第85話 ハイアンとの訓練
稽古をつけると言ったハイアンと共に訓練所へ向かう途中、俺は気になって質問をした。
「俺などに魔術を教えてしまって構わないのですか?」
「質問には答えてやるが、まずその丁寧すぎる口調をやめろ。前に俺様とお前は対等だと言ったはずだ」
「す、すみません。じゃあちょっと崩します。でも流石にハイアン様は大人ですし、これくらいで勘弁して下さい」
「様を付けるのもやめろ。さんでも呼び捨てでも構わん。他は妥協してやる」
「じ、じゃあさん付けで」
裏社会、というよりはハイアン独特の価値観だ。
恐らく彼は年齢も地位も関係なく、力だけを重視しているのだろう。
強さだけでなく、知略や権力、将来性も含めた総合的な力をだ。
うん。やっぱりこの人の前では、日本人的な謙遜はマイナスだな。
よし、年上で友達で先輩みたいな人と話す感覚で喋るか。
いや俺そんな相手いたこと無いヒキニートだがな!?
内心の叫びを圧し殺して口を開く。
「前に、未来の俺と手を組みましょうって契約をしたじゃないですか」
「した。お前に魔術を教えるのはそのためだ」
「やっぱそうでしたか」
「ああ。武術大会の様子を見ていたが、そろそろキツいだろうと思ってな」
当たり前だけど、ハイアンくらい格上になると俺の限界とか色々理解してるんだな。
「ありがとうございます」
「礼は覚えてから言え。俺様の魔術はオリジナルだ。簡単には身に付けられんぞ」
「教えて貰えるなら意地でもモノにしますよ。あれ確か、雷を纏って速く移動出来たりもしますよね?もしそうなら、今の俺には絶対に必要な技なんで」
生まれ持った身体能力で、俺は天才たちに大きく離されている。それを埋める方法が一つ増えるのは大歓迎なのだ。
「そこまで言うなら期待しているぞ」
そう言って口の端で小さく笑ったハイアン。俺はその後を追い掛けて訓練所まで歩いた。
⚪️
辿り着いた訓練所は、バルトハイム家の稽古場とほぼ変わらない設備が整ってた。小言を言えばあっちより狭いが、それは人数の少ないここでは問題にならない。
実際に訓練をしている男たちは、バルトハイムで見る騎士と同等か、それ以上の強さを見せている。
ただ少し気になることがあった。
「なんだ、あれ」
「お前が知らないのも無理はない」
ハイアンが言う通り、俺は彼らの構えや踏み込みの種類を見たことがないのだ。
その動きは華麗な騎士流の剣術とは全く異なる。
一見して無駄が多く、かなりでたらめな動きが目立つ。
恐らくは血みどろの戦闘、裏社会という過酷な環境で育まれてきた、敵を殺し自分は泥臭くとも生き残る術なのだろう。
なるほど。そうか、そういうことか!
リーゼロッテの攻撃を回避し続けた奴隷の少年は、これとよく似た回避運動を用いていたが、あれは裏社会の技だったのだ。
華麗なる貴族様に囲まれ、貴族が持つ範疇で技を磨いていた俺では、知らなくて当然だろう。
ここで学ぶ事は多いぞ。
横を見れば、ヴァーゼルも珍しい動きを真剣に観察して、「今の隙を攻めれば···いやあれは誘いか?」などと呟いている。
ハイアンが登場すると、訓練していた全員がバッと身を止めて敬礼をした。
「時間の無駄だ。続けろ」
「「「「「「はっ!」」」」」」
そして再び動き出す。高圧的な支配だけど、部下たちはハイアンに心酔している様子だ。
信頼されてるんだなあ。まあ、ハイアンって本当に一部の仲間しか近くに置かないからな。ここにいる連中は内側の人間なのだろう。そりゃ心酔していて当然か。
「早速始めるぞ」
「あ、分かりました」
なにかと無駄を嫌うらしいハイアンが、早速腰に提げた剣を構えた。刃引きされていない正真正銘の真剣だが―――え?マジ?
訓練でもガチのバトルするタイプ?
思わず身構えると、ハイアンは少し呆れたようにため息をついた。
「今回は寸止めだ。安心しろ」
「あ、ありがとうございます」
普段は真剣で、ガチで斬り合って訓練してるということだろうか?
