第18話 戦いの才能

「パパ!?なんで私がこいつとペアなのよ!」


「そ、そうですよ。流石に無理があると思いますって」


 俺とサラスヴァティの意見がこの時ばかりは一致した。

 だって、こいつと一緒に訓練したくないし。

 ことあるごとに邪魔されて苛つくのが目に見えている。


「サラス、悪いがこれは決定事項だ。んで坊主。俺、師匠。お前、弟子。はい言いたいことは?」


 ―――ハァ!?ふざけんな馬鹿がよ!


「い、いえ。なにも、ありませんが?」


 笑顔にヒビが走るのを自覚しつつも、なんとか怒りを抑え込む。

 こんにゃろう、いつか絶対ブッ飛ばす。


「で、でもパパ!」


「今すぐ分かれとは言わないけどな、これはサラスにとっても必要なことなんだよ。この坊主から学べることは沢山あるぞ」


 しゃがみ、サラスヴァティと目線を合わせて語るシュナイゼル。

 しかし暴れ馬の如し令嬢はぷんすかと頬を膨らませるばかりだ。


「嫌よ!こいつが出来て私に出来ないことなんて無いわ!」


「ほーう?それは本当か?」


「当たり前じゃないッ」


 シュナイゼルがニッコリと笑う。

 何故かそれとニコラスの笑みが重なって見えて―――


「なら、坊主と戦ってみるか」


 ああ、この展開に持ってくるように、わざとあの会話をしていたのか。


「もしサラスが坊主に圧勝出来たら、ペアの話は無し。ついでに弟子にしてやってもいいぜ?」


「本当!?」


「ああ」


「分かったわ、あいつを倒せばいいのよね」


 やる気満々で俺を睨むサラスヴァティと、その後ろでほくそ笑むニコラスもどき。

 一応俺も弟子なんだけど。俺抜きで話を進めるな。


 とはいえ、こちらに拒否権はない。


「シュナイゼルさん、とりあえず詳しいルールを教えて下さい」


「おう。互いに持つのは木の武器、んで先に武器を相手の体に当てた方の勝ちだ。顔は反則負けな」


「了解です。念のためお聞きしますが、魔術の使用は?」


「当然駄目に決まってるだろ」


「え、魔術······」


 魔術と聞いたサラスヴァティが驚愕の表情で俺を見る。

 サラスヴァティはストーリー開始時点でもろくな魔術を習得していないから、さっき『こいつが出来て私に出来ないことなんて無いわ!』と言ったのが恥ずかしいのか。


 既に一つ、出来ないことが出てきたわけだ。


「サラスもルールはそれでいいな?」


「構わないわ。どんなルールでも私が勝つもの」


 そりゃ随分と自信家で。


「じゃあ二人とも、こん中から好きな武器を選べ」


 既に地面に並べてあった武器を指差すシュナイゼル。その用意周到さに、やはりこの流れは仕組まれたものだと納得する。


 どんな狙いがあるのだろうか。


 俺が知るサラスヴァティは、誰よりも剣が好きだが肝心な才能には見放された少女だ。

 上には英雄足る父親、すぐ下を見ればそれと並ぶ才能に恵まれた妹。

 唯一なにも持たない自分を嫌い、一度は剣から遠ざかり。

 しかし主人公のアーサーと出会い、彼が剣に注ぐ尋常ではない努力を目の当たりにして、もう一度、一から積み上げることを始めるようになる。


 その後はルーシーと和解し、意図的に避けていた父やルーシーとの訓練を重ねるなかで努力が実っていくのだが―――


 ふむ。


 現段階で、シュナイゼルはサラスヴァティに才が無いことを見抜いているのだろう。

 弟子入りを許さないのも、きっとそんな理由だと思われる。


 なら、今の俺に求められているのは、努力か?

