第89話 凡人の想い
試合が終了した直後、アルマイルの部下らしき魔術師二人が担架を持ってアリーナに上がってきた。
「んじゃ、手筈通りに頼むで」
「かしこまりました」
アルマイルが意味深な指示を出す。二人の魔術師は俺にコテンパンにされたアッシュを担架に乗せると、そのままどこかへと向かって行った。
「あの」
「ん?なんや?」
俺の問いに小声で返事をしながらも、観衆向けに気持ちの良い笑顔を絶やさぬアルマイル。
「アッシュを連れて行ったのって······」
「せやで。治療を名目にあんな手やこんな手を用いて、あいつが持つ情報を抜き出すためや」
「そ、そこまで徹底的にやるんですね」
「そりゃ、王族が狙われとるかもしれんからな」
「王族ってやっぱ凄いんですね」
「そりゃお国の顔やからな。舐められたらあかんし、徹底して当然やろ。ま、今回のは拷問より魔術で記憶を喋らせるのがメインや。国家反逆罪未遂にしちゃあ、随分とあま~い詰め方やんね」
い、いやいや。多種多様な魔術で相手を弄くって喋らせるのが甘いやり口って。
ていうか―――
「そんなこと俺に教えても良いんですか?」
「構わへんよ。 ワイの見立てじゃあ近い将来、自分は第二王女の護衛になっとる。ほんなら知っといた方がええやろ?」
「え!?」
「驚きすぎや。それと、そろそろ戻った方がええで。これ以上ここで立ち話すんのは怪しまれる」
「あ、わ、分かりました」
アルマイルの指摘通りだ。俺は一旦アリーナを降り、貴賓席まで戻ることにした。
それにしても、今の発言は本当なのだろうか。
本当に俺はクレセンシアの護衛になれるのか?
どうやって?
近い将来っていうのはいつ頃の話だ?
全く分からない。分からないけど―――
アルマイルは真面目な場面で無駄な嘘を吐くタイプじゃない。だとすればあの発言は事実なのだ。
きっと、魔術師団長という地位に立って初めて見える政治的駆け引きの中で、そのような判断に至ったのだろう。
王族を取り巻く事情っていうのは、恐らくそれくらい高度なのだ。俺が予想できなくて当然だ。
もしかしたらアルマイルが働き掛けてくれてるのかもな。それかシュナイゼルとか?
どちらにせよありがたい話だ。
うん。もし彼らの働き掛けがあるなら、なおさらこの大会は負けられないモノとなる。
好成績を収めればそれがアピール材料にもなるのだから。
「あ、戻ってきたわよ」
考え事をしている間に貴賓席にたどり着いていたらしい。俺はサラスヴァティの声を聞いて顔を上げた。
「ただいま」
「あんた、なんで全力出してんのよ。隠すって話だったじゃない」
クレセンシアに関わるかもしれない話は、誰にでもするべきじゃないか。
「あ、まあちょっと。相手も実力を隠していたから、なにかされる前に倒そうと思ってな」
「それにしたってやり方があるじゃない」
「それはそうだけど」
「······まあ、勝ったから、よし」
会話の途中でルーシーが右手をこちらに向けてかざしてきた。え?あ、ハイタッチ?
取り敢えず手の平を打ち合わせる。
「あ、いいなぁ。僕も僕も」
続けてせがんできたレイモンドともハイタッチを交わし、俺はようやくサラスヴァティの隣の席に着く。
「サラスはしないのか?」
「なに、してほしいわけ?」
「別にそうじゃないけど」
「なら聞くんじゃないわよ」
と言いつつもソワソワする彼女を見ていると、ああしたいんだろうなと想像がつく。
でもここで話し掛けるのも面白くないからそのまま放っておくことにした。
俺と、サラスヴァティと、ルーシーと、レイモンド。四人で並んで座り、しばらくは誰も口を開かないままアリーナを見詰めていた。
八強の試合は四つしかなく、スムーズに進めば午前中に全てが終わる。
それでは時間が余るからだろう。
俺の試合を終えた後は、有名な劇団による演技や演奏が行われていた。
それに耳を傾けながら、俺はヴァーゼルに預けていた本を受け取って読書をする。
ここでは二冊同時ではない。思考力を鍛える有力な方法を漏らさないためだ。
「そう言えば勝ち上がりおめでと」
しばらくして、サラスヴァティが話し掛けてきた。
「ん?ありがと」
「次も負けるんじゃ無いわよ」
「当たり前だろ。誰にも負けるつもりはないからな」
「私にも?」
「そりゃな」
「だったら吠え面かかせてやるわ。あんたに勝つのは私よ」
俺は本を見る視線をサラスヴァティの横顔に向けることが出来なかった。
俺たち四人は優勝候補だなんて言われているけど、実質的なトップはリーゼロッテとルーシーだ。
俺と戦うためには、サラスヴァティはそんな二人に勝ち続けなければならない。
ルーシーには才能面で致命的に劣り、リーゼロッテに至っては才能と積み上げた努力の双方で致命的に劣る。
万に一つの勝ちを二回連続で拾って、ようやく彼女の剣は俺に届くのだ。
その地獄を前に、サラスヴァティはどんな顔をしてるのだろう。
⚪️
隣に座るノルウィンは、私の顔を見ることなく平然と読書を続ける。
冷たいし、励ましの言葉くらい寄越しなさいとも思ったけど、でもそれでよかった。
今、私自身、自分がどんな顔をしているかが分からないのだ。
手は震えている。武者震いじゃない。恐怖だ。
あれからリーゼロッテに勝つ方法を真剣に考えてきたけど、考える程に敗北の二文字がハッキリと浮かび上がってきた。
勝ち目はない。この大会を通して強くなった私ですら、まだあの化け物のような女には及ばない。
どんな手札も彼女の神速と怪力の前に敗れる未来しか見えなかった。
絶対に届かない頂点が目の前にある。
でも、私にはこれしか無いのだ。
物心つく前から私は剣と共に生きてきた。これが好きで、これに打ち込んで、他のことなんて考えられない。
だから、一度諦めかけていた剣を再び私に取らせてくれたノルウィンと、この大舞台で戦いたかったのに。
あーあ。なんでこうなるのだろう。
せめて、八強とか途中で当たってもいいはずなのに。
よりによってあの頃の私を苦しめた壁を二枚も、ノルウィンと戦う前に置いてくるなんて。
「サラス」
「なによ?」
本に視線を向けたまま、ノルウィンが言葉を掛けてきた。変なところで怖がりなんだから。正面から私を見れば良いのに。そう思って、いっそこちらから声を掛けてやろうかと思って。
「頑張れよ」
「当たり前じゃないの」
でも、これはこれで良いと思った。
リーゼロッテとルーシーに勝って、アリーナで真正面からノルウィンと見詰め合えれば、それが一番気持ちいい気がしたから。
⚪️
劇団による尺稼ぎが終わり、八強の第二試合が行われた。
ここまで勝ち残った猛者による激闘。見ごたえのある試合ではあったが、俺が勝てない相手ではない。
レイモンドを下してここまで来た時点で、俺が負けるとしたらルーシーとリーゼロッテ、それかサラスヴァティのみ。
試合内容はそれを再確認するものとなった。
そうして、次。
八強の第三試合が行われる。
俺とルーシーとレイモンドの三人で見守るアリーナには、サラスヴァティとリーゼロッテが立っていた。
――――――――――――――――
次は十九時頃にあげて、3話目を22時頃にあげたい。
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