第88話 ちょっとだけキレるノルウィン

 翌日。


 青く澄み渡り、強い日差しが照り付ける空模様は、最高の戦日和と言えるだろう。


 快晴の下、満員の闘技場に主審の声が響き渡った。


『さあさあ皆様!武術大会幼少の部、本選四日目が始まります―――が、その前に一つお知らせが!』


 勿体ぶったセリフに大観衆がブーイングの嵐が起こる。が、しかし。


『これまで私が主審と試合進行を勤めておりましたが、今日からは別の方に変わります!』


 次に主審が放った一言で、それは興味や感心に変わり。


『国中の少年少女が武を競い、今日まで勝ち残りし八強がしのぎを削るこの舞台。天才が、努力家が、貴族の矜持が、平民の意地が、全てが激しくぶつかり合うでしょう。非常に楽しみですが、私では彼らの情熱を余すことなく伝えることが出来ません!ゆえに、この戦いの舞台に見合う人物が、私に代わって主審と司会進行を勤めます!』


 張り切って最後の役目を果たした前主審が、現主審に拡声器の魔導具を手渡す。やがて聞こえてきたのは―――


『二階席ィー!三階席ィー!聞こえてるぅー!?ワイやで、魔術師団長のアルマイルや!』


 そんなノリノリの声。拡声器片手にアリーナへ歩いてきたのは、よく知る狐顔の魔術師であった。


 いや主審戻せ馬鹿!


 何でアルマイルなんだよ!?

 このクソ真面目な舞台でよりによって一番ダメな人選だろうが!


 そんな俺の内心とは異なり、魔術師団長という肩書きを持った女性の登場に、会場は今日一番の盛り上がりを見せる。アルマイルによって客席から引き出された熱量は、八強の戦いを彩るに相応しいモノであると言えた。


『おうおう、いい反応サンキューやで。ちゅーわけで早速第一試合始めよか。自分等も、長ったらしい説明なんか聞きたないやろ?』


 そうだそうだと言わんばかりに爆発する歓声。


 はぁ。アルマイルが市勢に人気があるのは、こういったところで貴族の壁を感じさせないからだろうな。


 賭け事の胴元をやったり気さくに接したり、とにかく距離感が近い。


 もう何がなんだか。貴族なのに自由がすぎるだろ。

 呆れて溜め息をこぼすと、耳元を優しい風が通り過ぎる。その風にアルマイルの声が乗っていた。


(もう気付いてるか知らんけど、自分の対戦相手、たぶん敵の仲間やで。ワイが近くで主審するんはそれが理由や)


 なるほど。

 有事の際には確実に取り押さえると。


 不自然のないようにアルマイルと視線を交わし、小さく頷く。それから対戦相手の方を見れば、自信が無さそうな顔で縮こまっているところであった。


 どこから見ても無害な少年だ。

 はっ、その化けの皮すぐに引っ剥がしてやるよ。


『さてと、選手紹介は···ここまで来たらもう要らんやろ。ノルウィン=フォン=エンデンバーグ対アッシュ=フォールド、八強がぶつかる最初の試合や』


 アッシュ=フォールド。こいつが敵側の人間なら恐らくは偽名だろう。この大会は戸籍を下に本人確認を行うわけだから、相手はそれを偽る手段を持っているというわけだ。


 アルクエで既に知っているけど、ウルゴール邪教団ってホントに厄介な組織だよな。


『泣いても笑っても言い訳無用の一発勝負。運も体調も、緊張で身体が動かへんのも、ぜーんぶ自分の実力や。だからこそ勝者は凄いんやで。んでもって、勝ち続ける奴は英雄なんて大層な名前で呼ばれるようになる。この戦いはその第一歩目や。双方、健闘を祈るで』