 五歳とは思えない知恵と魔術の熟練度。

 きっとシュナイゼルは、それの根底にある努力を娘にも見せてほしいと思っているのかも知れない。


 いいじゃん、それ。

 もしサラスヴァティを懐柔できれば、芋づる式にルーシーを、そしてシュナイゼルをも取り込めるかもしれない。


「よし、やるぞ」


 剣なんて握ったことが無いので、取り敢えず木製の槍を手に取ってみる。


「坊主、剣じゃなくていいのか?」


「はい。こう見えても自分、まだ剣を握ったことが無いので」


 いくら才能無しとはいえ、経験者相手に剣で勝てるとは思えない。

 圧勝されなければいい、その条件クリアを狙うなら、リーチの差で粘れそうな槍がここでは最適解な気がする。


「私はそれにするわ」


 サラスヴァティが選んだのはやはり剣であった。

 そもそもが槍より短い武器、おまけに子供用とあってそれは、俺が取った槍の半分ほどの長さしかない。


「じゃあ、準備はいいな?」


「いつでもいいわ」


「構えとかどうやるんだろ······あ、いいですよ」


「よし。んじゃ始め!」


⚪️



 少し離れてシュナイゼルが決闘の審判を行う。


 取り敢えず構えてみるか。

 でも構えってどうするんだ?

 分からないけど、なんとなく腰を落として槍を相手に向ければいいか。


「ぷっ、なによそれ」


「初めてなんですよ!」


「へえ、良いこと聞いたわ」


 槍処女発言をした直後、サラスヴァティが意地汚い笑みを浮かべて走って来た。

 その手には剣が握られ、あれで俺をぶん殴ろうとしているわけだ。


 いや、こっわ!!


 背中を見せて逃げるわけにもいかず、震える手を誤魔化すように全力で握りつつ、一先ず槍を突き出して牽制。

 しかし流れるような手応えと共にそれが受け流され―――


「避けるんじゃないわよ!」


「っぶね!?」


 脳天をかち割りに来た木剣をバックステップで回避。

 最早槍を構えるのも忘れて、頭を守るように手で隠す。


 マジかよ、マジかよ、マジかよ。


 今、本気でぶん殴りに来たぞ?


 本当に六歳か?六歳ってこんな荒事するか?

 というより、本当に才能無いのかよ?

 なんか普通に受け流されたんだけど?

 素人の槍捌きとはいえ、あんな簡単に流せるものなの?


「坊主。毎日何時間も訓練してんだ。弱いわけ無いだろ」


 娘の勇姿を誇るような、だけどどこか悔しそうな顔でシュナイゼルが声を張る。


 そうか、そうだよな。


 サラスヴァティが剣にかける思いは知っている。

 ストーリーでは、才能の壁にぶち当たるまで、凡人が極められる強さまでは、誰よりも先に到達していたのだから。


 そりゃ弱いわけがない。


 六歳だからって舐めてたけど、もう油断はしない。


「よし、来い!」


「言われなくなってそうするわよ!」


 再び向かって来たサラスヴァティを全力で観察する。

 正直逃げたくなるくらい怖いが、今は恐怖心を堪えた。


 見た感じ、フェイントの類いは無し。

 子供の足だからそこまで速くもなく、素人目に奇抜な技っぽいものもなかった。


 その姿とアルクエで知る将来の彼女とを照らし合わせて、ある程度の仮説を組み立てる。


 ―――多分、今のサラスヴァティに出来るのは基礎的な事だけだ。


 素人相手だから有利に立っているが、難しいことは何一つ出来ないのかもしれない。


 よし、ならあとはやれるだけやってみるか。


 まず槍での牽制。

 さっきと同じ流れ、当然サラスヴァティはそれを受け流しに来た。


「ほいっ!」


 それを予期していた俺は、流される前に素早く槍を引き戻す。


 そして引き戻しつつ後退、サラスヴァティが接近してきた分の距離を再び稼ぐ。


「このっ!」


 むきになったサラスヴァティがまたしても突っ込んで来るが、後退、あるいはサイドステップで逃げつつ槍でつつけば、全く近寄れなくなっていた。


 そうして暫く攻防が続くと、少しずつ余裕が出てくる。


 彼女が俺の脅威となるのは剣の領域において。


 近付かせず、遠間から槍でつつけば非力な少女と大差ない。

 サラスヴァティは、逃げ腰の相手への対処法を知らないのだろう。


「なんなのよもう!」


 とうとうしびれを切らしたサラスヴァティが無謀な突貫を挑んできた。


 よし、槍で牽制すると見せかけて足でも引っ掛けてやろうか―――


 そんな欲目が湧いて出てきて、だけど。


「速っ!?」


 損害度外視の突貫は、俺の想定を越えた速さを叩き出す。

 牽制の槍を無視、それが身体に突き立ち痛みに顔を歪めながらも、さらに前進。

 気付けば悔しげなサラスヴァティの顔が目の前に映った。

 ゼロ距離、詰みか?


