那に見せた魔術は、多彩にして正確無比。


 第一階梯しか見せていなかったが、その取り扱いは数十年の研鑽を積んだ魔術師にも等しかった。


 そう。真に力を隠していたのはノルウィンの方だったのだ。あれを最初にやっていれば、それこそ一秒で決着が着いたはず。


 その選択肢をあえて捨てて、彼はレイモンドの舞台で相手を圧倒し、最後才能の勢いに圧されるまでは槍での勝負を貫いた。


 本当に、底が見えない。六歳だからこそ強さが浮かびにくいが、今の槍と魔術の練度のまま大人になっただけでも、彼は大陸で随一の実力者になれるだろう。


「シュナイゼル。今回はお前の圧勝だな。あんな逸材がいるとは思わなかったぞ」


「いや、俺もあそこまで強いとは思ってなかったです」


 真剣な顔で呟くシュナイゼル。その背後からユラリユラリと人影が近付いてくる。それは―――


「何で強いかホンマに分からへんの?」


「あ?んだよ陰湿クソ狐」


 アルマイルであった。

 シュナイゼルの後ろに立つ彼女は、面白そうな笑みを浮かべて挑発に乗る。


「脳みそまで筋肉の大剣お馬鹿さんに、丁寧に説明せなあかんと思ってな」


「あ?」


「まあまあ、よく聞いといた方がええで。今んとこ自分、ノル坊の育て方を間違えとる」


 間違えてると断言されたシュナイゼルが怒りの表情を浮かべて腰を浮かせた。しかし直前で思い直したのか、彼は目を瞑って座り直す。


「一応、話くらいは聞いてやる。俺のミスがありゃあ改善もしてやる。教えてくれ」


「ええやんそれ。そんじゃあ、ノル坊の強さを分かりやす~く言語化したるで」


 クツクツと喉元で笑いを転がしながら、アルマイルは持論を述べた。


「ノル坊の強さの根幹は、思考の瞬発力にあるんよ」


「んなもん分かってんだよ」


「あはは、そりゃおもろい冗談やわ。自分はやっぱり何も分かっとらん。なあ、前に自分、『戦いの天才は考えない』って言うてたの覚えとる?」


「覚えてる。つーか今もそれが俺の持論だ。天才は考えてから動くんじゃなくて、日頃の訓練とか生まれ持った感性とかを戦いの中で咄嗟に出すんだよ」


「それやそれ。ワイも同じ考えやで。タイムラグ無しの反射で技を出すからこそ、天才の出だしはあり得んくらい速いんや。んでもってノル坊は、思考力でその速さを凌駕しとる」


