第166話 最強対最強

 隔絶した存在感を放つ頂点が二つ、戦場にて燦然と輝く。


 誰も近付けない。

 俺を含めた誰も、彼らの間に割って入ろうだなどと思えない。


 だってこれは――最強だけが立ち入ることを許された、あのオブライエンですら最後まで頭脳だけでは届かなかった世界だから。


「ハハァ、お前がシュナイゼルかァ!」


 オブライエンを前にしてもどこか余裕を感じさせていたアイザックが破顔する。


 敵であり同種、自らを殺すかもしれない者の出現に浮かんだ、本気の貌。灼熱の戦意が炸裂していた。


「そうだ、俺が、シュナイゼルだァ!」


 アイザックに釣られるようにしてもう一つの存在感が膨れ上がる。


 訓練やこれまでの戦場で見たどの貌とも違う。


 今、軍馬で駆けるシュナイゼルが浮かべている表情、そこに宿る覚悟の類いは、俺がゲームで見たそれと同じであった。

 つまり彼は今から七年後、大将軍となり文字通りの最強を掴んだ自分と同じ領域に登りつつあるのだ。


 シュナイゼルが大剣を天高く掲げ、アイザックがそれを迎え討つ。


 ある意味でこれは挑戦なのだろう。


 既に登り詰め、一時代を築いた大将軍と。それを超えるべく登り始めた新時代の担い手。


 駆ける両雄、急速に近付く馬体、迫り、剣の間合いへと踏み込んで――


「ハッハァ!!」


「ガァァァア!!」


 全霊を賭した二つの斬撃が衝突した瞬間、耳をつんざく爆発音が全天に轟いた。


 およそ人同士の戦闘が奏でたとは思えない超越的な破壊音。一拍遅れて彼らの軍馬の脚が砕ける。ただの一撃、それだけで馬の耐久値を上回ったのだ。


 さらに遅れて発生した台風のような衝撃波が、俺を含めた周囲の有象無象を吹き飛ばした。

 まるで最強の世界から相応しくない者達を排除するかのように。


 本当に、この世界の最強たちは同じ人間だとは思えない。


「化け物かよ」


 自然と俺の口からはそんな言葉が漏れていた。


 俺たちを置き去って、真の強者達の戦いはさらに次元を上げていく。



 シュナイゼルとアイザックは軍馬が崩れ落ちる前に地に降り立っていた。


 着地は同時、そこから先に動いたアイザックが強烈に地面を踏み込んで加速する。


 戦いを見守るノルウィン等の知覚を越えた速度域、その中で繰り出される斬撃は音を置き去りにしていた。


 凡人を越えた英雄の一撃。されどそれを迎え討つ者もまた、世界に選ばれた英雄であり――


「ほう、受け止めるか!」


 音速の斬撃が捉えられる。またしても大剣は中空で拮抗していた。


 否、それは見た通りの拮抗ではなかった。


 上段から大剣を叩き込んだアイザックと、それを下段から受け止めたシュナイゼル。

 物理法則の有利を含めた時、鍔迫り合うという事実が示す答えは一つ。


「俺はお前を超える。そのためにここに来た!」


「この俺様が、圧されるかッ」


 シュナイゼルが力で押し込む。

 均衡が崩れる直前に大剣を流して競り合いを避けたアイザックが角度を変えて一撃を打ち込むも、容易く受け止められ、弾き返される。


 僅か数秒にも満たない攻防で戦力差が浮き彫りになる。

 シュナイゼルは後退する猶予すら与えずさらに剣を叩き込んだ。


「俺様が退く訳無いだろう!」


 アイザックはそれに正面から大剣を打ち込む。

 力負けする分は体格で補う。身長で勝る分より高きから振り下ろすことで破壊力を上乗せし、しかしそこまでやっても――


「ガァァァァァア!!」


 シュナイゼルが勝った。


 吹き飛ばされそうになる衝撃を巧みに受け流しながら、アイザックはあまりの理不尽さに笑みを溢していた。


 これまで多くの敵を一方的にスペック差で轢き潰してきた自分が、よりによってそれをされる現状。


 しかも眼前の敵はただ肉体が優れているだけではない。


 全ての攻防で先手をもぎ取り、理不尽な暴力を押し付け、その上で研ぎ澄まされた武が冴え渡るのだ。


 力、速度、瞬発力、柔軟性、技術、勘。あらゆる要素が最高水準に至っている正真正銘の怪物。


「なるほどなァ、これはガルディアスが後継とするのも頷ける」


 嵐のように繰り出される斬撃を捌ぎつつ、アイザックは新時代の強さに素直に驚愕した。


 というより最早新時代だからという括りですら無いかもしれない。

 今でさえ成長途中なのだから、長い人類の歴史を俯瞰した時、明らかに眼前の男だけが突出し過ぎているのだ。


 頂点に位置する存在の中でも頭一つ抜けている。まさに戦場の王に相応しい男だろう。


 だが、だからこそ――


「死力を尽くしてこその、戦場よなァ!!」


 旧時代の頂点の一角は吼える。


 力で劣る、だからどうした。


 技術で劣る、だからどうした。


「俺様には大将軍としての意地がある!これだけは貴様にも劣らんぞ!」


 圧倒的な劣性の中でもアイザックは全く崩れる様子を見せず、それどころかシュナイゼルの身に浅くとも斬り込んだ。


 鮮血が舞う。

 その血が地面を汚すより速く振るわれたカウンターをギリギリで受け流して、アイザックは凄絶なる笑みを深める。


 一兵卒から大将軍に成るまでの道のり、そして成ったあとに築いた伝説の数々が、今の彼を活かす。


 あらゆる要素で劣れども、ただ一点、経験値では勝るから。だから死なずに抗い、隙を見出だして反撃することができるのだ。


「フィエーロが死んだ!俺様まで倒れる訳にはいかんだろうよ!」


 国を背負ってさらに跳ね上がる存在感。それを前にしたシュナイゼルは―――


「ホント、気に食わねえな」


「なんだと?」


「あんたじゃねえ」


 その嫌悪が向かう先はアルジャーノであった。


 自分とアルマイルをまとめて凌駕したかつて無い強敵。

 彼に比べれば目の前の大将軍とて見劣りしてしまう。より強い存在を知るからこそ、全力のアイザックですら何とか対応出来てしまう。


 あの日の敗北、生かされた意味、そしてこの状況。まるで成長を促されているような感覚がして、気に食わない。


 彼の思惑通りである限り、自分は彼を超えることが出来ないだろう。武と魔術を極めし最強。幾つもの時代を越えてきたであろうアルジャーノは、まだ底を見せてすらいないはず。


 彼を超えるのだ。


「何度でも言うぜ。俺は戦士の時代の頂点になる男だ」


「俺様を前にして、それを言うかッ!」


「他の誰でもないあんたの前だからだ!」


「越えさせんよ!アルカディアの今日と明日、どちらもここで潰してやろう!」


 オブライエンという今日を刈り取った男が、シュナイゼルという明日の希望を潰さんと大剣を振り上げる。







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