 そう締め括ったアルマイルが早速五つのカウントを始める。俺は槍を構え、相手は剣を構えて始まりを待つ。


 長い五秒間の中で、俺は満面の笑みで相手に笑いかけた。


「なあ」


「な、なんでしょう?」


「全力でやるから。実力隠してたら秒で終わるぞ」


『試合開始や!』


 その宣言通り、開始と同時に全力で地を蹴り駆け出す。


 遅れて反応したアッシュが後退しようとするが、彼が一歩引いた足元は俺の魔術によって既にぬかるみに変わっていた。


「なっ!?」


 足を突っ込んだ瞬間にぬかるんだ穴を固め、アッシュをその場に縫い付ける。そして結界の範囲内で許される限りの身体強化を用いて、全力全開で槍を突き込んだ。


「オラァ!」


「やっ、ば!」


 ―――回避された。


 身動きを封じた上で放った全力の突きが、なんと上体を反らすだけで。


 それは俺とアッシュの実力差に大きな開きがないことの証明になるわけだが、まあ別に構わない。


 目を見開いて冷や汗をかくアッシュの顔色を見るに、今のが実力の底なのだろう。だったらやはり負ける道理はない。俺にはまだまだ引き出しがあるのだから。


「ほらよ」


 アッシュに風属性魔術を最大出力(結界が許す範囲内)を叩き付けて吹き飛ばす。槍による点での攻撃が避けられるなら、面で制圧すればいいだけだ。


 万が一こいつを表彰式に出させたら、クレセンシアに危害が及ぶかもしれない。どんな切り札を持っているかも分からないし、油断なく速攻で終わらせてやる。


 絶対に、万に一つも、勝ちの目なんて出させねーよ!