「は?」


「なるほど。そういうことか」


 疑問を浮かべるシュナイゼルと納得がいった様子のガルディアス。

 アルマイルはそのまま説明を続けた。


「見て、考えて、身体を動かす。その一連の流れを天才の反射よりも速く行えるんや。だからこそ超速度の中であんだけ技が生きた。言葉で言うよりよっぽどやばいで、これ」


「そこまで、だったのかよ」


 思考力には目を見張るものがあったが、ノルウィンと毎日鍛練を積んでいる訳ではないシュナイゼルは、そこまでとは思っていなかったのだ。


 もしアルマイルの言が真実であれば、ノルウィンの限界は本当に底知れないものだろう。 


 天才の反射はその場の最適解を叩き出す反面、例外ルーシーを除いて悪手となる動きは中々思い浮かばない。選択肢の少なさが弱点となるのだ。


 しかしノルウィンにはそれがない。彼は考えるから、脳裏にある無数の選択肢の中から好きな技を繰り出すことが出来る。


「はは、確かに、育て方を間違えてたな。未完の大器なのは分かってたんだよ。将来すげえヤツになるって。分かってたから、大事に育てすぎた」


「これからはどうするつもりだ?」


「出来る限り毎日俺がしごきますよ。俺が持つ技も力も、全部吸収してもらいます。俺だけじゃない。あらゆるタイプの戦士と戦わせましょう」


「なるほど。俺もそうするべきだろうと思ったぞ」


「んじゃ、ワイは魔術を教え込みましょうかねぇ。あ、大将軍閣下さん、ノル坊、第一階梯ならワイと同じ魔術使えるんやで」


「それはなんとも。つくづく異質という訳か」


 まだまだ底が知れないノルウィンの成長限界であった。


 そして、それと良い勝負をして、これから加速度的に強さを増していくであろうレイモンドもまた、彼ら三人からしても底が知れない。


 この日、アルカディアは二つの星を得たのだ。間違いなく次の時代を彩ることになる、そんな新星を。


⚪️


「ふ、くくっ。くくく、ふふ、ふはは」


 リーゼロッテは込み上げる笑いを抑えきれないでいた。


 自分より格下の試合だと思っていたが、蓋を開ければ全くそうではなかったのだ。


 終盤、才能を遺憾無く発揮したレイモンドは、確実に自分と同じ領域に足を踏み込んでいた。

 あれで勝てなかったのは身体が幼いから。数年して身体が頑丈になれば、成長分も加味してとんでもなく強い槍使いになるだろうことは間違いない。


 それからノルウィン。

 リーゼロッテが彼に抱く印象は、槍がとんでもなく上手い業師というものであった。

 技の一つひとつには目を見張るものがあるが、彼女にとってその驚きは曲芸に向けるそれと大差がなかった。

 小細工など正面から吹き飛ばせる自信があった。


 しかしそこに魔術が噛み合わさった時、彼の実力もまたリーゼロッテを脅かす程に高まっていたのだ。


 しかもまだ魔術は隠していると見える。


「嗚呼、楽しみで仕方がない」


 皇女という地位、そして生まれ持った天性の才が彼女を縛った。


 大人たちは、皇族である彼女との鍛練で本気を出せず。

 稀にいる全力で来る相手も、ほとんどはリーゼロッテを満足させるには至らない半端者であり。


 幼い頃は半端者相手でも我慢することが出来たが、十歳になった最近では全く物足りないのだ。


 もっと、もっと、壊しても壊れないような強い刺激がほしい。


 そう思って無理やり国を飛び出して、ようやく見つけた三つ、もしかしたら四つの玩具。


「うぬ等はどこまで昇る?妾はどこまで昇る?」


 壁を知らぬリーゼロッテは、楽しみつつもまだどこか倦怠感の中にある。そこから解放してくれる存在がいることに、彼女は至上の喜びを感じるのだ。


⚪️


「······サラス、笑ってる」


「だって、あれを見ても怖くないんだもの。追い付けるってここが言ってるわ」


 自身の胸に手を当ててサラスヴァティは確信を強める。


 ノルウィンが自分の先を行くのなんて当たり前。誰よりも頑張る彼が誰かに劣るはずがないのだ。


 想定外なのはむしろ自分の方だった。


 あれだけの力を見ても全く挫けそうにない。今すぐにでも剣を振りたい。胸の内に宿る初期衝動は、収まるどころかより苛烈さを増していく。


「まずはあの皇女よ。絶対に負けないんだから」


⚪️


 絶対に勝つと息巻くサラスヴァティを、ルーシーは少しだけ羨ましそうに見つめていた。

 いや、サラスヴァティだけではない。少し離れたところにいるリーゼロッテに対してもそうだ。


 ―――なんで二人はこんなに楽しそうなんだろう。


 ルーシーは少しだけ不満を抱えていた。今のを見てもなお、彼女は微塵も負ける気がしなかったのだ。


 ノルウィンも、リーゼロッテも、サラスヴァティも、レイモンドも、真の意味でルーシーの本質を理解できていない。


 本来のアルクエでの彼女は最強に名を連ねる頂点だが、早い内からノルウィンに負けた今の彼女は、そんなアルクエ以上の成長曲線を描いている。


 強くなるのは良いことだ。ノルウィンやみんなを守れるから。ルーシーとしてはそれで幸せだった。

 でも一人の戦士としては、欠片も満足出来ていなかった。


 またあの時みたいに、ノルウィンが予想を覆してくれないかな。

 そう思って、ルーシーは期待の視線をアリーナに向けた。


 彼女の願いが叶うかどうかは、まだ分からない。






 その日、対戦相手が試合終了と同時に剣を手放して泣き出すほどの圧勝で、ルーシーは二回戦進出を果たしたのだった。



――――――――――――――――

なんと現在(24日2時01分)、本作は日間総合ランキング2位みたいです。サラ虐したり作者虐されたり、皆さんの応援でここまでこれました!圧倒的感謝です!


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