第19話 仲良くなるために

「嘘っ」


 俺にはっ倒されたサラスヴァティが、信じられないといった様子で眼を見開く。

 そりゃそうだ。

 こちらは人生で二回目の戦闘、おまけに槍は初めてときた。

 そんなド素人に、仮にも年単位で剣を学ぶ少女が敗れたのだから。


「勝負あり、ノルウィンの勝ちだ」


「······ッ」


 サラスヴァティが悔しげに眼を背ける。

 あれま、涙まで流して、相当キテるらしい。


「どきなさいよ」


「あ、すみません」


 馬乗りになっていたことを忘れていた。

 慌てて立ち上がり、サラスヴァティから離れる。


「サラス」


「言われなくたって分かってるわよ!私は弟子にして貰えないんでしょ!」


「待て、そうじゃ―――」


「やだ!今はパパの言葉でも聞きたくない!」


 優しく語るシュナイゼルを拒絶して、サラスヴァティは稽古場から全力で逃げ出して行った。


「はぁ。何でこうなんだよ。ったく」


 複雑な表情で項垂れるシュナイゼル。


「えーっと、シュナイゼルさん」


「ああ、すまん。ちょっと色々とあってな。お前と組ませれば上手くいくと思ったんだけどなあ、クソ。あいつの気持ちを考えて無かったぜ」


「すみません。まさか勝てるとまで思ってなくて」


「お前が謝るなよ。戦いは負けたやつが悪いんだ」


 確かにそうか。

 試合は実戦、殺しあいを想定した訓練だ。

 それにタラレバもクソも、言い訳が介在する余地もない。

 実戦では死んだらそれで終わりなのだから。


「―――なあ」


 呼び掛けに応えて見上げると、シュナイゼルは幾らか葛藤を滲ませた顔で後頭部をガリガリとかいていた。

 俺に言うか言うまいか、その狭間で悩み、天秤が揺れているのが分かる。


 シュナイゼルには恩がある。

 ここは俺から踏み込んでみるか。


「あの子と仲良くなって、俺がやるような訓練をさせてくれって感じです?」


「―――いやそうだけどよ、お前怖すぎだろ。何で分かんだよ」


「まあ、考えてみたといいますか」


 実際にはゲーム知識であなた方が求める答えを知っているだけだが。

 それを与える人物が、俺かアーサーかってだけの違いだ。


 にしてもニコラスの子供っていう立場は便利だな。

 外面は五歳児、しかしその内側はアラサー。パッと見の俺はとびきりの神童ってやつで、おまけにあのニコラスの子供だから、俺が言う考えるは凡人のそれとは意味が異なるのだ。

 ゲーム知識に基づく見解は、これから全部考えるで押し通して行こう。


「師匠失格だよなこりゃ。本当なら、坊主に頼んでいい内容じゃねえよ」


 シュナイゼルは恥ずかしそうに言うが、自覚があるなら問題は無い気がする。


 これはゲーム知識から得た情報だが、サラスヴァティたちの母親は出産と同時に亡くなっている。

 そして次代の英雄と目されるシュナイゼルは国内外問わず常に飛び回っているため、家族の時間をほとんど取ることができず、こうして歩み寄りが疎かになっているのだ。


 自分で解決するのが本来だが、出来なければ人に頼む。それが悪い方法だとは思わない。


「ここはドーンと任せて下さい!」


 だからここは俺が一肌脱ぐとしよう。

 この家族が抱える歪をサクッと解決して、好感度アップ、将来のための関係性構築を図るのだ!


 ―――なんて、意気込んではみたものの。


 翌日。決まった時間に稽古場で体を動かしていたのだが、サラスヴァティは来なかった。

 まあ、一日くらいは休みも許そう。

 昨日の今日だ。まだ機嫌が治っているかも分からないしな。


 翌々日。

 またしてもサラスヴァティは来なかった。

 流石におかしい。

 気になって近くの騎士に聞いてみたところ、これまでのサラスヴァティはどんなに悔しいことがあっても次の日には稽古場で剣を振っていたらしい。

 うーん、ちょっと探してみるか。


 というわけで更にその次の日。

 俺はサラスヴァティのいそうな場所を探してみることにしたのだが、向こうが徹底的に俺のことを避けているのか、一向に見つかる気配がなかった。


 いや、マジでどうしよう。

 仲良くなるどころか、このままでは最悪な状態で関係が固定されてしまいかねない。


 シュナイゼルを頼ろうにも、あの人仕事があるとかであの日の後すぐに王宮に行って、そのまま帰ってこないし。


「はぁ」


 また次の日。

 自分の鍛練を欠かす訳にはいかないため、俺はそろそろ日課になってきた稽古場での運動を行っていた。


 すると、


「お?」


 見覚えのある赤髪が視界の端に映る。ようやくサラスヴァティが来てくれたかと全力でそっちにダッシュして行き―――


「······なに?」


 無気力、無関心。

 死んだ魚のような眼をした少女は、ルーシーであった。


「助けて下さい!」


「······えっ」


 仲の良い双子の事だ。きっとお互いをよく知っているだろう。

 ルーシーなら、サラスヴァティが今どこにいるかも分かるに違いない!

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