「見せ場なんていらねーから。圧勝で終わらせてやるよ」


 槍を構えて魔力を練って、レイモンドとやった時と同じ実力を発揮して、俺は戦闘を続行した。


⚪️


 槍と魔術を巧みに操って戦闘を圧倒的有利に進めるノルウィン。


 一呼吸すら休まず敵を攻めるそれは、レイモンドを追い詰めた戦法であった。


 猛攻を何とか堪えるアッシュは十分すぎるほどに強いのだろう。しかしノルウィンが彼の強さを容易く上回る。


 アッシュの許容量を越えた攻めが、防御を貫通して彼の身体に突き立つ。

 槍、魔術、拳、何でもありの業師であるノルウィンが全力を出すと、こうも容易く完封出来てしまうのだ。


「ね、ねぇ?今日のあいつ、なんか滅茶苦茶強くないかしら?」


「······怒ってる?」


「そうよね。なんか、こう、上手く言えないけど―――」


「ノルウィン君にしては珍しいよね。全く手段を選んでないみたい」


「そう。それよ!」


 共に試合を観戦するレイモンドの言葉に共感を示すサラスヴァティ。


「あいつ、ギリギリまで手札は隠しておきたいって言ってたのに」


「やっぱりそうだったんだ。それなら僕は、ノルウィン君に本気を出させることが出来てたんだね」


 負けたのに嬉しそうに語るレイモンド。しかしその目がアリーナに向かうと、途端に疑問を抱いて首を傾げた。


 アッシュは、ノルウィンが全力を出すほどの相手ではないのだ。


 前回の試合でレイモンド相手に本気を出したからといって、それはもう隠さなくて良い理由にはならない。


 たとえ一度見られたモノでも、さらにもう一度晒すか否かでは全然違うのだ。一度だけならまだリーゼロッテ達に通用する可能性が残っている。


 それでも全力で攻めるなら、有利を捨ててでもここに賭ける何かがあるのだろう。


 あるいは、この間見せた全力を捨てても良いと思えるほどの進化を、この短期間で遂げてきたか。


 どちらにせよ―――


「面白くないなぁ」


 既に負けてしまったレイモンドは、あのノルウィンとしばらく戦えないことに唇を尖らせた。


⚪️


 徹底的に、これ以上なくへし折った。


 アッシュが何か仕掛けようとすればその出鼻を槍で叩き潰し、逃げようとすれば魔術と体術と槍術で、とにかく全てを用いて追い詰めてやった。


 会場は既に声を失っている。


 彼らが見たいのは胸が踊るような熱戦であって、強者が一方的に相手を痛め付ける試合ではないからだ。


「ん、もが、ぁ」


 俺が魔術で生み出した水がアッシュの顔を覆う。水は空中に固定したものだから一歩横に動けば抜け出せる地獄だが―――


 前後左右のいずれかに動きを制限すれば、足の動きから方向を先読みするのは容易い。


「ふんっ!」


 横に動いて水攻めから抜け出したばかりのアッシュ、その側頭部を槍で思い切りぶん殴った。


 正直、やり過ぎている自覚はある。


 だけど、少しでも手を緩めようとすると、脳裏にクレセンシアの死に様が過るのだ。


 血溜まりに沈み、物言わぬ死体となったクレセンシア。主人公であるアーサー達に追い立てられ、逃げ場を失い、絶望の果てに邪神に心を飲み込まれ―――


 そんなの、させる訳無いだろうが!


 俺は善人じゃない。最愛を助けるためならそれ以外は容赦なく捩じ伏せるぞ。


「そろそろ終わりにしろよ。勝てないの分かっただろ?」


 あえて見せ付けるように回復魔術を発動しながら、俺はボロ雑巾のように倒れ伏すアッシュにそう吐き捨てた。


 彼は悲痛な表情で俯いている。

 ここで負けたらクレセンシアも参加する表彰式に出席できない。それが悔しくて堪らないといった顔だ。


 ああ、そりゃ悔しくて堪らないよな。


 こいつは心身ともにウルゴール邪教団の一員なんだから。


 あの組織は、戦争孤児や奴隷の子供といった身寄りのない幼子を拾って、徹底した洗脳教育を施す。


 地獄から救われた子供はウルゴール邪教団の大人達を信仰し、彼らの言うことを忠実に実行する駒となる。


 きっとアッシュもその一人なんだろう。


「ま、だっ。まだ!」


 絶対に叶えたい目的があって、そのためには自分が無茶をするのも厭わない覚悟。満身創痍で立ち上がる様は、どこか俺と被る部分があった。


 だけど、お前のそれは俺の叶えたいモノを壊すんだよ。


 アッシュが何やら決死の表情で構えを取った。さっきまでとは異なる、正真正銘の切り札。ここまで隠していた隠し球は―――


 裏社会特有の武術。


 表の世界に生きる人間では絶対に知り得ないある種の初見殺しな技だが、俺はそれをハイアンとの訓練で既に知っている。


 これが最後の技なら終わりだな。


 俺は次の攻撃で仕留めるつもりで槍を構えた。

 絡み合う俺たちの視線が熱意で弾ける。俺たちは互いに次が最後になることを悟ったのだ。




 ―――もしかしたら、もしかしたらだ。


 アッシュをここから救う方法があるのかもしれない。

 聖人みたいな奴なら、アッシュを更正させる方法を模索するのかもしれない。


 けれど、ウルゴール邪教団の洗脳は子供達の奥深くまで根付いて、中々取れるものじゃないのだ。


 アッシュを仲間にして、気を許したタイミングでその悪意が再発したらどうなる?


 こいつの悪意はクレセンシアに向かってるんだぞ?俺の助けたいという自己満足にも似た善意のせいで、クレセンシアが死んでしまうかもしれない。


 なら選択肢は一つしかないだろう。


 悪いけど、流石にお前はNGなんだよ。


「ぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


 裂帛の気合い。ビリビリと空気を震わせる絶叫と共に、アッシュが剣を振り被った。変則的なその斬撃を槍で弾き、ついでに風属性魔術で弾いた剣をさらに遠くへと吹き飛ばし、俺は淡々と告げる。


「俺の勝ちだ」


 一瞬の静寂。状況を把握したアッシュが泣き崩れる。


 それを見届けてから、アルマイルは俺の勝利を宣言したのだった。


 こうして八強の第一試合は幕を閉じた。 



―――――――――――――――――

明日は更新ラッシュします。3話はあげます。それ以上は未定です。

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