第20話 拗れる仲

「かくかくしかじかで······」


 サラスヴァティの件を簡潔にまとめて伝える途中、死んだ魚の目をしたルーシーが突然口を開いた。


「······今の、もう一回やって」


「はい?」


「······私が来るまで、やってたやつ」


「え、と」


 ルーシーが来るまでというと、槍の基本的な型を確認していたか。


「いいですけど」


 頼み事をする立場だし、とりあえず言うことには従っておくべきだ。


 俺は、稽古場にいる槍使いから教えて貰った、この国で最も普及している型を実践した。


 突き、払い、仮想敵の攻めを受け流してから再びの突き。

 腰を低く落とした構えは攻守のバランスに優れているらしい。

 まだまだ素人捌きだが、今も離れた場所で訓練をしている槍使いの動きをそれなりに模倣出来ていると思う。


「······全然、ダメ」


 しかし天才から見たら全くダメダメらしい。

 急な発言にイラっとしないこともないが、天才の貴重な意見を聞ける機会だ。

 俺は感情を飲み込んで質問をした。


「具体的にはどこら辺が駄目ですかね?」


「······全部」


「うわぁお」


「······そもそも、まだ槍は、持たない方がいい」


「はい?」


「······身体が弱すぎて、槍に振り回されてる」


 マジで?

 そんなに酷いの?


 視線で問い掛けると、ルーシーは死んだ魚の目をして頷いた。


「······今のままやると、多分、振り回されたまま、変な癖が付く。それに、あなたには、その型も合わない」


「えっ」


 それじゃ、これまでの鍛練は全部無駄だったってことか?

 ただでさえ時間も何も足りていないのに、無駄なことに浪費していたと?


「······ちょっと、貸して」


「あっ、はい」


 貸してと言いつつ強引に槍を奪い取るルーシー。

 流石に一言文句でも言ってやろうか。勝手な態度にそんな不満が溜まるが―――


「······やったこと、無いけど、多分、こう?」


 しばらく槍を見つめたまま首を傾げていたルーシーだが、急に頷くと緩やかに構えを取った。

 その自然体、脱力した体勢から、弾けるように超加速。一点を穿つ珠玉の突きが放たれ、遅れて風が哭く。


「す、げぇ」


 一目で分かる本物感。

 日本でもたまにこの感覚に襲われることはあった。

 スーパースターのホームランが、そこらの少年の夢をプロ野球選手に変えてしまうような。

 あるいは超一流音楽家の演奏で、心揺さぶられ涙するような。

 本当に一握りの天才だけに宿る、他人の人生すら変えてしまう程の輝き。


 これが、世界最強候補の才能か。


「······うん。やっぱり、そう」


「······」


 そりゃ、こんなのと並んで比較されたら、凡人は折れるよな。

 追い付くとか追い越すとか、そういう次元ですらない。

 ただひたすら見上げる感覚。

 多分俺は、この少女の背に手を伸ばすことも―――


「ははっ」


 なに、言ってやがる。

 弱音は結構。思うのは勝手だ。

 でもこの世界を好きに生きると決め、その足掛かりも作っている最中だってのに、自分から可能性を諦めるのは違うだろうが。


「······え、と。なにウィン、だっけ?」


「名前、ですよね?」


「······そう。ノルなんとかまでは、覚えてるんだけど」


「それ全部覚えてるじゃねーか」


「······バレた」


「そりゃバレるだろうが」


「······敬語、抜けてるけど」


「あっ」


 あまりにもお粗末ないじり方に、思わず敬語が取れてしまったらしい。

 慌てふためくと、ルーシーは死んだ魚の目を僅かに細めた。


 笑った、のか?


「······別に、そのままで、いい」


「じゃあお言葉に甘えて」


 敬語よりタメ語の方が距離も縮めやすいだろう。

 俺はタメ語ついでにもう一歩距離を詰めてみる。


「んで、さっきの件なんだけど」


「······サラスの?」


「そうそう。手伝ってくれない?」


「······まあ、いいよ。その代わり、今度訓練に付き合って」


 俺なんかに手伝えることがあるとは思えないが、協力を取り付けられるなら全然OKだ。

 俺は満面の笑みで了解した。


「······じゃあ、あっち見て」


「あっち?」


 いきなり稽古場の遠くを指差すルーシー。そちらに視線を向けると、人、人、訓練する人が沢山いて、それから水や食料を用意した屋台があった。


 うん。屋台の影からチラチラ見える紅髪は、間違いなくサラスヴァティのものだな。


「えぇ」


 何日間も必死に探したのに、こんな近くにいたのかよ。

 なんであいつ、俺たちのこと気にしてるんだ?