いくら回復魔術の使い手がいるとはいえ、流石に無茶だと思うんだが。
「まずは普通に戦うぞ。お前の実力を見てみたい。魔術はその後だ」
「分かりました」
槍は土属性魔術で生成して俺も構えを取ると、ハイアンが感心したように目を僅かに見開いた。
「無詠唱か。魔力操作も無駄なく早いな」
「俺の魔術、全体で見た時にどれくらいの上手さか分かります?」
「俺様が知る限りでは上位1パーセントには入るだろう。数十年の鍛練を経てようやく至れる発動速度と精度だ」
「なるほど」
使い慣れた第一階梯に限れば俺はそれだけ強いのか。
これは日頃の勉強のお陰だろうな。無詠唱で発動する魔術はとてつもない集中力が必要で、なおかつ緻密な魔力操作を要求される。
それを高速で処理できるのは、読書や勉強で思考力を鍛えてきたからだ。
うん。やっぱり魔術は自信を持ってもいいみたいだな。
それなら次は槍、これはハイアンから見てどこまで通じるだろうか。
「行きますッ」
気合い十分、俺は身体強化を用いて全力で踏み込んで―――
「俺様を一歩でも退かせたら、金貨百枚をくれてやる」
瞬間、ハイアンの存在感が炸裂した。
以前にも感じた、シュナイゼルと同種である強者の圧。あの頃よりもさらに強く、高く―――って、どこまで上がる!?
際限なく高まる闘志、巨大な戦士を前に俺は走りを止めてしまった。
あの頃よりも強くなったのか?いや、違う、これは。
「少しこっち側に踏み込んだようだな。あの頃よりも幾分か見えるようになっているだろう?それがお前の成長で、そして俺様との間に広がる絶対的な差だ」
「ははっ」
ホント、どいつもこいつも化け物ばっかだ。
胸を借りるつもりで、今度こそ俺はハイアン目掛けて駆け出した。
⚪️
向かっては転がされ、向かっては転がされ、一度もハイアンに攻撃を命中させることなく、俺は満身創痍で地面に寝転がっていた。
ハイアンは他の男たちとは異なり騎士流の構えメインであったが、時折混ざる裏社会の型が彼の動きを予測不可能なものにしていた。
暴力に身を任せても大抵の相手には勝てるのだろう。そんな存在が武を極めた到達点が彼であった。
強く、速く、重く、巧い。
今の俺では計り知れないが、きっと一つ一つは超一流止まりで、決して頂点に届くようなレベルではないのだろう。
それらを自らの器の限界まで高めることで、彼は総合力で頂点に肩を並べているように思える。
「槍の練度というよりは、身体の出力と武への才覚か。そこでかなり劣っているな」
「やっぱり、そうですかね」
「お前はまだ幼い。今後の成長次第では化ける可能性もあるだろう。だが―――」
「レイモンドやルーシー、リーゼロッテみたいな天性の才には及ばないと」
「ああ。試合を見たがあの三人はそれぞれ突き抜けたものがある。あれらはまさしく選ばれた存在だ」
「ですよねぇ」
神が与えた最上の肉体に輝く才能、そこに努力まで乗せられたら、確かに普通に戦っても勝てないよなぁ。
「だがな、俺様がお前に教える魔術は、そのような頂点を覆すために編み出したオリジナルだ。これさえあれば勝てると言うわけではないが、自らを限界まで極めてそれでも及ばない時に、奴らとの差を埋めるピースにはなる」
今度は蒼き稲妻を纏って、頂点の一角が大胆不敵に笑う。
「お前に頂点の景色を見せてやる」
―――ホント、何かを極めた人って格好いいなぁ。
これなら裏社会の強者たちがハイアンに心酔するのも納得だ。
その後、俺はハイアンの指導の下、魔力切れを起こすまで魔術の訓練を続けた。
―――――――――――――――
武術大会編終わったら、現状六歳のノルウィンが八歳になるまで時間を飛ばすか、それとも一気に十歳まで飛ばすか悩み中。
十歳だとアルカディア王立総合軍事学校に行く予定なんやが。その前に1個修行というか、アルクエの経験値イベントをこなすパートが欲しい気もする。
(ついでにいうと、皆さんからの応援もいただきたいですボソッ
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