第21話 可能性

 翌朝。

 目覚めた俺は、今すぐサラスヴァティと良好な関係を保つのは不可能と判断して、とりあえず自分の鍛練に集中することにした。


 ここでの関係性は勿論重要だが、俺の本懐はクレセンシアを救うこと。

 二人を健全に伸ばすために俺が弱くなったのでは本末転倒だろう。

 その点、俺がいることでサラスヴァティ達が拗れる現状は、むしろ美味しい話ですらあるのだが―――


 しかし、推しキャラとはいえまだ見ぬクレセンシアよりも、ここで関わった二人を優先したい気持ちがある。


 この世界は俺が知るゲームと酷似しているが、ゲームそのものではない。

 皆が生きているのだ。

 目の前で苦しむ知り合いを無視は出来ない。


 ―――それに。

 あの二人と仲良くしてこっちの味方に付けられれば、これ以上に心強いことはないだろう。


 よし、決めよう。あの二人と友好な関係を築く。

 そんでもってクレセンシアも助けられるようにする。


「よしっ!」


 読み掛けだった二冊の本を閉じて勢いよく立ち上がる。

 すぐ横で回復魔術の書籍を読んでいたミーシャが、驚いてこちらを振り返った。


「の、ノル?どうしたんですか?」


「これから用事が出来たので、ちょっと部屋を出ます」


「分かりました。私も付いていった方がいいですか?」


「いえ、今回は大丈夫です。多分どんなに早くても午前中には終わらない用事なので、それまでの予定は全部無しでお願いします!」


「······本当にそれって一人で大丈夫なのですか?人手がいるようでしたら私が手伝いますけど」


 なおも食い下がってくるミーシャを断って進むのは、流石に申し訳なくなってきた。

 ミーシャは俺の仲間なんだし、俺のために手伝って貰うのもおかしくはないか。


「それなら、サラスヴァティを一緒に探してもらえませんか?」


「サラスヴァティ様······この家のご令嬢でしたよね?」


「はい。実は······」


 協力してもらう以上、必要な情報は伝えるべきだ。

 俺は今日までの流れを簡潔にミーシャに説明した。


「なるほど。そういうことでしたら、さっそく行きましょう」


 話を聞いてより一層やる気を出したミーシャと共に部屋を出て、早速サラスヴァティ捜索のために動き出す。


 ただ闇雲に探すのではない。

 俺はまずルーシーを探し、彼女の協力を得た上でサラスヴァティに辿り着くつもりでいる。


 一方、ミーシャは人海作戦に出たようだ。

 すれ違う使用人に声を掛けまくっては、サラスヴァティを見掛けたら教えてくれと言って回っている。


 すれ違うほぼ全員と面識があるようで、誰もが快くミーシャの頼みを聞いてくれていた。


 俺とは別行動していたこの数日で、ミーシャは立派にこの屋敷で自分の居場所を作っていたんだなぁ。

 はじめからシュナイゼルの庇護下にあって、なにも出来てない俺とは大違いだ。


「凄いですね」


「私にはこれくらいしかできませんから······」


 なんて言って、どこか卑屈に笑うミーシャだけれど、実際はとてつもなく凄いことをしているのだろう。

 元々ニートで人付き合いが苦手だった俺には、数日で新たな環境に溶け込むなんて想像も出来ない。


「ミーシャさん!」


 しばらく屋敷内を探し回っていると、サラスヴァティを見たと言って、庭師らしき男が駆け寄ってきた。

 その庭師曰く、サラスヴァティは本館の中庭で剣を振るっているらしい。


「ノル、行ってみましょう」


「はい!」


⚪️


 そうして向かった本館の中庭。

 中庭と言っても、それは日本で見るようなモノとは異なっていた。

 呆れる程に広く、色取り取りの花が舞い、川のせせらぎが優しく耳朶を震わせる。

 そんな美しき貴族の庭園。


 その楽園の端っこに、サラスヴァティの姿はあった。


「はっ、はっ、はっ」


 息を乱し、全身にどっと汗をかきながら、激しいステップを刻んでいる。

 鬼気迫る表情で、前へ、前へと、苛烈なまでの攻め気を見せる足運び。


 一体何のための訓練だろうか。

 声を掛けるタイミングを探しながら、俺はサラスヴァティの動きをよく観察してみた。


 俺自身、槍で型通りの鍛練をしていたから何となく分かるが、あれは一人で型を確認する動きではない。

 脳内に仮想敵を設け、それを打ち倒さんとする動きだ。


 ひたすら前に飛び出して行くのは、仮想敵がよく後退する戦闘スタイルを採っているから?


 それもあるだろう。ただしあのステップはただ前に進むためだけのモノではない。

 縦横無尽な動きは、油断なく構える敵を翻弄し隙を突くための―――


「いや、それ俺じゃん」


 よく観察してみたら、仮想敵は間違いなくあの時の俺だった。


 サラスヴァティが見せている前進気勢は、逃げ続ける俺を追い詰めるため。

 翻弄するような動きは、どっしりと構えて相手をよく観察する俺を混乱させるため。


 うわ、めっちゃ攻略法考えとるやん―――


「あの娘、凄いですね」


 俺の隣でサラスヴァティを見るミーシャが、唖然とした様子で口を開けていた。


「そりゃ、強いですから」


「違います。ノル、あの娘の足元を見てみてください」


「はい?―――えっ」


 サラスヴァティの足元を見て、遅れて俺も気が付いた。


 ―――美しき庭園の中で、彼女の周辺十数メートルだけ、ごっそりと草が抜けているのだ。


 否、ただ抜けているだけではない。

 サラスヴァティのステップで草葉が潰れ、土がめくれ上がり、まとめて踏み均されて地面が茶色に禿げ上がっている。


 子供の力、体重で、一体何度踏み締めれば庭の地面は剥げるのか。

 それが、十数メートル四方に渡って?


