第81話 ノルウィン対レイモンド3

 角度、タイミング、体勢、明らかに致命の一撃だ。いかにレイモンドが神速を誇ったところで、今から巻き返しはかなわない。


 俺は勝利の確信を得て槍を突き込み―――


「あはっ」


 レイモンドが壮絶な笑みを浮かべた。

 これは、そうだ。ルーシーが強敵を見つけた時と同じ、血で血を洗う闘争を感じた時に出る戦士の貌。


 目の前の少年の存在感が膨れ上がる。


 ああ、そうか。


 本来のアルクエでは、ストーリー開始までレイモンドは孤独だった。競い合う相手を持たず、ゆえに閉じた世界の中で自分が最優だと信じて疑わず。

 必要が無いから、それ以上の強さを求めなかった。


 だけど今、俺という壁を越えるために、レイモンドは力を欲した。

 シュナイゼルとルーシーに一段階劣る、ほぼ世界最強クラスの天才が、がむしゃらに勝利を欲していた。


 レイモンドが地面を踏み込む。バキ、と、床を砕いた訳でも無いのに何かの割れる音がする。


 レイモンドの足が折れていた。


 恐らく未熟な身体が才能に追い付いていないのだ。自らをも壊す超速度。さらに一段、天才が加速する。


 速い、速すぎて回避どころか防御体勢を取ることすら間に合わない―――


 理性のたかが外れたレイモンドの槍は、明らかに今の俺を上回っていた。


「クソッ!!」


 闘技場に張られた結界の中で、許される限界まで強く身体強化を発動する。それからさらに一歩踏み込んできたレイモンドの足元を土属性でぬかるみに変え、速度を殺す。


 それだけやって、ようやく俺たちの速度差はレイモンドが覚醒する前の段階まで戻った。


「ふは、アハハハッ!」


 霞んで見えるほど速い槍を何とか逸らし―――突きと変わらぬ速度で槍を引き戻したレイモンドが連撃を放つ。弾幕にも等しい手数、槍で捌ききれないと悟った俺は、目の前に爆風を起こしてレイモンドを吹き飛ばすと同時に自らも後退した。


「ああもう、連れないよ。もっと槍でさァ!」


 もう片方の脚を踏み込みで砕き、それに顔をしかめるでもなく突っ込んでくる。シュナイゼルとの訓練で速い世界を知らなければ、目で追うことすらも出来なかったであろう速度で。


 現時点では、絶対に槍じゃ勝てないわ、これ。


 しかも成長して身体が才能に追い付いたら、当たり前にこれをしてくるんだろ?


 化け物が。


 若干苛立ちを覚えながら光属性第一階梯魔術を発動。レイモンドの目の前で強烈な光が起こり目眩ましとなる。


 さらに風属性。目が見えなくなったところに前後左右から強烈な風を叩き付け、その隙に土属性魔術で彼の足元をぬかるみに変え、落ちたところで今度は固めて閉じ込める。


 これをする間、僅か一秒も経過していなかった。


「はぁ、はぁ」


 そして自らには回復魔術を掛けることで、これまでの疲労をほぼ完治させた。


 さあどうする?まだやるか?俺は試合開始からこれまでの流れを、魔力が切れるまで何度でも繰り返してやるぞ?


 文字通り万全の体調でレイモンドを睨み付ける。

 ようやく視界を取り戻したらしいレイモンドは、俺を見て、それから自分の脚を見て笑った。それはもう、清々しい笑みで。


「これは、勝てないや。降参するよ。足痛いし」


 レイモンドがそう宣言した直後、結界が自動で彼に回復魔術を掛けた。どうやら踏み込みによって砕けた足は、結界が無視できない程の重傷であったらしい。


 それを抱えながら全速力で走って戦い、なおかつ痛いだろうに笑ってるのかよ。


 天才って怖いなぁ。


『し、勝者、ノルウィン=フォン=エンデンバーグ選手!』


 一拍置いて大歓声が沸き上がる。

 俺はレイモンドに肩を貸して立ち上がりながら、ゆっくりとアリーナから立ち去った。


 槍の実力は限界が見えてしまった。魔術も晒してしまった。これからの戦いは苦しくなるだろうなぁ。


 まあ、クレセンシアのためだ。全力で頑張りますか。

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