 俺は慌てて槍を短く持ち変えるが、既に攻撃モーションに入ったサラスヴァティには追い付けそうもない。

 この局面で、長物の不利、コンパクトな間合いでの取り扱いにくさが悪さをしていた。


 くそ、このままじゃ―――って、いやいや。


 別に槍にこだわる必要もなくないか?


 思い付いたままにサラスヴァティが剣を握る手を押さえつけ、ついでに身体を寄せる事でさらに右手の動きを阻害する。


 それでも完全に攻撃を止め切ることは出来なかったが、二度の妨害を経て俺に届いた攻撃は、全く痛みを伴わなかった。


「これで―――」


「嘘っ」


 攻撃を無力化され唖然と立ち尽くすサラスヴァティ。


「―――俺の勝ち!」


 その足を引っ掛けて転ばし、馬乗りになることで完全に優位を取る。

 喧嘩ならここからマウントでパンチを叩き落とすのだろうが、これは決闘である。


 俺は審判を勤めるシュナイゼルのほうへ振り返った。


「俺の勝ちですよね!?」


「え、あ、あぁ······」


 しかし返ってきたのは、そんな曖昧な返答であった。


⚪️


 シュナイゼルは、今の決闘内容を信じられずにいた。


 まずノルウィン。

 先の宣言通り槍の経験は無いらしく、構えや突きは不恰好極まりなかった。

 しかしそんなことはどうでもいい。

 今はただ槍を知らないだけ。型を、戦いを覚えればいくらでも化けるだろう。


 重要なのは、まだ二回目の戦いであるのにも関わらず、冷静さを保っていたこと。


 吸血鬼の潜伏先を襲撃した時もそうだったが、ノルウィンは相手とその周囲を観察しながら戦い、常に自分が有利になる方法を模索している節がある。


 吸血鬼相手に、初陣の子供がそこまで出来るものか。

 あの時はその戦いぶりに見入ってしまい、助けるのが遅くなったのだ。


 今回もそれと同じ動きが見られた。


 初撃と、二回目の突撃でサラスヴァティの実力を判断し、それ以降は槍の間合いを生かして遠間から封殺する。


 熟練者がやったならまだ分かる。

 しかし技術のない素人に同じことをやれと言ったら、一体何人が出来るだろうか。


 それを、五歳の?冷遇されていた子供が?

 あまりにも信じられない。


 ―――無論、ノルウィンの思考力は長所ばかりではない。


 直感で動くサラスヴァティに対し、一度思考を挟むノルウィンの反応は僅かに遅れていた。

 未熟者同士の決闘だから影響は出なかったが、動き出しの度に出遅れるやり方は、上では通用しないだろう。


 ただ、それとて思考の瞬発力が上がれば改善できてしまう。


 原石。

 ノルウィンはまさに磨けば輝く原石だ。


 槍の才能の有無はまだ分からないが、思考力を戦いに落とし込むやり方は、絶対に大化けする。


 とんでもなく強くなる、そんな確信がシュナイゼルの心に満ちる。


 ―――それから、サラスヴァティ。


 終盤までは良いとこ無しの娘であったが、最後の突撃には目を見張るモノがあった。


 損害を度外視した突貫、しかし急所は避けるように槍に当たる直前で身体を捻り、その捻りすら勢いに乗せた剣は見事。


 あの土壇場で二段階の妨害を挟んだノルウィンの思考力が桁外れに凄まじいだけで、十分褒め称えられる内容だった。


 とはいえ、その一撃を引き出したものまたノルウィンな訳で。


 なぜあの一瞬でサラスヴァティが成長を見せたのか。

 シュナイゼルはそれを、ノルウィンの戦い方にあると見ている。


 複雑な思考を元に相手の弱みを突き、自分の有利を保ち続ける。

 それは相手からしたら、ここが駄目と指摘され続けるに等しいのだ。


 戦いの中で弱点を幾度もつつかれ、何度も突撃していく中でサラスヴァティは少しずつそれを修正していった。


 あの突貫は、本当に無謀な策だったわけではない。

 ノルウィンと対峙して、弱点をある程度修復してからの攻撃だったのだ。


 これは、想像以上だ。


 才能に恵まれない娘は、いつかきっと壁にぶち当たる。

 いずれどうにかしてやらねばと考え続け、とりあえず今回はノルウィンを当ててみたが。


 やはりこの二人は、一緒に訓練をさせるべきだ。


 絶対にペアから外すものか。

 シュナイゼルは一人そう誓ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る