「······初日からいた」


「マジで?!」


「······マジで。ずっとあなたの訓練みて、下手くそ、槍が可哀想、弟子失格、ルーシーは可愛いって言ってた」


「おい最後。シリアスな展開にギャグ付け足すな」


「······シリアス?」


「真面目な話って意味だよ」


「······ごめんなさい」


「あ、そう」


 いや、そんなしょげなくても。

 何だか俺がいじめたみたいじゃんか。


 まあそれより、今はサラスヴァティとの仲をどうにかしなければ。


 とりあえずサラスヴァティと話をするのだ。

 でもどうやって?

 多分、普通に話しかけても嫌がられるだけだろうし――


「ちょっと、離しなさいよ!」


「······痛い痛い」


「は?」


 気付くと目の前に、ルーシーに抱き抱えられたサラスヴァティがいた。


 え?


 なんで?


 数秒前まで、俺はルーシーと会話してたよね?

 目を離した間に連れてきたってこと?


 混乱する俺の目の前で拘束されるサラスヴァティと、姉にポコポコ殴られて、無表情で痛い痛いと呟くルーシー。

 なんとも間抜けな絵面であるが、効きそうな一撃はしっかり避けてるあたり、抜け目の無い天才である。


「下ろしなさいって!」


「はい」


「ふぎゃっ」


 暴れている時に下ろされたものだから、着地を失敗して顔から地面に落ちるサラスヴァティ。

 慌てて駆け寄るルーシーは表情が薄い。


「······大丈夫?」


「大丈夫じゃないわよ!いったたた」


「あ、あの。回復魔術いります?」


「いらないわよ!」


「あ、すみません」


 怒鳴られてとりあえず謝る俺と、この間からの続きで気まずそうに顔を反らすサラスヴァティ。間に挟まれたルーシーだけが、マイペースにヌボーっとしていた。


 なんだこのカオス。


 さて、ここからどうしようか。

 どうせ、俺がなにを言ってもこの少女には響かないだろう。

 横から急に現れて、自分が欲していた弟子と言う地位を手に入れた部外者。

 好きになる要素が無いしな。


 うーん、どうしようか。


「あの、さっきルーシーが言ってたんですけど、初日から見てたんですよね?」


「それが何?」


「いえ、何故見てたんだろうって気になったので」


「どうだっていいじゃない。下手くそな槍だったわ」


 不機嫌な表情を隠しもせずに、サラスヴァティは俺を正面から睨み付けてきた。

 お前はそんな下手くそな槍に負けたんだぞと言い返したくなる生意気さだが、大人としてグッと堪える。

 槍が下手くそなのは本当だったわけだし。


「あの、シュナイゼルさんもペアになってって言ってたんですし、気持ちは分かりますが―――」


「分からないわよ!あんたに私の気持ちなんて!私より年下なのに魔術使えるんでしょ!?どうせパパとかルーシーみたいにすごい人なんじゃない!」


「違っ」


「違わないわ!話し掛けないで!」


 好き放題叫んだあとは、背中を向けて全てを拒絶。

 うわ、まじで完全に嫌われてるんじゃ?


「ルーシー!行くわよ!こんなやつに構う必要はないわ!」


「······で、でもっ」


「じゃあいいわよ!私一人で行くから!」


 泣きそうな顔で稽古場を飛び出していくサラスヴァティ。この間のように残された俺たちは、なにも言えずに顔を見合わせた。


「······ごめん」


「いや、俺も言葉の選び方とかあったし」


「······そんなことない。今のはサラスも悪かった」


 サラスも、か。

 もう一人の悪い人は、きっと自分自身なんだろうな。

 アルクエのストーリーイベントの中で、ルーシーは『······自分の才能、半分あげられたらいいのに』とか言っていたし。


 まあ、それすら凡人の心を無視した一方的な施しに過ぎないんだけどさ。


 はぁ。あー、もう。まじてどーしよ。


 全く先に進む気がしない。

 一体どうやってこの問題を解決すればいい?


 悩みばかりが募って、全く打開策が浮かばない状況。

 しかし、解決する方法は案外簡単に見つかるものであった。








――――――――――――――

昨日は諸事情で更新出来なかったので、そのお詫びとして今日は3話更新します。

鬼の執筆作業になりますがきっとやり遂げてみせます。

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