 何時間、いやそれ以上だろう。何日間続ければ、ここまでになる?


「······残酷だな」


「はい?」


「あ、いえ。何でもないです」


 これほどの努力を重ねても、ルーシーが適当に剣を振るった方がきっと強いのだ。

 いや、剣ですらなくていい。

 あの時ルーシーが適当に見せた珠玉の一突きを思い出す。

 間違いなく、槍でも簡単に勝ててしまうのだろう。


 一卵性双生児。ほぼ同じ肉体を持つからこそ、その内に宿す才能の輝きの違いがくっきりと現れる。


 ほんと、酷い話だよな。

 でも、そのお陰でサラスヴァティと仲良くなれるかもしれない方法が見えてきた。


「ミーシャさん。一度稽古場に向かいましょう」


⚪️


 稽古場に槍を取りに行き、再び中庭に戻って来る。

 移動に十分は掛かったのだが、サラスヴァティは休むこともなくステップを踏み続けていた。

 注意深く観察すれば、何十、何百と足を動かしているのに、一度として全く同じ歩法はないのが分かる。

 恐らく自分に最も合う動きを探しているのだろう。

 俺の鍛練にも通ずるモノがあるから、何となく理解できる。


「サラスヴァティ様」


「······はぁ、はぁ、何、よ。っ」


 足を止めて俺を睨んだサラスヴァティは、しかしそれ以上の言葉を紡げずにいた。

 乱れた呼吸を整えるので精一杯な様子だ。

 本当に自分を限界まで追い込んでいたらしい。


 俺は、そんなサラスヴァティに言葉を投げ掛ける。


「もう一回俺と戦いませんか?」


「はぁ、はぁ、だ、誰が、あんた―――」


「サラスヴァティ様が勝ったら、シュナイゼルさんの弟子にして貰えるように本気で掛け合ってみます。嘘じゃないです。弟子の俺より強いのに、なれない道理はないでしょう?」


 先に逃げ道は奪う。

 ここは嫌でも俺と向き合って貰う。

 そうしてやれば、思った通りサラスヴァティは食いついてきた。


「そ、それなら、いい、けど」


「ありがとうございます。では何十分後に始めましょう?」


「今すぐ、で、いいわ」


「はい?」


「あ、あんたなんか、もう、まけないもの」


 足元はガクガクに震え、肩で息をするサラスヴァティは、自信に満ちた顔で言い切った。


 そしてその意味を俺はすぐに知ることになる。


⚪️


 


「まじ、かよ」


「ふんっ、この間とは逆になったわね」


 あの時のように、今度は俺が地面に転ばされていた。

 その上に馬乗りになったサラスヴァティが、俺の目を至近距離から覗き込んで笑う。


 ―――勝負は一瞬だった。


 俺の動きは全て対策され、何をしても裏目に出る展開に持ち込まれた。

 僅か数秒、それもサラスヴァティが疲れていたがゆえに耐えられただけで、本来なら一瞬で負けていた。


 それほどまでに完敗だった。


「私の勝ちね!約束は守ってもらうわよ!」


 勝ち誇った笑みのサラスヴァティ。本人はこれで終わりみたいな顔をしているが、俺にとって重要なのはむしろこの先だ。


 馬乗りになられたまま、俺はサラスヴァティを見上げた。


「サラスヴァティ様。今本気で戦って負けた通り、槍に関して俺はルーシーみたいにメチャクチャ天才な訳じゃありません」


「当たり前じゃない。ルーシーは世界で一番強くなるんだから」


 一番、か。

 自分にはないモノを妬んでいるからこそ、ルーシーの力は絶対だと思ってるんだな。

 それなら、その前提を破壊してやればいい。


「なら、それに勝ったら俺が世界一ですか?」


「は?」


 なに言ってんの、とばかりに目を丸くするサラスヴァティ。


「俺がルーシーに勝って、俺やサラスヴァティ様でも強くなれることを証明します。そうしたら、ペアになってくれますか?」


「馬鹿じゃないの?絶対に嫌だし、証明なんて出来っこないわ。ルーシーは負けないもの」


「だから!もしですよ!俺が勝ったらどうしますか?!」


「私程度に負けたあんたにもし何て無いわよ!コテンパンにされておしまいだわ! まあ、そうね。それでも勝つって言うならいいわよ。あんたが勝ったら、ペアでも何にでもなってあげるわ」


 最後の投げ槍な口調は、ルーシーの負けを一切疑っていないからだ。

 そもそも賭けにすらならないという意識が透けて見える。

 その固定概念を破壊してやれば、まだ幼い内から、アーサーと出会う前からでも、サラスヴァティは変われるかもしれない。


 俺が変えて、そしてサラスヴァティにはミーシャに続く二人目の仲間になって貰うんだ!




――――――――――――

すんません。流石に3話は無理でやした。

2話で勘弁してくだせぇ。

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